本記事では、初心者でも取り組みやすく、かつ「大きく負けにくい」ポートフォリオ設計として知られるリスクパリティを徹底解説します。株と債券など複数資産の「リスク(ボラティリティ)」の寄与を均等化し、資産クラス間の偏りを抑えることで、ドローダウンを小さく保ちながらリターン機会を取りにいく考え方です。理屈はシンプルですが、実装に落とす際の細部に勝敗が宿ります。本稿は理論・計算式・Excel実装・レバレッジ設定・リバランス運用・コストと失敗例まで、最初から最後まで手を動かせるレベルで解説します。
リスクパリティとは何か
一般的な「時価総額加重」や「均等金額配分」と異なり、リスクパリティは各資産のリスク寄与(Risk Contribution)を等しくするように重みを決めます。価格の上下動の激しい資産は少なめ、落ち着いた資産は多めに持つことで、ポートフォリオ全体のリスク源泉が特定資産に集中するのを防ぎます。ボラティリティが高い資産ほどウェイトを小さく、低い資産ほど大きく——という直感的な配分ですが、厳密には相関も考慮します。
なぜ初心者に向くのか
初心者がつまずく最大要因は「一つの資産に偏ること」です。リスクパリティは、リスクの源泉を均等化する設計思想ゆえ、一撃の大損を避けやすいのが特徴です。さらに、適度なレバレッジで全体のボラティリティ水準を目標値に合わせる運用も相性が良く、資金効率を高めつつ過度な値動きを避けることが可能です。
数式の最小限セット
ポートフォリオの分散は Σp2=wTΣw と表せます(wはウェイト、Σは共分散行列)。ポート全体のボラティリティは σp=√(wTΣw)。資産iの限界リスク寄与(MRCi)は (Σw)i/σp、リスク寄与(RCi)は wi×MRCi です。リスクパリティでは全iについて RCi が等しくなるように w を選びます。
2資産の具体例:株×長期国債
例として、年率ボラティリティが株18.0%、長期国債6.0%、相関-0.20とします。このとき2資産のリスクパリティ重みを数値的に探索して求めると、株の重み w株≈25.0%、債券の重み w債≈75.0%となります。
この配分のまま計算されるポートフォリオの年率ボラティリティは σp≈5.69% です。初心者でも扱いやすい目標ボラ10%に合わせたい場合、レバレッジ倍率は Lev≈1.76倍 になります。最終的なエクスポージャ(名目比率)は 株≈43.9%、債券≈131.8% です。
ショック時の挙動(ストレスシナリオ)
典型的なリスクオフとして株-20%、債券+4%を仮定すると、レバレッジなしのポートフォリオ損益は -2.00%、レバレッジ適用後は -3.51% 程度です。逆に、株+15%、債券-3%のリスクオンでは、レバレッジなし 1.50%、レバレッジあり 2.64% と推定されます。株単独よりも振れ幅が抑制され、下落時の守りが効きやすいのが直観的に理解できます。
実務での作り方:5ステップ
- データ取得:対象ETF・先物の終値を取得し、日次リターンから年率ボラと相関を推定します(252営業日換算)。
- 重み決定:相関を含む共分散行列Σを作り、RC差が最小になるwをソルバー等で探索します(2資産なら単純探索で十分)。
- 目標ボラ設定:σtargetを決め、Lev=σtarget/σpでエクスポージャをスケールします。
- 実装選択:先物(証拠金)/レバレッジETF/CFDのいずれかで名目エクスポージャを再現します。
- 運用とリバランス:月次・四半期などの頻度で再推定とリバランス。リスク寄与の乖離が一定閾値を超えたら実施。
Excel/スプレッドシートでの近似手順
Excelセル例(年率ボラ・相関から2資産のリスクパリティ重みを近似)
- セルB2に株の年率ボラ(例: 0.18)、B3に債券の年率ボラ(例: 0.06)、B4に相関(例: -0.2)。
- セルB6に重みw株初期値(=1/B2)/(1/B2+1/B3)。セルB7にw債=1-B6。
- 共分散:COV株債=B2*B3*B4。分散:VAR株=B2^2、VAR債=B3^2。
- ポート分散:B8= B6^2*VAR株 + B7^2*VAR債 + 2*B6*B7*COV株債。
- ポートボラ:B9=SQRT(B8)。MRC株=(VAR株*B6 + COV株債*B7)/B9。MRC債=(COV株債*B6 + VAR債*B7)/B9。
- RC株=B6*MRC株、RC債=B7*MRC債。|RC差|を最小化するようにB6をソルバーで[0,1]制約のもと最適化。
- ターゲット・ボラに合わせるレバレッジ:Lev=目標ボラ/B9。最終エクスポージャ:E株=Lev*B6、E債=Lev*B7。
レバレッジとコストの現実的な考え方
レバレッジを使うと、資金効率は上がる一方でコストも乗ります。年率の総コストは概算で、資金調達コスト1.50% + 取引コスト8bps×回転率60% ≈ 1.55%。これは期待リターンから常に差し引かれるため、過度なレバレッジは期待効用を損ないます。初心者はまず目標ボラ10%前後で、「安全第一の資金配分」×「控えめなレバレッジ」を推奨します。
リバランス設計:頻度と閾値の二軸で決める
単純な月次固定より、「時間+乖離閾値」のハイブリッドが実務的です。たとえば月次チェック+RC乖離が±20%超で即時リバランス。これにより、手数料の打ち上げ花火を避けつつ、リスク偏りが危険水準に達する前に戻す運用ができます。
バックテストの最小要件
- ローリング推定(直近252日など)でボラ・相関・重みを毎期更新。
- 実売買コスト(スプレッド、手数料、課税繰延の影響があればそれも)を差し引く。
- データ欠損時のルール(ゼロ補完禁止、前値維持も原則禁止)。
- 寄り/引けどちらで執行するかの一貫性。
- 現実的な約定制約(出来高、スリッページ上限)。
よくある失敗と対策
- ボラの短期過剰反応:急落直後はボラ推定が跳ね、安全資産過多→直後の反発を取り逃す現象が起きやすいです。対策は推定期間を十分に長くし、指数平滑移動平均(EWMA)で過度な反応を抑えること。
- 相関のレジーム転換無視:平時は株と長期債が負相関でも、スタグフレ時は正方向に傾きがち。相関ショックへの感度分析を必ず入れ、コモディティや金など第三のディフェンシブを薄く足す選択肢を用意。
- レバレッジの付け過ぎ:目標ボラを高く設定しすぎると、想定外の連続損失で資金効率が台無しに。初心者はまず10%から。
- コストの過小評価:先物のロールやETFの内部コストを見落とすと、バックテスト過大評価に直結。年率換算での総コスト管理を徹底。
- リバランスのやり過ぎ:小さなノイズに毎回反応すると、手数料だけが積み上がります。閾値ベースで粘る運用が有効です。
三資産への拡張:株・債券・コモディティ
2資産で骨格を作ったら、ディフェンシブ特性の異なる資産を薄く足すと、相関ショック耐性が向上します。実務では、金(ゴールド)や総合コモディティ、インフレ連動債などが候補です。ボラ推定が難しい場合、まずは極小ウェイトでの導入から始め、RCの変化をモニターしながら段階的に比率を高めます。
初心者向けミニ・ワークフロー
- 対象ETFの終値をCSVで取得(例:株式、長期国債、必要なら金)。
- Excelで日次リターン→年率ボラ・相関を算出(NA処理は削除)。
- ソルバーでRC差最小の重みを探索し、初期配分を決定。
- 目標ボラ10%でレバレッジ倍率を計算し、名目エクスポージャを算出。
- 月次点検+RC乖離±20%で閾値リバランス。実コストを記録。
ケーススタディ:月10万円から始める
元手が小さくても、先物ミニやレバレッジETFを併用すれば、名目エクスポージャを調整してリスクパリティを再現できます。重要なのは、「金額」ではなく「名目比率」で考えること。毎月の積み立てでも、RC乖離と目標ボラを軸にエクスポージャを調整すれば、設計思想を崩さずに運用を継続できます。
アウトプットの見方:何を監視すべきか
- 実現ボラ:目標ボラに対して過小・過大になっていないか。
- RC乖離:各資産のRCが均等からどれだけ外れたか。
- 最大ドローダウン:直近12–36か月での最大落込みを継続監視。
- コスト:年率総コストが当初想定を超えていないか。
まとめ
リスクパリティは、リスクの均等化という極めて直感的なルールで、初心者でも「大負けしにくい」土台を作れる設計です。ボラ・相関の推定、RCベースの重み決定、目標ボラへのスケーリング、コストとリバランスの管理——これらを地道に回すだけで、投資の勝率は着実に底上げされます。まずは2資産から小さく始め、慣れたら三資産へ拡張。設計と運用の一貫性こそが、長く生き残るための最短コースです。
付録:本稿の主要パラメータと結果(再掲)
- 設定:株ボラ 18.0%、債券ボラ 6.0%、相関 -0.20
- リスクパリティ重み:株 25.0%、債券 75.0%
- ポートボラ:5.69% → 目標 10% に対するレバレッジ ≈ 1.76倍
- 名目エクスポージャ:株 43.9%、債券 131.8%
- ストレス(株-20%、債+4%):レバなし -2.00%、レバあり -3.51%
- ストレス(株+15%、債-3%):レバなし 1.50%、レバあり 2.64%
- 総コスト概算:年率 1.55%
さらに一歩踏み込む:推定の安定化とロバスト設計
推定の不確実性に強い設計を目指すなら、ボラや相関の推定にロバスト統計を導入します。たとえば分位点ベースの尺度(MAD: Median Absolute Deviation)で外れ値の影響を抑え、相関はShrinkage(収縮)推定でサンプル不足時の過学習を回避します。これにより、極端事象が一時的に観測された局面でも、重みの飛びを抑制できます。
また、リスクパリティの目的関数を「完全に等分」から「上限・下限を設けた範囲内の均等」に緩めると、売買回転率とコストが低下し、実務での運用しやすさが増します。RCの許容レンジ(例:±15%)を事前に定義し、その範囲内ではリバランスしない方針を採用するとよいでしょう。
FAQ:よくある疑問
Q1. 積立でも機能しますか?
はい。毎月の積立資金を「不足しているRC側」に優先的に充てることで、売買を最小化しつつRC均等化に近づけられます。
Q2. 金利上昇局面では?
長期債の下押しにより株との同時安が発生しやすくなります。低相関の第三資産(コモディティや短期債)を薄く足すことで耐性を高められます。
Q3. 日本の投資家は為替ヘッジをすべき?
為替ボラは株や債のボラを上回る場合が多く、ポート全体のRCを歪めます。為替ヘッジコストと相関効果を天秤にかけ、ヘッジ有無を別ポートとして比較しましょう。
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