要点(Executive Summary):リスクパリティは「資産の金額」ではなく「リスク(ボラティリティや共分散)」を均等に配分して、単一資産の一人勝ち・一人負けを避ける資産配分手法です。コアの考え方はシンプルで、①各資産のリスク量を推定する、②リスク貢献度が均等になるようにウェイトを決める、③時間とともに崩れるので再均衡する、の三段階です。本稿は初心者でも実装できるよう、数学は最低限に抑えつつ、エクセル/表計算で回せるレベルの手順と、国内投資家の現実(手数料・税・レバレッジ手段・為替)に合わせた具体例まで、実務目線で徹底解説します。
- 1. リスクパリティとは何か:考え方を3行で
- 2. 初心者がまず押さえる3つのキーワード
- 3. 数学は最低限:式はこれだけ覚えればOK
- 4. 実装レベルを3段階で:あなたはどこから始めるか
- 5. 目標リスク(ボラ)とレバレッジ設計
- 6. 日本の個人投資家向け「現実的」ユースケース
- 7. 実装ステップ(チェックリスト)
- 8. 再均衡の3方式:コストと破綻回避のバランス
- 9. レバレッジの現実論:手段とコスト
- 10. 為替・ヘッジの扱い(JPY投資家の盲点)
- 11. 具体例:初心者が回せる最小ERC(4資産)
- 12. リスク管理:数字で「最悪」を想像する
- 13. 期待リターンはどこから来るのか
- 14. コストと税:地味だが効く
- 15. 感度分析:前提がズレると何が起こるか
- 16. よくある失敗と回避法
- 17. まとめ:運用の「習慣化」が勝ち筋
- 付録A:エクセル実装ひな型(概念)
- 付録B:用語ミニ辞典
1. リスクパリティとは何か:考え方を3行で
(1)リスクを「価格変動の大きさと相関」で定量化し、(2)各資産の「リスク貢献度(Risk Contribution)」がほぼ同じになるように配分し、(3)全体の目標ボラティリティ(例:年率10%)に合わせてレバレッジ量を調整する手法です。株・債券・コモディティ・金など「性質の違う資産」を混ぜるほど効果が出ます。
2. 初心者がまず押さえる3つのキーワード
- ボラティリティ(σ):日次・週次・月次リターンの標準偏差。リスクの最小単位。
- 相関(ρ):資産同士の連動度。ρが低いほど分散が効きます。
- リスク貢献度(RC):資産iがポート全体のリスクにどれだけ寄与するか。式は後述。
3. 数学は最低限:式はこれだけ覚えればOK
ポート全体のボラティリティは σ_p = √(wᵀ Σ w)
。ここで w
はウェイト、Σ
は共分散行列です。資産iのリスク貢献度は、
RC_i = w_i * (Σ w)_i / σ_p
(直感)= 「その資産の保有量 × その資産のリスクの効き方」 ÷ 全体リスク
目標:すべての資産で RC_i が等しくなるように w を決める(Equal Risk Contribution; ERC)。
4. 実装レベルを3段階で:あなたはどこから始めるか
レベル1:逆ボラ比率(最短5分)
相関を無視して、w_i ∝ 1/σ_i
とする方法。最初の一歩としては十分強力です。
- 各資産の過去1〜3年の月次リターンを取る(終値ベースでOK)。
- 年率ボラ=
stdev(月次) × √12
を計算。 - 各資産の逆数を取り、合計で割って正規化(合計100%)。
注意:相関が高い資産(例:先進国株と米国株)を両方入れると、分散効果が薄くなります。銘柄数よりも「性質の違い」を優先。
レベル2:相関を入れた近似ERC(表計算で回せる)
簡易反復で ERC に近づけます。擬似コード:
入力:資産の共分散行列 Σ、初期重み w(0) = 逆ボラ比率
for k in 1..K:
σp = sqrt(wᵀ Σ w)
RC = w * (Σ w) / σp # 要素積
目標RC = 平均(RC)
w = w * (目標RC / RC) # 要素ごとにスケーリング
w = max(w, 0) を強制して正規化 # 空売りしない想定
出力:w(K)
3〜10回程度の反復で実用的な解に収束します。
レベル3:厳密ERC(数値最適化)
min_w ∑(RC_i − c)^2
を制約 ∑w_i=1, w_i≥0
で解く。Python/R/最適化ソルバが必要ですが、家庭用PCで十分に解けます。初心者はレベル2まででOK。
5. 目標リスク(ボラ)とレバレッジ設計
リスクパリティのキモは「全体のボラを何%に置くか」です。家計のリスク許容度に合わせ、たとえば年率10%に設定し、σ_p(素の配分)
が8%なら、レバレッジ係数 L = 10% / 8% = 1.25
を掛けます。逆に素の配分が12%なら L=0.83
(現金を混ぜる)です。
6. 日本の個人投資家向け「現実的」ユースケース
資産ユニバース(例):国内株(広範指数)、先進国株、長期国債(国内 or 先進国)、金、広範コモディティ。
仮の年率ボラ推定(丸め):株20%、長期国債8%、金15%、コモ20%。相関は「株–債:-0.2、株–金:0.1、債–金:-0.1、株–コモ:0.3、金–コモ:0.2、債–コモ:-0.1」程度と仮定(過去実績の一例)。
レベル2の近似ERCで計算すると、株・債・金・コモのRCが概ね均等になるウェイトは、例として 株28%、債42%、金18%、コモ12% のような形に落ち着きやすい(相場条件によって変動)。素の σ_p
が8.5%なら、目標10%に合わせて L=1.18
を掛けます。
JPY投資家の壁:長期国債や金・コモに対しては、現物ETFと先物/CME/CFDの選択が生じます。保有コスト(信託報酬・ロールオーバー・スプレッド・為替ヘッジ料)が小さい器を選ぶのが肝要です。
7. 実装ステップ(チェックリスト)
- ユニバース定義:互いに性質が違う資産を4〜6本ほど。
- データ取得:月次終値。少なくとも3年、理想は5〜10年。
- 推定:リターン→ボラ(年率化)と相関→共分散行列。
- 初期重み:逆ボラ比率。
- 近似ERC反復:RCを均等化。
- 目標ボラ設定:家計の損失許容に整合(例:月次−5%でも耐えられるか)。
- レバ設計:
L = 目標σ / 素のσ
。レバ手段のコストとスリippageを見積もる。 - 再均衡ルール:月次・四半期、またはドリフト±20%バンドなど。
- 運用ルーティン:月初に推定を更新→ウェイト算出→発注。
- 監視:MDD、VaR、想定外相関上昇(危機時の相関の跳ね上がり)。
8. 再均衡の3方式:コストと破綻回避のバランス
- 定期(例:毎月/四半期):ルール明快。売買コストはやや増。
- バンド方式:各ウェイトが目標から±20%逸脱したら調整。売買は減るが、追随性は落ちる。
- ボラ目標方式:推定σ_pが目標を外れたらLを微調整。日常的な売買が少なく効率的。
9. レバレッジの現実論:手段とコスト
リスクパリティは低ボラ資産(債券など)のウェイトが厚くなりやすく、目標ボラに合わせるためのレバが前提になることが多いです。個人が取り得る手段:
- 株価指数先物/国債先物:ロールコストとスプレッドを要監視。
- CFD・証拠金取引:手数料・スワップポイントを日々確認。
- レバレッジETF:経費率とボラ・デケイ(複利の歪み)に注意。
原則:調達コスト < 期待超過リターンであること。コストが高いなら、無理にレバを上げず現金比率で調整するほうが総合効用は高いケースも多いです。
10. 為替・ヘッジの扱い(JPY投資家の盲点)
外貨資産は円ベースでのボラ増幅要因になります。為替ヘッジをかけると相関構造が変わるため、ヘッジ後リターンのデータでΣを推定してください。ヘッジコスト(短期金利差)は長期で無視できないドライバーです。
11. 具体例:初心者が回せる最小ERC(4資産)
ユニバース:株(先進国広範)、長期国債、金、コモディティ。
逆ボラ初期:仮にボラが[株20%、債8%、金15%、コモ20%]なら、逆ボラ正規化で概ね[株0.20、債0.50、金0.27、コモ0.20]程度。
近似ERC後:相関を入れて調整すると、例として[株0.28、債0.42、金0.18、コモ0.12]に。この時 σ_p ≒ 8.5%
。目標10%なら L=1.18
。
発注例(概念):各資産の時価総額が100万円なら、レバ係数1.18を掛けた建玉(先物/CFD/現物+信用)で整える。低コスト器の選択が最重要。
12. リスク管理:数字で「最悪」を想像する
- 最大ドローダウン(MDD):過去シミュで−15%〜−25%は現実的に起こりうる。
- ショック時の相関上昇:危機フェーズでは株–債相関が急上昇・分散が効きにくい。
- ボラのレジーム転換:平時推定のσが実相場で2倍化することもある。Lは段階的に。
- 流動性:先物期限前後のロール、休日リスク、板の薄さ。
13. 期待リターンはどこから来るのか
リスクパリティ自体は「期待リターンの源泉」ではなく、リスク分散とボラ・ターゲティングによる複利効率の改善が中核です。株式のリスクプレミアム、債券のキャリー、金やコモのインフレ・ショック耐性など、性質の違いの束としてポートフォリオ全体のシャープレシオ向上を狙います。
14. コストと税:地味だが効く
- 信託報酬・経費率:年0.1%と0.5%の差は複利で大差。
- 売買手数料・スプレッド:再均衡頻度が高いほど効く。バンド方式の併用で抑制。
- ロールコスト/スワップ:先物・CFDは恒常的コスト。見積り必須。
- 税制:損益通算・繰越控除・為替差損益の扱い。制度枠(NISAなど)も検討。
15. 感度分析:前提がズレると何が起こるか
直近過去のデータだけでσ・ρを推定すると、体感よりも集中リスクが残ることが多いです。実務的には、
- 推定窓を12〜60ヶ月の複数で併用(短期と長期のブレンド)。
- 相関に下限・上限を設けたシュリンク(例:ρを−0.3〜+0.7にクリップ)。
- 各資産の最小/最大ウェイト制約(例:5%〜55%)。
16. よくある失敗と回避法
- 低ボラ=低リスクと誤解:低ボラ資産は「見えにくい尾」を持つことがある。MDD・流動性も評価。
- コスト無視の過剰レバ:手段コストが累積するとリターンを食う。Lは段階的に。
- 相関の恒常視:危機で一斉上昇し得る。ストレス相関で耐久度を点検。
- 再均衡の先延ばし:意図せぬ集中を招く。月次カレンダーに固定。
17. まとめ:運用の「習慣化」が勝ち筋
リスクパリティは魔法ではありませんが、再現性のある分散ルールです。①データに基づいて配分、②目標ボラでレバ調整、③粛々と再均衡。これを習慣化できれば、相場環境に依存しない生存力の高いポートフォリオになります。
付録A:エクセル実装ひな型(概念)
# 月次リターン表(行=月、列=資産)から
σ(年率) = STDEV.S(列) * SQRT(12)
相関行列 = CORREL(列i, 列j)
共分散行列 Σ = 相関行列 ∘ (σ ⊗ σ) # 要素積
逆ボラ初期 w0_i = (1/σ_i) / SUM(1/σ)
近似ERC反復:
RC = w * (Σw) / SQRT(wᵀΣw)
目標RC = AVERAGE(RC)
w ← w * (目標RC/RC) ; w ← MAX(w,0) ; w ← w / SUM(w)
L = 目標σ / SQRT(wᵀΣw)
付録B:用語ミニ辞典
ERC:Equal Risk Contribution。各資産のRCを等しくする配分。
ターゲット・ボラ:運用全体で許容する年間ボラティリティの目標値。
シュリンク推定:相関・共分散推定に上限/下限や事前分布を入れて暴れを抑える技術。
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