マークトゥーマーケット完全入門:時価評価で「見えない損益」を可視化する実務ガイド

リスク管理

本記事では、投資初心者にもわかる言葉でマークトゥーマーケット(Mark-to-Market、以下MTM)を徹底解説します。MTMは、保有資産やポジションを「いま市場で取引されるであろう価格」で評価し直す考え方です。売っていないのに損益が増減して見えるのはなぜか、先物やFX、仮想通貨の証拠金取引ではなぜ毎日あるいは随時に口座残高が動くのか——この“仕組み”を腹落ちさせることが、資金管理とリスク管理の最短ルートです。

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1. マークトゥーマーケットとは何か

MTMは、保有中のポジションを「取得価格」ではなく「最新の市場価格(時価)」で評価して損益を算出する手法です。現物株の長期投資では、日々の評価は参考値であり、売却して初めて損益が確定します。一方、証拠金取引(先物・FX・CFD・仮想通貨パーペチュアル)では口座残高自体がMTMで動くため、未実現損益がほぼリアルタイムまたは1日1回の清算で口座に反映されます。

キーワードの整理

  • 未実現損益(Unrealized P/L):ポジションを保有中に時価評価で計算される損益。決済すると実現損益になる。
  • 実現損益(Realized P/L):決済やロールオーバー等で確定した損益。口座残高に確定反映される。
  • 口座有効額(Equity):証拠金口座の残高+未実現損益。清算判定は主にこの値で行われる。
  • 必要証拠金(Margin):建玉を維持するために必要な担保。初回必要証拠金(初期)と維持証拠金(維持)に分かれる。

2. なぜMTMが重要なのか

理由は単純です。破綻は評価損から始まるからです。評価損が拡大して口座有効額が維持証拠金を割り込むと、追加証拠金や強制ロスカットの対象になります。利益を伸ばす戦術より先に、「評価損がどの速度で増えると、いつ何が起こるか」を理解しておくことが生存率を上げます。MTMはその早期警報装置です。

3. 金融商品ごとのMTMの違い

現物株

評価は参照値。取引所終値や気配値で評価するが、口座残高は通常は売買が成立するまで動かない。ただし信用取引は別で、評価損益が担保価値や追証判定に影響を与える。

先物(株価指数・コモディティ・金利など)

日次清算(デイリーマーク)が一般的です。終値または清算値で1日ごとに損益が確定反映され、翌日の証拠金に影響します。建値からの差額 × 取引単位で損益が算出されます。

FX(店頭・取引所)

レートは常時変動し、未実現損益がリアルタイムに動きます。スワップポイントは保有期間に応じて別建てで付与・徴収されます。多くの業者で強制ロスカットは口座有効額ベースで判定します。

仮想通貨デリバティブ(パーペチュアル/先物)

多くの取引所でクロスマージン/分離マージンが選べ、資金調達(Funding)が定期的に発生します。価格は原資産の現物指数と先物価格の乖離(基差)の影響も受け、MTMで未実現が大きく振れます。

4. MTMの基本式

ロングの未実現損益はおおむね次式で表します(手数料等は別途)。

未実現損益(ロング) = (現在価格 P_t − 建値 P_0) × 契約数量 Q × 乗数
未実現損益(ショート)= (建値 P_0 − 現在価格 P_t) × Q × 乗数
口座有効額(Equity)  = 口座残高(現金)+ 未実現損益 ± 調整項目(スワップ/金利/資金調達 等)

先物や指数CFDでは「乗数」が1ポイント当たりの金額を意味します(例:1ポイント=100円)。仮想通貨では契約仕様によりUSD建て・コイン建て・USDT建てなど複数の表記があり、どの通貨建てで損益が発生するかを必ず確認します。

5. 「日次清算」と「随時MTM」の違い

先物の多くは終値ベースで日次清算します。たとえば、日経先物をロングし、清算値が上がれば、その日の損益が現金として確定反映されます。翌日には「建値が清算値にリセット」されるイメージです。対してFXや一部CFD・パーペチュアルは、随時に評価損益が口座有効額へ反映され、強制ロスカットの判定もリアルタイムで行われます。

6. レバレッジと証拠金、清算価格の近似

レバレッジ L 倍で建てたロングの単純化モデルでは、清算価格(Liquidation Price)は概ね次式で近似できます(手数料や保険料、変動証拠金の仕様は無視)。

清算近似(ロング) ≒ 建値 × (1 − 1/L)
清算近似(ショート)≒ 建値 × (1 + 1/L)

たとえば 10 倍ロングなら、建値から 10% 下落で理論上危険水域に入るとイメージできます。実務では、維持証拠金率・追加証拠金・資金調達・スリッページで実際の清算価格は上式より厳しくなりがちです。

7. 具体例で腹落ちさせる

例1:株価指数先物(乗数100円)

前提:指数先物を 建値 35,000 で 1 枚ロング、乗数は 100 円、清算値は翌日 35,300
損益: (35,300 − 35,000) × 1 × 100 = 30,000 円の利益
翌日の建値は 35,300 にリセットされ、次の日の清算値との差がまた損益になります。日々の利益が現金化されるので、含み益のままではなく確定損益として積み上がることが先物の特徴です。

例2:FX(USD/JPY)

前提:1万通貨ロング、建値 150.00 円、現在値 150.40 円。
損益: (150.40 − 150.00) × 10,000 = 4,000 円の含み益
スワップ:日をまたぐと、金利差に応じたスワップが別途加算/減算。
強制ロスカットは多くの業者で「証拠金維持率」や「有効比率」で判定されます。評価損が広がると、維持率が低下し、一定水準で自動決済されます。

例3:仮想通貨パーペチュアル(USDT建て、クロスマージン)

前提:BTCUSDT を 建値 60,000 USDTで 0.5 BTC 分ロング(名目 30,000 USDT)。口座残高 5,000 USDT、レバレッジ 6 倍相当。
現在値が 58,800 USDT に下落すると、
損益: (58,800 − 60,000) × 0.5 = −600 USDT
資金調達:その間に Funding が −0.01%/8h で2回発生した場合、追加で −(30,000×0.0001×2)= −6 USDT
口座有効額: 5,000 − 600 − 6 = 4,394 USDT。維持証拠金率を割り込みそうなら、数量縮小/追加証拠金/ヘッジで対応が必要です。

8. MTMがもたらす4つの“見落とし”

  1. ロールオーバーの価格差:先物を限月乗り換えするとき、次限月の価格が異なると「値洗い方向」が変わって見える。損益はロール直前の清算値で一旦確定し、次限月で新規建てになると考える。
  2. 資金調達・スワップの累積:小さな数字でも保有日数が長いと効く。MTM上の値動きだけ見ていると実現損益との乖離が生まれる。
  3. 通貨建ての違い:USD建て損益をJPYに換算すると為替で値洗いが二重化する。口座通貨と損益通貨を合わせるか、換算ルールを固定する。
  4. 板の薄さとスリッページ:評価はミッドでも、実際の約定は成行で悪化しうる。MTM値で思考停止しない。

9. 実務に落とす計算フレーム

次の最小セットをスプレッドシートで持っておくと、口座横断でMTMを統一できます。

名目(Notional)      = 価格 × 数量 × 乗数
未実現損益(ロング)  = (現在値 − 建値) × 数量 × 乗数
未実現損益(ショート)= (建値 − 現在値) × 数量 × 乗数
手数料合計            = 約定単価 × 数量 × 手数料率(往復)
金利/資金調達合計     = 名目 × レート × 保有期間(回数)
口座有効額            = 現金残高 + 未実現損益 − 手数料合計 − 金利/資金調達合計
必要証拠金            = 名目 × 初期証拠金率(商品ごとに異なる)
維持証拠金            = 名目 × 維持証拠金率
清算近似(L倍ロング) = 建値 × (1 − 1/L)

10. リスク管理ルールの設計

MTMは「いまの自分の体力」を可視化します。したがって、前もって許容下落幅(ドローダウン)を明文化しておくと、ポジションサイズが自動で決まります。

許容ドローダウン(口座単位) = 口座有効額 × 目安(例:−10%)
1トレード許容損失             = 許容ドローダウン × 配分(例:20%)
想定不利価格幅(ΔP)を置き、数量 Q = 1トレード許容損失 / (ΔP × 乗数)

「勝てる戦略」よりも、「負けても生き残る設計」を先にコード化します。MTMが悪化したら自動で縮小するルール(例:口座有効額がX%減少したら建玉をY%削る)も機械的に。

11. よくある質問

Q1:評価益が大きいのに口座残高が増えていません。
A:先物のような日次清算でない商品は、未実現のままです。日次清算商品でも手数料・資金調達・スワップが差し引かれている可能性があります。

Q2:ロール後に“損した気がする”のはなぜ?
A:ロール直前で一旦実現損益が確定し、次限月で新規ポジションになっています。両者を通算して見ないと錯覚が起きます。

Q3:清算価格の通知が取引所ごとに違います。
A:維持証拠金率や保険基金、手数料の扱いが違うためです。「近似式」はあくまで目安です。実務は取引所仕様に従ってください。

12. 初心者向けミニ演習

(1)任意の商品を選び、建値・現在値・数量・乗数を設定して未実現損益を計算。
(2)維持証拠金率を仮定して、どの価格で維持率が閾値を割るかを試算。
(3)レバレッジ倍数を変化させ、清算近似がどれだけ内側に寄るかを可視化。
演習の目的は「価格ではなく、自分の余力で相場を見る」感覚を掴むことです。

13. 実践チェックリスト

  • 名目・乗数・損益通貨を必ず確認(USDT建て/コイン建て/JPY建て)。
  • 手数料・金利・資金調達を別トラックで集計(MTMとの差異をゼロに寄せる)。
  • ロール日・清算時刻をカレンダー化(先物)。
  • 清算価格は「近似」と「取引所提示」の両方を監視。
  • 口座単位のドローダウン・ルールを先に決め、サイズはルールから逆算。
  • 板の深さ・想定スリッページで最悪約定の損益も試算。

14. まとめ

MTMは、単なる簿記上の評価ではなく、証拠金取引の生命線です。勝ちパターンを追う前に、口座有効額・必要証拠金・清算近似の三点セットを常時把握し、「いつでも半分にできる身軽さ」を維持しましょう。これだけで、致命傷の確率は大幅に下がります。相場は明日も続きます。生き残った口座だけに、次のチャンスは訪れます。

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