「景気が悪くなると株が下がる」——この言い方はざっくりし過ぎています。相場はもっと早く、もっと局所的に“資金の詰まり”を織り込みます。特に家計向けの信用(クレジット)がどれだけ回っているかは、景気の体感より先に金融市場へにじみ出ます。
そのとき、ニュースの見出しよりも実務的に効くのが、資産担保証券(ABS)の「組成数(発行・組成された案件数や取引件数)」です。ABSは「ローンや債権を束ねて証券化し、投資家に売る」仕組みです。家計がカードを使い、オートローンを組み、分割払いをし、消費者金融が貸し、銀行が貸し、そしてそれを証券化して資金を回す。この循環が元気なら、ABSのパイプは太くなります。逆に循環が細り始めると、真っ先に詰まるのもここです。
本記事では、ABSの組成数という一見マニアックな数字を、投資判断に落とし込めるレベルまで具体化します。難しい数式は使いません。初心者でも「どこを見て」「どう解釈して」「どの資産にどう影響するか」が分かるように、例を多めに進めます。
- ABSとは何か:ローンを“売れる形”に変える金融インフラ
- 「組成数」を見る意味:金利より先に見える“供給の変化”
- 見るべきは「総数」ではなく内訳:何のABSが増え、何が止まったか
- データの取り方:個人でも追える現実的ルート
- 組成数が増える局面の読み方:良い増加と危ない増加は別物
- 組成数が減る局面の読み方:最初に止まるのは“弱いところ”
- 具体例1:クレジットカードABSが増えるのに、延滞率も上がるとき
- 具体例2:オートローンABSの組成が急減する局面
- 組成数と相場をつなぐ“橋”:スプレッド、流動性、資金調達
- 初心者が使える実践フレーム:ABS組成数を「3点セット」で監視する
- 矛盾の読み方:組成は増えるのにスプレッドが広がる、は要注意
- 日本の個人投資家はどう使うか:直接買えなくても相場材料にはなる
- 「使えるシグナル」と「使えないシグナル」を分ける
- 相場への落とし込み:ポートフォリオの“スイッチ”として使う
- 最後に:ABS組成数は「景気」ではなく「信用循環」を見る道具
ABSとは何か:ローンを“売れる形”に変える金融インフラ
ABS(Asset-Backed Securities)は、クレジットカード債権、オートローン、学生ローン、リース料債権、携帯端末の分割債権など、将来入ってくる返済キャッシュフローを束ねて証券化したものです。よく似た言葉にMBS(住宅ローン担保証券)がありますが、この記事では主に家計・個人向けの一般的なクレジット債権のABSを対象にします。
なぜ証券化するのか。端的に言えば、貸し手(カード会社、消費者金融、銀行など)が貸したローンをバランスシートに抱え続けると、資本規制・与信枠・資金調達コストの制約で、いずれ貸し出しが伸びません。そこで債権をSPV(特別目的会社)に移し、証券化して投資家に売ることで、貸し手は現金化し、また貸せる状態に戻します。家計にとっては「クレジット供給が途切れない」メリットがあり、投資家にとっては「金利収入を得る商品」になります。
つまりABSは、家計向け信用の“血液”を循環させるインフラです。血流が強ければ経済は回りますが、血管が細ると末端から冷えていきます。市場はこの冷えを、雇用統計より前に嗅ぎ取ることがあります。
「組成数」を見る意味:金利より先に見える“供給の変化”
投資家はしばしば「金利が上がると借金が苦しくなる」と考えます。これは正しいのですが、実際に相場を動かすのは“苦しくなった結果として資金の流れが変わる瞬間”です。ABSの組成数は、その瞬間をつかむのに向いています。
組成数が増える局面は、概ね次の条件が揃っています。
第一に、借り手の需要が強い(消費が元気、分割払いが増える、カード利用が増える)。第二に、貸し手が積極的(与信を伸ばす、審査を緩める、キャンペーンで借り換えを促す)。第三に、投資家が買う(ABSを受け入れるリスク許容度がある、スプレッドが納得できる、流動性がある)。この3つが揃うと、証券化の案件が回転しやすくなり、組成数が伸びます。
逆に組成数が減る局面は、どこかが詰まっています。需要が弱いのか、供給が止まったのか、投資家が引いたのか。ここを分解して考えるだけで、単なる景気観測より一段具体的な投資判断になります。
見るべきは「総数」ではなく内訳:何のABSが増え、何が止まったか
ABSは一括りにすると危険です。クレジットカードABSが増えているのに、オートローンABSが止まっている、あるいはサブプライム系の組成だけが急増している、など“質”が違うからです。初心者が最初にやるべきは、組成数を次の軸で切り分けることです。
(1)資産タイプ:クレジットカード、オートローン、学生ローン、BNPL(後払い)、個人向けローン、リースなど。
(2)与信層:プライム(優良)/ニアプライム/サブプライム。可能ならFICO帯や延滞率のレンジ。
(3)構造:リボルビング型(継続的に入れ替わるプール)か、ターム型(償還まで固定)か。一般にカードABSはリボルビングが多く、オートローンはターム型が多い傾向があります。
例えば「総件数は横ばいだが、サブプライムオートローンABSの組成が増えている」なら、景気拡大の終盤で与信が緩み始めたサインになり得ます。逆に「総件数は減ったが、プライム系だけは維持」なら、信用収縮の初期かもしれません。この“内訳の変化”が最も価値のある情報です。
データの取り方:個人でも追える現実的ルート
ABSの組成数は、株価のように誰でも同じ画面で見られるわけではありません。ただし、個人でも“十分使える粒度”で追う方法はあります。現実的なルートを3段階で紹介します。
ルートA:無料・準無料のニュース/統計(広く浅く)
金融ニュースで「ABS発行が増加」「消費者ローンの証券化が鈍化」などが定期的に出ます。ここは“変化が起きたか”の検知に使います。数値の厳密さより、方向性を早く掴む目的です。
ルートB:市場データベンダーの要約(ほどほどに深い)
完全な端末がなくても、レポートの抜粋やサマリーが公開されることがあります。「○月は自動車ABSが○件、カードABSが○件」といった粒度が出ると、投資判断に使えるレベルになります。
ルートC:公的開示・当局資料(遅いが確実)
米国ならSECの開示、各種統計、発行体の決算資料から“証券化の動き”を拾えます。遅さはあるものの、裏取りができるのが強みです。
初心者におすすめの実務フローは、ルートAで異変を掴み、ルートBで内訳を確認し、ルートCで確証を取る、という順番です。毎日張り付く必要はありません。月次〜四半期で十分です。
組成数が増える局面の読み方:良い増加と危ない増加は別物
組成数が増えたからといって、常に強気で良いわけではありません。むしろ、危ないのは「増え方が不自然」なときです。ここでは、増加を3タイプに分けます。
タイプ1:需要主導の健全な増加
雇用が強く、賃金も伸び、延滞率が低位で安定している中での増加です。カード利用が増えても返済が回っているため、証券化は自然に増えます。この局面は、株式のリスクオンと整合しやすいです。
タイプ2:供給主導の増加(与信が緩む)
競争が激しくなり、貸し手が与信を取りにいく局面です。たとえば「審査が緩い」「キャッシュバックで借り換えを促す」「長期の低金利で固定する」などが増えます。ここでサブプライム比率が上がると、後から延滞が遅れて出てきます。表面は好調でも、リスクの種が仕込まれます。
タイプ3:マーケット主導の増加(投資家が利回りに飢える)
低金利やスプレッド縮小で、投資家が利回りを求めてABSを積極的に買う局面です。発行体にとって資金調達が楽になり、組成が増えます。問題は、ここで価格が“過度に良い条件”になり、リスクが正しく値付けされない場合です。後で金融環境が引き締まると、急に止まります。
つまり「増えた」という事実だけではなく、増加の背景が何かをセットで考える必要があります。初心者のうちは、「増加しているのはどの資産タイプか」「サブプライムの比率は上がっていないか」の2点に集中すると判断がぶれにくいです。
組成数が減る局面の読み方:最初に止まるのは“弱いところ”
信用の収縮は、均一に起きません。まず弱いところが止まり、それが連鎖します。ABSの組成数が減る局面では、次の順番で変化が出やすい傾向があります。
(1)サブプライム系の新規組成が鈍る
(2)ターム型(オートローン等)の案件が細る
(3)カードABSも伸びが止まり、スプレッドが広がる
(4)資金調達コスト上昇で発行体の収益が圧迫される
この“止まり方の順番”を知っておくと、今どのフェーズかの推定ができます。たとえばサブプライムだけが止まった段階なら、株式はまだ強いかもしれませんが、ディフェンシブに寄せる準備は進められます。カードABSまで止まり始めたら、信用イベントの可能性を真面目に考える局面です。
具体例1:クレジットカードABSが増えるのに、延滞率も上がるとき
ここが初心者にとって最も混乱しやすいポイントです。「発行が増える=景気が良い」なのに「延滞が増える=景気が悪い」。両方が同時に起きることがあります。
こういう局面の典型は、インフレで生活コストが上がり、家計がカードを“生活費のつなぎ”に使い始めるときです。支出は増えるのでカード債権は膨らみ、証券化ニーズも増えます。しかし同時に、返済が追いつかず延滞もじわじわ増える。ここで重要なのは、「延滞が増えているのはどの層か」です。低所得層から先に悪化します。
投資判断としては、カード会社や消費者金融の株を強気で追うより、クレジットの質が悪化していないか(チャージオフ率、30日以上延滞率など)を確認し、リスクの取り過ぎを避けるべき局面です。株式市場はしばらく無視して上がり続けることがありますが、信用の劣化は遅れて効いてきます。
具体例2:オートローンABSの組成が急減する局面
車は高額耐久財で、金利上昇の影響を受けやすい分野です。オートローンABSの組成が急に減るときは、(A)金利上昇でローン需要が急減、(B)中古車価格の下落で担保価値が落ち、貸し手が慎重化、(C)サブプライムの延滞悪化で投資家が嫌う、のどれか(または複合)で起きます。
この局面は、景気敏感株の中でも自動車関連、消費関連、地域金融に波及しやすいです。ただし、重要なのは「いつも自動車株が売られる」という単純化ではありません。例えば大手完成車メーカーは為替や海外販売で相殺することもあります。一方で影響が直撃しやすいのは、中古車、オートローン、ディーラー金融、地方銀行の一部です。市場の連想ゲームはここから始まります。
組成数と相場をつなぐ“橋”:スプレッド、流動性、資金調達
ABSの組成数は、それ単体では投資の売買に直結しません。相場に効くルートは、だいたい次の3本です。
(1)スプレッド(信用の値段)
ABSが売れにくくなると、投資家が要求する利回りが上がり、スプレッドが広がります。これは信用市場全体のリスクオフに接続します。ハイイールド債、銀行株、景気敏感株が反応しやすい。
(2)流動性(売買のしやすさ)
ABS市場が薄くなると、資金が“より流動性の高い国債や現金”へ逃げやすい。株式市場のボラティリティが上がる前兆になり得ます。
(3)発行体の資金調達(ビジネスモデルの詰まり)
証券化が止まると、貸し手は貸し出しを絞るか、より高コストの資金調達に頼る必要があります。収益が悪化し、株価やクレジットに跳ね返ります。
この3本を意識すると、ABSの組成数という“上流の数字”が、どの資産に波及し得るかを整理できます。
初心者が使える実践フレーム:ABS組成数を「3点セット」で監視する
初心者が毎月見るべき項目を、シンプルに3点セットにします。これ以上増やすと続きません。
① 組成数(総数と主要カテゴリの数)
「増えているのか、減っているのか」。ここは方向だけでOKです。急変の有無が重要です。
② 与信の質(延滞率/チャージオフ率の方向)
組成が増えているなら、質は維持されているか。組成が減っているなら、質の悪化が原因なのか。方向を見ます。
③ 資金調達環境(短期金利・スプレッド・金融環境指数の方向)
組成数の変化が“金利のせい”なのか、“信用のせい”なのかを切り分ける材料です。
この3点セットを毎月チェックし、「矛盾が出ていないか」を見るだけで、相場の空気に流されにくくなります。
矛盾の読み方:組成は増えるのにスプレッドが広がる、は要注意
よくある危険なパターンが「組成数は増えているのに、スプレッドが広がっている」状態です。これは“発行体側が無理に出している”可能性を示します。投資家が要求する利回りが上がっているのに、発行を止められない。つまり、資金が必要で、証券化に依存している。こういう局面は、ちょっとしたショックで市場が急に閉じるリスクが上がります。
投資での行動としては、レバレッジを落とす、流動性の高い資産比率を上げる、クレジットに強く依存する銘柄(高成長だが資金繰りがタイトな企業など)への集中を避ける、といった“守り”の設計が効きやすい局面です。
日本の個人投資家はどう使うか:直接買えなくても相場材料にはなる
日本の個人投資家が米国のABSを直接売買する機会は多くありません。しかし、材料としては十分使えます。理由は2つあります。
一つは、グローバルの信用環境が米国中心に動き、リスクオフ局面では日本株も巻き込まれやすいこと。もう一つは、金融株・クレジット関連の業種は、海外の信用市場の変調を先に織り込みやすいことです。
たとえば、米国で消費者クレジットが悪化し、ABS市場が細るなら、(A)米国景気の減速懸念、(B)株式のボラ上昇、(C)安全資産志向でドルや国債が買われる、といった連想が起こり得ます。これが為替や日経平均、銀行株、景気敏感株のポジション調整に繋がります。
「使えるシグナル」と「使えないシグナル」を分ける
初心者ほど“単発のニュース”で判断しがちです。ABSはなおさらです。そこで、使えるシグナルと使えないシグナルの見分け方を明確にします。
使える:複数月続くトレンドの変化、主要カテゴリの同時変化、与信指標(延滞率等)との整合、スプレッドの方向性との一致。
使えない:単月のブレ、季節性(年末商戦など)を無視した増減、特定の大型案件の有無だけで総数が動いたケース。
実務では「3か月移動平均」で見たり、「前年同月比」で季節性を潰したりします。個人でもこの程度の工夫で、ノイズに振り回される確率が下がります。
相場への落とし込み:ポートフォリオの“スイッチ”として使う
ABS組成数は、売買シグナルというより、ポートフォリオのスイッチとして使うのが現実的です。具体的には次のような切り替えです。
・組成数が増加トレンド、質も安定:リスク資産比率を維持しやすい。
・組成数は横ばいだが質が悪化:ポジションは維持でも、リスクを取り過ぎない(集中回避)。
・組成数が減少トレンド、質も悪化、スプレッド拡大:ディフェンシブ寄り、現金比率やヘッジを検討。
・組成数が急減だが質は横ばい:金融環境(政策・流動性)のショック要因を疑う。
ここで大事なのは、いきなり100か0にしないことです。初心者ほど極端な切り替えで失敗します。スイッチは“段階的”に入れる。たとえばリスク資産の比率を一度に大きく変えるのではなく、銘柄入れ替えやポジションサイズ調整で滑らかに変える。この方が再現性が上がります。
最後に:ABS組成数は「景気」ではなく「信用循環」を見る道具
ABSの組成数は、景気予想を当てるための占いではありません。信用循環がどのフェーズにいるかを、具体的に把握するための道具です。家計のクレジットが回っているのか、どこで詰まり始めたのか。投資家がそれを受け入れているのか、拒否し始めたのか。こうした情報は、株価チャートだけを見ていると取り逃がしがちです。
初心者が勝ち残るには、「よく分からない不安」を減らし、「具体的に監視できる変数」を増やすことが重要です。ABSの組成数は、そのための有力な候補です。月に一度、3点セットで確認する。これだけでも投資行動の質は上がります。


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