- 結論:CRE空室率は「地方銀行の損失が表面化する前」に動く
- なぜ空室率が効くのか:CREの損失が銀行に届くまでの“時間差”
- CREの基本:物件タイプでリスクの質が違う
- 空室率だけでは足りない:3点セットで“損失の現実味”を測る
- 地方銀行に効く“観測指標”の具体リスト:初心者が迷わないための順番
- “どの銀行が危ないか”を絞り込む実戦フレーム
- 投資戦略:守り(回避・ヘッジ)と攻め(歪みの取り方)を分ける
- 具体例:投資家が毎月やる“30分点検”ルーチン
- データの取り方:無料で追える“代替指標”を用意しておく
- シナリオ別の“勝ち筋”:金利低下局面と景気後退局面で分けて考える
- 初心者向けのポジション設計:CREリスクは“濃淡”で管理する
- 最後のチェック:このテーマで“やってはいけない”こと
- 開示資料の読み方:銀行の「CRE感応度」を数字で抜く
- ウォッチリストの作り方:銘柄ではなく「条件」で並べる
- まとめ:空室率は「ニュースの前」に行動を変えるための指標
結論:CRE空室率は「地方銀行の損失が表面化する前」に動く
米国の地方銀行(Regional Banks)の信用不安は、株価や格付けのニュースで突然噴き上がるように見えます。しかし実務的には、火種はもっと前から燃えています。その代表が商業用不動産(CRE: Commercial Real Estate)の空室率です。空室率は、賃料収入→純営業収益(NOI)→不動産評価額→LTV(ローン残高/担保価値)→借換え可否→延滞・デフォルト、という鎖のいちばん上流にある「観測しやすい先行指標」です。
投資家がやるべきことは単純で、空室率を“数字のトレンド”として追い、同時に「借換え環境」「融資主体(地方銀行/CMBS)」「物件タイプ(オフィス/リテール/マルチファミリー等)」を分解して見ることです。この記事は、そのための具体的な手順と、株・債券・REITでの実践的な立ち回りを、初心者にも分かる順序で解説します。
なぜ空室率が効くのか:CREの損失が銀行に届くまでの“時間差”
空室率は「今すぐ損失が出る」サインではなく、損失が表面化するまでの時間差を持っています。この時間差があるからこそ、投資家にとって有利な“前兆”になります。
典型的な流れは次の通りです。まず、景気減速や在宅勤務・店舗閉鎖などでテナントが減り、空室率が上がります。空室率が上がると賃料条件は弱くなり、更新時の賃料が下がり、インセンティブ(フリーレント、内装補助)が増えます。するとNOIが落ち、キャップレート(利回り)が上がる局面では評価額が二重で下がります。
評価額が下がるとLTVが悪化し、借換えが難しくなります。ここで金利が高いと致命傷になりやすい。元々“当時の低金利”で成立していた返済計画が、借換え金利の上昇で破綻するからです。結果として、期限到来時に「延長(Extend)」「元本返済の上積み」「追加担保」を求められ、それができない借り手は延滞へ進みます。銀行側の損失認識はさらに遅れ、与信費用の増加→自己資本比率の悪化→株式・社債市場での調達コスト上昇、という形で後から来ます。
つまり、空室率は“信用不安のニュース”より先に動き、しかも四半期単位で追える。これが投資家にとっての武器です。
CREの基本:物件タイプでリスクの質が違う
「CRE」と一括りにすると読み違えます。銀行の損失は、どのタイプの不動産に貸しているかで性格が変わります。
オフィス:構造変化が最大。空室率の上昇が“戻りにくい”
オフィスは在宅勤務・ハイブリッド勤務の定着で、需要が景気循環だけで説明できない構造変化を抱えています。空室率が上がるだけでなく、「質への逃避」が起きやすい。良い立地・新しい設備のAクラスに需要が集中し、古いB/Cクラスが空洞化します。同じ都市でも勝者と敗者が分かれるため、平均値だけ追うと危険です。
リテール:二極化。生活必需型は強く、弱いモールは脆い
リテールはEC化で長期トレンドとしては逆風ですが、食料品スーパー中心の近隣型(Neighborhood)や、立地の強い施設は意外に底堅い。一方で客足の戻らないモール型は、空室率の悪化が評価額に直撃しやすい。銀行がどちらに融資しているかの見極めが重要です。
マルチファミリー(集合住宅):金利と供給が鍵。短期で揺れる
集合住宅は需要が厚い一方、開発が増えた地域では供給過多で賃料が急に弱くなることがあります。オフィスほどの構造変化ではないが、金利上昇局面ではキャップレート上昇の影響を受けやすい。地方銀行がアパート融資に偏っている地域では要注意です。
インダストリアル/物流:比較的強いが“景気後退”には反応する
物流施設は中期的に強いとされますが、輸送量の減速や在庫調整が進むと、空室率はじわっと上がります。ここは“景気連動”が強めで、景気後退のシグナルとして使いやすいタイプです。
空室率だけでは足りない:3点セットで“損失の現実味”を測る
空室率は入口です。地方銀行リスクに落とすには、次の3点セットで見るのが実戦的です。
①空室率(Vacancy)と賃料(Rent)の同時チェック
空室率が上がっても賃料が粘っているなら、まだ“調整”で済む可能性があります。逆に空室率が横ばいでも、賃料の下落や譲歩(フリーレント増、TI増)が増えているならNOIは悪化します。賃料は表面上維持でも、実質賃料が下がっているケースがあるので注意してください。
②借換えの壁:金利とスプレッド、LTVの再計算
銀行危機を生むのは「借換え不能」です。投資家がやるべき計算は難しくありません。例えば、物件のNOIが年間100万ドル、キャップレートが5%なら評価額は2000万ドルです。ローン残高が1400万ドルならLTVは70%でギリギリ成立します。
ここでNOIが10%落ちて90万ドル、キャップレートが6%に上がると、評価額は1500万ドルに下がります。ローン残高が変わらないならLTVは93%まで悪化します。銀行が許容するLTVが70%なら、借り手は元本を約350万ドル返して1050万ドルにしないと借換えできません。これが現実的でないと、延滞や物件放棄(Jingle Mail的な行動)に繋がります。
③“誰が持っているか”:地方銀行か、CMBSか、プライベートクレジットか
同じ不動産でも、資金の出し手で市場への波及が変わります。地方銀行が多く持つ分野なら、損失は銀行の資本を削り、貸出態度の厳格化(信用収縮)に直結します。CMBS(商業用不動産担保証券)なら市場価格の下落として先に見え、スプレッド拡大が警戒サインになります。プライベートクレジットが増えている領域は、流動性が低く、問題が“遅れて見える”ので、公開データの少なさがリスクです。
地方銀行に効く“観測指標”の具体リスト:初心者が迷わないための順番
指標は多すぎると続きません。優先順位を付けます。まずは「空室率→延滞→銀行の健全性」の順で見てください。
ステップ1:空室率・賃料(都市別/物件タイプ別)
追うべきは全国平均ではなく、特定都市のオフィス空室率です。地方銀行は地場集中が多く、都市・地域の偏りが大きいからです。あなたが投資対象にしている銀行が強い州・都市を調べ、そこでの空室率推移を追います。
ステップ2:CREローンの延滞率・期限到来の山(Maturity Wall)
空室率が悪化しても、契約期間が残っていれば延滞はすぐには増えません。そこで重要なのが「いつ借換えが必要になるか」です。期限到来が集中する年(山)が近いほど、空室率の悪化が“損失”に変わる速度が上がります。
ステップ3:銀行側の数字(与信費用、NPL、引当、預金流出、資本比率)
最後に銀行の数字を見ます。与信費用(Provision)の増加は、経営がリスクを認識したサインです。NPL(不良債権)比率や引当金カバレッジ、預金の流出、資本比率(CET1等)は「市場が耐えられるか」を判断する材料になります。
“どの銀行が危ないか”を絞り込む実戦フレーム
初心者が最初につまずくのは「結局どの銘柄を避ければいいのか」です。ここでは、個別銀行を名指ししなくても使える絞り込みフレームを提示します。
フレームA:地理集中+オフィス偏重+高LTVの三重苦
地理集中が強い銀行は、地域の不動産市況が悪いと逃げられません。そこにオフィス偏重が乗ると、構造変化の影響が直撃します。さらに過去に競争でLTVを緩めていた場合、評価額下落で一気に水面下になります。年次報告書や投資家向け資料で、CREの構成比、オフィス比率、ローンのLTV分布、金利タイプ(固定/変動)を確認します。
フレームB:預金の質が弱い(無保険預金比率が高い)
CREの損失は、預金が安定していて初めて“時間を稼げる”問題です。無保険預金が多い銀行は、信用不安が出た瞬間に資金調達コストが跳ねます。ここはCREそのものではないですが、CREショックが起きたときの脆弱性を左右します。
フレームC:資本バッファが薄いのに株主還元を急ぐ
自社株買いや増配は魅力的ですが、資本が薄い局面での還元は、将来の増資リスクを高めます。CREの懸念があるのに強い還元を続ける銀行は、マーケットが疑いを強めたときに急落しやすい。
投資戦略:守り(回避・ヘッジ)と攻め(歪みの取り方)を分ける
CREリスクは「逃げるだけ」では終わりません。市場は過剰反応もします。守りと攻めを分けて設計してください。
守り①:銀行株を触るなら“CRE感応度”を下げる
銀行セクター全体が売られる局面でも、ビジネスモデルが異なる銀行は耐えます。例えば投資銀行・手数料比率が高い銀行、CRE比率が低い銀行、地理分散が進んだ銀行などです。指数(ETF)で買うとCREの悪い銘柄も混ざるため、個別の分解が効きます。
守り②:債券(優先株・社債)でリスクを取り直す
同じ銀行に投資するなら、株より上位の資本(優先株や社債)で期待値を取りに行く発想があります。信用不安の局面では利回りが跳ねるため、財務が耐えると見た銘柄で“順位の優位”を使う。ただし流動性が落ちるので、ポジションサイズは小さく、指値前提が現実的です。
守り③:不動産関連の“二次波及”に注意する
CREが悪化すると、直接の貸し手だけでなく、建設、内装、オフィス家具、商業施設の運営、地銀が強い地域の中小企業まで影響が広がります。相関で巻き込まれやすい銘柄群を事前に把握し、レバレッジを落とすのが実務的です。
攻め①:パニックは“時間差”で買う——指標で条件を決める
攻めるなら、ニュースで買うのではなく、条件を先に決めます。例えば「空室率は悪いが、延滞率はピークアウトし始めた」「借換えの山を越える見通しが立った」「銀行の引当が先行して積まれた」など、損失の天井が見えたときです。これを満たさない段階での逆張りは、下落トレンドの中に飛び込むだけになりがちです。
攻め②:REITは“タイプ選別”がすべて
オフィスREITはリスクが大きい一方、住宅・データセンター・物流などは性格が違います。CRE不安でREIT全体が売られても、キャッシュフローの質が違えば戻りも違う。分配金利回りだけで飛びつくと、減配リスクを踏みます。空室率の見方をREITのポートフォリオに当てはめてください。
攻め③:クレジット市場(スプレッド)を“警報機”にする
株はストーリーで乱高下しますが、クレジットスプレッドは資金の現実を映します。地方銀行やCMBSのスプレッド拡大が止まり、出来高が戻る局面は、リスクがピークアウトした可能性が高い。スプレッドは難しそうに見えますが、まずは「広がっているか、縮んでいるか」を見るだけで十分役に立ちます。
具体例:投資家が毎月やる“30分点検”ルーチン
最後に、継続できる形に落とし込みます。毎月の月初に、次の順で30分だけ点検してください。
まず、関心のある都市(例:あなたが注目している銀行の地盤)について、オフィス空室率の前年差と前月差を確認します。次に、CREローン延滞率の推移と、期限到来が集中する年の話題が増えていないかを確認します。最後に、投資対象の銀行が決算で与信費用を積み増したか、預金が減っていないか、株主還元の姿勢が変わったかをチェックします。
この3つが揃って悪化するなら、リスクは“加速局面”に入っています。逆に、空室率が高止まりでも、延滞が鈍化し、銀行が先回りで引当を積み、預金が安定しているなら、マーケットの悲観が行き過ぎている可能性があります。ここが、投資家が“儲けに近づく”分岐点です。
データの取り方:無料で追える“代替指標”を用意しておく
空室率そのものは、民間の不動産データ(CBRE、JLL、Cushman、CoStarなど)に依存することが多く、無料で完璧に揃えるのは難しいです。そこで、投資家は「空室率の代わりに効く、無料で継続できる指標」をセットで持つと強い。
具体的には、(1)商業用不動産ローンの延滞率(特にオフィス関連)、(2)CMBSの延滞・特別サービシング比率、(3)銀行のCRE貸出残高の伸び率と与信費用、(4)地域別の雇用(オフィス需要に効くのはホワイトカラー雇用)、(5)FRBの金融環境(政策金利と長期金利)です。空室率が取れなくても、これらが同時に悪化するなら「空室率も悪い」と推定できます。
初心者がやりがちな失敗は、SNSの断片的な数字に飛びついて、検証せずに売買することです。ソースが安定している指標だけに絞り、毎回同じ場所で確認する——これがリスク管理として最も効きます。
シナリオ別の“勝ち筋”:金利低下局面と景気後退局面で分けて考える
CRE問題は「金利が下がれば解決」と単純化されがちです。現実はもう少し分岐します。投資家は少なくとも次の2シナリオを分けて考えてください。
シナリオ1:金利低下(ソフトランディング寄り)
長期金利が低下し、借換え金利が下がると、評価額の下押しが緩み、借換えの成功率が上がります。この場合、空室率が高止まりでも「倒れない」物件が増え、延滞が伸びにくくなります。市場は先回りで地方銀行株を買い戻し、クレジットスプレッドも縮みやすい。ここでは、“財務が耐える銀行”のリバウンドを狙う戦略が有利になります。
シナリオ2:景気後退(ハードランディング寄り)
景気後退になると、空室率の悪化が賃料下落に波及し、NOIが落ちます。金利が下がっても、そもそもの収益が崩れるので評価額が戻りません。結果として、借換えの壁が「金利」ではなく「収益力」由来になります。この局面での逆張りは危険で、攻めるなら“損失の底”を確認してからです。守りとしては、銀行へのエクスポージャーを減らし、キャッシュフローが安定した資産(質の高い国債、ディフェンシブ株、短期商品など)に寄せるのが合理的です。
初心者向けのポジション設計:CREリスクは“濃淡”で管理する
初心者が最初に作るべきは、「当たるか外れるか」の予想ではなく、外れても致命傷にならないポジション設計です。CREのようにテールリスクがあるテーマでは、レバレッジをかけない、分散を効かせる、出口条件を決める——この3つが最重要です。
具体的には、地方銀行や高リスクREITを買う場合でも、ポートフォリオの一部(例えば数%)に抑え、損失許容額を先に決めます。逆に「守り」の資産を厚めにし、CRE不安が高まる局面では守りを増やし、リスクが沈静化する局面で段階的に戻す。これをルール化すると、感情に振り回されません。
最後のチェック:このテーマで“やってはいけない”こと
最後に、実害が出やすいNGを明確にします。第一に、空室率の単月のブレで結論を出すこと。第二に、全国平均だけで判断すること。第三に、配当利回りだけで銀行株やREITに飛びつくこと。第四に、借換えの壁(期限到来と金利)を無視すること。第五に、損失が顕在化するまでの時間差を理解せず、ポジションを大きくすること。
これらを避け、この記事のフレームで「空室率→借換え→延滞→銀行財務」の鎖を追えば、CREショックは“恐れるだけの材料”ではなく、優位性を作る材料になります。
開示資料の読み方:銀行の「CRE感応度」を数字で抜く
個別銀行を分析する場合、難しいモデルは不要です。見る場所を固定すれば、初心者でも十分に比較できます。まず年次報告書(10-K)や四半期報告書(10-Q)で、貸出ポートフォリオの内訳にあるCREの比率を確認します。次に、その中の内訳(オフィス、リテール、マルチファミリー、建設・開発、ホテル等)が出ていれば、オフィスと建設・開発の比率を最優先でチェックします。
次に、満期構成です。今後1~3年で満期が集中しているか、固定金利と変動金利の割合はどうか。借り手側の返済余力に直結します。最後に、貸倒引当金の積み方(引当の増減、NPLに対するカバレッジ)を見ます。ここが薄いのに「見通しは良好」と強気に言っている銀行は、マーケットが疑いを持ちやすい。
この3点(比率、内訳、満期/引当)をテンプレとして毎回同じ順に見るだけで、分析の再現性が上がります。情報の非対称性が小さくなるので、投資判断のブレも減ります。
ウォッチリストの作り方:銘柄ではなく「条件」で並べる
最後に、実務上もっとも効く工夫を一つ。ウォッチリストは銘柄名で並べるのではなく、「条件」で並べてください。例えば(A)オフィス比率が高い、(B)地理集中が強い、(C)無保険預金比率が高い、(D)引当が薄い、(E)満期の山が近い、のようにラベルを付けます。市場が荒れたとき、あなたがすぐに「何が原因で売られているのか」を切り分けられるようになります。
これができると、ニュースに反応して右往左往する状態から抜け出し、価格の歪みが出たときにだけ淡々と動けます。投資で一番強いのは、結局この“ルーチン化”です。
まとめ:空室率は「ニュースの前」に行動を変えるための指標
米国CREの空室率は、地方銀行の不良債権リスクを早期に察知するうえで、最も扱いやすい先行指標の一つです。ただし全国平均ではなく、都市・物件タイプ・借換え環境・保有主体まで分解して見ないと、判断を誤ります。
あなたがやるべきことは、空室率を起点に、延滞と借換えの壁を挟み、銀行の財務に落とす“因果の鎖”を頭に入れること。そして守りと攻めを分け、条件が揃ったときだけポジションを取ることです。これだけで、CREショックのたびに振り回される側から、歪みを取りに行く側に回れます。


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