株式・FX・暗号資産のいずれの市場でも、同じ満期のオプションであっても権利行使価格ごとにインプライド・ボラティリティ(以下、IV)が異なります。この形状は一般に「ボラティリティ・スマイル」あるいは「スキュー」と呼ばれます。スマイルの傾きや曲率は、投資家のリスク回避度やヘッジ需要、クラッシュリスクの織り込み、商品特有の需給などを映します。本稿では、スマイルを定量化→観察→意思決定→執行→検証という順で扱い、初めての方でも今日から使える手順に落とし込みます。数式は最小限に留め、再現可能なチェックリストと発注例を添えます。
1. なぜ「スマイル/スキュー」が生まれるのか
スマイルは「市場がどの方向のテールをより恐れているか」を示す温度計です。株式指数では下方向(急落)に対する保険需要が強いため、OTMプットのIVが高く、右肩下がりのスキューが一般的です。一方、コモディティや暗号資産では供給ショックやショートスクイーズへの警戒が強く、OTMコールのIVが高いコールスキューが観測される場面があります。FXでは通貨ごとのファンダメンタルズ(経常収支、政策金利、介入リスク)により、リスクリバーサル(RR)で表される非対称性が繰り返し現れます。
- 株式指数:プット需要 → プットIV > ATMIV > コールIV
- コモディティ/暗号資産:供給制約・上方テール → コールIV > ATMIV > プットIV
- FX:通貨ペア固有のテールリスク → RR(25Δ)が一定方向へ歪む
2. スマイルを定量化する——RRとBF、スロープと曲率
スマイルを「目視」だけに頼ると再現性が落ちます。そこで以下の定義を使います。
25Δリスクリバーサル(RR25):25デルタ・コールIV − 25デルタ・プットIV。株式指数で通常は負(プット高)。
25Δバタフライ(BF25):0.5 × (IV25C + IV25P) − IVATM。スマイルの「曲率」。
スロープ:行使価格Kまたはデルタに対するIVの一次導関数の近似。
曲率:同、二次導関数の近似。
実務では、同満期内でATM、±10Δ、±25ΔなどのIVを抜き出し、RRとBFを毎日スプレッドシートに記録します。RRが過去分布から大きく乖離していれば、非対称なプレミアムが発生している可能性が高くなります。
3. 実務の見方——どの板・どの比較を重視すべきか
- 満期を固定:まずは最も出来高の多い近月・第2限月に限定します。
- デルタ基準で比較:同じデルタ(例:25Δ)でコールとプットのIVを比較します。権利行使価格ベースよりブローカー間の差が出にくく、歪みの把握が安定します。
- IVと原資産ボラの関係:過去5〜20営業日の実現ボラ(HV)とATMIVの乖離を見ることで、全体的な「高すぎ/安すぎ」を把握します。
- 出来高・建玉:歪みが見えても薄い板では執行コストが跳ね上がります。スプレッド、建玉の偏りを確認します。
4. ミニケーススタディ(仮想データ)
以下は同満期(30日)の仮想データです。原資産価格は 10,000 とします。
系列 | 25ΔプットIV | ATMIV | 25ΔコールIV | RR25 | BF25 |
---|---|---|---|---|---|
株式指数型 | 28% | 22% | 19% | -9pp | 1.5pp |
コモディティ/暗号資産型 | 24% | 26% | 33% | +9pp | 2.5pp |
株式指数型ではプットが割高(RR25が負)。この場合、素のプット売りはテールで痛い目に遭いやすい一方、クレジット・プットスプレッド(高IVプットを売り、さらに下のプットを買ってテールを限定)は歪みの恩恵を取りつつ、最悪損失を限定できます。コモディティ/暗号資産型のコールスキューでは、カバードコールやコールクレジットスプレッドが候補になります。
5. 歪みから取る戦略カタログ(保守的順)
5-1. クレジット・プットスプレッド(株式指数のプット高に対処)
構成: 25Δプットを売り、さらに下のプット(例:10Δ)を買う(同満期)。
狙い: プットIVの割高さ(RR25が負)をプレミアムで取りつつ、下方テールを買いで限定。
損益: 受取プレミアムが最大利益。最大損失はストライク差 − 受取プレミアム。
数値例(仮想): 原資産10,000、満期30日。25ΔプットIV=28%、10ΔプットIV=32%。行使価格はそれぞれ 9,500 / 9,000。
プレミアム例:売り9,500P=240、買い9,000P=110 → ネット受取=130。最大利益=130、最大損失=(500−130)=370。
プット単体売りと比べ、テールの被弾幅を限定できます。
5-2. リスクリバーサル(RR)で方向と歪みを同時に表現
構成: 25Δのプットを売り、25Δのコールを買う(同満期)。
狙い: RR25が負(プット高・コール安)なら、プットの割高を売ってコールの割安を買う。方向(上)と歪みの同時表現。
注意: 片側裸のショートが含まれるため、急落時の下方テールに注意。サイズは控えめに。
5-3. コールクレジットスプレッド(コールスキューに対処)
コモディティや暗号資産でOTMコールが高いとき、より上のコールを買ってテールを限定したクレジットスプレッドが有効です。
数値例(仮想BTC): 25ΔコールIV=33%、10ΔコールIV=38%、原資産10,000、行使11,500Cを売り(受取220)、12,500Cを買い(支払80)、ネット受取140。最大損失=(1,000−140)=860。
5-4. スマイルの曲率を売買する——同満期バタフライ
構成: ATMを2枚売り、上下OTMを1枚ずつ買う(デビット型/クレジット型の選択はIV次第)。
狙い: IVの曲率(BF)が高いときに恩恵。価格がATM近辺にとどまる見立て。
注意: ガンマ・センスが必要でサイズは小さく。
5-5. カバードコール/プロテクティブプットのIV最適化
配当やキャリーを考えつつ、RRがマイナスでプット高なら、裸のプロテクティブプットではなく、プットの買いコストを抑えるためにプットの垂直スプレッド化を検討します。逆にコールスキューが強いなら、カバードコールの受取プレミアムが平時より太くなる傾向があります。
6. 2つの実践シナリオ(仮想)
6-1. 日本株インデックスETF × プットスキュー
状況:満期30日、ATMIV=22%、25ΔP=28%、25ΔC=19%、RR25=-9pp。
戦術:9,500P売り/9,000P買いのクレジット・プットスプレッド(ネット受取130)。
想定:
- 原資産が9,600〜10,600 => 最大利益(130)実現の可能性高い。
- 9,000〜9,500 => 部分的に利益縮小、最悪でも損失は370に限定。
- <9,000 => 最大損失370。ただし単体プット売りより被害は限定。
6-2. BTC × コールスキュー
状況:満期30日、ATMIV=26%、25ΔC=33%、25ΔP=24%、RR25=+9pp。
戦術:11,500C売り/12,500C買いのコールクレジットスプレッド(受取140)。
想定:
- 原資産が11,500未満 => 最大利益140。
- 11,500〜12,500 => 利益縮小。
- >12,500 => 最大損失860。ただし裸のコール売りを避けてテール限定。
7. リスク管理——「歪み」だけでは勝てない理由
- 執行コスト:IVが割高でも、ビッド・アスクが広いと優位性が消えます。リミット注文、板の厚み確認は必須です。
- テールリスク:スマイルが教えるのは「市場が恐れている方向」。恐れが現実化した瞬間のギャップや清算に備え、垂直スプレッド化やサイズ調整を徹底します。
- 時間リスク:シータの流出入。短期のクレジット系は時間に味方されますが、イベント前は逆風になり得ます。
- ポジション相関:同じ方向のスキューを複数銘柄で売ると、下落局面で同時にやられます。銘柄分散・満期分散を意識します。
8. 週次ルーティン(再現手順)
- 対象を2〜3銘柄に絞る(例:主要株価指数、主要コモディティ、BTC)。
- 満期を1つ選定(最も流動性の高い近月)。
- ATM、±10Δ、±25ΔのIVを取得し、RRとBFを計算。過去4〜12週間でヒートマップ化。
- RRとBFが過去分布の上位/下位20%から外れていればアラート。
- 戦略テンプレート(プット/コールのクレジット・スプレッド、RR、同満期バタフライ)をリスク上限内で発注候補に。
- 執行後は手数料・スリッページまで含めた損益とIVの推移を記録。勝敗ではなく期待値(エッジ)の一貫性を評価します。
9. スプレッドシート関数の雛形
RR25 = IV_25C - IV_25P
BF25 = 0.5 * (IV_25C + IV_25P) - IV_ATM
Slope (近似) = (IV_25C - IV_25P) / (K_25C - K_25P)
週次でRR25とBF25を並べ、条件付き書式で極端値を色分けします。執行日は黄色、イベント前後は赤でマーキングします。
10. よくある誤解
- 「IVが高い=売り」:イベント直前の高IVは正当化されることが多く、売ると踏み潰されます。過去分布の中で「異常に」高いかを確認します。
- 「スキューは常に一定」:流動性危機・政策ショックで一夜にして反転します。RRのトレンドを追います。
- 「裸売りの方がリターンが大きい」:数回の小勝ちを一撃が吹き飛ばします。スプレッドでテールを限定する設計を基本とします。
11. 行動プラン(今日から)
- 対象を1つ選定(例:国内主要指数)。満期は近月に固定。
- ATM、±25ΔのIVを毎日記録。初週は眺めるだけでOK。
- RR25が過去4週間のレンジを外れた日に、小ロットでテンプレ戦略を1つ発注。損失上限は口座の1%以内。
- 翌日、IVの再評価。期待通りなら半分利確、逆走ならプレミアムの半分で損切りするルールを事前に決めます。
- 週末に結果を集計し、次週のサイズと戦略を調整します。
12. まとめ
ボラティリティ・スマイルは市場参加者の恐れと欲望の地形図です。重要なのは「地形を読む→期待値のある構造で賭ける→テールを限定する」という一貫したプロセスです。RRとBFという2つの物差しを使えば、主観に頼らず、歪みから実利を積み上げる再現性が高まります。今日から小さく始め、記録と検証で自分のエッジを育てていきましょう。
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