中国の景気は、世界の製造業サイクル、資源価格、アジア株、そして日本株の景気敏感セクターにまで波及します。ところが初心者の多くは「GDPの速報」や「株価指数の値動き」だけで中国景気を判断しがちです。GDPは遅い、株価は政策や需給で歪む。そこで使い勝手が良いのが社会融資総量(TSF:Total Social Financing)です。
社会融資総量は、ざっくり言えば「中国経済に流れ込む信用(カネ)の蛇口が、どれだけ開いているか」を可視化した指標です。重要なのは、TSFを「数字の大小」で眺めるのではなく、構成と変化率、さらにクレジットインパルス(信用の加速度)として読んで、投資の意思決定に落とすことです。この記事では、TSFの読み方をゼロから解説し、最後に「日本の個人投資家が再現できる監視・売買ルール」まで具体化します。
- 社会融資総量(TSF)とは何か:初心者がつまずくポイントを先に潰す
- TSFの構成:何が増えると“効きやすい”のか
- 最重要概念:クレジットインパルス(信用の加速度)
- TSFを見る手順:初心者でも再現できる“3枚のダッシュボード”
- ダッシュボード1:フロー(当月増加)のトレンドを把握する
- ダッシュボード2:構成比の変化で“効き方”を推測する
- ダッシュボード3:クレジットインパルスで“相場の先回り”を狙う
- 景気刺激の「効き目」を見抜く:TSFだけでは足りない補助指標
- TSFが効くと、どの資産が先に動くのか:波及の順番を理解する
- 日本の個人投資家向け:TSFを使った具体的な投資シナリオ設計
- “勝率が上がる”具体的ルール:エントリーとエグジットを数字で決める
- 落とし穴:TSFが増えても儲からない“典型パターン”
- 初心者向けの“観測リスト”:毎月どこを見れば良いか
- まとめ:TSFは「中国景気」ではなく「世界のリスク許容度」を読む道具
社会融資総量(TSF)とは何か:初心者がつまずくポイントを先に潰す
TSFは「融資」「社債」「株式」「シャドーバンキング的な信用」など、実体経済への資金供給を広めに合算した指標です。銀行融資だけでは捉えきれない信用の増減を拾うのが目的で、当局の統計として月次で公表されます。
ここで初心者が混乱するのが、次の3点です。
- ストックとフローの混同:TSFには「残高(ストック)」と「当月増加(フロー)」があります。投資判断では、まずフローを中心に見ます。なぜなら景気は「新しく増えた信用」の影響を強く受けるからです。
- 季節性:旧正月や年度末などで融資の前倒し・後ろ倒しが起き、月次はブレます。単月で判断すると誤判定が増えます。
- 構成の変化:同じTSF増でも、中身が「銀行融資」なのか「社債」なのか「手形」なのかで、景気への効き方が違います。数字だけ追うと、重要なシグナルを取り逃がします。
TSFの構成:何が増えると“効きやすい”のか
TSFの主な構成要素は、イメージとして次のように整理できます(名称は発表体系で細部が変わることがありますが、考え方は同じです)。
1)人民元建て銀行貸出(新規融資)
最も直感的で、景気への波及が比較的わかりやすい項目です。企業向け融資が増えれば設備投資や運転資金に回り、家計向け(住宅ローン等)が増えれば不動産・消費に波及しやすい。ただし、不動産規制や信用配分(どの業種に貸すか)の影響で「増えているのに景気が弱い」という局面も起きます。
2)社債・企業債の純発行
社債が出しやすい環境は、金融環境の緩さを示します。社債が増えると、銀行貸出以外のルートで資金が回り、資本市場経由の信用拡張が進みます。逆に社債が細ると、信用収縮のサインになりやすい。特に中国は政策スタンスの変化で、社債市場が急に“開く/閉じる”ことがあります。
3)委託貸付・信託貸付など(影の信用)
いわゆるシャドーバンキング系です。ここが増える局面は、規制が緩いか、表の銀行融資で賄えない需要があるかのどちらかです。景気の短期的な押し上げには効くことがありますが、リスクの温床になりやすいので、増え方が急な時は「リスクオン」ではなく“後で揺り戻しが来る可能性”も同時に警戒します。
4)手形(銀行引受手形など)
企業間の決済・短期資金繰り色が強い項目です。景気が弱いときに増えることもあり、他項目とセットで解釈が必要です。初心者は、ここ単体で強気・弱気を決めない方が安全です。
5)株式・エクイティ調達
株式発行などによる資金調達です。増える時は市場環境の改善や政策支援が背景にあることが多い一方、増えすぎると「株の供給増」で上値を抑えることもあります。投資戦略上は、TSFの中でも“補助的”に扱うのが無難です。
最重要概念:クレジットインパルス(信用の加速度)
TSFは「増えている/減っている」だけだと誤判定が多い。そこで使うのがクレジットインパルスです。簡単に言えば、信用供給の伸びが“加速”しているのか、“減速”しているのかを表す考え方です。
初心者向けに噛み砕くと、次のたとえが効きます。
・車の速度(景気の勢い)を見たいのに、アクセル(信用供給)だけ見ているのがTSFの“水準”チェック。
・アクセルを踏み増している(加速)か、戻している(減速)かを見るのがクレジットインパルス。
景気や資源価格、景気敏感株は、しばしば「信用が増えている」より「信用が加速している」段階で先に動きます。だから、投資で勝率を上げたいなら、TSFの読み取りは「加速/減速」を中心に組み立てるべきです。
TSFを見る手順:初心者でも再現できる“3枚のダッシュボード”
ここからが実務的(=運用で使える)な部分です。TSFは複雑に見えますが、初心者が監視すべき画面は3枚で足ります。
ダッシュボード1:フロー(当月増加)のトレンドを把握する
まず月次のTSFフロー(当月増加)を、3か月移動平均でならします。単月のブレを無視し、トレンドだけ掴むためです。ここで見るのは「増えているか」ではなく、移動平均が上向きか下向きかです。
例:TSFフローの3か月移動平均が、数か月にわたり切り上がっている場合。これは「政策が信用供給を緩めている」可能性が高く、資源・景気敏感株にとって追い風になりやすい。ただし、次のダッシュボード2で“質”を確認しないと危険です。
ダッシュボード2:構成比の変化で“効き方”を推測する
TSFが増えていても、内訳が「短期の繋ぎ資金」中心なら、実体経済には弱くしか波及しません。そこで、主要項目の寄与度(どの項目が増減に効いているか)を追います。
初心者が最初に押さえるべきシンプルな読み方は次の通りです。
- 企業向け銀行融資+社債が強い:設備投資・生産活動に波及しやすい。資源・機械・素材に追い風。
- 住宅ローン等の家計向けが強い:不動産・家電・内需に波及しやすい。リスクは政策の反転。
- 信託・委託など影の信用が急増:短期の景気押し上げはあり得るが、後に規制強化で逆回転しやすい。上げを追うより“出口”を意識。
ここで重要なのは、「中国が刺激している」という話を聞いたとき、本当に実体に効く信用が増えているかをTSF内訳で裏取りすることです。ニュースやSNSの楽観論に乗らないための防波堤になります。
ダッシュボード3:クレジットインパルスで“相場の先回り”を狙う
クレジットインパルスは、厳密に計算するならGDP比で二階差分などが使われますが、初心者がまず運用に落とすなら次で十分です。
(簡易版)TSFフローの前年比(YoY)が上向きに転じたか
ポイントは「プラスかマイナスか」よりも、底打ちして上向きに転じた瞬間を捉えることです。相場は“改善の兆し”を最初に買い、数か月後に実体が付いてくる、という順番になりやすいからです。
具体例として、TSFの前年比が長く低下していたのに、ある月を境に下げ止まり、翌月も改善が続いたとします。このとき、資源価格(銅・鉄鉱石など)や、資源国通貨(豪ドルなど)、中国関連株が先に反応しやすい。逆に、前年比の改善が一度出ても翌月に失速したなら、反発は短命になりやすい。つまり“2回確認”が有効です。
景気刺激の「効き目」を見抜く:TSFだけでは足りない補助指標
TSFは強力ですが万能ではありません。初心者が誤判定しやすいのは、信用が出ているのに需要が弱く、資金が回らない局面です。ここを見抜くために、TSFとセットで見たい補助指標を3つに絞ります。
1)不動産関連:販売・着工・価格指標
中国は不動産の比重が大きく、住宅市場が詰まると信用が実体に波及しにくい。TSFで家計向け融資が増えていても、不動産の需給が悪ければ効果は薄い。初心者は「不動産が底打ちしているか」だけでも意識すべきです。
2)企業の在庫サイクル:在庫と生産の関係
信用が増えても、在庫が過剰だと企業は生産を増やしません。資源価格は、在庫調整の終盤で強くなりやすい。TSFが改善しているのに銅が重いときは、在庫や需要側の詰まりを疑います。
3)金融市場のストレス:人民元・オフショア金利・株式の信用指標
政策が信用を供給しても、市場が不安定なら資金は守りに回ります。人民元が急に弱含んだり、資金調達コストが跳ねたりする局面では、TSFの改善が相場に直結しないことがあります。
TSFが効くと、どの資産が先に動くのか:波及の順番を理解する
初心者にとって最大の価値は「どれを買う(あるいは避ける)べきか」ではなく、波及の順番を知り、先回りすることです。一般に、TSFの改善が効き始めると次のような順番になりやすい。
(1)中国関連のリスクセンチメント
香港株、中国ハイテク、資源株などの指数が先に動きます。理由は単純で、投資家が「政策の方向」を材料に先回りするからです。
(2)コモディティ(銅、鉄鉱石、原料炭など)
実需が増える前でも、先物市場は期待で先に反応します。特に銅は「世界景気の温度計」として扱われやすい。
(3)資源国通貨・新興国資産
豪ドル、ブラジル、チリなど、資源・中国需要に敏感な市場が動きます。ただしボラティリティが高いので、初心者はポジションサイズを小さく始めるのが現実的です。
(4)日本株の景気敏感セクター
機械、素材、海運、化学などが反応しやすい。日本株は「米国×中国」の両方の影響を受けるので、米国要因が強い局面では中国の改善が埋もれることもあります。
日本の個人投資家向け:TSFを使った具体的な投資シナリオ設計
ここからは、実際に行動に落とすための“型”です。初心者がやりがちなのは、TSFの数字を見てすぐに大きく張ること。これは危険です。TSFは月次で、反応は市場に織り込まれていることも多い。したがって、シナリオを3つに分けて、対応を決めておきます。
シナリオA:TSFトレンド上向き+内訳が実体向け(企業融資・社債)+補助指標も改善
これは最も“素直に効く”局面です。初心者なら、個別株を当てに行くより、まずは「景気敏感のバスケット」に寄せる方が再現性が高い。例えば、素材・機械・資源関連のETFやセクター分散された銘柄群で、分割で入ります。エントリーは「TSF改善が2回続いた後」「価格が50日線を上回り、押し目を作った後」など、テクニカルでタイミングを合わせると失敗が減ります。
シナリオB:TSFは上向きだが、内訳が短期資金中心/不動産が弱い
この局面は“期待相場”になりやすく、上げても失速しやすい。やるなら短期で、利確も早め。初心者は、ここで無理に勝ちに行かない方が良い。監視の中心は「人民元の安定」「資源価格の追随」「株式市場の信用ストレス」の3つです。どれかが崩れたら撤退の合図にします。
シナリオC:TSFが減速(前年比が悪化)+信用ストレスが上昇
これはリスクオフです。中国関連だけでなく、世界の景気敏感が一斉に弱くなる可能性があります。初心者は「下げを当てる」よりも、ポジションを軽くし、現金比率やディフェンシブを増やす方が勝率が高い。もしヘッジを使うなら、ルールを固定して小さく(例:指数の短期ヘッジ、あるいは円高耐性を上げるなど)。
“勝率が上がる”具体的ルール:エントリーとエグジットを数字で決める
初心者が利益を残せない最大の原因は、「良い話」を聞いた後に高値掴みし、悪い話が出てから投げることです。TSFを使うなら、逆の順番で動くルールを作ります。
エントリー条件(例)
・TSFフロー3か月移動平均が上向きに転じた(前月比で上昇が確認できる)
・TSF前年比が下げ止まり、2か月連続で改善した
・内訳で「企業融資または社債」が改善に寄与している
この3点が揃ったら、いきなり全力ではなく3回に分けて入ります。1回目は小さく、2回目は市場が押したところ、3回目は上昇トレンドが確認できたところ。これだけで大きな失敗が減ります。
エグジット条件(例)
・TSF前年比が再び悪化に転じ、翌月も悪化が続いた
・内訳が“影の信用の急増”に偏り、当局の規制強化が想定される局面になった
・資源価格がTSF改善に追随せず、リスク資産が先に崩れ始めた
特に「翌月も悪化」という2回確認は重要です。単月のブレで降りると、良いトレンドを取り逃がします。一方で、2回悪化が揃うと、相場の風向きが変わっている可能性が高まります。
落とし穴:TSFが増えても儲からない“典型パターン”
TSFを見ていても負ける人は、だいたい同じ落とし穴に落ちます。先に潰しておきます。
落とし穴1:政策の“言葉”で飛びつく
政策当局が景気支援を示唆すると、ニュースが先に走ります。しかし、実際に信用供給が増えるかは別問題です。TSFが改善するまで待てる人が勝ちやすい。
落とし穴2:TSFの季節性を無視する
年初に融資が増え、春に反動で落ちる、といった季節性があります。単月で「減った!」と騒がず、移動平均と前年比で判断します。
落とし穴3:不動産の詰まりを軽視する
中国は住宅市場の影響が大きい。TSFが増えても、不動産が冷えたままだと波及が弱い。補助指標とセットで見ます。
落とし穴4:日本株への波及を過信する
日本株は米国要因が大きい。中国が良くても米国が悪いと相殺される。したがって、TSFの改善を「日本株の全体相場」ではなく、“中国感応度が高いところ”に限定して使う方が精度が上がります。
初心者向けの“観測リスト”:毎月どこを見れば良いか
最後に、毎月のルーチンを固定します。これをやるだけで、情報に振り回されにくくなります。
(1)TSFフロー(当月増加)と3か月移動平均
増減の方向性を見る。単月に反応しない。
(2)TSF前年比(簡易クレジットインパルス)
底打ち→改善が2回続くか、悪化が2回続くか。ここだけはルールで。
(3)内訳の寄与度
企業融資・社債が効いているか。影の信用が急増していないか。
(4)補助指標:不動産・在庫・人民元
TSFの効果を邪魔する“詰まり”がないかを見る。
(5)自分の売買ルールの点検
エントリー条件を満たしていないのに買っていないか。エグジット条件が出ているのに放置していないか。ここが最終的な成績を決めます。
まとめ:TSFは「中国景気」ではなく「世界のリスク許容度」を読む道具
社会融資総量は、中国の指標でありながら、実際には世界市場の“信用環境”の温度計として機能します。初心者がTSFを使う価値は、当て物をするためではなく、相場の風向きが変わる“前兆”を定量的に捉え、失敗を減らすことにあります。
ポイントは3つだけです。(1)水準ではなく変化(トレンド)を見る、(2)内訳で効き方を推測する、(3)クレジットインパルスで先回りし、2回確認で誤判定を減らす。これを毎月回せば、ニュースや雰囲気よりも一段上の判断ができるようになります。


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