半導体株は「業績が出てから買う」と遅いことが多いです。なぜなら株価は半年〜1年先の需給と利益率を織り込みに行くからです。そこで効くのが、半導体製造装置(装置メーカー)の“受注”です。装置の受注は、デバイスメーカー(IDM/ファウンドリ/メモリ)が設備投資を意思決定した瞬間を映します。設備投資は、生産能力を増やすためのボトルネック解消であり、その背景に「売れる見込み」があります。つまり装置受注は、デバイス需要の先行シグナルになり得ます。
- なぜ装置の受注が先行指標になるのか:リードタイムと意思決定の順序
- まず押さえる用語:受注・売上・バックログ・キャンセル
- 投資家が見るべき“3つのライン”:①受注の方向、②バックログの厚み、③キャンセルの兆候
- “半年先”を読む実務:受注→売上→デバイス出荷の時間差をモデル化する
- 具体例:メモリ回復局面とロジック半導体局面で、受注の読み方は変わる
- どのデータを見ればいいか:個人投資家向け“データ入手ルート”
- 実践:装置受注から“勝ち筋”を作る売買シナリオ
- 装置株だけでなく“連鎖”を見る:材料・部材・周辺インフラ
- リスク管理:装置受注は万能ではない(3つの落とし穴)
- 初心者でもできる“チェックリスト”:決算ごとにここだけ見ればよい
- まとめ:受注は“未来の売上”ではなく“未来の確率”を測る道具
- Book-to-Bill(受注/売上比)を使う:1.0が境目になる理由
- 装置受注と在庫指標をセットで見る:『受注が強いのに在庫が増える』は危険信号
- 『どの銘柄を見ればいいか』の設計:日本株・米国株・欧州株の役割分担
- 仮想データでやってみる:受注から半年先の売上をざっくり推定する練習
- バリュエーションの見方:サイクル株はPERより『ピーク利益からの割引率』で考える
- 売買執行のコツ:『決算跨ぎ』をどう扱うか
- 初心者が最短で上達する学習ループ:『1社を3年分』が最強
- クロスチェック:装置受注だけで決めないための『補助指標セット』
- 個別株が怖い人の代替案:半導体関連ETFで受注サイクルを取りに行く
なぜ装置の受注が先行指標になるのか:リードタイムと意思決定の順序
装置ビジネスは、一般の工業製品よりもリードタイムが長い傾向があります。見積→仕様すり合わせ→発注(受注)→設計/調達→組立→検査→出荷→据付→立上げ、という工程があり、発注から売上計上まで数か月〜1年以上かかることもあります。
デバイスメーカー側の順序も重要です。需要が伸びる→稼働率が上がる→ボトルネック(特定工程)が詰まる→増産計画→装置発注、という流れです。よって装置の受注は、需要がすでに“現場で見えている”段階を映しやすい。株式市場が半年先を見に行く理由とも整合します。
まず押さえる用語:受注・売上・バックログ・キャンセル
受注(Orders):顧客の発注を受け、契約が成立した金額。売上より早く動きます。
売上(Revenue):出荷・検収・据付などの条件を満たし計上される金額。受注の“後追い”になりやすい。
バックログ(Backlog):未消化受注残。受注が急増しても、バックログが厚いと売上計上は平準化されます。逆にバックログが痩せると、売上が先に落ちやすい。
キャンセル:受注が取り消されること。景気後退やメモリ市況の悪化局面で増えやすく、受注の見かけ上の強さを剥がします。
投資家が見るべき“3つのライン”:①受注の方向、②バックログの厚み、③キャンセルの兆候
装置受注の見方はシンプルにしておく方が勝ちやすいです。私は次の3本線だけをまず固定します。
①受注の方向(上向き/下向き):四半期の前年差と前期差を両方見る。前年比だけだとベース効果に騙されます。前期差だけだと季節性に騙されます。両方が同方向に揃う局面はトレンド転換点になりやすい。
②バックログの厚み:売上の何四半期分あるか(Backlog ÷ 四半期売上)で“腹持ち”を測ります。腹持ちが長いほど、短期の受注変動に株価が過剰反応しにくい。
③キャンセルの兆候:会社が明示しないことも多いので、代替指標で探ります。具体的には、受注が強いのに売上ガイダンスが弱い、在庫(仕掛・製品)が積み上がる、リードタイムが急に短くなる、顧客の設備投資計画が下方修正される、などです。
“半年先”を読む実務:受注→売上→デバイス出荷の時間差をモデル化する
ここがこの記事の肝です。受注を見ても、いつ株価に効くかが分からないと使い物になりません。私は簡易モデルで十分だと考えています。
ステップ1:対象装置を工程で分ける
半導体は工程ごとにサイクルがズレます。前工程(露光・成膜・エッチング・洗浄など)は投資単価が大きく景気に敏感。後工程(組立・検査)は比較的短サイクルで追随します。どの工程の受注が強いかで、需要の“質”が変わります。
ステップ2:リードタイム仮定を置く
例えば、受注から売上計上まで平均2四半期(6か月)と仮定します。これは会社のコメントや過去の実績で微調整します。
ステップ3:受注の移動平均を取る
四半期データはノイズが多いので、2四半期移動平均でトレンドを取ります。
ステップ4:バックログで減衰させる
バックログが厚いほど、受注ショックが売上に届くのが遅い。Backlog比率が高い局面は“遅延係数”を大きくし、薄い局面は小さくします。
これだけで、「半年先の装置売上の山谷」を概算できます。個人投資家は完璧な予測より、相場の先読みの方向が取れれば十分です。
具体例:メモリ回復局面とロジック半導体局面で、受注の読み方は変わる
同じ“受注増”でも中身が違うと株価の反応が変わります。
メモリ回復局面(DRAM/NAND)
メモリは供給過剰→価格下落→投資停止→在庫調整→価格回復→投資再開、という典型サイクルです。投資再開の初動は、最先端よりも既存ラインのボトルネック解消(更新投資、歩留まり改善、微細化の一部)から入りやすい。装置受注が増えても、キャンセルが混ざりやすいので「受注の質」を疑います。具体的には、受注増の割にバックログが増えない、売上総利益率が上がらない、顧客が“様子見”コメントをする、といった違和感を探します。
ロジック/ファウンドリ局面(先端ノード)
AI・HPC・スマホSoCなどの需要が牽引する局面では、前工程の大型投資が出やすい。露光(特にEUV関連)や成膜・エッチングに強い企業の受注が先に伸び、バックログが積み上がりやすい。ここではキャンセルよりも「供給制約」が支配的で、受注増=将来売上の確度が高いケースが増えます。
どのデータを見ればいいか:個人投資家向け“データ入手ルート”
高価な端末がなくても、装置受注を追うルートはあります。
1) 企業の決算資料・決算説明会(最優先)
多くの装置メーカーは、受注・売上・受注残(バックログ)・見通し(ガイダンス)を開示します。数値がない場合も、リードタイム、在庫、顧客の投資姿勢コメントがヒントになります。
2) 業界統計(補助)
SEMIの出荷統計、半導体製造装置の市場規模データ、WSTSの半導体市場統計などは、装置とデバイスの全体感を掴むのに使えます。個別銘柄の売買は“企業IR”、マクロ判断は“統計”と役割分担します。
3) デバイスメーカーのCapex(投資額)ガイダンス
TSMC、Samsung、Intel、Micron など主要プレイヤーの設備投資計画は、装置受注の上限を決める天井になります。装置企業の受注が強くても、顧客Capexが下方修正されるなら受注は後で崩れます。
実践:装置受注から“勝ち筋”を作る売買シナリオ
ここでは短期トレードではなく、個人投資家が再現できる“中期”の組み立てを提示します。
シナリオA:受注底打ち→株価の底打ちを早取り
条件:受注の前期差が2四半期連続で改善、かつ会社が「在庫調整が一巡」「引合い改善」などの言葉を使い始める。
やること:株価がまだ弱い段階で小さく入る(全力はしない)。次の決算でガイダンスが上向けば買い増し。逆に受注改善が一過性(特定顧客の大型案件)なら撤退。
狙い:相場が“最悪期からの改善”を織り込み始める初動を取る。
シナリオB:受注加速+バックログ積み上がり→トレンドフォロー
条件:受注が前年比・前期差ともに強い、バックログが増える、リードタイムが延びる(需給逼迫)。
やること:押し目で分割買い。利益が乗ったら、需給が崩れるサイン(リードタイム短縮、顧客Capex減速、粗利悪化)までホールド。
狙い:装置株の“強い局面”は想像以上に長いので、途中で降りない。
シナリオC:受注は強いのに株価が伸びない→逆に危ない
条件:受注は良いが、売上・利益のガイダンスが弱い、在庫が積み上がる、マージンが悪化。
やること:受注だけで買わない。市場は「キャンセル/値引き/ミックス悪化」を疑っている可能性が高い。株価が弱いのは情報です。
狙い:受注の“見かけの強さ”に飛びつかない。
装置株だけでなく“連鎖”を見る:材料・部材・周辺インフラ
装置受注が動くと、周辺にも波及します。ここを取ると収益機会が増えます。
・部材(特殊ガス、化学材料、フォトレジスト、CMPスラリーなど)
前工程が強い局面で連鎖しやすい。装置より利益率が安定しやすい企業もあります。
・搬送/クリーンルーム/電力インフラ
新工場建設が増える局面では、建設・空調・電源・水処理などの需要が出ます。受注が増えても実体経済への波及はさらに遅いので、時間差を意識します。
・後工程(実装・検査)とパッケージング
AI向けは先端パッケージ需要が強く、後工程投資が独立して強くなることがあります。前工程だけを見ていると取り逃します。
リスク管理:装置受注は万能ではない(3つの落とし穴)
受注指標には罠があります。知らずに使うと痛い目を見ます。
落とし穴1:受注の定義が会社で違う
“受注”の認識時点(契約成立、PO受領、長納期品の分割計上など)が会社ごとに違う場合があります。比較するときは定義を揃え、違うなら同社内の時系列だけを見る。
落とし穴2:為替と価格改定でブレる
円安・円高で受注金額が見かけ上増減します。装置は単価が大きいので為替影響が目立つ。数量ベースのコメント(台数、出荷台数、引合い件数)も併用します。
落とし穴3:地政学・規制でサイクルが歪む
輸出規制や補助金政策で、投資が前倒し/後ろ倒しされます。受注が急増しても“政策ドリブン”なら持続性が低いことがあります。
初心者でもできる“チェックリスト”:決算ごとにここだけ見ればよい
最後に、行動に落ちる形にします。決算を読むたびに次を順番に確認してください。
1) 受注:前年比と前期差が同方向か
2) バックログ:増えているか、売上何四半期分か
3) ガイダンス:次四半期/通期の売上・利益は受注トレンドと整合するか
4) リードタイム:延びている(逼迫)か、縮んでいる(緩和)か
5) 顧客Capex:主要顧客が投資計画を上げたか下げたか
6) ミックス:先端(ロジック/ファウンドリ)か、メモリか、後工程か。どこが牽引か
7) 株価:好材料が出たのに上がらない場合、何を恐れているか(キャンセル、値下げ、規制、供給制約の解消)
まとめ:受注は“未来の売上”ではなく“未来の確率”を測る道具
装置受注は、未来の売上をそのまま約束する数字ではありません。しかし、デバイス需要の“確率”が上がった/下がったことを最速で示す指標になり得ます。個人投資家がやるべきことは、完璧に当てることではなく、①受注トレンドの方向、②バックログとキャンセルの質、③株価の反応、の3点で“相場の優位性がある局面”だけに参加することです。これを続けると、半導体の難しさはむしろ武器になります。
Book-to-Bill(受注/売上比)を使う:1.0が境目になる理由
装置業界でよく使われるのがBook-to-Bill(B/B)です。単純に「受注÷売上」で、1.0を超えると受注が売上を上回りバックログが積み上がる、1.0を下回るとバックログが取り崩される、という意味になります。
ここで大事なのは“絶対値”より“変化”です。B/Bが0.9→1.05へ反転したとき、企業は生産計画を上げ、部材調達を前倒しし、外注比率を増やし、残業を増やします。つまり利益率の改善が後からついてきやすい。株価はこの局面に一番反応します。
逆にB/Bが1.2と高水準でも、1.2→1.05へ落ちてきたらピークアウトの初動かもしれません。高い水準に安心していると、天井で掴みやすい。B/Bは“加速度計”として使うのがコツです。
装置受注と在庫指標をセットで見る:『受注が強いのに在庫が増える』は危険信号
装置メーカーの在庫(棚卸資産)は、需要の歪みを映します。受注が増える局面でも、部材確保のために在庫が増えることはあります。ただし次の組み合わせは要注意です。
・受注が強い(受注残も増える)のに、売上が伸びない
・在庫が売上以上のペースで増える(在庫回転日数が悪化)
・粗利益率が下がる(値引き、緊急手配コスト、ミックス悪化)
この3点が揃うと、見かけ上の受注の裏で“キャンセル”や“納期後ろ倒し”が起きている可能性が上がります。個人投資家は詳細データにアクセスしづらいので、財務三表の変化から逆算する方が再現性が高いです。
『どの銘柄を見ればいいか』の設計:日本株・米国株・欧州株の役割分担
装置サイクルを読むなら、1社だけを追うより、役割の違う数社を“指標銘柄”として固定する方が精度が上がります。たとえば次のように分けます。
・最先端露光:投資単価が大きく、先端投資の温度感を測る(先端ノードの強弱が出やすい)
・前工程の総合:成膜・エッチング・洗浄などを幅広く持ち、サイクルの平均値に近い
・後工程:短サイクルで回復が早いことがあり、景気の底打ちを早く映す場合がある
・周辺(材料・検査・計測):品質要求が上がる局面で伸び、構造的成長が混ざりやすい
銘柄選択の目的は“当てる”ではなく、シグナルを取ることです。指標銘柄を決めたら、毎四半期、同じ項目だけを同じ順序で見ます。
仮想データでやってみる:受注から半年先の売上をざっくり推定する練習
ここでは数字の扱いに慣れるため、仮想例を置きます(実在の企業データではありません)。
前提:受注→売上まで平均2四半期。バックログ比率が高いほど遅延が大きい。
・Q1受注 100、売上 110、バックログ 220(=売上2四半期分)→B/B=0.91
・Q2受注 120、売上 105、バックログ 235 →B/B=1.14
・Q3受注 140、売上 110、バックログ 265 →B/B=1.27
このとき、Q2の受注増は「半年後(Q4〜Q1)」の売上上昇圧力です。バックログが厚いので、Q3の強い受注が即Q4売上に反映されるわけではありませんが、少なくとも“売上の下振れリスクは減った”と判断できます。
株価に置き換えると、Q2の決算発表(受注反転が見えた瞬間)が最初の買い場になりやすく、Q3(受注加速+バックログ積み上がり)でトレンドが確信に変わり、過熱局面では『B/Bのピークアウト』や『顧客Capexの減速』が降り時の合図になります。
バリュエーションの見方:サイクル株はPERより『ピーク利益からの割引率』で考える
半導体関連はPERが低く見える局面ほど危ないことがあります。利益が“サイクルの天井”にいると、PERは見かけ上低下するからです。
実践では、直近利益ではなく「1〜2年平均利益」や「ボトム利益からの回復幅」を意識します。具体的には、受注が加速し始めた初期は、利益はまだ低くPERが高く見えますが、それがむしろチャンスです。逆に受注が鈍化し始めた後半は、利益が高くPERが低く見えても、将来利益の低下を市場は織り込みます。
個人投資家のコツは、受注・バックログのフェーズを4段階(底打ち→回復→逼迫→減速)に分け、フェーズごとに許容するPERレンジを変えることです。
売買執行のコツ:『決算跨ぎ』をどう扱うか
装置株は決算でギャップが出やすいので、初心者ほど決算跨ぎのルールを先に決めるべきです。
・自信がない間:決算前に一部利確し、発表後の押し目で買い直す。取り逃しよりも生存を優先。
・受注トレンドが明確:ポジションを小さくして跨ぐ(数量でリスクを落とす)。ギャップダウンでも致命傷にならないサイズにする。
・悪材料に備える:『受注は良いがガイダンス弱い』が最も危険。跨ぐなら必ず損切り水準を事前に決め、翌日の寄りで機械的に処理する。
ルールがないと、決算の一撃でメンタルが壊れ、次のチャンスで動けなくなります。
初心者が最短で上達する学習ループ:『1社を3年分』が最強
広く浅くより、1社を深く追う方が早いです。おすすめは、1社の決算資料を最低3年分(12四半期)並べ、受注・売上・バックログ・マージン・株価の関係を自分の言葉で説明できるようにすることです。
そのうえで、同業他社を2社だけ追加します。すると『同じ局面でも強い会社/弱い会社』の差が見え、そこが超過リターンの源泉になります。装置株は情報が難しい分、努力がリターンに繋がりやすい領域です。
クロスチェック:装置受注だけで決めないための『補助指標セット』
装置受注は強力ですが、単独だと誤判定も起きます。私は次の補助指標を“確認票”として使います。
・半導体販売(WSTS等)の成長率:需要全体の方向感。受注が良くても販売が落ち続けるなら無理がある。
・電子部品/機械受注・製造業PMI:景気の地合い。特に設備投資が冷える局面では装置も遅れて崩れます。
・メモリ価格指標:メモリ投資が絡む局面で必須。価格回復が伴わない受注増は持続性が低い。
・為替:日本の装置メーカーは円安で利益が出やすい一方、顧客の投資判断には世界需要が効く。『円安だから強い』で終わらせず、受注の実体を見ます。
補助指標は“主役”ではありません。受注で方向を決め、補助指標で『逆風が強すぎないか』を点検する、という順序がブレないようにします。
個別株が怖い人の代替案:半導体関連ETFで受注サイクルを取りに行く
初心者がいきなり個別装置株に集中すると、決算ギャップとボラティリティで振り落とされがちです。そこでETFで“サイクルだけ”を取りに行く方法があります。
・受注底打ち局面:小さく分割で積み上げる(時間分散)。個別の悪決算リスクを薄められます。
・受注加速局面:押し目で買い増し、トレンドに乗る。ETFは値動きが素直になりやすい。
・受注減速局面:利益が出ているうちに縮小。個別株よりも戻りが鈍いことがあるため、逃げやすい。
ETFでも同じで、受注・バックログのフェーズ認識ができれば、勝率は上がります。


コメント