- モーゲージ債(MBS)と「繰上返還率」がなぜ重要なのか
- まず押さえるべき用語:CPR、SMM、PSA
- 繰上返還率が動く3つのドライバー:借り換え、転居、制度要因
- 金利とCPRの「単純な関係」を一度壊して理解する
- 投資家の損益に直結する論点:デュレーション延長とネガティブ・コンベクシティ
- 具体例:FRB利下げ期待が出たのに長期金利が意外と下がらない理由
- CPRは「住宅市場の健康診断」でもある:金利以外の景気シグナル
- 初心者でもできる“読み方の型”:3ステップで解釈する
- 投資にどう使うか:CPRを「金利トレードのフィルター」にする
- 株式・REIT・銀行株への波及:CPRが示す「金融環境の締まり具合」
- データの見つけ方:何を、どの頻度で追うべきか
- 実践:チェックリスト(毎月10分でできる)
- まとめ:CPRは“金利の未来”ではなく「金利変動の増幅装置」を読む指標
モーゲージ債(MBS)と「繰上返還率」がなぜ重要なのか
米国の金利相場を見ていると、雇用統計やCPI(消費者物価指数)ばかりが注目されます。しかし、相場が本当に荒れる局面では、もっと地味で、しかも“実務的に効く”指標が動きます。その代表が、モーゲージ債(MBS:Mortgage-Backed Securities)の繰上返還率です。
MBSは、住宅ローンを束ねて証券化した債券です。住宅ローンは借り手がいつでも(条件次第で)繰上返済できます。つまり、MBSは「いつ返ってくるかが確定しない債券」です。この“返済タイミングの不確実性”が、金利の変動を増幅させたり、逆に落ち着かせたりします。だから繰上返還率は、住宅ローン市場の需給だけでなく、米国債利回りやドル金利全体の変動メカニズムに直結します。
まず押さえるべき用語:CPR、SMM、PSA
繰上返還率は「難しそう」に見えますが、最初に3つの言葉だけ押さえれば実用レベルまで到達します。
CPR(Conditional Prepayment Rate):年率換算の繰上返済率です。たとえばCPRが6%なら、ざっくり「1年間で元本の6%が繰上返済で消える勢い」という意味合いになります(厳密には月次の積み上げ計算がありますが、初心者は“勢い”として理解すれば十分です)。
SMM(Single Monthly Mortality):月次の繰上返済率です。CPRを月次に変換するために使います。SMMは「その月にどれだけ元本が前倒しで返ってきたか」の感覚に近いです。
PSA(Public Securities Association):繰上返済の“標準モデル”です。住宅ローンは新規実行直後は繰上返済が少なく、時間が経つほど増える傾向があります(借り換えが進む、転居が増える等)。その時間経過(シーズニング)を織り込んだ基準曲線がPSAです。市場では「PSAの何%」として、繰上返済の強弱を議論します。
実務で大事なのは、CPRを「絶対値」だけで見ないことです。金利局面・住宅市場・ローンの属性(クーポン、地域、借り手信用など)で、同じCPRでも意味が変わります。ここから先は、その“意味の変化”を読む技術です。
繰上返還率が動く3つのドライバー:借り換え、転居、制度要因
繰上返還率を動かす要因は多いですが、投資家として整理すべきは3つです。
1)借り換え(リファイ)インセンティブ
住宅ローン金利が下がると、借り手は高い金利のローンを低い金利に借り換えたくなります。すると繰上返済が増え、CPRが上がります。逆に金利が上がると借り換えが止まり、CPRが下がります。ここが最も分かりやすい基本です。
2)転居・住み替え(住宅取引の回転)
金利が下がらなくても、転居や住み替えが増えると繰上返済は増えます。家を売ればローンは完済されます。つまりCPRは「住宅市場の取引量」にも影響されます。金利だけ見ていると、住宅市場の回転が急に止まった/回った局面を見落とします。
3)制度・プロダクト要因(貸出条件、手数料、政府系保証など)
米国では政府支援機関(GSE:Fannie Mae、Freddie Mac)やGinnie Maeが関わるローンが多く、手数料、信用スコア、ローンのタイプ(固定・変動、保険付きなど)で繰上返済の動きが変わります。制度変更や金融機関の販売姿勢の変化で、金利変化以上にCPRが動くこともあります。
金利とCPRの「単純な関係」を一度壊して理解する
初心者は「金利が下がる→CPRが上がる、金利が上がる→CPRが下がる」と覚えがちです。これは方向として正しいのですが、相場で儲けやすいのは“例外”の読みです。例外は主に2つあります。
例外A:金利が下がったのにCPRが思ったほど上がらない(バーンアウト)
過去に借り換えを既に済ませた借り手は、さらに借り換え余地が小さいです。これをバーンアウト(燃え尽き)と呼びます。たとえば2020〜2021年に超低金利で借り換えが大量に起きた後、少し金利が下がっても「もう借り換える人がいない」状態になり得ます。このとき、金利低下局面でもCPRは伸びにくくなります。
例外B:金利が上がったのにCPRがなかなか下がらない(遅行・摩擦)
借り換えは申し込みから実行まで時間がかかります。金利が上がっても、直前に申し込んだ借り換えが“後から”繰上返済として出てきます。また、住宅売買が活発なら転居要因がCPRを支えます。結果として、金利上昇局面でもCPRが急落しないことがあります。ここを「金利の方向だけ」で判断すると、MBSの値動きや金利ボラの読みを外します。
投資家の損益に直結する論点:デュレーション延長とネガティブ・コンベクシティ
MBSが普通の国債と決定的に違うのは、金利が動いたときのデュレーション(価格感応度)が“自動的に変わる”点です。
金利低下時:繰上返済が増える→平均償還が早まる→デュレーションが短くなる
本来、金利が下がると債券価格は上がります。しかしMBSは金利低下で早期返済が増えるため、将来受け取るはずの高いクーポンが早く消えます。価格上昇が抑えられます。
金利上昇時:繰上返済が止まる→平均償還が遅くなる→デュレーションが長くなる
本来、金利が上がると債券価格は下がります。MBSは繰上返済が止まることで“長く持たされる”傾向が出て、価格下落が大きくなりやすいです。
この「上では上がりにくく、下では下がりやすい」形を、ネガティブ・コンベクシティ(負のコンベクシティ)と呼びます。ここがCPRを監視する最大の理由です。CPRは、ネガティブ・コンベクシティがどれだけ“効いている”かを測る実務指標になります。
具体例:FRB利下げ期待が出たのに長期金利が意外と下がらない理由
たとえば市場が「利下げが近い」と織り込み始めると、普通は長期金利も下がりやすいです。ところが、MBSの世界では逆向きの圧力が出ることがあります。
金利が下がるとCPRが上がり、MBSのデュレーションが短くなります。するとMBS投資家(保険会社、運用会社、MBSファンドなど)は、金利低下で短くなったデュレーションを元に戻すために、長期国債や金利スワップで「長期固定を買う/受ける」ヘッジを減らします。つまり、長期金利を押し下げるはずの買い需要が弱まることがあります。
逆に、金利が上がる局面ではCPRが下がってMBSのデュレーションが伸び、投資家はヘッジのために長期金利を押し下げるポジション(固定受け、国債買い)を増やしやすい、という逆の動きも起こり得ます。この“ヘッジの連鎖”が、金利の動きを増幅させる局面があり、そこでCPRの変化が重要になります。
CPRは「住宅市場の健康診断」でもある:金利以外の景気シグナル
CPRは金利に反応するだけではありません。住宅市場の回転(転居・売買)が落ちるとCPRも落ちます。つまり、CPRが低下しているのに金利があまり動いていない場合、住宅市場の取引が示唆する景気減速のシグナルかもしれません。
ここでのポイントは、「住宅価格」ではなく「取引量・回転」を見ることです。価格は粘りやすい一方で、取引量は先に崩れます。CPRは、取引量の変化を“返済フロー”として間接的に拾います。
初心者でもできる“読み方の型”:3ステップで解釈する
CPRはデータを見ても解釈が難しいと感じがちです。そこで、判断をブレさせないための型を提示します。毎回この3ステップで整理してください。
ステップ1:金利環境を確認(借り換え余地)
まず、現在の住宅ローン金利が、過去のローン実行金利より低いのか高いのかを確認します。低いなら借り換え余地がありCPR上昇が自然、高いなら借り換えが止まりCPR低下が自然です。この“自然な方向”を先に決めます。
ステップ2:住宅取引の回転を確認(転居要因)
金利だけで説明できないCPRの動きが出たら、転居・住み替えを疑います。住宅販売件数や住宅ローン申請(購入目的)などが落ちているなら、CPR低下は「住宅の回転停止」を示している可能性があります。
ステップ3:ローンプールの属性を確認(バーンアウト/シーズニング)
最後に、“そのMBSがどんなローンの束か”を意識します。過去に借り換えが進んだプールはバーンアウトしやすく、金利低下でもCPRが伸びません。逆に新規実行が多い時期のプールは、シーズニングでCPRが上がりやすいです。属性を無視すると、金利読みを外したときに原因追及ができません。
投資にどう使うか:CPRを「金利トレードのフィルター」にする
CPRは、それ単体で売買シグナルにするよりも、フィルターとして使うほうが再現性が高いです。具体的には「金利の方向感は合っているのに、値動きが乗らない理由」を特定するために使います。
ケース1:長期金利低下を狙う局面で、CPRが急上昇している
このとき、MBSのデュレーション短縮が進み、ヘッジ需要の構造が変わる可能性があります。金利低下が想定より“伸びない”局面があり得ます。対策としては、利下げシナリオの中でも「下がりやすいゾーン」と「下がりにくいゾーン」を分けて考え、過度なレバレッジや片方向のポジション偏りを避けるのが合理的です。
ケース2:長期金利上昇を狙う局面で、CPRが急低下している
CPR低下はMBSのデュレーション延長を招き、ヘッジ行動が長期金利の動きを増幅する局面があります。金利上昇が“加速”しやすくなることがあります。反面、どこかでヘッジが一巡すると急に落ち着きます。CPR低下が極端なときは、ボラティリティが上がりやすいと想定して建玉サイズや損切り幅を調整するのが現実的です。
株式・REIT・銀行株への波及:CPRが示す「金融環境の締まり具合」
CPRは債券トレーダーだけのものではありません。株式投資家にも効きます。理由は2つです。
第一に、CPRは金利ボラティリティの温度計になりやすく、金利ボラが上がる局面ではグロース株のバリュエーションが圧迫されやすいです。第二に、銀行やモーゲージ関連の金融は、ローンの前倒し返済や証券の評価損益に影響を受けます。CPRが急変している局面では、金融セクターの収益見通しやリスク認識が変わりやすいです。
さらにREIT(特に住宅やモーゲージREIT)は、金利だけでなくMBSの価格形成そのものが収益に響きます。CPRの変化を無視すると、利回りだけ見て「割安に見える」局面で痛い目を見ることがあります。
データの見つけ方:何を、どの頻度で追うべきか
最後に、初心者が迷わないように「追うべきデータの優先順位」を具体化します。ここは“全部追う”必要はありません。目的は、相場に効く最小セットを持つことです。
1)住宅ローン金利(週次)
まず金利が変わらなければ、CPRの大きな変化は起きにくいです。週次で十分です。
2)MBSのCPR(できれば月次)
CPRは月次で出ることが多く、短期売買のシグナルというより「レジーム(相場の地合い)」を捉えるのに向きます。
3)住宅取引・ローン申請(週次〜月次)
金利で説明できないCPR変化を見たときの“原因特定”に使います。購入目的のローン申請が落ちているなら、転居要因が弱い可能性が高まります。
4)金利ボラ指標(適宜)
MBSのネガティブ・コンベクシティが効く局面では、金利ボラが上がりやすいです。金利ボラを直接トレードしないとしても、相場が荒れやすい局面の識別に役立ちます。
実践:チェックリスト(毎月10分でできる)
最後に、実際の運用手順をテンプレ化します。これを月初に回すだけで、CPRを“知識”ではなく“武器”にできます。
(1)前月比でCPRが上がったか下がったかを確認します。
(2)同期間の住宅ローン金利の方向を確認し、「自然な方向」と一致しているかを見ます。
(3)一致していない場合は、住宅取引(販売件数や購入目的ローン申請)を確認して、転居要因の変化を疑います。
(4)それでも説明できない場合は、バーンアウト(過去の借り換えのやり切り)やプール属性の違いを疑い、「金利が動いてもCPRが動きにくい相場」に入った可能性をメモします。
(5)最後に、金利ボラが上がりやすい地合いかどうかを確認し、ポジションサイズやリスク許容度を調整します。
まとめ:CPRは“金利の未来”ではなく「金利変動の増幅装置」を読む指標
繰上返還率(CPR)は、景気の未来を占う魔法の数値ではありません。しかし、金利変動がどれだけ増幅されやすいか、どのゾーンで値動きが鈍るかを教えてくれる、非常に実用的な指標です。
金利を読むときに「経済指標→FRB→国債」という一直線だけで考えると、相場の“揺れ方”を外します。そこにCPR(住宅ローンの返済フロー)というレイヤーを足すだけで、同じニュースでも値動きの解釈が一段具体的になります。初心者ほど、この“具体性”が損益の差になります。


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