- 1. 天然ガス市場の全体像:ヘンリーハブと価格変動のドライバー
- 2. 天然ガスETFのタイプ:先物連動とレバレッジ型
- 3. 先物カーブとロールの基礎:コンタンゴ/バックワーデーション
- 4. レバレッジETFの経路依存性:日次リセットとボラティリティ・デケイ
- 5. ファンダメンタルズの要点:在庫・天候・LNG
- 6. 実務で使う先物カーブ信号:ロール逆風を避け、追い風を取る
- 7. 売買ルールの雛形:エントリー、手仕舞い、サイズ管理
- 8. 具体的な数値例:ロールコストと損益の分解
- 9. レバレッジETFの使い分け:BOILとKOLD
- 10. イベント・ドリブンの型:在庫発表と天候更新
- 11. オプションの活用:プロテクティブ・プットとカバード・コール
- 12. 実装テンプレート:チェックリスト
- 13. 失敗パターンと回避策
- 14. まとめ:勝ちやすい場面だけを選ぶ
1. 天然ガス市場の全体像:ヘンリーハブと価格変動のドライバー
北米の天然ガス指標価格はヘンリーハブ(Henry Hub)に連動します。需要は主に暖房(冬)と発電(夏の冷房負荷)で季節性が強く、供給はシェールガスの掘削活動、パイプライン能力、LNG輸出入の稼働状況に左右されます。価格は天候(寒波・熱波)、在庫水準、掘削リグ稼働、LNGターミナル稼働停止・再開などのニュースで大きく変動します。
この「強い季節性×供給制約×天候リスク」により、天然ガスは原油以上にボラティリティが高いことが多く、短期トレードの機会が豊富な一方、ギャップリスクも顕著です。ETFを使う場合でも、原資産の性質を把握しておくことが前提になります。
2. 天然ガスETFのタイプ:先物連動とレバレッジ型
天然ガスに直接連動する「現物保有型」ETFは一般的ではなく、多くは先物連動型です。代表例の一つであるUNGは期近のNYMEX天然ガス先物をロールしながら組成されます。また、日次2倍ロングのBOIL、日次2倍ショートのKOLDなど、日次リターンを増幅させるレバレッジETFも一般的です。
重要なのは、ETFの騰落が「原資産のスポット価格」ではなく「ロールされる先物ポジションのパフォーマンス」に依存する点です。コンタンゴ局面では買い持ちのロールでコストが発生し、バックワーデーション局面ではロール益が期待できます。この仕組みを理解せずに長期保有すると、想定外のドローダウンに直面しやすくなります。
3. 先物カーブとロールの基礎:コンタンゴ/バックワーデーション
先物カーブがコンタンゴのとき、遠い限月ほど価格が高く、期近→次限へのロールでは高い先物を買い直すため、買い方にとって負担(ロールコスト)になります。逆にバックワーデーションでは期近が割高で次限が割安となり、買い方にロール益が生まれます。
ロール損益はシンプルに言えば「保有先物の時間の経過に伴う、期近価格への収束効果」を金額化したものです。たとえば、期近2.60、次限2.70なら、単純差10¢($0.10)は期近の満期接近に伴って縮小する力が働き、ロール時に買い直す側は不利になります(コンタンゴ)。
概算の年率換算ロールイールド(買い方視点)は以下で近似できます:
年率ロールイールド ≒ - (次限価格 − 期近価格) / 期近価格 × (12 / ロール頻度_月)
ロール頻度が月1回、期近2.60・次限2.70なら、-(0.10/2.60)×12 ≒ -46.15%/年
といった強い逆風になり得ます。バックワーデーション下では符号が反転し追い風になります。
4. レバレッジETFの経路依存性:日次リセットとボラティリティ・デケイ
BOIL/KOLDのようなレバレッジETFは、日次で目標倍率(例:±2倍)に合わせてリバランスされます。結果として、同じ始値と終値でも道中のボラティリティが高いと複利効果が損なわれ、長期では指数より成績が劣化しやすい「ボラティリティ・デケイ」が発生します。トレンドが素直な期間ではレバレッジの恩恵を受けやすい一方、レンジで荒れる期間では長期保有が不利になりやすい点に注意が必要です。
従って、レバレッジETFは短期〜中期のテーマ・天候・イベントに対して機動的に使い、明確な撤退ルールを併用するのが実務的です。
5. ファンダメンタルズの要点:在庫・天候・LNG
在庫水準は需給のバランスを端的に示します。平年比や5年平均比で在庫が積み上がると価格は抑制され、在庫が減ると価格は支えられやすくなります。週次の在庫統計は短期トレードのボラティリティ要因です。
天候はHDD(暖房度日)/CDD(冷房度日)で定量化され、寒波・熱波の見通しは電力需要とガス消費の見込みを左右します。短期では予報のアップデートが値動きを大きく動かします。
LNG輸出・ターミナルの稼働、パイプラインのメンテナンスや障害も供給面でのサプライズをもたらし得ます。これらのイベントはギャップの温床になるため、発表前後のポジションサイズ調整が合理的です。
6. 実務で使う先物カーブ信号:ロール逆風を避け、追い風を取る
先物カーブの傾き(期近と次限のスプレッド)は、ETFの保有コストに直結します。実務では、以下のような簡易シグナルが有効です。
- カーブ傾きフィルター: (次限 − 期近) / 期近 が一定の閾値(例:+2%)以上のコンタンゴなら買い新規を見送り、逆にバックワーデーション(閾値未満)なら買いバイアスを許容。
- 在庫トレンド併用: 在庫が減少トレンドかつカーブがフラット〜バックワーデーションなら、ETFロングの効率が向上。
- 季節性フィルター: 冬場の寒波リスク前は順張り、暖冬見通しと在庫積み上がり時は慎重。
このフィルタリングは「勝つ時にしっかり取って、負けやすい地合いでは参加を控える」ための最低限のリスク調整です。
7. 売買ルールの雛形:エントリー、手仕舞い、サイズ管理
7-1. エントリー
(例)次限−期近の比率が+1.5%以内(弱いコンタンゴ〜フラット)かつ在庫が直近4週で減少、気温見通しが平年並み以下(寒波方向)で、先物期近の20日移動平均を上抜けたらUNGを段階的にロング。BOILは同条件でもボラの高まりが見込める週のみ採用。
7-2. 損切り・利確
(例)終値ベースで20日移動平均を明確に割り込んだら全て降りる。短期イベント前(在庫発表・重要天候アップデート前)はポジションの50%を縮小。利確はATR×2〜3の値幅達成、またはカーブが再び+2%以上のコンタンゴに戻ったら一部・全部をクローズ。
7-3. サイジング
ATRや過去20日標準偏差を用いて、1日の想定損失が口座の0.5%を超えないようにポジションサイズを調整します。レバレッジETFは同条件でもポジションを半分以下に抑え、保有日数を短くすることで経路依存の悪影響を軽減します。
8. 具体的な数値例:ロールコストと損益の分解
ケーススタディ:期近2.60、次限2.70、月1回ロールの前提で、UNGを1,000口相当ロングしたとします。単純化のため、管理費や税、追随誤差は無視します。
- カーブ傾き = (2.70−2.60)/2.60 = +3.85%
- 年率ロールイールド ≒ -3.85%×12 ≒ -46.2%(買い方に強い逆風)
- スポット(期近)が+20%上昇しても、ロール逆風と経路依存が重なるとトータルリターンは大きく削られる可能性
逆にバックワーデーション(例:期近2.90、次限2.80)であれば、年率ロールイールドはおおむね+(0.10/2.90)×12 ≒ +41.4%相当の追い風になります。もちろん価格変動の方向が逆なら損失になりますが、少なくともロール面からの逆風は和らぎます。
9. レバレッジETFの使い分け:BOILとKOLD
BOILは天然ガス先物への日次2倍ロング、KOLDは日次2倍ショートを目指します。短期のテーマ(寒波接近、在庫サプライズ、LNG再稼働など)に素早く乗る狙いには有効ですが、方向感が曖昧なレンジではボラティリティ・デケイが不利に働きがちです。短期勝負とサイズ管理、イベント前縮小が鉄則です。
また、ギャップに弱い点も踏まえ、指値分割や時間分散エントリー、イベント直前のポジション軽量化、トレーリングストップの併用など、経路依存の悪影響を抑える工夫が必要です。
10. イベント・ドリブンの型:在庫発表と天候更新
週次の在庫統計直後は一時的なボラ拡大が起きやすく、初動のダマシも多発します。実務では「初動の15〜30分は見送り、方向が定まってから小さく入る」「逆方向に急伸したら、短時間の平均回帰を狙う」など、時間ルールを明確にします。天候モデルの大幅な上方/下方修正が出た場合も同様です。
11. オプションの活用:プロテクティブ・プットとカバード・コール
オプションが利用可能な環境であれば、プロテクティブ・プット(ETFロング+下方保険)や、カバード・コール(ETFロング+コール売り)で損益曲線を調整できます。ボラティリティが高止まりしている局面では、保険料やプレミアムの水準にも注意し、コストとリスク低減効果を数値で比較します。
12. 実装テンプレート:チェックリスト
- 先物カーブ: (次限−期近)/期近 が+2%未満か?(買い方の逆風を避ける)
- 在庫トレンド:直近4週は減少?平年比は過熱でないか?
- 天候見通し:寒波リスク/熱波リスクの更新タイミングは?
- イベント前縮小:在庫発表前や大規模ニュース前に50%縮小するか?
- サイジング:1日想定損失が口座の0.5%以内か?
- 出口:移動平均割れ、ATR×2達成、カーブ再コンタンゴ化などの明確な条件があるか?
13. 失敗パターンと回避策
代表的な失敗は、(1)強コンタンゴ下の長期ロング放置、(2)レバETFの長期保有によるボラティリティ・デケイ、(3)イベント跨ぎの過大ポジション、(4)天候モデルの不確実性を過小評価、(5)流動性の薄い時間帯での成行乱発、などです。いずれも事前にルール化し、ポジション縮小や時間分散、指値・逆指値の徹底で回避できます。
14. まとめ:勝ちやすい場面だけを選ぶ
天然ガスETFはボラティリティが高く、短期の値幅獲得に向きますが、先物カーブとロール損益、レバレッジETFの経路依存という特性を理解しなければなりません。コンタンゴの強い局面は原則回避し、バックワーデーションやフラットな局面、在庫減少・寒波見通しなどの「勝ちやすい場面」を選び、サイズと時間をコントロールして淡々と実行することが、長期的なエクイティカーブの安定に直結します。
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