Derivatives Risk Management
清算価格とマークトゥーマーケット完全ガイド
先物・パーペチュアルで資金を守るための実務
本稿では、先物・パーペチュアル取引で避けて通れない「清算価格」と「マークトゥーマーケット(以下、MTM)」の基礎から、具体的な計算式、数値シナリオ、口座設計、運用チェックリストまでを体系的に解説します。難解な数式を排しつつも、実務に耐える精度で理解できるよう配慮しています。
- 1. なぜ清算価格とMTMが最重要なのか
- 2. 証拠金の基本:初期・維持・レバレッジ
- 3. マーク価格、インデックス価格、ラスト価格
- 4. 損益の分類:実現・未実現・資金調達金利(Funding)
- 5. 清算のメカニズム:破産価格・保険基金・ADL
- 6. 清算価格の近似式と厳密式
- 7. 数値シナリオ:BTCパーペチュアルの10倍ロング
- 8. 「マーク価格」を基準にストップを置く理由
- 9. Fundingと清算リスクの関係
- 10. クロス vs アイソレーテッドの運用設計
- 11. 清算を遠ざける5つの実務テクニック
- 12. ケーススタディ:逆行5%・10%・15%の損益と清算距離
- 13. 価格急変(フラッシュ・ムーブ)とマーク価格保護
- 14. 先物カーブとベーシス、公正価値
- 15. 実務チェックリスト(毎日/毎トレード)
- 16. よくある失敗と回避法
- 17. 初心者向けQ&A
- 18. まとめ:勝ち続けるには「清算を遠ざける」設計が全て
1. なぜ清算価格とMTMが最重要なのか
清算価格とは、ポジションの評価損が拡大して維持証拠金を下回ったとき、取引所の清算エンジンが強制的にポジションを解消しにくる価格帯です。清算は口座残高に致命傷を与え、次のチャンスを奪います。したがって、利益最大化の前に清算回避を設計することが、長期の生存率と資産成長率を決定づけます。
MTMは、ポジションの評価を市場実勢に合わせて継続的に更新する会計処理の考え方です。先物・パーペチュアルでは約定値ではなくマーク価格(Mark Price)を基準に未実現損益が算出されます。これにより相場の過度な一時的価格(ラスト取引値)に左右されず、公正な損益と清算判断が行われます。
2. 証拠金の基本:初期・維持・レバレッジ
口座残高をW、建玉名目(ポジションの想定元本)をN、レバレッジをL=N/Wとします。
- 初期証拠金(IM):建玉を建てる際に必要な証拠金。概ね IM = N × IMR(IMR: 初期証拠金率)。
- 維持証拠金(MM):ポジション維持に最低限必要な証拠金。概ね MM = N × MMR(MMR: 維持証拠金率)。
- アイソレーテッド / クロス:アイソレーテッドはポジションごとに証拠金が独立、クロスは口座全体の余剰証拠金で相互にカバーします。
維持証拠金率MMRは建玉サイズの階層に応じて上がるのが一般的です。建玉を大きくすると清算価格が近づきやすいのはこのためです。
3. マーク価格、インデックス価格、ラスト価格
ラスト価格は直近の約定値、インデックス価格は現物の複数取引所加重平均、マーク価格は清算判定と評価損益の基準に使われる価格で、通常はインデックスにプレミアム/ディスカウント(資金調達金利等)を加味して算出されます。清算はラストではなくマーク価格で判定されます。
4. 損益の分類:実現・未実現・資金調達金利(Funding)
先物・パーペチュアルでは損益が実現損益(Realized PnL)と未実現損益(Unrealized PnL)に分かれます。未実現はマーク価格連動、実現はクローズや手数料・資金調達金利の支払い/受取りで発生します。Fundingは通常8時間ごと等で清算され、口座残高に直接反映されます。
5. 清算のメカニズム:破産価格・保険基金・ADL
維持証拠金を下回ると、取引所は清算エンジンでポジションを減らし、最悪の場合は破産価格(Bankruptcy Price)まで滑らせてクローズします。差額は保険基金で穴埋めし、基金で賄えない場合はADL(Auto-Deleveraging)で反対側の高レバレッジ勝者ポジションが自動削減されます。混雑相場ではADLリスクが上がります。
6. 清算価格の近似式と厳密式
6.1 近似式(初心者向け)
ロング(買い)の場合、手数料やFundingを無視し、MMRが一定と仮定すると清算価格Pliqは概ね以下で近似できます。
P_liq ≈ P_entry × (1 - 1/L + MMR)
ショート(売り)の場合は符号が逆転します。
6.2 実務式(概念)
名目N = |Q| × P(Q: 枚数/数量)、口座残高W、ポジション証拠金M、未実現損益UPnL、実現損益・手数料・Funding累計Rとすると、清算条件は「M + R + UPnL = N × MMR」です。ロングでは価格下落によりUPnL = Q × (Mark – P_entry)がマイナスに傾き、この等式を満たす価格が清算価格になります。
7. 数値シナリオ:BTCパーペチュアルの10倍ロング
前提:口座残高W = 1,000 USDT、レバレッジL = 10x、エントリーP_entry = 60,000、建玉名目N = 10,000(約0.1667 BTC相当)、維持証拠金率MMR = 0.5%、手数料・Fundingは簡便化のため無視。
近似式より、
P_liq ≈ 60,000 × (1 - 1/10 + 0.005) = 60,000 × 0.905 = 54,300
つまり、マーク価格が約54,300に到達すると清算が走る見込みです。ここで次のような対策が可能です。
- 証拠金を追加:Wを1,500に増やすと実効レバレッジはL = N/W = 6.67xに低下し、清算価格は約56,400→より遠ざかる(厳密値は取引所計算による)。
- 建玉の一部を縮小:名目Nを8,000に削るとL = 8x、清算価格は約60,000 × (1 – 1/8 + 0.005) = 60,000 × 0.88 = 52,800へ。
- ヘッジ:同銘柄の短期プット買い、または相関の高い先物ショートの短期重ねでドローダウンを抑えます。
8. 「マーク価格」を基準にストップを置く理由
清算判定はマーク価格で行われるため、ストップロスもマーク価格基準で設計するのが合理的です。ラスト価格は一瞬のヒゲで触れやすく、意図しない損切りやスリッページの温床になります。マーク基準のトリガーをサポートする取引所では積極的に活用すると良いです。
9. Fundingと清算リスクの関係
強いトレンド相場では一方向にポジションが偏り、Fundingが片側に不利に傾きます。高い支払いが続くと残高が目減りし、清算価格がじわじわ近づく悪循環になります。「建玉を小さくする or ヘッジする or 期間を短くする」の三択でドローダウンをコントロールします。
10. クロス vs アイソレーテッドの運用設計
クロスの利点と罠
クロスは余剰証拠金を共有して清算耐性を高めますが、複数ポジションの損益が連動して拡大し、清算が連鎖しやすい側面があります。相関の高い銘柄の同方向建玉は避け、ヘッジ比率を設計しましょう。
アイソレーテッドの使い所
単一の戦略検証やイベント・トレードでは、損失をそのポジションに閉じ込められるアイソレーテッドが有効です。清算価格が近いと感じたら、追加入金での救済は行わず、あらかじめサイズを縮小しておくのが合理的です。
11. 清算を遠ざける5つの実務テクニック
- 実効レバレッジ上限を決める:口座全体で5–7xを超えない範囲に抑制します。エントリー後に価格が進んだらサイズを減らし、レバレッジを自然低下させます。
- 段階的な利確/損切り:テイクプロフィットとストップロスを分割設定(Reduce-Only)し、ヒゲで刈られにくくします。
- 指値・成行の使い分け:ボラ拡大期は成行のスリッページが致命傷になりがちです。流動性の厚い価格帯に分割指値を置いて約定の質を上げます。
- オプションで保険:ロング偏重時はアウト・オブ・ザ・マネー(OTM)の短期プットを小口で組み合わせ、テールリスクをキャップします。
- 資金管理:1トレードあたり口座の1–2%以上をリスクに晒さない原則を徹底します。
12. ケーススタディ:逆行5%・10%・15%の損益と清算距離
前提は節7と同一です。価格がエントリーからそれぞれ下落した場合の未実現損益と清算距離のイメージは以下の通りです(簡便計算)。
下落率 | マーク価格 | 未実現損益(概算) | 清算までの距離 |
---|---|---|---|
-5% | 57,000 | 約 -500 | 約 -2,700 |
-10% | 54,000 | 約 -1,000 | 清算水準に接近 |
-15% | 51,000 | 約 -1,500 | 清算発生(近似) |
口座比率に対して大きすぎる名目を取ると、10%の逆行で口座の全損に近いダメージになり得ます。最初にサイズを正しく決めることが本質です。
13. 価格急変(フラッシュ・ムーブ)とマーク価格保護
瞬間的な暴落・暴騰ではラスト価格が大きく乖離しますが、マーク価格はインデックス連動で滑らかなので、清算の発火点が過度に近づくのを緩和します。ただし極端な相場ではインデックス自体が動くため、過信は禁物です。
14. 先物カーブとベーシス、公正価値
限月先物にはキャリー(無リスク金利・保管コスト・配当等)が乗り、現物との価格差(ベーシス)が生まれます。パーペチュアルのFundingはこのベーシスを短期的に調整する仕組みと捉えると、相場背景の理解が深まります。
15. 実務チェックリスト(毎日/毎トレード)
- 実効レバレッジ(名目/口座残高)が上限を超えていないか。
- 清算価格までの距離(%)が想定の最低ラインを上回っているか。
- Funding見通しと支払総額の推定が口座キャッシュフローに耐えるか。
- Reduce-Onlyの利確・損切り・縮小注文が置かれているか。
- カレンダーイベント(雇用統計、CPI、金利決定)前のサイズ調整が済んでいるか。
16. よくある失敗と回避法
- 失敗:含み益拡大後にサイズを倍化し、逆行で清算。
回避:利益確定と同時にレバレッジを落とす「逆ピラミッディング」。 - 失敗:Funding高止まり放置で残高が痩せ、清算近づく。
回避:週次でFundingコストを可視化し、閾値超過でヘッジ or クローズ。 - 失敗:クロスで相関の高いロングを多層化。
回避:相関行列で同方向リスクを制限、逆相関ヘッジを少量入れる。
17. 初心者向けQ&A
Q1. 清算価格が遠ければ安全ですか?
絶対の安全はありません。イベントでギャップダウンが起きると短時間で到達します。価格だけでなくレバレッジ・Funding・相関も同時に管理すべきです。
Q2. どのMMRを採用すれば良いですか?
取引所の口座・銘柄・サイズ階層で異なります。保守的に高めのMMRで試算し、実際の維持率表で再確認してください。
Q3. 損切りは必須ですか?
はい。清算は「最悪の損切り」です。自発的なストップで損失を限定した方が、次の機会に資金を残せます。
18. まとめ:勝ち続けるには「清算を遠ざける」設計が全て
先物・パーペチュアルで長期的に資産を伸ばす鍵は、エントリーの巧拙ではなく清算を避ける仕組みを前提化することです。清算価格、MTM、Funding、サイズ、ヘッジ、注文設計——これらを数値化し、毎日チェックしてください。利益はその副産物として自然に積み上がります。
注記:本稿の数式・数値例は理解を助けるための簡便化を含みます。実際の清算価格は各取引所の仕様(維持率テーブル、手数料、Funding、保険基金・ADLロジック等)に依存します。実トレードでは必ず各社の仕様と計算機で確認のうえ、余裕を持ったリスク設定を行ってください。
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