本稿では、為替オプションにおける定番戦略「リスクリバーサル(Risk Reversal)」を、実務に直結する形で徹底解説します。単なる用語解説ではなく、構築ロジック、相場環境との噛み合わせ、損益式の分解、ギリシャ指標の管理、ヘッジの運用設計、ロールや期中調整、さらにExcel/Pythonでのバックテスト手順まで一気通貫でご説明します。読後に「自分の裁量やポートフォリオへどう組み込むか」が明確になることを目標にしています。
リスクリバーサルとは何か——要旨
リスクリバーサルは、同一満期で「コールの買い/プットの売り(強気)」または「コールの売り/プットの買い(弱気)」を組み合わせ、ボラティリティ・スキュー(スマイルの非対称性)を取りにいく戦略です。為替では25デルタ(25Δ)のコールとプットのインプライド・ボラティリティ差を「25Δリスクリバーサル」として慣習的に見ます。差がプラスであれば上方向(コール)優位、マイナスであれば下方向(プット)優位の歪みが示唆されます。
個人投資家目線でのメリットは次の通りです。
- 現物や先物の代替的な方向ポジションを、オプションの価格歪み(スキュー)も取り込みながら構築できます。
- 原資産の大暴騰・大暴落に対する形状を調整でき、デルタ・ベガ・ガンマ・シータを任意のバランスに近づけられます。
- スプレッド取引であるため、単体オプションよりも想定外のボラ拡大に対して落ち着いた挙動になりやすいです(構成による)。
前提知識:25Δ・スキュー・クォート慣行
為替オプションでは、満期とデルタでストライクが規定されます。たとえばUSD/JPYの1か月物25Δコール/プットは、デルタが概ね±0.25となるストライクを指します。市場では「ATMボラ」「25Δリスクリバーサル(RR)」「25Δフライ(BF)」といった形でボラ面が提示され、これらを組み合わせると任意ストライクのボラが復元できます。実務としては、ブローカーや取引所のクォート仕様に従い、満期統一・デルタ一致で構築するのが基本です。
戦略の型:強気RRと弱気RR
強気RR(Bullish RR)は「コール買い+プット売り」、弱気RR(Bearish RR)は「コール売り+プット買い」です。いずれも同一満期・同一デルタ(例:25Δ)で組みます。強気RRは上方向のスキュー優位や上昇局面で効率よくデルタを取りにいき、弱気RRは下方向のスキュー優位や下落局面のヘッジに適します。
USD/JPYの具体例(数値は説明用)
前提:USD/JPY=150.00、1か月、無裁定金利差を加味したフォワード=150.20。市場の25Δクォートから、25ΔRR=+1.0%(コールボラがプットより1%高い)、ATM=9.0%、25ΔBF=0.2%とします。
このとき強気RRは、25Δコールを買い、25Δプットを売りで構成します。プレミアム差(受払)は市場のRRに依存し、ここでは大雑把に受け(ネットでプレミアム受領)になりうる設定とします(実際はスプレッド、ボラ水準、フォワード、微分希薄度で変動)。
直感:上がればコール買いが効き、下げ相場ではプット売りの被弾に注意が必要です。ただし25ΔゆえにストライクはOut-of-the-Moneyで、下に突っ込まない限りはプレミアム収支が支えになり得ます。
損益の骨格(簡易式)
満期時スポットST、コールKc、プットKp、受領プレミアム差をP(受けなら+)とします。強気RRの満期損益は、概念的に
Payoff = max(S_T - K_c, 0) - max(K_p - S_T, 0) + P
期中はガンマ・ベガ・シータが効きます。ボラ上昇はコール買いにプラス、プット売りにマイナスで、ネットのベガ符号はRRの向きとボラ水準で決まります。一般にRRは方向デルタ+スキュー・ビューの複合ベットです。
いつ機能しやすいか
- 方向とスキューが整合している局面(例:上昇トレンドでコール優位のスキュー)。
- 大勢観はレンジだが歪みが偏っている局面(偏りをプレミアム差で取りにいく)。
- 現物/先物の代替エクスポージャーとして、損益形状を滑らかにしたいとき。
実務オペレーション:建て方とロール
個人がアクセスしやすいのは取引所上場のFXオプション(例:CME通貨オプション)や国内の一部デリバティブ口座です。満期は1W/1M/3Mなど流動性のあるものに寄せ、デルタは25Δを基本に、経験に応じて10Δ/15Δへ展開します。ロールは、残存日数が7〜10営業日になったら次限月へ。ロール基準はボラ面の歪みが素直にクォートされるタームを優先します。
ギリシャ指標の管理
- デルタ:方向性の根幹。|Δ|の上限(例:0.30)と許容逸脱幅(例:±0.05)をルール化し、乖離時は現物/先物で部分ヘッジします。
- ガンマ:期近で増大。高頻度の再ヘッジを強いられるため、週跨ぎ・イベント前は残存を伸ばしておくと安定します。
- ベガ:スキューの反転に注意。RRとBFの推移を毎日ログ化し、RR×デルタの感応度を把握します。
- シータ:時間価値の減衰。プレミアム受けのRRは優位に見えますが、下方向のジャンプを被った場合のリスクを必ず想定します。
イベント耐性の設計
雇用統計・CPI・中央銀行会合などはボラ面が動きます。指標前後でRRの方向を反転させるのは避け、ポジションサイズを縮小。どうしても勝負するなら、ガンマを取りにいく代替案(短期ストラドル/ストラングル)とRRの役割を分けて考えます。
想定外の下げに対する保険
強気RRでは、急落でプットの損失が膨らむ恐れがあります。対策として、より遠いOTMプットの安価な買いを添える(コラーパターン)、または資金効率が許すなら先物で即時カット。「無限下振れ」への備えはルールで前置きしておきます。
データとモニタリング
- 価格系列:スポット、フォワード、金利差、主要満期のATM・RR・BF。
- 日次ログ:建玉、Δ・Γ・V・Θ、評価損益、ロール履歴、手数料・スプレッド。
- トリガー:RRの符号転換、|RR|の急拡大、BFの縮小/拡大、出来高の枯渇。
バックテスト手順(Excel/Python)
- 入力:日次のATM, 25ΔRR, 25ΔBF, フォワード、スポット。
- ボラ面再構成:SABRや二次式近似で25Δコール/プットのIVを復元。
- プライシング:Black 76相当でコール/プットを評価。スプレッドと手数料を控えめに上乗せ。
- ルール実装:残存やΔ上限、ロール基準、イベント縮小、損切り、プット遠OTMの保険有無。
- 評価:勝率、平均損益、最大ドローダウン、年率換算シャープ、RRの符号×P/Lの相関。
重要なのは「ボラ面の安定した再構成」と「コストの過小評価をしないこと」です。出来れば、約定スリッページの確率分布までモデル化します。
ケーススタディ(数値例)
USD/JPY 1M 25Δ、過去3年分(仮想データ)で強気RRを継続した場合、RRが+のときのみエントリーするルールだと、RRが-転化した局面で損切りが利き、P/Lの分布が厚いテールを避けられる傾向がありました。一方、常時エントリー型はレンジ期間のシータ収益が効くものの、ジャンプ相場での損失集中が課題でした。結論として、「RRの符号条件+イベント縮小+遠OTM保険」の三点セットが最も安定しました。
実装の3パターン
- 25Δ固定・常時RR:ルールが単純。サイズ管理とイベント縮小が要。
- 符号フィルターRR:RRが+なら強気、-なら弱気。それ以外はノーポジ。
- ハイブリッド:RRに加えてBF(スマイルの厚み)や出来高でウエイトを調整。
サイズとリスク許容度
初心者ほど名目エクスポージャーを小さくし、Δの管理を最優先。たとえば純Δを証拠金の0.2〜0.4倍以内に制限し、プット売り側は遠OTM保険で「最悪時の想定損失」を明示化します。見えない負債を残さないのが鉄則です。
実務チェックリスト
- 取引前にRR・BF・ATMの三点セットを必ず確認。
- Δ、ロール残存、イベント縮小、遠OTM保険、損切り基準を紙に書く。
- 約定スリッページとスプレッドの上振れ想定を常に残す。
- 日次でP/Lとギリシャ、RR・BFの推移を同一シートに連続記録。
よくある失敗と回避
- プット売りの裸感:遠OTM保険を添える、サイズを落とす、イベント前はクローズ。
- ヘッジ遅れ:Δ閾値を自動通知、先物/現物で即時調整。
- ロール忘れ:残存7〜10営業日でアラート。ロール時はコストとRR再計測。
ビットコインや商品への応用
リスクリバーサルの考え方はBTCやコモディティにも応用可能です。暗号資産はスキューのダイナミクスが独特で、下方向プット需要が強い場面が多く、弱気RRが保険として機能することがあります。ただし取引所ごとの清算やマージン仕様が異なるため、口座横断の資金管理が最重要になります。
7日間の行動プラン
- 口座ごとにRR/ATM/BFの履歴取得方法を決め、データ取得スクリプトまたは手入力テンプレートを用意。
- 25Δのストライクとプレミアムを毎日メモし、簡易Δ・Vの推移を記録。
- 強気RRの最小サイズで試行、Δ閾値とイベント縮小のルールをテスト。
- 遠OTM保険のコスト感と効果を比較し、常設かイベント時限定かを決める。
- ロール運用のトライアル:残存別にP/Lを比較し、最適残存帯を仮決め。
- 符号フィルター(RRの+/-)のバックテストをExcelで簡易実装。
- 成果と課題を箇条書きにし、翌月のサイズとルールを更新。
まとめ
リスクリバーサルは、為替市場のボラティリティ・スキューを取り込みつつ方向性を表現できる効率的な戦略です。成功の鍵は、(1)RR/ATM/BFの三点監視、(2)Δとサイズ管理、(3)イベント前縮小、(4)遠OTM保険によるテール対策、(5)ロールと記録の徹底です。以上を型として運用すれば、初心者でも無理のないリスクで「相場の歪み」を利益機会に変換できるはずです。
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