本稿では、仮想通貨デリバティブの中でも最も取引量が多いパーペチュアル(無期限先物)において、ファンディングレートの歪みと清算クラスター(Liquidation Cluster)の重なりを狙う逆張り手法を、実務の観点から体系立てて解説します。裁量・半裁量のどちらにも移植可能で、日中のモニタリング時間が限られる個人投資家でも回せるよう、低回転・低取引コストを前提に設計します。
戦略のコンセプト
相場は多くの場合、過度のポジション偏りとレバレッジにより短期的なオーバーシュートを起こします。資金調達率(Funding Rate)が極端に傾く局面では、同時に清算価格帯が一点に密集しやすく、そこへ価格が接近・突入することで連鎖清算(Liquidity Cascade)が発生し、直後に急速なリバウンドが起きることがあります。本戦略は、この「行き過ぎ→反動」を定量的に捕まえにいきます。
必要な観測データ
最小構成は次の通りです。どれも主要CEX/分析ツールで入手可能です。
- パーペチュアルの資金調達率(8時間毎、または1時間毎のレート)
- 建玉残高(Open Interest)、出来高、ロング/ショート比率
- 推定清算ヒートマップ(価格帯ごとの推定清算規模)
- インデックス価格(現物参照価格)、出来高加重平均価格(VWAP)
数式とシグナル設計
① ファンディング年率換算
資金調達率が8時間ごとに適用される場合、単純年率換算は次式で近似します。
AnnualizedFunding[%] ≈ Funding(8h) × 3 × 365 × 100
例:8時間の資金調達率が +0.015% の場合、年率換算で約 +16.4% です(0.00015 × 3 × 365 × 100)。プラスはロング優勢、マイナスはショート優勢の偏りを示唆します。
② 歪みの標準化(Zスコア)
直近N本(例:N=60本の1時間足)での平均と標準偏差を用いて、資金調達率のZスコアを計算します。
Z_f = (Funding_t − μ_Funding) / σ_Funding
|Z_f| が大きいほど、直近の均衡からの乖離が強い=歪みが大きいと解釈します。
③ 清算クラスター強度
価格帯 i に存在する推定清算規模 L_i を正規化して、直近価格 P_t からの距離減衰を加味したクラスター強度を定義します。
ClusterStrength = Σ_i ( L_i / L_max ) × exp( − |P_i − P_t| / λ )
λ は距離スケール(例:当日のATRまたは直近7日間の平均真の値幅)。価格に近い大規模クラスターほど強度が高くなります。
④ 合成シグナル S
ファンディングの歪みとクラスター強度、さらに建玉残高の変化率 dOI を組み合わせ、過熱と巻き戻しの「圧」を表す合成シグナル S を作ります。
S = sign(Funding_t) × |Z_f|^α × ClusterStrength^β × (1 + γ × dOI)
推奨初期値:α=1、β=1、γ=0.5。S が閾値 S* を超えたら逆張り方向にエントリー候補とします(Funding がプラスならショート、マイナスならロング)。
エントリーとエグジットの実務ルール
エントリー
- 条件A:
|Z_f| ≥ 2.0
(資金調達の歪みが統計的に十分大きい) - 条件B:
ClusterStrength ≥ C*
(価格近傍に明確な清算クラスター) - 条件C:価格がクラスター帯にヒット、または直近のミニ急変(例:1分足で±0.6%超)
上記を満たしたら、3分割の逆指値・指値で段階的に建てます(例:基準価格、±0.2%)。板厚が薄い銘柄では、ポストオンリーの指値を優先し、約定コストを抑えます。
エグジット
- 利確①:VWAP回帰または直近レンジのミドル到達で 1/2 利確
- 利確②:資金調達率の符号が中立域(例:±0.005%/8h以内)に回帰したら残り1/2
- 損切り:直近スイングの外側に
ATR×1.2
を置く(reduce-only推奨)。清算価格に近づけない配置を徹底します。
ポジションサイズと期待値設計
本戦略は勝率60%前後・RR 1:1〜1.5を想定します。資金に対し1トレードの最大想定損失(MaxLoss)を1%以内に制限し、清算レベルの遠い低レバレッジを厳守します。単純ケリーの半分以下(Half-Kelly)を上限目安にして過剰最適化を避けます。
実例:ETH-PERP(架空データ)
状況:資金調達率 +0.02%/8h(年率+21.9%相当)、Z_f=+2.3、価格近傍の上側に清算クラスター強、dOI +4%/日。短時間に上振れしてクラスターに突入後、スパイクでさらに上押し。
行動:ショートを3分割、VWAP回帰で半分利確、Fundingが+0.005%/8hへ戻った時点で全決済。想定RR=1:1.3、実現+0.7R。
実装と執行の注意
- 注文タイプ:post-only limitでスリッページ抑制、reduce-only stopで誤発注防止。
- クロス/分離:分離推奨。クロスは清算リスク伝播が起きやすいです。
- 取引先:流動性の深いCEXを優先。DEXパーペチュアルの場合は価格インパクトが大きく、サイズ縮小・レバ低下で対応。
バックテスト手順(簡易)
- Funding履歴・OI・価格・出来高を取得(1hまたは15m足)
- Z_f・ClusterStrength・S をロール計算
- 閾値 S* と利確/損切りロジックを固定し、サンプル外検証
- 手数料・資金調達コスト・スリッページの悲観的見積もりを必ず反映
注意:清算ヒートマップは推定モデルに依存します。データ源が異なると結果も変わるため、複数ソースの合意を重視してください。
リスク管理チェックリスト
- システムリスク:ADL(自動デレバ)、インデックス不具合、資金調達の突発的な仕様変更
- 銘柄リスク:小型アルトは板が薄く、クラスター到達で過度に滑る
- イベント:FOMCや大型メジャーイベントの前後は閾値を厳しく(例:|Z_f|≥2.5)
- 同時多銘柄:相関上昇時のドローダウン合算に注意(合計MaxLossを1%以内)
運用テンプレ(毎日5分)
(1)Funding極値の銘柄をスクリーニング → (2)清算クラスターが価格近傍か確認 → (3)OI変化率をチェック → (4)シグナル S を評価 → (5)条件合致で小さく着手、ルール通りに分割・利確・撤退。これを機械的に繰り返します。
まとめ
ファンディングの歪みと清算クラスターは、「過熱→反動」という力学を数値化するための優れたコンボです。裁量の色気を最小化し、入る・待つ・切るを定型化するほど、リスク当たりの生産性は安定します。まずはレバレッジを抑え、サイズを十分に小さくし、データの信頼性を確認しながら徐々に精度を高めていきましょう。
※本記事は情報提供であり、特定の投資商品を推奨するものではありません。最終判断はご自身でお願いいたします。
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