オンチェーン分析は「価格の原因」である資金フローを直接観測できるため、短期トレードにおいて強力な武器になります。本稿では、取引所(CEX)への入出金とスマートマネー(継続的に優位性を示すアドレス)の動向を核に、実際に収益機会へ落とし込む手順を、リスク管理や執行の細部まで含めて解説します。
全体像:需給→ポジション→価格の因果を掴む
短期価格は「需給の歪み」に駆動されます。特に取引所ネトフロー(Netflow)は即時の売買圧力の代理変数になり、これに大口の動向とデリバティブ指標(資金調達率、OI、清算)を重ねると、精度の高いトリガーになります。
- スポット需給:取引所への入金増=売り圧力増、出金増=保有意欲↑/売り圧力↓
- スマートマネー:勝っているアドレスの蓄積行動はトレンドの初期合図になりやすい
- デリバティブ:資金調達率(FR)と未決済建玉(OI)で過熱・歪みを評価
使うデータ:最低限のセット
- 取引所ホットウォレット群:主要CEXの入出金アドレス(入金ゲート、ホット、コールドへの移送)
- ラベル付きアドレス:既知のスマートマネー、ファンド、チーム、マイナーなど
- デリバティブ指標:FR、OI、清算規模(外部発表値の参照で可)
- 価格・ボラ:現物・先物価格、実現/インプライドボラ
注意:アドレスのラベルは誤認リスクがあります。一次情報(公式告知や長期の入出金パターン)で裏取りし、自前のホワイトリストを維持します。
ワークフロー:4ステップで運用
1. 監視ユニバースの定義
対象チェーン(例:BTC, ETH, L2)と対象CEXを決め、各CEXの入出金アドレス群をウォッチリストに登録します。次に、パフォーマンス検証済みの大口アドレス(勝率、平均損益、トレード頻度)を上位20〜50件に絞って追跡します。
2. 指標の設計(シグナル化)
最小構成のシグナルは以下の通りです。
- 取引所Netflow(S1):
S1_t = (ExchangeIn_t - ExchangeOut_t) / CirculatingSupply
- スマートマネー吸収(S2):
S2_t = (SmartAccumulateValue_{t,24h}) / FreeFloat
- デリバティブ歪み(S3):
S3_t = z(FR_t) + z(ΔOI_t)
複合スコア:Score_t = w1*S1_t - w2*S2_t + w3*S3_t
(例:w1=0.5,w2=0.3,w3=0.2)。
解釈:S1が正(入金超過)かつS3が正(ロング過熱)で、S2が小さい=弱気。S1が負(出金超過)でS2が大きい(大口が吸収)=強気。
3. エントリー条件(例)
スポットETHの押し目買い例:
- 条件A:
S1 < P10
(過去10日分位で低い=出金優位) - 条件B:
S2 > P70
(スマートマネー吸収が強い) - 条件C:
S3 < 0
(過熱でない)
3条件同時成立で分割エントリー(例:3トランシェ×各1/3)。逆にショート狙いは、S1 > P70
かつS3 > 0
かつS2
が弱い場面を探します(先物またはパーペチュアル、適切なリスク管理を前提)。
4. イグジット設計
- 時間分散の利確:目標RR=1.5〜2.0で半分利確、残りはトレーリング(直近安値/高値−ATR×k)
- 需給の反転:
S1
が再び正転&S3
が過熱化で縮小/撤退 - イベント前カット:大規模トークンアンロック・ハードフォーク・裁判・CEX障害の前にエクスポージャを軽く
数値ミニケース:ETHの出金ラッシュを買う
仮想データ(24h):
取引所入金=30k ETH、出金=90k ETH → S1=-60k/CircSupply
。
スマートマネー上位30の純増=+40k ETH → S2=+40k/FreeFloat
。
FR=年率+4%→前日比低下、ΔOI=-3% → S3<0
。
価格は−2.5%下落中。ここでA,B,Cの3条件が同時成立。3分割で現物を買い、平均取得−2%に逆指値、RR2.0の1st利確を置きます。翌48hで価格+4.2%、S1が中立へ、S2は継続増。半分利確、残りはトレーリングで継続。
執行の精度:スリッページとMEV対策
スリッページ最小化
- CEX:成行は避け、時間加重(TWAP)またはVWAPに近い分割指値。
- DEX:許容スリッページを狭く(0.2〜0.5%目安)、流動性の厚いペアを選定、ルーターの経路を確認。
MEV・サンドイッチ回避
- 可能なら保護メンプール(Private RPC/MEV保護RPC)を使用。
- 大口は分割・時間分散とガス上限の適正化で検知難度を上げる。
- スワップは期限と最小受取量を必ず設定。
リスク管理:ドローダウンを限定する
- 1トレード損失上限:口座の0.5〜1.0%に固定。
- イベント回避:CEX障害、ブリッジ停止、オラクル異常時は新規建て停止。
- 相関暴露:同方向・同因果の建玉は合算でリスクを測る(例:ETH/BTCロング+アルト現物)。
- デリバティブ使用時:レバレッジは必要証拠金を下げるための最小限。清算距離はATRの2.5〜3倍以上。
自動化のヒント(ノーコード/ローコード)
入出金Txとラベル済みアドレスの残高変化を定期取得し、S1/S2/S3を計算→閾値超えで通知(メール/Webhook)。執行は手動で最終判断し、自動約定は想定外イベントの連鎖を招きやすいため慎重に。
よくある落とし穴
- ラベル過信:誤ラベルや使い回しアドレスでミスリード。
- 先回りのつもりが後追い:Netflowは短期的にノイズも多い。複合で判断。
- 板厚無視:需給強でも板が薄い銘柄はスリッページで期待値が吹き飛ぶ。
- 単一チェーン依存:ブリッジやL2移送を見落とすと全体像を誤る。
まとめ
「取引所Netflow」「スマートマネー吸収」「デリバティブ歪み」を組み合わせた複合スコアで、需給が価格に効きやすい局面を抽出できます。正攻法のサプライ・デマンド分析を、オンチェーンならではの透明性で定量化し、エントリーとイグジットに一貫性を持たせることが勝率向上への近道です。
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