レンディングは「資産を貸して利息を得る」極めてシンプルな行為に見えますが、実態は信用・流動性・価格変動という3つのリスクに報酬(利息)が支払われる構造です。金利の源泉を分解し、清算ラインを正しく計算し、撤退条件を機械的に実行できるか——ここが勝ち負けを分けます。本稿は、初心者でも実装できる運用レシピに落とし込みます。
レンディングの全体像:金利の源泉を3分割
レンディング利回りは大きく以下の3要因に還元できます。第一に信用プレミアム(相手が返す保証はない/スマートコントラクトが常に正しく動作する保証はない)。第二に流動性プレミアム(いつでも引き出せるとは限らない、市況悪化時には資金が逃げる)。第三にボラティリティ由来の補償(担保価格の変動に伴う清算・不履行の補償)。この3つが混ざり合い、プロトコルや市場環境ごとに利回りが形成されます。
したがって、同じ「USDTを貸す」でも、誰に・どの仕組みで・どの市場で貸すかで金利は全く別物になります。CeFi(中央集権)とDeFi(分散型)ではリスクの所在が異なり、前者はカウンターパーティ、後者はスマートコントラクト/オラクル/ガバナンスの設計品質が核心です。
商品タイプの比較:CeFi vs DeFi vs マーケット型
CeFiレンディング
取引所や貸付事業者に預け、同社の貸出先(トレーダー・マーケットメーカー等)からの金利収入を分配するモデルです。透明性は限定的で、バランスシートやリスク管理に依存します。メリットはUXとシンプルさ。デメリットは情報非対称と凍結・破綻リスクです。
DeFiレンディング
代表例はAaveやCompoundに見られる「プール型」。利用率(借入需要/供給量)に応じ金利が自動変動します。透明性(オンチェーン)、即時性、担保超過による機械的清算が特徴。一方で、スマートコントラクトの欠陥、オラクルの異常、ガバナンス変更が主要リスクです。
マーケット型(P2P/オーダーブック)
一部取引所やプロトコルは貸付レートを板で決定します。市場観測に長けたユーザーは、イベント前後の金利歪みを取りやすい反面、約定や返却条件の管理が必要です。
担保・LTV・清算ライン:数式でわかる「飛ばさない」設計
DeFiでは通常、過剰担保が前提です。担保価値が一定閾値を割ると自動清算されます。例として、ETHを担保にステーブルを借りるケースを考えます。
定義:担保額 = ETH保有数量 × ETH価格。借入額 = B(USD建て)。LTV = 借入額 / 担保額。清算閾値(Liquidation Threshold)をLTとすると、担保額 × LT = 借入安全余力。価格が下落して担保額 × LT ≦ 借入額 になると清算です。
清算発生価格の近似:ETH価格liq ≈ 借入額 / (ETH数量 × LT)。たとえば、ETH 2.0枚、現値40万円、LT=0.8、借入額50万円なら、ETH価格liq ≈ 500,000 / (2.0 × 0.8) = 312,500円付近。この価格に触れた時点で自動清算が走ると想定し、事前に返済or担保追加のトリガーを置きます。
実運用では、ボラの大きい資産ほど初期LTVを低め(例:0.3〜0.4)に抑え、返済・担保追加の自動化(通知→即時実行)を用意しておくことが重要です。
金利モデル:利用率カーブを読む
プール型は、利用率Uが高まると供給金利も上昇する「カーブ設計」です。直感的には、借りたい人が多いほど貸し手は強く、金利は上がる。イベント前(新規トークン上場、相場急変)では短期的にUが跳ね、年率がスパイクします。スナップショット利回りに飛びつかず、平均化した実効利回りを見ます。
実効年率(概算)は、(受取利息 − 取引費用 − 為替コスト) ÷ 平均投下資本で評価します。費用にはブリッジ/ガス/スワップ、税引前後の差、為替の片道コストが含まれます。
主要リスク:見落としがちな4点
スマートコントラクト/オラクル
コードの欠陥や価格参照の異常で過少担保のまま借入が成立・清算が遅延する可能性。複数回の監査、有効なバグバウンティ、オラクルの冗長化(たとえばChainlink併用)などを確認します。
流動性ドライアップ
市況悪化で供給が引き上げられると、引き出し待ちや金利急低下が起きます。TVL規模、資産集中度(トップ資産の占有率)、利用率の上限設計を確認します。
ガバナンス/規約変更
担保係数、金利カーブ、清算ボーナスはガバナンス投票で変わります。提案履歴と投票の一貫性を監視し、プロトコル依存度を過度に高めない構成にします。
ステーブルのペグ逸脱
ステーブル建てで貸しても、受け取る購買力が一定とは限りません。担保と借入通貨の相関を見て、片側が壊れた時の損失経路を事前に洗い出します。
実運用レシピ①:ステーブルコイン短期回し
狙いは「少ないボラで手堅く回す」。例として、USDCをプールに供給し、7〜30日の保有で年率換算3〜8%を狙う想定。手順は、(1)チェーン選定(手数料とTVL)、(2)プール分散(同一チェーン内で2〜3プロトコル)、(3)撤退条件(Uが閾値を超えたら、もしくは急落時の資金需要消失で年率が規定以下になったら撤収)。
数値例:100,000円相当を投入。平均年率6%、30日運用、経費1,000円。期待受取利息 ≈ 100,000×0.06×(30/365)=493円。実効利益 ≈ 493−1,000=−507円。短期は経費負けしやすいことが分かります。少額・短期なら一つのチェーンでまとめる、経費を月次で均すなど、費用最適化を優先します。
実運用レシピ②:ETH担保でステーブル借入(清算ラインを可視化)
ETH2.0枚(時価400,000円/枚)=担保800,000円、LT=0.8、初期LTV=0.35で設計。借入額 = 800,000×0.35=280,000円。清算価格 ≈ 280,000/(2.0×0.8)=175,000円。現値からの下落余地は約56%。
撤退ルール:ETHが230,000円に接近したら(清算価格比+31%)自動通知→即時25%返済。230,000円を割り込んだら即時50%返済。ルールは前日夜に固定し、相場中に判断をブレさせない。ボラ急拡大時は「担保追加」より「返済」を優先し、デルタを絞るのが無難です。
実運用レシピ③:金利アービトラージの基礎
同一チェーン内でレンディング供給年率が5%、一方で同通貨の需要急増で借入年率が12%の別プールがある場合、借入→供給のスプレッドを取る発想が生まれます。ただし、スマコン・清算・流動性のリスクが二重化します。手数料・遅延・ペグ・ガバナンス変更を価格に織り込めないなら見送りが正解。スプレッドは恒常的でないことを忘れないでください。
チェックポイント:事前に潰しておく論点
① プロトコル健全性——監査回数と時期、TVLの推移、上位資産の偏在、保険の有無、過去インシデントと対応。
② 利用率と金利カーブ——現在U、ジャンプポイント(急上昇点)、上限設計、過去スパイクの持続時間。
③ オラクルと清算——参照価格の更新頻度・冗長化、清算ボーナス、過去の清算遅延事例。
④ 撤退条件——Uや年率の閾値、預入額の上限、プロトコルごとの最大損失許容と「触らない条件」。
よくある失敗と回避策
ダブルレバに気づかない:担保がボラ資産の場合、借入資金を別運用に回すと実質レバが掛かる。初期LTVを下げ、借入資金は原則ステーブル保有に留めるのが安全です。
スナップショット利回りへの飛びつき:瞬間的な年率200%は幻。平均実効を必ず算出し、費用と遅延を控除します。
撤退ルールの未設定:通知だけで満足し、実行フローがない。少なくとも「価格Xで返済Y%」を事前に書面化し、実行手順を一枚にまとめて机の上に置く。
小さく始める:1万円からのロードマップ
(1)単一チェーン・単一プロトコルでステーブルのみ、30日間のテスト。(2)月次レポートに「入出金・費用・年率の推移・撤退条件履歴」を残す。(3)3ヶ月継続し、TVL・U・年率の相関が読めてから分散。拡大は遅く、撤退は速くが鉄則です。
まとめ
レンディングは「何%で回せるか」ではなく、「何を引き受け、その対価として何%受け取るか」のゲームです。数式で清算を掴み、費用を可視化し、撤退基準を機械化する。これだけで期待値は大きく改善します。市場に勝つのではなく、自分のルールに勝つ設計を徹底してください。
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