テーマの狙い
本稿では、イーサリアムの流動化ステーキング(LST)およびリステーキング(LRT)を活用して、
「現物の売買を抑えつつ利回りを積み上げる」実務的なアプローチを、初心者にも届く具体性で解説します。
具体的には、APRの分解、リスク起点の設計、デペグ耐性、清算・資金調達コスト、ヘッジ設計、そして運用フローまでを一気通貫で整理します。
基礎:ステーキング利回りの源泉を分解する
ETHのステーキング利回り(APR)は、大きく次の要素に分解できます。
- ① コンセンサス報酬(新規発行)
- ② 実行レイヤーの手数料・Priority Tips
- ③ MEV捕捉による上乗せ
- ④ 手数料控除(プロトコル/バリデータ/プロバイダ手数料)
- ⑤ スラッシング期待損失(低頻度だが非ゼロ)
概念式で表すと、APR = (① + ② + ③) − (④ + ⑤)
。
ここにLST(例:stETHなど)を使うと、ロックせずに売買可能なトークンで利回りを受け取りつつ、
さらにLRT経由のリステーキング(例:オペレーターがAVSに再委任)で報酬源泉が追加されます。
ただし、リターン増加と同時に新たなリスク階層(スマコン、オラクル、運用者、AVSの故障相関など)が増えます。
LSTとLRTの違いと役割
LST(Liquid Staking Token)
バリデータ運用から生じる利回りを、譲渡可能なトークンとして受け取れる設計です。
価格は基軸のETHに対してプレミアム/ディスカウントで推移し、換金性は二段階(流通市場での売却/プロトコル経由の引出し)で担保されます。
LRT(Liquid Restaking Token)
LSTやETHを担保に、再ステーキングインフラ(AVS)へ間接的にリスクを供与し、その対価(報酬やポイント等)を受ける構造です。
便益(追加利回り)と引換に、スマコン層・オペレーター層・AVS層の失敗確率を負う点を理解しておく必要があります。
数値で理解:10 ETHを使った利回り積層の例
前提:手数料やスプレッド、借入金利、ファンディング等を含めて慎重に見積ります。次は概算モデルです。
- 手元の10 ETHをLST化(例:stETH相当)。
想定ステーキングAPR:3.5%(ネット)。 - LSTをLRTでリステーキング。
追加リワード期待:1.0%〜2.0%相当(変動・非保証)。 - LRTを担保にレンディングでステーブルを借入。借入年率:4.0%。
- 借入ステーブルで現物ETHを買い、同額のPERPショートでΔを中立化(いわゆるdelta‑neutral carry)。
このときの期待ネットAPR(概算)は、
ネットAPR ≈ ステーキング3.5% + リステーキング1.0〜2.0% − 借入4.0% − 取引・清算・資金調達コスト
例えば追加コスト合計を0.7%とすると、下限ケースで 3.5 + 1.0 − 4.0 − 0.7 = −0.2%
(赤字)、
上限ケースで 3.5 + 2.0 − 4.0 − 0.7 = 0.8%
(黒字)です。
ここからわかる通り、レバ無しで積層するだけでは優位性が薄い局面も多いため、
コスト最小化・スプレッド改善・ヘッジ頻度最適化が成否を分けます。
最大の落とし穴:デペグと清算の二重苦
LSTやLRTは、市場局面によっては基軸ETHに対してディスカウントが拡大します。
デペグが進行する局面で担保評価が下がると、清算閾値に近づき、
同時に現物⇔LSTの交換で追加スリッページが発生します。これが「二重苦」です。
対処の原則:
- LTVを保守的に:目安として担保価値の50〜60%以内に留める。
- 換金ルートを二本持つ:DEXの流動性プールとプロトコル償還キューを両睨み。
- ヘッジは小まめに:価格乖離が拡大する局面ではΔ中立の維持コストが上がる。
- ストップを仕込む:担保価格と指数の相関崩れを想定したカットルール。
リスクマトリクスと優先度
層 | 主リスク | 検知/軽減 |
---|---|---|
プロトコル | スマコン欠陥・ガバナンス変更 | 監査/バグバウンティ/Timelock/マルチシグ |
オペレーター | 不正/過失/スラッシング | 分散委任/実績/保険/証拠金制度 |
AVS | 設計不備・オラクル障害 | テストネット実績/フェイルセーフ/オラクル冗長化 |
市場 | デペグ・流動性蒸発 | 深いLP/複数ルーター/引出しキュー監視 |
信用 | カウンターパーティ破綻 | 担保分散/預託上限制限/監査報告 |
実装フロー(チェックリスト)
- 方針決定:長期でETHβを取りに行くのか、Δ中立で利回りだけを抽出するのか。
- LST選定:時価総額、流動性、償還待機列、手数料、過去のデペグ履歴。
- LRT選定:対応AVS、オペレーター分散、保険/セーフティ設計、手数料。
- 担保・借入:LTV上限、清算ペナルティ、金利モデル(変動/固定)。
- ヘッジ設計:PERPの指数連動性、資金調達率、リバランス頻度、取引コスト。
- モニタリング:デペグ、引出しキュー、保険基金、スマコンアップグレード、AVS告知。
- 出口戦略:リワード収穫→担保返済→LST解消→ETH回収、税務イベントの整理。
ケーススタディ:二つの運用スタイル
ケースA:ETHβを取りつつ利回り上乗せ
ETHロング前提。LST保有+LRTで追加報酬。借入は使わず健全性重視。
上昇局面でトータルリターンが最大化しやすい一方、下落時のドローダウンはETHβとほぼ同等です。
ケースB:Δ中立キャリー(利回り抽出型)
LRT担保でステーブル借入→ETH現物ロング+PERPショート。方向性を消し、純キャリーの獲得を狙う。
利回りが薄い局面では旨味が乏しく、資金調達率やスプレッドに強く依存します。
実務Tips(損を避けるための最小原則)
- LTVは保守的に:清算余裕は最低でも15〜20%幅を確保。
- ブリッジ多用を避ける:チェーン跨ぎはスマコン&メッセージ層の失敗点が増加。
- 手数料を固定化:頻繁なリバランスは累積コストの罠。閾値ルール化する。
- 告知チャンネルの監視:プロトコルやAVSのガバナンス提案・アップグレード日程を常時チェック。
- 出口の段取り:引出しキューが伸びる相場では先に解消リクエストを入れる。
簡易シミュレーション例
前提:LST APR=3.5%、LRT追加=1.5%、借入=4.0%、その他コスト=0.6%、LTV=55%、初期資本=10 ETH。
単純化した年間期待値:3.5 + 1.5 − 4.0 − 0.6 = 0.4%
。
LTV55%で規模拡大のインセンティブは低いため、むしろコスト最適化(取引所・ルーター・金利)や、
デペグ時の買い戻し戦略(乖離縮小の逆張り)など裁定の余地を検討するのが実務的です。
まとめ
LST/LRTとリステーキングは、仕組み上積み上げ型の利回りを実現しうる一方、
リスク階層が増えることで事故が起きた時の損失分布が肥尾化します。
勝ち筋は「低コスト運用」「LTV保守」「複線リクイディティ」「Δ管理の自動化」の4点。
これらを満たせない環境では、規模を拡大せず静的なLST保有で足場固めを行うのが堅実です。
用語ミニ集
- LST:Liquid Staking Token。ステーキングをトークン化した流動資産。
- LRT:Liquid Restaking Token。再ステーキングの権利をトークン化。
- AVS:Actively Validated Services。追加の検証/セキュリティを要するサービス群。
- Δ中立:方向性リスク(プライス変動)をヘッジして中立化すること。
- デペグ:本来等価に近いはずの価格が乖離する現象。
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