ポイントは次の三つです。第一に、清算価格を「偶然のライン」ではなく、統計的に十分なバッファを持つ設計変数として扱うこと。第二に、資金の一部を常に未使用の安全域として残し、連続損失や変動拡大に備えること。第三に、レバレッジは「高ければ良い」ではなく、ボラティリティ基準で最適化することです。
1. 基本概念:証拠金、維持証拠金、清算価格
マージントレードでは、口座残高(ウォレット残高)とポジションに紐づく証拠金が核になります。取引所はポジション保有に必要な最低証拠金として初回証拠金(Initial Margin)と維持証拠金(Maintenance Margin)を定め、口座価値が維持証拠金を割り込むと清算が発動します。
清算価格の厳密式は取引所ごとに異なりますが、USDT建ての線形パーペチュアル(例:BTC/USDT)のロングでは概ね次の直感が成り立ちます。
清算までの価格下落幅 ≈ 初回証拠金 − 維持証拠金 − コスト(手数料・資金調達)
たとえば、口座残高1,000 USDT、価格50,000でBTCを5倍ロング(名目5,000 USDT)した場合、初回証拠金は名目の20%相当(=1,000)、維持証拠金が0.5%〜1%程度だとすると、概算で約2%〜3%の逆行で清算が視野に入ります(実際は取引所のパラメータに依存)。この幅が狭すぎるほど、ノイズ的な値動きで簡単に強制終了されます。
重要なのは、清算価格は「結果として決まる値」ではなく、あなたが先に決める安全距離だということです。清算までの距離が足りなければ、ポジションサイズ(またはレバレッジ)を下げて、距離を広げる必要があります。
2. レバレッジは“性能”ではなく“距離”の問題
レバレッジは資本効率を上げる道具ですが、同時に清算までの距離を縮めます。価格はランダムに見えても、日次ボラティリティ(σd)には統計的な一貫性があり、BTCであれば平常時2%〜5%、荒れ相場では10%を超えます。清算までの距離が、当日の想定変動幅(k×σd。kは安全係数、通常2〜4)より狭いと、統計的に清算が起きやすい設計になります。
したがって、レバレッジ設定は「口座資金 × 目標リスク比率」を前提に、想定ボラティリティから逆算するのが実務的です。これは“高倍率を回避する”という一般論ではなく、「今のボラティリティでどれだけの距離が必要か」という設計論です。
3. ボラティリティ基準のポジションサイジング
手順はシンプルです。
- 一回の許容リスク額Rを決めます(例:口座の0.5%〜1%)。
- 想定ストップ距離Dを決めます(例:k×σd×価格)。ここでk=2〜4。
- 線形パーペチュアルなら、数量Q = R / D(単位:契約の原資産数)。名目はQ×価格。
- 必要証拠金 = 名目 / レバレッジ。これが口座資金以下になるようにレバレッジを決めます。
この方式だと、ボラティリティが高い日に自然とサイズが小さくなり、低い日に大きくなります。つまり、市場の荒れ具合に応じて自動的に生存確率を最適化します。
数値例
口座1,000 USDT、BTC=50,000、日次σd=4%、k=3とすると、想定距離D=0.12×50,000=6,000(12%)。R=1%→10 USDT。
Q=R/D=10/6,000=0.001667 BTC。名目=0.001667×50,000=83.35 USDT。必要証拠金を20 USDT程度にしたければ、レバレッジは約4倍で十分です。このサイズなら清算までの距離が広く、偶発的なスパイクで飛びにくい設計になります。
4. 清算回避のための二重バッファ
実務では二重バッファを推奨します。
- ポジション内バッファ:清算価格が想定ストップよりも十分外側にあること(例:清算までの距離 ≥ 1.5×想定ストップ)。
- 口座内バッファ:常時、総残高の30%〜50%を未使用として残し、追加証拠金やボラ拡大に備えること。
これにより、急変でスリッページが出ても、清算の連鎖に巻き込まれにくくなります。特にクロスマージンでは、複数ポジションの損益が相互干渉するため、口座内バッファが極めて重要です。
5. 破産確率(Risk of Ruin)の直観と近似
勝率p、平均利確幅a、平均損切幅bとすると、トレードあたりの期待値はE = p·a − (1−p)·bです。Eがわずかに正でも、ポジションサイズが大きすぎるとドローダウンで退場します。代表的な指標がケリー基準です。
二項近似では、資金に対する最適リスク比率f* ≈ (p·R − q)/V(Rは平均リターン/損失比、q=1−p、Vは分散)など諸式が知られますが、実務ではフルケリーの1/4〜1/10に抑えるのが定石です。理由は、分布が正規でなくファットテール(極端値が出やすい)だからです。
簡易チェックとして、連続損失L回の確率はq^Lです。q=0.45、L=6なら約0.84%。この程度の連敗は年に数回起きます。だからこそ、R(1回の許容損失)を小さく固定し、口座の寿命を引き延ばすことが破産確率の低減に直結します。
6. 「やってはいけない」典型と対策
ナンピンで平均建値を追う
レバレッジ×ナンピンは、清算価格が雪だるま式に近づきます。ボラティリティ基準のサイズ決定と、固定リスク額Rの厳守で防げます。
逆指値なしの放置
逆指値がない設計は、清算=最大損切に等しい賭けです。ストップは成行、価格飛びを想定してリスク額にスリッページ枠を含めます。
手数料・資金調達コストの軽視
メイカー/テイカー手数料、パーペチュアルの資金調達(Funding)は、勝率50%の世界を損失側に傾ける摩擦です。短期回転では、手数料とスプレッドの合計が目標利益幅の20%以下になるように戦略を設計します。
7. 資金調達(Funding)の影響を数式で把握する
パーペチュアルでは、資金調達率Fが8時間ごとに付与/徴収されます。日次ではおおむね3回、年間換算は概算でAPR ≈ F×3×365です(Fが変動する点に注意)。
例:F=0.01%(=0.0001)ならAPR≈10.95%。ロングで支払い、ショートで受け取りです。スイングで長く握るほど、この摩擦が効いてきます。ロングでF»0が続く局面では、期近先物への付け替えや名目縮小でコストを抑えます。
8. 手数料・スリッページのコントロール
発注は流動性の厚い時間帯と板の厚い価格帯に寄せるのが基本です。指値は未約定リスク、成行はスリッページリスク。戦略ごとに「許容スリッページ幅」を数値で決め、約定コストを一貫して記録します。勝っている戦略でも、テイカー比率が上がると途端に傾きます。
9. 実務フロー:テンプレ化する
- 市場診断:直近30日の日次ボラティリティを推定(ATRや実現ボラ)。
- リスク予算設定:1トレードのR=0.5%〜1.0%。口座内バッファ≥30%。
- ストップ距離:D=k×σd×価格(k=2〜4)。
- サイズ計算:Q=R/D。必要証拠金からレバレッジを逆算。
- 発注:エントリーと同時に逆指値を置く(OCO)。
- 記録:理由、サイズ、コスト、結果、改善点をログ化。
10. ケーススタディ:1,000 USDT口座での三設計
前提:BTC=50,000、σd=4%、k=3、R=1%(=10 USDT)。
ケースA:低倍率で距離を稼ぐ
Q=10/6,000=0.001667 BTC、名目≈83.35 USDT、レバレッジ≈4倍、清算は遠い。勝率が平均的でも、清算事故の確率が低いため、資本成長の再現性が高い。
ケースB:中倍率で回転を狙う
Qを2倍にしても、Rを固定するならストップを半分にする必要があり、スリッページ耐性が落ちます。短期回転と板状況の監視が必須。
ケースC:高倍率(10倍以上)
清算までの距離が日次σの範囲内に入りやすく、偶発ノイズで飛びやすい。明確な優位性と厳格な実行管理がない限り非推奨です。
11. まとめ:チェックリスト
- R(1回の許容損失)を先に決める。
- D(想定ストップ距離)をボラ基準で決める。
- Q=R/Dで数量を決め、必要証拠金からレバを逆算。
- 清算はストップの外に置く(二重バッファ)。
- 未使用資金30%〜50%を常に残す。
- 手数料・スリッページ・Fundingをログ化。
以上をテンプレ化すれば、偶然の勝ち負けから距離を取り、再現性のある資本成長に近づけます。
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