現物先物ベーシストレード(Cash & Carry)は、現物を買って同額の先物を売ることで、価格の上げ下げに依存しにくい収益を狙うマーケットニュートラル戦略です。仮想通貨では先物や永久(パーペチュアル)先物が発達しており、ベーシス(先物と現物の価格差)やファンディングレートがしばしば有意に発生します。本稿は、仕組み・計算・具体例・運用フロー・リスク管理までを一気通貫で解説します。
1. 戦略の骨子
ベーシスとは、先物価格 F と現物価格 S の差(または比)です。一般に先物は保管コストや金利、需給で現物より高く(コンタンゴ)なることが多く、満期に向かって先物価格は現物に収束します。そこで、現物をロングし、同額の先物をショートして価格差をロックすると、満期時にこの差分が収益(または損失)として確定します。
永久先物(パーペチュアル)の場合は満期がない代わりに、8時間ごと等で授受されるファンディングレートがベーシスの代役を果たします。あなたが先物側で受け取りになる地合い(多くは現物価格より先物が割高)では、時間の経過とともに収益が積み上がります。
2. 収益の考え方と年率換算
限月先物の単純ベーシスは b = F - S。保有日数を D 日、年を 365 日とすると、年率換算(単利)は APR ≒ (F/S - 1) × (365/D)。例えば、S=9,800,000円、F=10,100,000円、満期まで D=60日 なら、F/S - 1 ≒ 3.06%、APR ≒ 18.7% 相当です(手数料・資金調達・借入金利等は控除前)。
パーペチュアルの年率目安は、8時間ごとのファンディングを f とし、1日3回なので APR ≒ f × 3 × 365。例えば 8時間あたり 0.01% 受け取りなら、年率の目安はおよそ 10.95% です(複利・変動・手数料は考慮前)。
3. キャッシュ&キャリーの基本手順
- 口座準備・資金配分:手数料・証拠金要件・建玉上限・資産保全の観点で取引所を選定。現物用の資金と先物証拠金を分け、強制ロスカットを避ける余裕を確保します。
 - 同額ヘッジ:現物を 名目額で買い、同額の先物を売ります。契約乗数・建玉単位・インバース/USDT建ての違いを厳密に合わせ、デルタを±0にします。
 - 保有・調整:先物満期まで保有(またはパーペチュアルのファンディングを享受)。価格変動や建玉規模のズレが出たら微調整(リバランス)します。
 - 決済:限月先物は原則満期直前に同時クローズ(または満期清算)。パーペチュアルは戦略前提が崩れたらクローズ。
 
4. 具体例:BTC 現物+四半期先物
例として、ビットコインの現物価格が S=9,800,000円、四半期先物が F=10,100,000円 の状況で 1 BTC のキャッシュ&キャリーを組みます。
- 初期建玉:現物 +1 BTC、先物 −1 BTC(同額デルタヘッジ)。
 - 理論収益:満期で先物は現物に収束するので、差額 300,000円 が粗利の目安。
 - 控除項目:売買手数料、出金手数料、借入金利(現物資金を借りる場合)、先物証拠金の機会費用、スリッページ、ロールコスト等。
 
価格方向性がどう動いても、両建てデルタはほぼゼロです。理論上の収益源は主に時間経過に伴う収束(先物→現物)であり、相場観よりも実務の精度(手数料・執行・サイズ調整・リスク管理)が勝率を左右します。
5. パーペチュアル版(ファンディング取り)
現物ロング+パーペチュアルショートでは、先物側のファンディングを受け取れる局面が主戦場です。逆に支払い地合いになったら早期に縮小・撤退を検討します。実務では次を監視します。
- ファンディングの符号と変動幅(急変で逆転することがある)。
 - 建玉規模と証拠金余力(ボラティリティ上昇に備える)。
 - スポット・先物の価格乖離(乖離急拡大=受取機会だが、リスクも増える)。
 
6. 実務フロー:チェックリスト
- 前日準備:手数料テーブル、証拠金率、上限、保守バッファ(例:必要証拠金の2〜3倍)を確認。
 - スクリーニング:限月別 
(F/S - 1) × 365/Dを算出。パーペチュアルは直近の平均ファンディングから年率換算。 - 執行計画:板の厚み・スプレッド・約定速度を見て、同時に発注できるか、もしくは先行リスクを許容できるサイズに分割。
 - デルタ整合:インバース/USDT建て、契約乗数、最小ステップを合わせ、名目額を一致させる。
 - 建玉監視:PnL、資金調達、ベーシス推移、清算価格、保守率、相関ズレをダッシュボード化。
 - 出口戦略:満期接近時は流動性のあるロール先へ分割ロール。パーペチュアルは指標(ファンディングの減衰・逆転、スプレッド拡大)で縮小・クローズ。
 
7. コストとリスク
- 手数料・スリッページ:メイカー/テイカーの差や板の薄さで収益は簡単に溶けます。メイカー中心・分割執行・静かな時間帯の活用が有効。
 - 資金調達・借入:現物資金を借りると金利が発生。先物証拠金の機会費用も無視できません。
 - 清算・ADL:先物側の証拠金が不足すると清算やADLの恐れ。過剰担保・余力重視で回避します。
 - レフェレンス・リスク:指数価格の異常・先物仕様(インバース/クォント)・強制的な価格調整が損益に影響。
 - 取引所・カウンターパーティ:障害・停止・出金規制・保全スキーム不備は構造リスク。分散・サイズ制限が基本。
 
8. ベーシスの季節性とロール運用
四半期限は、満期の1〜3週間前から収束が進み流動性がロール先へ移ることが多いです。ロールオーバーでは、満期近い先物を買い戻し、次限月を新たに売ることでポジションを継続。ロール差(次限月のベーシス)が十分にあるか、手数料とスリッページで剥げないかを都度判断します。
9. 逆キャリー:バックワーデーションの活用
稀に現物の方が高い(バックワーデーション)と、現物ショート+先物ロングの逆キャリーが成立します。現物ショートは貸株やマージンを使うため、貸株料・規制に注意。仮想通貨では現物の空売りが難しい銘柄も多く、実務適用は限定的です。
10. パーペチュアル×レンディングの組み合わせ
ステーブルコインをレンディングで運用しながら、パーペチュアル側でショートを建ててファンディングを受け取る「二段階キャリー」も可能です。もっとも、貸出金利低下・ファンディング逆転・価格乖離拡大の三重リスクを負うため、過度なレバレッジは厳禁です。
11. 実践ミニ電卓
限月先物の年率(概算):
APR ≒ (F / S - 1) × (365 / D)
パーペチュアルの年率(概算):
APR ≒ funding_per_8h × 3 × 365
損益の概算:
粗利 ≒ (F - S) × 数量 −(売買手数料+資金調達+出金等)
12. 典型的な落とし穴
- 名目額の不一致:契約乗数や建値通貨が異なるため、数量を合わせてもデルタがズレる。
 - 資金繰り:先物側の証拠金維持に気を取られ、現物側の出金や担保移動が遅れる。
 - ロール遅延:満期直前の流動性枯渇でスプレッドが急拡大。早めの分割ロールが安全。
 - 板薄銘柄:アルトコインのベーシスは「見た目の年率」が高くても、約定と回転で実際は剥げやすい。
 
13. 小さく始めるテンプレート
- 限月先物の板が厚いメジャー銘柄(BTC/ETH)を選ぶ。
 - 最小ロットで、現物買い→先物売りを連続で実行(片張り時間を最小化)。
 - 名目額一致を確認(ドル建て/円建て換算・契約乗数・インバース/USDT)。
 - 建玉ダッシュボードを用意(収益率、ファンディング、保守率、清算価格)。
 - 満期2〜3週間前からロール検討。ロール差が薄ければ一旦クローズも選択肢。
 
14. 運用のKPI
- 実現年率(ネット):(粗利−コスト)/ 平均投入資本 × 年換算。
 - 稼働率:有意なベーシスがある日の割合。見送りも戦略。
 - ダウンサイド指標:証拠金ヒヤリハット回数、ADL/清算ゼロの継続日数。
 
15. まとめ
ベーシストレードは派手さこそありませんが、価格方向性の当て勘に依存せずにリターンを狙える堅実な戦略です。鍵は、名目額整合・手数料最適化・十分な証拠金・機動的ロール。この4点を徹底すれば、相場環境に左右されにくい「時間の味方」を資産運用に組み込めます。
  
  
  
  

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