要旨:モーゲージ証券(MBS)は、住宅ローンを束ねて証券化した債券であり、クーポン・デュレーション・スプレッドに加え、借り手の繰上返済(プリペイメント)によるネガティブ・コンベクシティという独特のリスクを持ちます。本稿では、MBS の構造、主要リスク、利回りドライバー、TBA/ベーシス取引の仕組み、個人投資家が活用しやすい ETF/投信の見方、為替ヘッジや金利サイクル下での実務的な運用設計までを、具体例と数式・チェックリストとともに体系的に解説します。
- 1. MBSとは何か:基本構造とプレイヤー
- 2. MBSのキャッシュフロー力学:クーポン・WAC・WAM
- 3. プリペイメント(繰上返済)とその測り方
- 4. ネガティブ・コンベクシティと価格ダイナミクス
- 5. スプレッドとOAS:利回りの源泉を分解する
- 6. 具体的な数値例:30年固定MBSの感応度
- 7. TBA市場とドルロール:実務の心臓部
- 8. 個人投資家のアプローチ:ETF/投信でMBSリスクにアクセス
- 9. 為替ヘッジと日本の投資家が見るポイント
- 10. リスク管理の要点チェックリスト
- 11. 簡易モデル:CPR感応度と実効利回りの見積もり
- 12. 具体的な投資アイデア(教育目的)
- 13. 個別MBSよりETF/投信を選ぶ理由と落とし穴
- 14. 実務フレーム:家計バランスシートに落とし込む
- 15. よくある誤解と反論への対処
- 16. 簡易ワークフロー(テンプレ)
- 17. まとめ
1. MBSとは何か:基本構造とプレイヤー
MBS(Mortgage-Backed Securities)は、多数の個別住宅ローン(モーゲージ)から生じるキャッシュフロー(元利金)をプールし、投資家向けの証券として再構築した商品です。原資産は各借り手の住宅ローンで、返済が進むに従い元金が回収され、投資家へ分配されます。代表的な類型は以下のとおりです。
- エージェンシーMBS:米国ではGinnie Mae(GNMA)、Fannie Mae(FNMA)、Freddie Mac(FHLMC)が保証するプール。信用リスクが実質的に政府/政府支援機関へ移転されるため、主たるリスクは金利・プリペイ・コンベクシティ。
- ノンエージェンシーMBS(非政府保証):信用補完が限定的で、貸倒れリスクや回収率の不確実性を含む。トランシェ構造(サブオーディネーション)で損失吸収順序を設計。
- CMO/REMIC:元のMBSプールを再証券化し、PAC(Planned Amortization Class)、Support、IO/PO等の多層トランシェに分解して、キャッシュフロー特性(デュレーション・コンベクシティ・感応度)を調整。
主な関係者は、ローン・オリジネーター(銀行/モーゲージ会社)、サービサー(回収・事務)、保証機関(エージェンシー)、アレンジャー/ディーラー、投資家(年金基金、保険、銀行、ヘッジファンド、ETF/投信)です。
2. MBSのキャッシュフロー力学:クーポン・WAC・WAM
MBSのクーポン(支払利率)はプールされたローンの金利(Weighted Average Coupon:WAC)からサービシング料や保証料を差し引いたネット利回りで支払われます。平均残存期間(WAM: Weighted Average Maturity)、平均残存年数(WAL: Weighted Average Life)が投資家のキャッシュ回収スピードを規定します。
例:元本100、ローン金利5.5%、サービシング+保証料0.5%のとき、MBSクーポンは約5.0%。毎月、金利支払とともに元金返済(アモチゼーション)と繰上返済が発生し、残高が減少します。
3. プリペイメント(繰上返済)とその測り方
MBS特有の最大のドライバーがプリペイメントです。借入人は金利低下時に借換え(リファイナンス)を行い、ローンを早期返済する傾向があります。プリペイが進むと、投資家は高クーポンの将来キャッシュフローを早期に回収してしまい、再投資はより低い金利で行わざるを得なくなります。
- SMM(Single Monthly Mortality):月次の元本残高に対する繰上返済率。
- CPR(Conditional Prepayment Rate):年率換算の繰上返済率。おおよそ
CPR ≈ 1 − (1 − SMM)^{12}。 - PSA(Public Securities Association)モデル:標準的なプリペイ・パスを定義(例:100% PSAは最初の30か月で直線的にCPRが上昇し、その後一定)。市場では「スピード」と呼ばれます。
プリペイは「金利差(現在の市場金利 − 借入人のクーポン)」「住宅価格上昇によるエクイティ増」「季節性(春に加速しやすい)」「信用属性」「ローン年齢(Seasoning)」などで変動します。モデルはロジット/ハザード/機械学習など多様ですが、個人投資家はETFの開示指標(Average Life, Effective Duration, OAS, CPR)を確認するのが現実的です。
4. ネガティブ・コンベクシティと価格ダイナミクス
MBSはネガティブ・コンベクシティを持ちます。金利低下時はプリペイが加速し、キャッシュフローが前倒しで戻るため価格上昇が抑えられます。逆に金利上昇時はプリペイが減速し、キャッシュフローの受取りが遅れデュレーションが伸び、価格下落が拡大します。結果として、金利が上下に動くと価格が不利に曲がる(凸性が負)という特性が生じます。
デュレーション(DUR)とコンベクシティ(CX)を使った近似は、ΔP/P ≈ −DUR·Δy + 0.5·CX·(Δy)^2。MBSはCXが負寄与になりやすく、ボラティリティ上昇局面で下振れしがちです。ヘッジには米国債先物/スワップでのDV01マッチング、スワップションでのコンベクシティ・ヘッジ等が用いられます。
5. スプレッドとOAS:利回りの源泉を分解する
MBSの期待超過利回りは、金利リスクに対する補償とプリペイ/流動性/ベーシス等のプレミアムで構成されます。金利パスの不確実性を織り込む代表的指標がOAS(Option-Adjusted Spread)です。OASは多数の金利シナリオに対するキャッシュフロー再計算(モンテカルロ)で得る割引スプレッドで、金利オプション性を除外したリスクプレミアムを近似します。一般に、OASが拡大すれば相対的妙味が増した可能性を示唆しますが、同時にボラティリティや流動性悪化等のリスク上昇も内包します。
6. 具体的な数値例:30年固定MBSの感応度
前提:元本100、クーポン4.5%、ネットスプレッド0.5%(= WAC5.0%−0.5%)、初期価格100、初期CPR=6%、有効デュレーション(DUR)=4.8、コンベクシティ(CX)=−1.5。
- 金利が+50bp上昇:
ΔP/P ≈ −4.8×0.005 + 0.5×(−1.5)×0.005^2 ≈ −2.40% − 0.0019% ≈ −2.40%(概算)。 - 金利が−50bp低下:
ΔP/P ≈ +2.40% − 0.0019% ≈ +2.40%だが、プリペイ加速で実際の上昇はさらに抑制される可能性。 - CPRが6%→18%へ上昇:平均残存年数(WAL)が短縮、受取元本の前倒しで再投資利回りが低いと、実現利回りは低下しうる。
このように、MBSは単純な「クーポンが高い=安全に高利回り」ではありません。金利レベル×ボラティリティ×プリペイ速度の三変数で利回りが大きく変動します。
7. TBA市場とドルロール:実務の心臓部
米国エージェンシーMBSの多くはTBA(To-Be-Announced)と呼ばれるフォワード取引で流通します。銘柄(発行体/クーポン/満期帯など)のみ約定し、最終的な「どのプールが受け渡されるか」は受渡直前に確定します。TBAのフォワード価格と、実際の個別プール(Specified Pool)の価格差がベーシスです。
ドルロール(Dollar Roll)は、当月受渡しTBAを売り、翌月受渡しTBAを買うことでポジションをロールし続け、Carry(ロール特殊利回り:Roll Specialness)を獲得する手法です。ロールの妙味は需要供給や融通性(deliverability)により変動します。プロは米国債/スワップでDV01をヘッジしてベーシス収益を抽出しますが、レバレッジ依存度が高く、金利変動や清算条件の変化に敏感です。
8. 個人投資家のアプローチ:ETF/投信でMBSリスクにアクセス
個別プールやTBAを直接扱うには専門的なインフラが必要です。個人投資家にとっては、エージェンシーMBSに投資するETF(例:米投資適格MBSを中心に組成)や、国内公募投信を通じた分散投資が現実的です。選定時は以下を確認してください。
- 有効デュレーション:金利感応度の中核。金利上昇耐性を把握。
- 平均残存期間/平均残存年数・CPR:プリペイ速度とリスクプロファイルを推定。
- OAS・トラッキングエラー:相対的妙味と指数追随性。
- 組入クーポン分布:高クーポン偏重か、レガシー vs 新発の比率。
- 為替ヘッジ方針:円投資家は金利差とヘッジコストの影響を必ず試算。
- 信託報酬・スプレッド:実効利回りを毀損しない水準か。
9. 為替ヘッジと日本の投資家が見るポイント
外貨建てMBSに円から投資する場合、通貨エクスポージャをどう扱うかが重要です。ヘッジ付商品は金利差が大きい局面でヘッジコストが上がり、ヘッジなしは為替ボラの影響を直接受けます。金利サイクル(金融引締め→利下げ局面)や国内外の政策スタンスの相対差を前提に、ヘッジ比率を戦略的に調整する設計が有効です。ドル円のボラティリティが高い局面では、部分ヘッジ(例:50%)で為替の上下をならす選択も検討に値します。
10. リスク管理の要点チェックリスト
- 金利感応度(DUR):ポート全体のDV01が家計の耐性を超えないか。
- コンベクシティ:ボラ急上昇時の価格下振れを想定し、流動的ヘッジ手段(国債先物/スワップション等)を把握。
- プリペイの上振れ/下振れ:金利シナリオ別にWAL・実現利回りをレンジで試算。
- 流動性/ベーシス:TBA需給の逼迫や清算条件の変化がETFのトラッキングに与える影響を点検。
- クレジット(ノンエージェンシーの場合):トランシェ構造、損失吸収力、地域・ビンテージの偏り。
- 為替/ヘッジコスト:ヘッジ比率と金利差の見通しを数値で管理。
- 規模と流動性:売買代金・スプレッド・保有コストを事前確認。
11. 簡易モデル:CPR感応度と実効利回りの見積もり
個人でも扱える近似は以下です。詳細モデル化(モンテカルロ/OAS)は専門ツールが要りますが、初期設計の勘所を掴めます。
前提: 元本 = 100、クーポン = 4.5%、ネット = 4.0% 初期CPR = 6%、代替シナリオCPR = 15% 割引率 = 4.0%(単純化) ステップ: 1) 月次支払:利息 = 残高×4.0%/12、元金 = スケジュール+繰上 2) 繰上= 残高×SMM、SMM ≈ 1 − (1 − CPR)^(1/12) 3) 各月CFを割引してNPV、IRRを算出 直感: ・CPR上昇 ⇒ 早期に元本回収・再投資利回りが低いとIRR低下 ・CPR低下 ⇒ デュレーション長期化・金利上昇局面では価格下落拡大
12. 具体的な投資アイデア(教育目的)
以下は学習・検討用の一般的アイデアです。個別商品の適合性は各自のリスク許容度・投資目的・投資経験に依存します。
- 金利ピークアウト局面の段階的エクスポージャ:政策金利の天井感が意識され、金利ボラが沈静化する局面では、エージェンシーMBS ETFの積み上げが有効。DURとヘッジ方針を明確化。
- バーべル型アロケーション:超短期T-Bill(または超短期ファンド)とMBS ETFを組み合わせ、金利/プリペイの不確実性に対する柔軟性を確保。
- ドルロール・キャリーの間接活用:自らTBAを回すのではなく、ロール妙味を取り込む運用方針を開示しているファンドを選別。
- 為替ヘッジ比率のルール化:例)「ドル円実質金利差がX%以上ならヘッジ比率70%、それ未満なら50%」のような定量ルールを事前設定。
- ストレステスト:10年金利±100bp、CPR±10%の4象限でポートの推定損益レンジを可視化。自動売買やレバレッジ商品を併用する場合はマージン要求と強制ロスカット閾値も併せて管理。
13. 個別MBSよりETF/投信を選ぶ理由と落とし穴
- 理由:分散・流動性・コスト透明性・TBA運用の専門性を内包。最小単位での実装が容易。
- 落とし穴:インデックス構成の偏り(高クーポン比率など)、ロール損益の変動、ETFのプレミアム/ディスカウント、流動性ショック時のスプレッド拡大。
- モニタリング項目:ファンド・ファクトシートのDUR/OAS/CPR/クーポン分布、トレーディング・コスト、為替ヘッジ有無。
14. 実務フレーム:家計バランスシートに落とし込む
MBSは「金利感応度の源泉」としてポートフォリオに多様性を与えますが、住宅ローンや可変金利負債を持つ投資家は、資産側の金利感応度と負債側の感応度のバランスを考える必要があります。
- 現状分析:住宅ローン残高・固定/変動比率・返済スケジュール、保有債券/株式/オルタナのDURとボラ。
- 目標定義:金利上昇/低下のそれぞれで許容できる評価損益幅、キャッシュフローバッファ(生活防衛資金)。
- リバランス方針:金利上昇時はMBS比率を段階的に抑え、利下げ局面で増やすなど、Rules not discretionを策定。
15. よくある誤解と反論への対処
- 「クーポンが高い=常に得」ではない:プリペイとコンベクシティを無視すると過大評価につながる。
- 「MBSは全部同じ」ではない:エージェンシーとノンエージェンシー、TBAとSpecified、トランシェの違いでリスクは大きく変化。
- 「金利予測が当たれば勝てる」への依存:ボラやプリペイの不確実性があるため、ヘッジと分散、ルール化が鍵。
16. 簡易ワークフロー(テンプレ)
- 投資目的の明確化(利回り補完か、金利低下ベットか、分散源か)。
- 対象ファンドのスクリーニング(DUR、OAS、CPR、クーポン分布、コスト、規模)。
- 為替ヘッジ比率の決定(ルールベース)。
- シナリオ分析:10年金利±100bp×CPR±10%でP/Lレンジを試算。
- 発注とモニタリング:ロール期日、月次ファクトシート、スプレッドの広がりを定点観測。
- リバランスと利益確定/損切りルール:閾値管理とオートメーション。
17. まとめ
MBSは「金利×プリペイ×コンベクシティ」が絡み合う高度な債券資産です。個別プールの裁定やレバレッジ取引は専門家の領域ですが、個人投資家でもETF/投信を通じて、金利サイクルと為替ヘッジを踏まえたルール運用でリスク調整後リターン(リスクリターン)を高める余地があります。まずはDUR/OAS/CPRといった基本指標を読み解き、プリペイ感応度を意識した分散・ヘッジ設計から着手するのが堅実です。


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