多くの人が住宅ローン契約時、団体信用生命保険(団信)を「勧められるまま」選びがちです。しかし投資家目線で見ると、団信はれっきとしたリスク移転商品であり、金利上乗せや特約の有無によって長期のキャッシュフローが大きく変わります。本稿では、金利上乗せ型の団信、保険料外出し型、代替の定期保険(収入保障保険等)の3案を比較し、NPV(正味現在価値)と期待値で合理的に最適案を選ぶフレームワークを提示します。
結論要旨
結論はシンプルです。
(1) 金利上乗せ型団信は「ローン残高に比例して支払う保険料に相当」するため、初期残高が大きい・返済期間が長い・上乗せ幅が大きいと不利になりやすい。
(2) 保険料外出し型は金利の複利影響を避けられるため、金利が高い局面で有利になりやすい。
(3) 定期保険(代替)は年齢・健康状態・必要保障額の設計次第で最安になることが多いが、ローン残高連動の自動消滅機能がないため、設計を誤ると過不足が生じる。
(4) よって、金利・上乗せ幅・年齢・返済期間の4パラメータでNPVを試算し、最もNPVが小さい(=総支払現在価値が最少)案を選ぶのが合理的です。
団信の基本構造と3つの支払方式
団信は「債務者死亡・高度障害時にローン残債が弁済される保険」です。支払方式は主に次の3タイプ:
- 金利上乗せ型:例)基準金利 + 0.20%(がん団信等で +0.10〜0.30%)。保険料は明示されず、ローン利息に内包されます。
- 保険料外出し型:団信保険料を毎年(あるいは毎月)現金で支払う方式。ローン金利の複利影響を受けにくい。
- 代替の定期保険:銀行団信を使わず、民間の定期保険・収入保障保険で必要保障額をカバー。ローン残高と同様に逓減設計するのが定石。
NPV比較の考え方(数式)
各案の「総コスト現在価値」を比較します。割引率は借入金利(または同等の機会利回り)を採用するのが実務的です。
金利上乗せ型のNPV:
NPVup = 現行返済条件での総支払(元利) − 上乗せなしの場合の総支払(元利)
実装実務では、アモチ表(元利均等/元金均等)を生成し、上乗せ前後で毎期の利息差額を割引合計します。
保険料外出し型のNPV:
NPVout = Σ [ 保険料t / (1+r)t ]
定期保険(代替)のNPV:
NPVterm = Σ [ 保険料t / (1+r)t ] − 税制メリット(控除等)
合理的な選択は min(NPVup, NPVout, NPVterm) です。
具体例:5,000万円・35年・金利1.2%・上乗せ0.2%
ケース:
・借入額:5,000万円、期間:35年、返済方式:元利均等、基準金利:1.2%、団信上乗せ:+0.2%(実行金利1.4%相当)
・年齢:35歳、健康体、喫煙なし。代替案:収入保障保険(毎年逓減)
概念比較(イメージ):
(1) 上乗せ型は期間全体で利息が増えるため、初期残高×上乗せ利率の影響が特に大。
(2) 外出し型は毎年の保険料を割引合計。
(3) 収入保障保険は年齢係数で料率が決まるため、若年・非喫煙は有利。
この条件では、実務上しばしば 外出し型 or 収入保障保険がNPV最小になる結果が出やすい。金利が高いほど上乗せ型は不利になり、年齢が高いほど定期保険は不利になりやすい、というトレードオフが働きます。
感応度分析:意思決定を左右する4パラメータ
- 金利(r):高いほど上乗せ型のNPVは悪化。外出しの相対優位が上がる。
- 上乗せ幅(Δr):0.10%と0.30%ではNPVが大きく乖離。特約を欲張るほど不利。
- 年齢:若年・非喫煙は代替の定期保険が有利。高年齢・持病ありは上乗せ型の手続き利得が勝る場面あり。
- 期間・繰上返済:早期繰上返済を計画するなら、上乗せ型の不利は軽減(支払期間が短くなる)。
「がん団信」等の特約はどう評価するか
特約は「支払事由のヒット率 × 給付額の期待値」で評価します。
・ヒット率(発症確率・ステージ条件など)は公開統計を参考に、保守的に推計。
・給付額は「残債完済(100%)」か「一部給付(50%等)」かで期待値が変わる。
・上乗せ幅が大きい特約は自己負担の期待値が跳ねやすいので要注意。
投資家向けチェックリスト
- 借入金利と上乗せ幅(例:+0.2%)を必ず明示。
- 返済方式(元利均等/元金均等)、繰上返済の予定。
- 必要保障額の定義:残債 + 当面の生活費(年収×n年) − 金融資産 − 遺族年金/保険。
- 代替保険を使う場合、逓減設計で過不足を抑制。
- 税制メリット(生命保険料控除等)を反映。
- 保険金不払リスク・告知義務・免責条項の確認。
実装手順(エクセル/スクリプト対応)
- アモチ表を作成(基準金利 r と r+Δr)。各期利息差の割引合計を取り NPVup を算出。
- 外出し型/定期保険の年次保険料を並べ、割引合計で NPVout, NPVterm。
- 繰上返済(元金カット・返済期間短縮)をシナリオ化。各案のNPVを再計算。
- 特約(がん、三大疾病、就業不能)は発生確率×給付の期待値で評価し、上乗せ幅の合理性を判定。
- 最小NPVの案を採択し、毎年の見直しスケジュールを設定。
ケーススタディ:3つのプロファイル
Case A:若年・高返済余力・繰上返済積極派
・金利高めの局面では、外出し or 定期保険がNPV優位になりやすい。
・繰上返済で期間短縮すると、上乗せ型の不利は縮小。ただし初期の残高が大きく結局割高なことも。
Case B:中年・健康にやや不安・共働き
・審査・告知のハードルから上乗せ型の手続き簡便性は魅力。
・ただし「家計全体の必要保障額」が小さいなら、特約過多は過剰保険。
Case C:自営業・収入変動大
・就業不能特約の価値が相対的に上がる。
・キャッシュフローマージン次第で、保険料外出しの柔軟性が効く。
リスク・落とし穴
- 告知義務違反:保険金不払の最頻トラブル。曖昧な事項は必ず事前確認。
- 特約の重複:医療保険等と二重で払っていないか点検。
- インフレ・金利上昇局面:上乗せ型は複利影響が拡大しがち。
- 流動性リスク:保険料外出しは固定費。家計がタイトな時期は圧迫要因。
簡易ベンチマーク式
一次判定の目安:
ΔNPV ≈ 初期残高 × Δr × 平均残存年数係数 − 定期保険NPV
ここで「平均残存年数係数」は返済方式に依存(元利均等でおおむね期間の半分程度が目安)。
この近似で「上乗せ型が高い」と出たら、外出し/定期保険を精査。
実務チェックリスト(持参用)
- ローン条件票(基準金利、上乗せ幅、優遇期間、返済方式)。
- 繰上返済の年次計画(額・時期)。
- 家族構成と必要保障額の根拠メモ。
- 代替保険の見積り(逓減型・非喫煙料率)。
- 税制(生命保険料控除)反映の可否。
- 見直し時の意思決定ルール(金利が X% 超えたら再評価 など)。
まとめ
団信は「保険の名を借りた金利設計」です。投資家は、金利上乗せで支払う複利コストと、外出し/代替保険の割引現在価値を同一土俵で比較し、最小NPVを選ぶだけで良い。数式と感応度分析で、勘と営業トークから自由になりましょう。


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