「先物キャリートレード」は、時間の経過とともに理論価格へ収束する“ベasis(ベーシス)”を収益源にする手法です。特別な未来予知は不要で、焦点は「いまの先物曲線(期近と期先の価格差)が、保有コスト(キャリー)と整合しているか」にあります。本稿では指数先物を主対象に、コンタンゴ/バックワーデーションの構造、理論式、収益の発生メカニズム、カレンダースプレッドの実装、リスクと運用管理までを網羅します。初心者でも実装できるよう、計算例と手順を具体的に示します。
前提:先物価格の理論と“キャリー”の正体
株価指数先物の理論価格は、概念的に 現物価格+保有コスト−受取キャッシュフロー で表現できます。より形式的には、年率で表す無リスク金利 r、配当利回り d、満期までの年換算期間 T を用いて、短期近似では次の関係が直感を与えます。
F ≒ S × (1 + (r − d) × T)
ここで S は現物指数(または連動ETF)の価格、F は先物価格です。(r − d) が正なら先物は現物より高くなりやすく(コンタンゴ)、負なら低くなりやすい(バックワーデーション)。このズレ(ベーシス)が、時間の経過で理論値に収束する点に収益機会があります。
数値例:理論値と裁定シグナル
たとえば、現物ETFが 100、年率金利 1.0%、配当利回り 2.0%、満期まで 0.5年 とします。理論先物は
F_theo ≒ 100 × (1 + (0.010 − 0.020) × 0.5) = 99.5
と見積もれます。実勢先物が 100.5 なら理論より +1.0 高い。つまり割高(コンタンゴ過多)です。この時、割高な先物を売り・割安な足元価格に連動する資産を買う組み合わせは、理論収束でプラスの期待値を取りに行く設計になります。
コンタンゴとバックワーデーションをどう収益化するか
個人投資家にとってもっとも実装しやすいのは、期近と期先のカレンダースプレッド(同一指数の異限月で買いと売りを組む)です。現物バスケットの構築や配当の厳密捕捉が難しい個人でも、同一先物の縦つなぎなら価格差の収束にフォーカスできます。
基本原理
コンタンゴ:期先の方が高い曲線。時間経過で期先は「期近化」しながら価格が理論へロールダウンするため、短期は割高な期先を売り・割安な期近を買う設計がキャリー獲得の定石です。
バックワーデーション:期先の方が安い曲線。時間経過でロールアップするため、割安な期先を買い・割高な期近を売る組み合わせが基本です。
ミクロな損益分解
カレンダースプレッドの損益は大きく、(1) ベーシスの収束(キャリー/ロール)と、(2) 一時的な需給やニュースでのベーシス変動、(3) スプレッドの建玉コスト(手数料・スリッページ)で決まります。方向性の当てものではなく、期近と期先の相対関係のトレードだと理解してください。
実装手順(指数先物の例)
Step 1:対象と限月の選定
流動性が十分な指数先物を選びます。建玉と出来高の大きい限月(通常は期近〜2つ先程度)が候補です。出来高/板の厚さはスプレッドコストに直結します。
Step 2:スプレッドの定義
スプレッド = 期先価格 − 期近価格 と定義します。
コンタンゴが強いほどスプレッドは正に拡大、バックワーデーションでは負に拡大します。スプレッドの平常レンジ(過去数年の分布)、理論スプレッド(金利−配当の差で暗算)を用意します。
Step 3:エントリー基準
代表的な基準は以下の通りです。どれも「短期の行き過ぎ」を狙います。
① Zスコア方式:スプレッドの過去 N 営業日の平均と標準偏差でZ化し、|Z| > 1.5〜2.0 で逆張り。
② 理論乖離方式:実勢スプレッド − 簡易理論スプレッド が一定閾値を超えたら逆張り。
③ 季節性/イベント回避:配当落ちや指数入替、SQ週などベーシスが跳ぶ日程はエントリー回避。
Step 4:サイズ設計(ヘッジ比率)
原則は同額名目でロング/ショートを組み、デルタ中立を目指します。指数先物は乗数(取引単位)があるため、建玉枚数 × 乗数 × 価格 が同程度になるよう調整します。より厳密には、ベータ・DV01同等化や、ボラティリティ・ターゲティング(1日損益の標準偏差を目標%に合わせる)を使います。
Step 5:出口とロール
出口は、(a) Zが0近傍へ回帰/(b) 乖離が目標幅に縮小/(c) 満期接近によるロール時期、のいずれかで手仕舞い。
ロールは、保有中の期近が満期接近で出来高が痩せたら、さらに先の限月へとポジションを移します。ロール時はスプレッドを観察し、キャリーの取りやすい側を継続するのが基本です。
具体的な計算例:コンタンゴの収益化
期近価格 20,000、期先価格 20,120(スプレッド +120)。過去統計では平常が +60、1日平均のロールダウン(キャリー)が −0.8 ポイント/日 と見積もれたとします。
このとき、期先を売り・期近を買いでエントリー。期待収益は、(+120 → +60 への収束)で +60、さらに日々のキャリー −0.8 を 20営業日持つと +16。合計 +76ポイント 相当が期待値です(手数料・スリッページ前)。もちろん現実はノイズが乗るため、目標の 50〜60% を取りに行く設計にします。
リスク管理:この戦略で本当に痛むところ
イベントでのベーシス“ジャンプ”
配当サプライズ、指数入替、限月乗り換え直前の需給偏り、政策イベント(FOMC・日銀)などで、スプレッドが一瞬で数倍動くことがあります。経済カレンダー管理とポジション軽量化は必須です。
流動性・板薄リスク
期先は板が薄く、わずかな成行でもスプレッドが歪みます。指値中心、時間分散、立会外クロス的な約定タイミング(板厚い時間帯)を徹底しましょう。
カウンターリスクと証拠金
証拠金(マージン)は日々の変動で増減します。キャリーは“ゆっくり”乗る一方、短期の逆行は普通に起きる。必要証拠金の2〜3倍の余力を持ち、ロスカットは価格差ベース(スプレッド水準)で置きます。
モデルリスク
金利や配当の前提が変われば理論スプレッドも変わります。簡易理論は指針にすぎません。バックテストでは配当のシナリオ幅を持たせ、ロバスト性を確認してください。
バックテスト設計:最小構成の例
データは日足の期近・期先清算値。以下のロジックで十分に有効性を検証できます。
① スプレッド = 期先 − 期近 を算出。
② 過去 N=60 営業日の移動平均・標準偏差から Z を計算。
③ エントリー:Z > +1.8 → 期先売り・期近買い、Z < −1.8 → 期先買い・期近売り。
④ イグジット:|Z| < 0.3 または最大保有 20 営業日。
⑤ サイズ:1ユニット=名目同額。
⑥ コスト:片道 0.5〜1.0 ティック、スリッページ 0.5 ティックを控えめに。
評価では、勝率ではなくプロフィットファクターとドローダウン、スプレッドの分布、イベント時のストレスを重視します。方向性が無い局面でも、薄利多売で期待値を積み上げられるかが鍵です。
実運用のコツ
1. 「やらない日」を決める
イベント前後、板が薄い時間帯、異常な逆ザヤ/順ザヤが出た直後は、あえてノートレード。やらない規律が損失の拡大を防ぎます。
2. ロールの“癖”をメモする
指数・限月ごとにロールの需給が偏ることがあります。自分の市場で、ロール開始日・ピーク日・終息日の傾向を記録し、その期間のサイズを落とす/やめるルールを作ると安定します。
3. ストップは「スプレッド」で置く
先物単体の価格ではなく、スプレッド水準に逆指値を置きます。たとえば「平常+3σを超えたら損切り」。方向性の急変に巻き込まれても、相対値で守れます。
派生:商品・金利・暗号資産への応用
商品先物では、保管/輸送コスト・在庫水準がキャリーを決定します。在庫潤沢→コンタンゴ、在庫逼迫→バックが基本。
金利先物では、DV01 を合わせたスプレッド構築が必要です。
暗号資産では、先物(または無期限)と現物のベasisが年率で大きく振れるため、現物買い+先物売りのキャリー(いわゆるベーシス/キャッシュ&キャリー)や、限月間スプレッドが有効です。ただし資金調達料や借入コストに注意が必要です。
チェックリスト(実装前)
・対象指数と限月の流動性は十分か
・必要証拠金 × 2〜3倍の余力はあるか
・イベント日程(配当、指数入替、政策会合)を管理しているか
・バックテストはコスト込みで実施したか
・サイズはボラティリティ基準で決めたか
・ストップと利確の規律は明文化したか
まとめ:方向を当てない“収束”の戦い
先物キャリートレードは、相場観ではなく価格の収束メカニズムを収益源にします。焦点は常に「先物曲線のどこに歪みがあるか」「その歪みが時間でどう縮まるか」。適切なサイズ管理とイベント回避、コスト意識があれば、個人でも十分に狙える戦略です。まずは小さく、スプレッドの癖を自分の目で掴むことから始めましょう。


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