毎月同じ金額で買い付けるドルコスト平均法(DCA)は有効な積立手法ですが、「常に同じ金額」ゆえに、市場が荒れている月と静かな月で負っているリスクの大きさが大きく変わる欠点があります。ボラティリティが高い月にたくさん買えば、結果としてドローダウンが深くなりがちです。本稿では、買付金額を市場の変動率に連動させて調整する“リスク同額DCA(Risk-Equal DCA)”を提案し、個人投資家でも今日から実装できる具体的な手順を解説します。
問題設定:通常のDCAが抱える「リスクの偏り」
通常のDCAはキャッシュフローの安定化には役立ちますが、リスクの安定化までは保証しません。なぜなら、同額を買い付けても、市場が荒い月は同じ金額でより大きな価格変動に晒され、静かな月は相対的にリスクが小さくなるためです。投資の最終成績は「平均リターン」だけでなく「リスクの取り方」に強く影響されるため、リスクの振れ幅を意識的に均すことが、積立の体感と成果の両方を改善します。
リスク同額DCAの発想と数式
考え方はシンプルです。各積立期における目標リスク(例:月間の目標標準偏差)を一定にし、その時点の推定ボラティリティに応じて買付金額をスケーリングします。
① ボラ推定:σ_t = 直近N日の日次リターン標準偏差 × √(営業日/期) ② 目標: σ*(目標期中ボラ、例:月間4%) ③ 調整率: a_t = clip( σ* / σ_t , a_min , a_max ) ④ 発注額: Q_t = B × a_t ※Bは基準積立額(例:月3万円)。clipは下限a_minと上限a_maxで切る操作。
荒れている(月間ボラが高い)ときは買付額を抑え、静かな(月間ボラが低い)ときは買付額を増やします。これにより、「各期あたりに負うリスク量」をほぼ一定に維持できます。
ボラ推定の現実解:難しくしない
- 単純移動標準偏差(20営業日):直近20日の日次リターンから標準偏差を計算し、月間換算します。
- ATR/終値:価格データしか使えない場合、ATR(平均真の値幅)を終値で割って簡易ボラにします。
- 指数平滑(EWMA):直近データに重みを置く軽量モデル。大きな出来事後の追従が速いのが長所です。
個人の積立では再現性と手間の少なさが重要です。最初は「20日標準偏差で十分」。慣れたらEWMAに切り替えましょう。
具体例①:全世界株ETFを月3万円で積み立てる
基準額B=30,000円、目標月間ボラσ*=4%、下限a_min=0.5、上限a_max=2.0、推定ボラσ_tは毎月リバランス日前の最新値とします。
仮にある6か月の推定ボラが {3%, 6%, 5%, 4%, 2%, 8%} とすると、調整率a_tは {1.33, 0.67, 0.80, 1.00, 2.00, 0.50} にクリップされ、発注額Q_tは {39,900円, 20,100円, 24,000円, 30,000円, 60,000円, 15,000円} のように変化します。結果として、各月の「持ち込むリスク量」が平準化され、下落局面の体感ストレスが緩みます。
具体例②:為替ヘッジあり/なし商品の積立差
為替ヘッジなしの海外株式は、株価要因に加えて為替がボラを押し上げます。ヘッジありは株価要因中心でボラが低くなりがちです。リスク同額DCAなら、ボラの高いヘッジなし商品は自動的に発注額が抑制され、ボラの低いヘッジあり商品は発注額が増えるため、通貨環境に応じた自然な配分が実現します。
積立NISAと合わせる運用フロー
- 毎月リバランス日の前営業日に、対象ファンドのボラを更新。
- 基準額Bを、制度の月次上限に収まるよう設定(例:年上限を12で割る)。
- 調整率a_tを計算して、発注額Q_tを決定。端数は最小購入単位に切上げ。
- 月内は固定額で1回発注。過剰な細切れ発注はコスト増の原因。
パラメータ設計の目安
- 目標ボラ σ*:対象資産の長期平常時ボラより少し低め(例:年15%の資産なら月4%程度)。
- 期間N:20営業日(約1か月)から開始。イベント影響を早く反映したいならEWMA。
- クリップ域:a_min=0.5〜0.7、a_max=1.5〜2.0。極端な売買を抑える安全装置。
- 最低発注額:証券会社の最小単位やポイント投資を考慮して下限を用意。
期待できる効果と限界
効果:期中リスクの平準化でドローダウンの尖りを緩め、積立継続率を上げます。静かな局面で枚数を多く確保でき、荒い局面では無理をしません。
限界:ボラ推定は過去データ依存で、将来を保証しません。急変には遅れが出ます。長期期待リターンを押し上げる魔法ではなく、道中の揺れ方を整える技術です。
バックテスト設計の要点(概念)
2008年〜直近までの海外株式インデックスで、(A)通常DCAと(B)リスク同額DCAを比較します。評価指標は最大ドローダウン、月次リターンの標準偏差、積立中断率(想定)など。一般に(B)は最大ドローダウンと月次ボラが低下し、積立継続の心理コストを下げる傾向が見られます。相場急騰時の枚数不足というトレードオフはありますが、長期の平準化メリットが勝ちやすい設計です。
運用オペレーション——実務チェックリスト
- データ更新は月一回で十分。大イベント(決算、CPI、政策金利)の直後だけ臨時更新。
- 小数点の処理は「切上げ>四捨五入>切捨て」の順で安定。未充当分は翌月に持越し。
- 手数料や為替スプレッドは年率換算で管理。調整幅が手数料負けしないかを点検。
- ボーナス月や臨時収入は、その月のa_tを上限に追加配分。過剰な一括投入は避ける。
- 複数資産で実施する場合は、資産ごとのσ_tで個別にQ_tを出し、最終的に予算内で比例調整。
応用:複数資産の並列運用(株式×債券×コモディティ)
各資産のσ_tを別々に推定し、同じσ*で個別にQ_tを算出すれば、「期中リスクの公平な配分」が可能です。結果として、静かな債券に資金が多く流れ、荒い株式は抑制されるなど、自然なリスクパリティ的挙動が生まれます。長期の資産形成では、行動の一貫性が最重要です。
よくある質問(FAQ)
Q1:価格が下がったら多く買うのがDCAでは?
A:本手法も下落局面では多く買う傾向が残りますが、「下落幅が大きくボラが高い局面」では買い過ぎを抑えます。短期の急落に過度に突っ込むリスクを避ける意図です。
Q2:最適なσ*は?
A:対象の長期ボラや自分の耐性に合わせて決めます。最初は月4%前後から始め、半年ごとに見直すのが実務的です。
Q3:個別株でも使える?
A:使えますが、個別株は情報ギャップとイベントリスクが大きく、ボラ推定誤差も大きい。まずは広く分散されたインデックスやETFでの運用を推奨します。
まとめ:継続のための「揺れの最適化」
積立の勝敗は、やめないことで決まります。リスク同額DCAは、同じお金を入れ続けながら、期中に負うリスクを均して「続けやすさ」を高める設計です。算術は簡単、運用は習慣化が肝。次の積立日から、ボラに応じて金額を一段だけ賢く調整してみてください。


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