モーゲージ証券(Mortgage-Backed Securities; MBS)は、住宅ローンを束ねたキャッシュフローを投資家に分配する仕組みを持つ債券です。国債や社債と異なり、借り手(住宅ローン債務者)がいつでも繰上返済できるため、金利と価格の関係が直線的ではありません。金利が下がると返済が早まり、金利が上がると返済が遅れる──この「ネガティブ・コンベクシティ」がMBSの要点であり、投資妙味と難しさの源泉です。本稿では、MBSの基礎から、ETF・REIT・先物を組み合わせた金利戦略まで、初学者でも運用に落とし込める水準で丁寧に解説します。
MBSの基礎:仕組みと種類
パススルー構造とキャッシュフロー
MBSは多数の住宅ローンをプールし、元利返済と繰上返済(プリペイメント)を投資家に按分する「パススルー」構造が一般的です。個々のローンの返済スケジュールは異なるため、MBSのキャッシュフローは確定的ではなく、金利変動に応じて前倒し・後ろ倒しします。
エージェンシー vs. ノンエージェンシー
米国では、政府支援機関(GSE)が関与するエージェンシーMBS(例:Ginnie Mae, Fannie Mae, Freddie Mac)と、民間発行のノンエージェンシーMBSがあります。前者は信用補完が厚く、主に金利リスクが中心、後者は信用リスクも含みます。個人投資では、まずエージェンシーMBSに連動するETFから学ぶのが合理的です。
利回りの源泉:OASという考え方
MBSは「国債利回り+スプレッド」で概ね表現できますが、繰上返済オプションを内包するため、単純な利回り比較は不十分です。オプション付き債の公正な上乗せ分を測る概念として、オプション調整スプレッド(OAS)が使われます。初学段階では「国債より余分に乗っている利回りは、オプション起因の不確実性への見返り」と理解しておけば十分です。
リスクの本質:プリペイメントとネガティブ・コンベクシティ
金利低下局面:短期化リスク
金利が低下すると借り手は借換えを進めるため、元本回収が早まります。投資家は高クーポンの期間を十分に享受できず、想定よりデュレーション(実効満期)が短くなります。価格上昇も国債ほど素直に伸びません。
金利上昇局面:延長リスク
金利が上昇すると繰上返済は鈍化し、元本回収が遅れます。投資家は低いクーポンを長く保有することになり、想定より価格の下落が大きくなります。これがネガティブ・コンベクシティです。
スプレッド・金利・為替の三層リスク
MBSの価格は(1)金利レベル、(2)MBS特有のOAS(スプレッド)、(3)外貨建てで保有する場合の為替──の三層で動きます。どの層に賭け、どの層を中立化するかを明確にすることで、戦略の明瞭度が上がります。
投資手段:ETF・REIT・先物の特徴
MBS ETF(インデックス型)
MBSインデックスに連動するETFは、分散・低コスト・日々の流動性が魅力です。大枠ではエージェンシーMBSに偏り、信用リスクよりも金利リスクの管理が中心になります。価格変動は長期国債ETFほど大きくない一方、コンベクシティ特性によりトレンド相場での追随性が鈍る場合があります。
アクティブ型MBSファンド
同じMBSでもクーポン帯・プール属性・季節性・借換えインセンティブなど、きめ細かなセレクションでOASを取りにいくのがアクティブ型の役割です。ヘッジ手段(国債先物・スワップ)を組み合わせ、デュレーションやコンベクシティを調整します。
モーゲージREIT(mREIT)
mREITは短期調達+MBS投資で利ざやを取り、レバレッジとヘッジで配当を生むビークルです。配当利回りは高く見えますが、金利ボラティリティの高止まり時や資金調達コスト上昇局面では簿価圧迫・増資・減配リスクが顕在化します。mREITは「利回りを買う代わりに、金利サイクル敏感度を引き受ける」選択と捉えましょう。
先物・スワップでのヘッジ
個人が扱いやすいのは米国債先物です。MBSの実効デュレーションに対して、国債先物のDV01(1bpあたり損益感応度)で相殺・上積みする発想を押さえます。初学段階では、「MBS ETF:国債先物=1:x」の比率を小さく試し、ポートフォリオの損益の振れ幅がどう変わるかを週次で確認するだけでも学びが大きいです。
実践:3つのモデル・ポートフォリオ
モデルA(シンプル積立):MBS ETF 100%
為替を気にしない長期積立の原型です。毎月一定額で購入し、四半期ごとに評価損益ではなく「保有デュレーション」と「分配再投資率」を確認します。メリットは運用の簡便さ。デメリットは、金利トレンドの極端な局面で相対的な見劣りが生じやすいことです。
モデルB(安定志向):MBS ETF 70% + 国債ETF 30%
MBSのネガティブ・コンベクシティによるトレンド遅れを、国債ETFで補完します。金利低下局面では国債が牽引、上昇局面ではMBSのスプレッド縮小余地が緩衝材になることを狙います。半年ごとに比率をリバランスし、分配金は自動再投資で複利効果を高めます。
モデルC(デュレーション調整):MBS ETF 80% + 米国債先物(±0.5年)
保有するMBS ETFの実効デュレーションを基準に、先物で±0.5年程度の微調整を行います。金利ボラティリティが上がったと感じたら短く(ヘッジ多め)、落ち着いたら伸ばす──という程度の小さな調整でも、ドローダウン管理に手応えが出ます。比率の過大化は禁物です。
ケーススタディ:シナリオ別の挙動
金利が緩やかに低下
MBSは繰上返済が進み、価格の上昇は国債より控えめ。モデルB/Cが相対優位になりやすい局面です。分配金再投資の効率は向上します。
金利が急低下
繰上返済が急増し、MBSの上値が重くなります。国債のキャピタルが強いため、モデルBの国債比率が効きます。Cでは先物のロングを厚くする余地があります。
金利が上昇
繰上返済が鈍化し、MBSのデュレーションが延びて価格下落が大きくなりやすい。モデルCではヘッジを厚く、A/Bでは積立の継続と分配再投資で回転を効かせます。
為替(ドル円)が円安に進行
外貨建てで為替ヘッジをしない場合、円ベース評価で追い風。ヘッジ有りでは中立化できます。為替ベータをどの程度許容するかを、リスク許容度に合わせて事前に決めておきます。
運用の手順:チェックリスト
1. 目的とリスク許容度の定義
「分配金重視」か「金利ベータ獲得」かを明確にし、年間最大ドローダウン(例:▲5〜8%)の許容幅を数値で置きます。
2. 積立とリバランス
毎月積立・四半期リバランスを基本とし、臨時判断は避けます。評価損益ではなく、デュレーション・OAS・分配再投資率を定点観測します。
3. 為替ヘッジの方針
完全ヘッジ・半分ヘッジ・無ヘッジの3択を事前に固定。ヘッジコスト(短期金利差)とボラティリティの高低で見直す頻度を決めます。
4. 先物ヘッジのサイズ管理
先物は「保険」。DV01の25〜50%相当から入り、段階的に調整。証拠金維持率とロールコストを月次で確認します。
5. ストップと復帰ルール
想定DDを超えたらヘッジ厚めに移行、平常に戻れば段階的に解除。事前に書面化して迷いを減らします。
よくある勘違いQ&A
Q. MBSは国債より安全?
A. エージェンシーMBSは信用補完が厚い一方、コンベクシティ特性により相場局面での振る舞いが異なります。「安全・危険」で二分せず、金利ベータとスプレッドの二軸で理解するのが近道です。
Q. mREITは高配当だから有利?
A. 高配当の裏側にはレバレッジとヘッジの高度な運用があります。配当は結果であり、持続性は金利環境に依存します。キャッシュフローの源泉と調達構造を必ず確認しましょう。
Q. いつ買えばいい?
A. タイミング狙いより「積立+定量的リバランス」。OASが拡大した局面では段階的に比率を上げるなど、ルール化が有効です。
まとめ:MBSをポートフォリオにどう位置づけるか
MBSは国債と社債の中間に位置づけられ、金利ベータに加えてオプション要素からの超過利回り(OAS)を狙える資産です。ETFで土台をつくり、国債や先物でデュレーションを微調整、必要ならmREITでキャッシュフローを上乗せ──というレイヤー設計に従えば、初学者でも段階的に理解と運用を深められます。最初の一歩は小さく、観測指標はシンプルに、ルールは書面化。これだけで成果のブレは大きく減らせます。


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