モーゲージ証券(MBS)完全ガイド:利回りの源泉、リスク、ヘッジ、実践ケーススタディ

債券

本稿では、モーゲージ証券(Mortgage-Backed Securities: MBS)を体系的に解説します。MBSは住宅ローン債権を束ねた「パススルー」や、それを再構築した「CMO(Collateralized Mortgage Obligation)」などで構成され、クーポン収入に加えてスプレッド収益が期待できる一方、プリペイメント(繰上返済)と金利変動に起因するネガティブ・コンベクシティという独特のリスクを持ちます。以下では、仕組み、利回りの源泉、主要リスク、ヘッジ、実装手順、ケーススタディ、よくある誤解までを段階的に整理します。

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モーゲージ証券とは何か:全体像

MBSは、個々の住宅ローン債権から生じる元利金キャッシュフローを投資家に按分して分配する証券です。起点はオリジネーター(銀行・ノンバンク等)が組成する住宅ローンで、サービサーが回収・管理を行い、信託SPV等を通じて投資家にキャッシュフローが「パススルー」されます。発行主体や保証の有無により、一般にエージェンシーMBS(公的機関の信用補完があるタイプ)とプライベートMBS(民間の信用に依存)の二類型に大別されます。日本でも公的機関や民間主体による住宅ローン担保証券(RMBS)が活用されています。

キャッシュフローの仕組み:パススルーとCMO

パススルー(Pass-Through)

プール化された住宅ローンから入金される利息・元金・繰上返済が、手数料控除後に投資家へ按分されます。投資家は毎月の分配を受け取る一方、借り手の繰上返済が進むほど元本が早く回収され、平均償還期間は短縮します。

CMO(再構築)

同一のローンプールをトランシェ(階層)に分け、キャッシュフローの配分順位や感応度を設計します。代表的なものに、順次償還型(シーケンシャル)、平均寿命を安定化させるPAC(Planned Amortization Class)、プリペイメントに敏感なサポートトランシェ、金利に対して極端に感応するIO(Interest Only)/PO(Principal Only)などがあります。IO/POはプロ向け色が強く、価格の変動幅も大きい点に注意が必要です。

利回りの源泉:クーポンとスプレッド、OASの考え方

MBSの総合利回りは、①受け取るクーポン、②国債等の基準金利に対する上乗せ(スプレッド)、③プリペイメントや金利変動によるキャピタルの増減で構成されます。実務では、金利ボラティリティとプリペイメントの不確実性を織り込むためにOAS(Option-Adjusted Spread:オプション調整後スプレッド)で相対価値を評価します。OASは「埋め込まれたコールオプション(借り手がいつでも繰上返済できる権利)」を控除した後の上乗せ利回りと捉えると直感的です。

プリペイメントの基礎:CPRとPSA

プリペイメントはMBSのキードライバーです。年率換算の繰上返済速度を示すCPR(Conditional Prepayment Rate)や、業界標準のパス(PSAモデル)で速度仮定を置き、平均寿命(WAL)やデュレーションを推計します。金利低下や住宅ローン借換え促進、住宅価格の上昇、季節性などはCPRを押し上げやすく、逆に金利上昇や信用環境の悪化はCPRを鈍化させます。

デュレーションとコンベクシティ:なぜ「ネガティブ」になるのか

通常の債券は金利低下でデュレーションが伸び、価格が上がりやすくなります。しかしMBSは金利低下で借換えが進み元本が早期回収されるため、キャッシュフローの“延命”が起きにくく、価格上昇が抑えられます。これがネガティブ・コンベクシティです。逆に金利上昇局面では繰上返済が鈍化し、平均寿命が伸び、下落が拡大しがちです。したがって、ヘッジ抜きのMBSは「上昇の天井が低く、下落に脆い」形になりやすいことを理解しておく必要があります。

主要リスクと感応度

金利リスク

ベンチマーク国債やスワップ金利に対する感応度が高い資産です。デュレーション管理は必須で、金利カーブの平行移動だけでなくスティープニング/フラットニングの影響も確認します。

プリペイメント・リスク

CPR仮定が外れると、利回りと平均寿命の見通しが大きくブレます。PSAの複数シナリオ(100/200/300など)でレンジを把握し、ワーストケースでのリターンを確認します。

信用リスク

プライベートMBSやRMBSでは、ローンの審査基準、LTV、延滞率、地域分散、サービサーの品質が信用スプレッドに反映されます。信用補完(エンハンスメント)やトランシェの優先/劣後構造を精査します。

市場流動性

パニック時はビッド/アスクが拡大し、価格発見が遅れます。ETFや投資信託経由での売買集中は短期的な乖離を生み得ます。

評価とプライシングの勘所(初学者向けに平易化)

シミュレーションでは、①将来の金利パス(複数シナリオ)、②PSAに基づくCPR、③コスト(手数料・税コスト・為替コスト)を入力し、期待キャッシュフローを割引きます。OASは、複数の金利パスで得られた現在価値の分布から「基準金利に対してどれくらい上乗せがあるべきか」を逆算するイメージです。数式の細部よりも、前提(CPR・金利ボラ)を1段階変えると評価がどう動くか感覚を掴むのが先決です。

商品タイプ別の特徴

エージェンシーMBS

公的機関の信用補完があるタイプ(海外事例)では信用リスクが相対的に小さく、主に金利とプリペイに左右されます。スプレッドは相対的にタイトで、ヘッジ設計の巧拙がリターンを分けます。

プライベートMBS/RMBS

民間の信用に依存し、ローン属性に由来する信用スプレッドが厚くなる傾向です。ディールごとにドキュメントを精査し、信用エンハンスメントやサービサー品質、地理的分散などの定性情報も確認します。

CMO(PAC/サポート/IO/POなど)

トランシェ設計により金利・プリペイ感応度をコントロールします。PACは一定範囲のCPRならWALが比較的安定しやすい一方、サポートは変動を吸収してボラが高くなります。IO/POは専門性が高く、少額・学習前提での段階的アプローチが無難です。

ヘッジ戦略:金利・ボラ・為替をどう抑えるか

MBSのコアは金利とプリペイメントです。代表的なヘッジは以下の通りです。

デュレーション・ヘッジ

国債先物や金利スワップでデュレーションを調整します。金利低下時にデュレーションが縮む(コールされる)ため、静的ヘッジでは不足しがちです。動的にヘッジ量をリバランスする前提と、取引コストを織り込むことが重要です。

コンベクシティ・ヘッジ(ボラ・ヘッジ)

金利オプション等でボラ上昇時の価格劣化を緩和します。簡易には「デュレーションの過小化リスク」を意識し、下方向の金利ショックに対してヘッジを厚めにする設計が現実的です。

為替ヘッジ

外貨建てMBSを保有する場合、為替の影響が大きくなります。先物・フォワード・通貨ヘッジ付きの投資ビークルなどで為替感応度を抑えます。

取引の入り口:実装フロー

最初の一歩は、①商品ユニバースの把握(公募投資信託やETF経由などの選択肢を洗い出す)、②目論見書/運用報告書でプリペイメントの仮定、平均デュレーション、保有銘柄構成、コストを確認、③少額テストで運用オペレーション(約定・受渡・為替・分配金課税)を学ぶ、の3段階が無難です。個別ディールの直接投資は情報量と分析負荷が大きいため、十分なリサーチ体制が整うまでは段階的に進めます。

ケーススタディ:金利局面別の挙動

ケース1:急速な金利低下

借換えが加速しCPRが上振れ、元本回収が早まります。価格上昇は「上値が重く」なりがちで、ヘッジ無しのMBSは期待ほど伸びません。デュレーションを長めに取りたくても、原資産の実効デュレーションが縮むため調整が難しくなります。

ケース2:段階的な金利上昇

CPRが鈍化しWALが伸び、デュレーションが長期化します。価格下落が拡大するリスクに備え、デュレーション・ショートやスティープナー等のヘッジを検討します。

ケース3:ボラティリティ急騰

OASの拡大や流動性悪化で価格が急変動することがあります。ETF経由の売買集中は短期的なNAV乖離と組成・解消コストの増大につながり得ます。執行は分割・指値を基本とし、流動性が戻るまでポジションを軽く保つ判断も有効です。

データの見方:最低限チェックしたい指標

①平均デュレーションとWAL、②CPR/PSAの仮定と実績、③OASとスプレッドの水準・推移、④ローン属性(借入金利、LTV、地域分散、延滞・差押え比率)、⑤コスト(信託報酬、為替ヘッジコスト)、⑥分配金の性格(元本/利息/特別分配)。これらを四半期ごとにモニターし、前提が崩れていないかを点検します。

ポートフォリオへの組み込み:分散と役割

MBSは、コア債券ポートフォリオのスプレッド拡張セグメントとして機能します。国債より高利回りを狙う一方、金利ボラとプリペイの不確実性を抱えます。株式との相関は局面で変動し、金利ショック時は相関が上がることもあります。リスク予算の中で「金利β」「スプレッドβ」「ボラ露出」を分けて管理するのが有効です。

よくある誤解と落とし穴

「金利が下がれば債券は必ず大きく上がる」はMBSに当てはまりません。プリペイ加速で上昇が限定されるため、キャリー狙いでもヘッジ設計は欠かせません。また、平均デュレーションの数字だけで安心するのも危険です。金利水準によって実効デュレーションは大きく動きます。さらに、ETFの分配金だけを見て「利回りが高い」と判断するのも早計です。元本の取り崩しや一時的要因が含まれる場合があります。

段階的な実行ステップ(チェックリスト)

①商品選定:コスト、デュレーション、CPR前提、為替ヘッジの有無を確認。②サイズ配分:リスク予算に対する想定最大ドローダウンを試算。③ヘッジ設計:国債先物/スワップでデュレーションを中立化、必要に応じて為替ヘッジ。④モニタリング:毎月のCPR、四半期のOAS、年次のストレステストを更新。⑤見直し基準:CPRが想定を±50%外れた、OASが標準偏差2以上拡大/縮小した等の客観基準を事前に設定。

まとめ

MBSは「クーポン+スプレッド」という魅力と引き換えに、プリペイメントとネガティブ・コンベクシティという独自の難所を持ちます。評価は前提次第で姿を変えるため、CPRと金利ボラに対する健全な懐疑心、そしてヘッジの運用体制が鍵です。段階的に学びながら、リスクを見える化して意思決定することが成果への最短距離になります。

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