ベータ値で組む低ベータ×高ベータ回転戦略:相場局面別でリスクを取りに行く実践ガイド

株式

本稿では、ベータ値(β)を軸にした「低ベータ⇔高ベータ回転戦略(Beta Rotation)」を、初学者でも実装できる水準まで具体化します。市場が不安定な局面では防御的に、追い風の局面では攻撃的にポジションを切り替え、リスクを取るタイミングそのものを最適化する考え方です。個別銘柄を名指しで推奨するものではなく、仕組みと手順に集中します。

スポンサーリンク
【DMM FX】入金

1. ベータ値とは何か:定義・直感・計算式

ベータ値は「銘柄(またはポートフォリオ)のリターンが、市場全体のリターンに対してどの程度敏感に動くか」を表す係数です。統計的には次式で定義されます。

β_i = Cov(R_i, R_m) / Var(R_m) = 回帰直線の傾き(OLS: R_i = α + β R_m + ε)

直感的には、β = 1.2 なら市場が +1% 上がる日の平均反応が +1.2% 程度、β = 0.6 なら +0.6% 程度と解釈します(対称ではないこと、非線形やボラの影響も起こり得る点に注意)。

基準となる「市場(R_m)」は、株式であれば代表的な株価指数が一般的です。投資対象と基準指数のミスマッチ(セクター構成や為替違い)はβ推定の歪みになります。

2. ベータの推定方法:窓、頻度、指数選択

  • 頻度:日次データ(終値ベース)で十分。週次・月次はノイズが減る反面、反応が遅くなります。
  • 推定窓:60〜120営業日が実務的。短すぎるとノイジー、長すぎると構造変化を捉えにくい。
  • 指数:投資対象と同一通貨・同一市場のベンチマークを基本線に。
  • 外れ値処理:リターンのWinsorizeやロバスト回帰で安定化。

例:過去120営業日の日次リターン(配当込み・為替調整後が望ましい)でOLS回帰しβを推定。毎週金曜に更新して翌週に適用。

3. βの限界:完璧ではない

βは一次近似にすぎません。ボラティリティの体制変化(Regime Shift)、セクター回転、金利感応度、バリュエーション、イベントリスクなどでβは変動します。したがって「βが高い=必ず強い」ではありません。βは市場方向に対する感応度の指標として使い、その他のリスク要因は別途管理します。

4. 低ベータ/高ベータの性格

低ベータ:ディフェンシブ(公益、生活必需品などが多い傾向)。下落局面で相対的に底堅い一方、強気局面では出遅れやすい。

高ベータ:攻撃的(景気敏感、成長・小型が混ざりやすい)。強気局面で指数を上回りやすい反面、下落でのドローダウンが深い。

5. 回転戦略の全体像

コアの考え方はシンプルです。市場が追い風(順風)と判定したら高ベータへ、逆風・不安定なら低ベータへ比重を移す。ベータ自体は個別の性格付け、切替のトリガーは「市場状態シグナル」で判定します。

  1. 市場状態シグナルを計算(例:指数の移動平均乖離、ボラティリティ、ブレークアウト)。
  2. シグナルに応じて「高ベータバスケット」または「低ベータバスケット」へ配分。
  3. リバランス頻度を定義(毎週・毎月など)。
  4. リスク管理(ボラ・ターゲット、損切り、最大ポジション)を先に決める。

6. 実装パターン:ETF/自作ユニバース

実装は2通りあります。

  • 指数連動ETFを使う方法:低ベータ指数・高ベータ指数に連動するETFを組み合わせ、切替だけで運用可能。個別選別が不要。
  • 自作ユニバース:対象市場の全銘柄に対してβを推定し、上位(高ベータ)・下位(低ベータ)を一定数ピックして等金額保有。より手間はかかるが細かく最適化できる。

日本市場で自作する場合、TOPIXやプライム市場銘柄を母集団に、浮動株調整時価総額と流動性でフィルタし、β推定→ソート→上位/下位のカゴを作る流れが現実的です。

7. 具体例①:米国株ETFを使う最小構成(概念例)

低ベータバスケットと高ベータバスケットに各1つの指数連動ETFを割り当て、市場状態シグナルが強気なら高ベータ、弱気なら低ベータに100%配分する「ワン・スイッチ型」。税制や投資可能商品は各自の口座条件に従って確認してください。

切替ルール(例):市場指数の終値が200日移動平均を上回り、かつ20日騰落が+4%以上 ⇒ 高ベータ。いずれか満たさない ⇒ 低ベータ。週1回、金曜引けで判定し、翌営業日寄りで執行(概念)。

ポイントは「明確でシンプル」。判定の複雑化はモデリングエラーを招きます。まずは2指標程度から始め、必要なら段階的に改良します。

8. 具体例②:日本株・自作ユニバースでの手順

  1. 母集団:流動性と時価総額でフィルタ(例:直近3カ月の平均売買代金2億円以上、時価総額1000億円以上)。
  2. データ:過去120営業日の日次リターン(株価は調整済み、配当込みが望ましい)。
  3. β推定:指数(例:TOPIX)に対する回帰で各銘柄のβを算出。外れ値はWinsorize。
  4. 構築:βの上位20銘柄=高ベータ、下位20銘柄=低ベータ。等金額で2つのバスケットを用意。
  5. 市場状態シグナル:指数が100日移動平均を上回る&14日ATRの対価格比が低下傾向=強気/それ以外=弱気、など。
  6. 切替:週次で判定し、翌週寄付で「高⇔低」を入れ替える。

個別の銘柄名に依存しない仕組みのため、再現性検証可能性が高まります。

9. 市場状態シグナルの設計

代表的な3系統を紹介します。単独/組み合わせで使います。

  • トレンド系:移動平均(50/100/200日)、ブレークアウト(過去x日高値/安値)。
  • ボラ系:ATR、過去20日の実現ボラ(標準偏差)、ボラ・レジーム判定(高低しきい値)。
  • 需給/リスクアペタイト系:信用残の推移、金利・クレジットスプレッド、為替(リスクオン/オフ指標)。

しきい値は過去分布の分位点(例:70パーセンタイル)で定義すると汎用化しやすい。過剰最適化を避けるため、パラメータは少なく固定し、前倒し情報の混入(ルックアヘッド)を厳禁にします。

10. 売買ルールと資金配分:擬似コード


  # 週次で判定、翌週寄付で執行(概念)
  if signal == "bull":
      target = "HighBetaBasket"
  else:
      target = "LowBetaBasket"

  # ボラ・ターゲット(年率10%)に合わせてレバレッジ調整(概念)
  lev = min(1.5, max(0.5, vol_target / realized_vol(target)))
  position_value = lev * equity
  

実取引では、売買コスト・スリッページ・配当・税金を必ず考慮します。回転回数が増えるほどコストは効きます。

11. リスク管理:ここを雑にすると全て台無し

  • ボラ・ターゲット:過去20日実現ボラに合わせてレバレッジを調整。過度なリスク蓄積を抑える。
  • 最大ドローダウン・バリア:過去最高値からの下落がx%超で一時的にキャッシュ・ダウン。
  • 分散:高ベータ・低ベータそれぞれの中でも銘柄分散を維持。集中は事故の温床。
  • イベント管理:決算、指数入替、政策イベント(金融政策・為替)前後は回転頻度を落とす選択も。

12. 例示計算:βの手計算に近い感覚

ある銘柄iと市場mの直近5日のリターンが下表(%)だったとします(単純例)。

i: +1.0, -0.5, +0.8, +1.5, -0.7 / m: +0.8, -0.4, +0.6, +1.0, -0.5

平均を引いた共分散と分散から、β ≈ Cov(i,m)/Var(m) を得ます。直感的には、日々の上下の同方向性振幅の比率がβの本質です。

13. バックテスト設計:落とし穴チェックリスト

  • サバイバーシップ・バイアス:現在生き残っている銘柄だけで過去を検証しない。
  • 再編・指数入替:母集団の変遷を反映。過去データの整合性に注意。
  • データ汚染:配当落ち、株式分割、権利落ちを正しく調整。
  • コスト・税金:回転の影響をモデル化。実効税率や手数料体系を現実に合わせる。
  • パラメータ過剰最適化:外部サンプル検証、ウォークフォワードで確認。

14. 応用編:β×他ファクターのブレンド

β単独ではノイズに弱い場合、モメンタム(12-1月リターンなど)やバリュー(PBR/EV/EBITDA)、クオリティ(ROE/低レバレッジ)と併用し、高ベータでも財務健全低ベータでも収益性高いといった組成にすると、極端な地雷回避に寄与します。

15. 税制・口座・商品選択の一般的論点

つみたて投資や税制優遇制度を使う・使わない、国内外商品、為替ヘッジの有無等で手取りは変わります。制度やコストの詳細は各自の制度説明・目論見書・約款等で確認し、総コスト(信託報酬、税金、スプレッド、両替)で意思決定してください。

16. よくある失敗と対処

  • シグナルを増やしすぎる:一見賢そうでも再現性が落ちます。まずは2〜3個。
  • ルール逸脱:裁量での例外は成績のブレに直結。自分の将来の自分が守れるルールに。
  • β推定の怠慢:定期更新を忘れると「別物」を握ることに。リマインダー必須。
  • 取引コスト軽視:週次→隔週、月次など、回転頻度の適正化で純益率が改善することが多い。

17. スタートアップ手順(最小構成)

  1. 市場と対象の整合するベンチマークを決定。
  2. 120営業日のβを推定し、高/低ベータの2バスケットを作成。
  3. 市場状態シグナルを1〜2個設定(移動平均×ボラ)。
  4. 週次で切替、ボラ・ターゲット10%でレバレッジ調整(概念)。
  5. 3カ月の紙上検証→半年の小額運用→本格化の順で段階的に。

18. まとめ

ベータ回転は、いつリスクを取るかを構造化する戦略です。守りと攻めを切り替える「戦術レベル」の設計が肝で、難解なアルゴリズムを使わずとも運用可能です。重要なのは、一貫性・検証・コスト管理。まずは小さく始め、記録と振り返りを習慣化してください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました