この記事では、住宅価格指数(HPI: House Price Index)を先行的な景気シグナルとして活用し、REIT(不動産投資信託)の売買タイミングを定量化する方法を解説します。一般的な解説ではなく、具体的な指標化・ルール化・検証手順・運用上の落とし穴まで一気通貫で提示します。読み終えたら、今日からスプレッドシートで回せるレベルの実務に落ちます。
なぜHPI×REITなのか:構造的な因果と時間差
REITの価格は、分配原資となる賃料・稼働率・物件売却益の期待に強く影響されます。これらは地価や住宅価格の循環と連動しやすく、HPIは需要・資金調達環境・投資家心理の複合ベクトルを平滑に映すため、ノイズの多い株価や単月マクロ指標よりも「遅すぎず速すぎない」リズムを示します。経験則として、HPIのYoYトレンド転換はREITのドローダウン底形成〜回復初期と重なりやすいため、初心者でも追いやすいシグナルになります。
指標の下ごしらえ:最低限のデータと作法
- HPIのYoY(前年同月比):季節調整済み系列が望ましい。月次が理想、四半期しか無ければ四半期で可。
- REIT指数(価格リターン or 配当込み):国内なら東証REIT指数、海外なら代表ETFや指数を代用。
- 無リスク金利の近似:10年国債利回りなど。
- REIT配当利回り:指数ベース推定でも個別銘柄の加重平均でもよい。
ツールはExcel/Googleスプレッドシートで十分です。同一頻度(月次)に整形し、欠損を前方補間で埋めるのが実務的。余裕があれば、系列の標準化(zスコア)を行い、スケール差で意思決定が歪まないようにします。
基礎の数式:3本柱で意思決定
① トレンド軸(HPIモメンタム)
HPIのYoYに対して、以下のルールを定めます。
- エントリーA(回復初期の逆張り順行):YoYがマイナス圏だが、3ヶ月移動平均の勾配>0(悪化の底打ち)。
- エントリーB(加速局面の順張り):YoYがプラス転換し、直近3ヶ月の平均が直近12ヶ月平均を上回る。
- イグジット(失速回避):YoYの3ヶ月平均が前月を下回り続け、かつ12ヶ月平均も下向きに転じたら縮小。
② バリュエーション軸(利回りスプレッド)
利回りスプレッド = REIT配当利回り − 10年国債利回り を算出。
- スプレッドが過去5年中央値以上:割安傾向 → 当月の買いシグナルの比率を1.2倍。
- スプレッドが過去5年下位20%:割高傾向 → 当月の買いシグナルの比率を0.7倍。
③ リスク軸(ボラティリティ調整)
REIT指数の月次リターンから過去12ヶ月の標準偏差を算出し、目標リスク(年率)に合わせてポジションをスケールします。
目標ボラ = 12% 現在ボラ = 18%(年率換算) スケーリング係数 = 12 / 18 = 0.67
この係数を毎月の新規シグナルに掛けます。「買う・売るか」だけでなく「どれだけ買うか」を決めるルールが再現性を高めます。
ポジションルール:最小限で回せる具体策
- 月次判定・月末リバランス:基準日は月末。新規は翌営業日の寄り成行またはVWAP近辺の成行分割。
- 最大エクスポージャー:REIT比率はポートフォリオの上限20〜35%。HPIが強い期間は上限、弱い期間は現金・債券比率を高める。
- 縮小(ディレバレッジ)トリガー:月次でREITが−7%超の下落、またはボラ急上昇で標準偏差が+50%拡大したら、直ちにポジション25〜50%圧縮。
- ドローダウン・ストップ:REIT部分の累積DDが−12%で一時停止、−18%で全カット→翌月再判定。
- キャッシュ・バッファ:常に5〜10%の現金を確保し、ギャップダウン時の追加入場に備える。
実例(数値イメージ):シグナルの流れ
仮にある年の推移が以下だったとします。
- 1〜3月:HPI YoY −2%→−1%→−0.5%(3ヶ月勾配は上向き)。利回りスプレッドは中央値+0.3%。⇒ エントリーAで月次合算0.8ユニット(ボラ係数0.8×スプレッド1.2×基準1.0)。
- 4〜6月:YoY +0.2%→+0.8%→+1.1%。⇒ エントリーBで更に0.9ユニット積み増し。
- 7〜9月:YoYは+1.3%まで加速、スプレッドはやや縮小(割高)で係数0.7に。⇒ 新規は控え、既存比率の維持。
- 10〜12月:YoY 1.2→0.9→0.5(減速)。12ヶ月平均が横ばいに傾く。⇒ 縮小で0.5ユニット利確・圧縮。
このように、トレンド→バリュー→リスクの順に意思決定を流すと、感情に左右されにくい運用線表になります。
資産配分への落とし込み:REITの居場所を決める
REITは「株式と債券の中間的なリスク特性」を持ちます。したがって、株式60/債券40の枠組みにREIT10〜20%を差し込む場合、株式を相対的に5〜15%落としてリスクを中立化するのが筋です。HPI弱気の期間は債券(デュレーション短め・金利上昇局面のリスクを抑制)へ、強気の期間は株式やクレジットへ比重を再配分する運用リズムが有効です。
バックテストの最低限プロトコル
- データ整備:すべて月次化。欠損処理・対数リターン・配当込みの可否を明示。
- 手数料・スリッページ:往復0.2〜0.5%を想定。月次の回転は年12回以内。
- リスク指標:年率ボラ、最大DD、Calmar比、相関(株・債)、シャープ。
- ロバスト性:パラメータずらし(勾配判定2〜4ヶ月、スプレッド閾値±0.2%)。
- ウォークフォワード:直近3年は未学習データで検証して過学習を抑制。
個別REIT vs 指数ETF:初心者の現実解
個別REITは物件特性や資本政策の差でアルファ余地がありますが、初心者は指数ETFや代表投信で十分です。指数で慣れた後、利回り・LTV・借入金利固定比率・稼働率・NAV乖離などの因子で軽く分散をかけると良いでしょう。
良くある失敗と対処
- 単月のHPIニュースで飛びつく:月次平均と勾配を見る。単月ノイズは無視。
- 配当目当ての全ツッコミ:スプレッド縮小局面は分配金で相殺できない下落も普通に起きる。比率制御を徹底。
- ボラ上振れ無視:標準偏差が跳ねたら機械的に縮小。我慢ではなく仕組みで下げる。
- 利確の先送り:減速サインで段階的に落とす。全部当てようとしない。
運用チェックリスト(毎月)
- HPI YoYの3ヶ月勾配を更新(上向き/下向き)。
- YoYの水準(マイナス→プラス転換)を確認。
- 利回りスプレッドの分位を測る(下位20%/中央値/上位20%)。
- REITボラ12ヶ月を再計算し、目標ボラへスケーリング。
- ドローダウン・トリガーとキャッシュ比率を再点検。
Q&A:よくある疑問
Q1:HPIが四半期データしかない場合?
A:四半期勾配で判定し、月次は「前値維持」で更新。意思決定頻度を月次→四半期に落としても良いです。
Q2:HPIとREITに乖離が出る時期は?
A:金利ショックや税制変更、外部ショック時。だからこそスプレッド軸とボラ軸を併用してリスクを抑えます。
Q3:積立と一括、どちらが良い?
A:エントリーA/Bの点火時に増額積立、失速時は縮小積立。定額DCAを状態連動型DCAにアップグレードする発想です。
まとめ:感情を切り離すための最低限の機械化
HPI×利回りスプレッド×ボラ調整という三本柱は、初心者でも運用できる定量の骨格です。月次の淡々とした更新と、小さな判断の積み重ねでリスクを抑え、チャンス期にきちんと踏み込む。未来を当てるのでなく、状態に応じて動く、これが再現性の鍵です。


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