相場の上振れは誰でも乗れますが、資産を毀損させるのは常に「急落」です。本稿では、日本の個人投資家が現実に直面する円安・インフレ・金利上昇・税制の制約を織り込みつつ、暴落時の損失を限定し、回復局面で素早く資産を戻すための「3層ポートフォリオ」を具体的に設計します。売買ルールやリバランス手順はすべて数値化し、初心者でもそのまま運用できるように落とし込みます。
本ガイドのゴール
最大ドローダウン(peak-to-troughの下落幅)を家計が耐えられる範囲に制御しつつ、長期の実質成長を狙います。具体的には、家庭の「生活防衛資金」を毀損させず、投資元本に対して想定最大ドローダウンを−15%〜−25%程度に抑え、通常相場ではインフレ+αのリターン(目安:年率3〜6%)を目指す設計とします。なお、数値はあくまで設計上の目安であり、将来の成果を保証するものではありません。
暴落に強い資産の条件
- 相関の低さ:株式と同時に崩れにくい資産(短期国債、現金同等物、金など)を混ぜる。
- 価格の安定性:下落幅が限定的な短期国債・MMF・定期性預金等でクッションを作る。
- 流動性:急落時に売買できる商品(上場ETF、主要投信、国債)で組む。
- コストの低さ:インデックスや短期債は低コスト商品を選ぶ。積み上がる経費は暴落後の回復力を削る。
3層ポートフォリオの全体像
資産を役割別に3層へ分割します。
- 層1:クッション資産(20〜40%) … 生活防衛資金とは別に、相場が急落した際に売らずに済む「揺れ止め」。構成:普通預金・国内短期国債(1-3年)・国内MMF。
- 層2:コア成長資産(40〜70%) … 長期リターンの主役。全世界株 or 米国株(S&P500/NASDAQ100)インデックス、国内外の投信/ETFの低コスト商品。
- 層3:逆相関・代替資産(0〜20%) … 株が崩れた時に効く可能性がある資産。金(ゴールド)、長期米国債(為替ヘッジ付き/なしを選択)、一部のディフェンシブETFなど。
初心者は層1を厚め(30%)・層2を標準(60%)・層3を控えめ(10%)から始め、経験と家計余力に応じて配分を段階調整するのが堅実です。
日本の個人投資家が抱える固有リスク
為替(円安・円高)
円ベースでの資産評価では、外貨資産は為替変動の影響が大きく、株価が下がっても円安で目減りが相殺される場合があります。逆に円高局面では外貨資産の評価が一気に落ちることがあります。
インフレと金利
インフレは現金の実質価値を毀損しますが、金利上昇局面では長期債価格が大きく下落しがちです。短期債でデュレーションを短く保つ設計が有効です。
税制
NISA口座は非課税枠を活用できますが、損益通算や損出しの取り扱いが特定口座と異なります。売買頻度を抑え、積立+ルール型リバランス中心で運用すると扱いがシンプルになります。
3つの標準プラン(例)
A:守り最優先(ボラ耐性型)
- 層1 40%:国内短期国債・MMF
- 層2 50%:全世界株インデックス(国内籍・信託報酬低コスト)
- 層3 10%:金(ETF/投信)
想定:最大DD −15〜−20%。リターンは控えめだが、心理的に継続しやすい。
B:標準(長期成長×防御の両立)
- 層1 30%
- 層2 60%:全世界株70%+米国株30%のブレンド
- 層3 10%:金 6%、ヘッジ付き米国長期債 4%
想定:最大DD −20〜−25%。長期の実質成長を狙いつつ、暴落時の痛みを抑える。
C:攻守バランス(成長寄り)
- 層1 20%
- 層2 70%:米国株比率高め(S&P500中心、必要に応じてNASDAQ100を一部)
- 層3 10%:金 5%、ヘッジ付き米国長期債 5%
想定:最大DD −25%前後。積立余力が高く、価格変動に耐えられる人向け。
為替リスクの扱い:ヘッジ比率をルール化
外貨資産(米国株・米国債)には「為替ヘッジあり/なし」の選択肢がある商品があります。感覚で決めるのではなく、次のようにルール化すると迷いません。
- 基準ヘッジ比率:年齢・収入の通貨構成に合わせて決定。
目安:賃金・生活費が円100%なら、ヘッジ比率50%から開始。 - 為替レジーム連動:実効実質実効為替や長期移動平均を参照し、円が大幅に割安な期間はヘッジ比率を+10〜20%引き上げ、円高局面では−10〜20%下げる。
- 商品別の一貫性:株式部分はヘッジなし中心、債券部分はヘッジあり中心、と機能で分けると管理が楽です。
リバランス設計:バリア付き&半自動
毎月の細かい売買は税コスト・手数料・時間を浪費します。次の順序でシンプルに運用しましょう。
- ターゲット配分(例:層1/層2/層3=30/60/10)を明文化。
- 許容乖離(バンド)を設定:±20%相対(例:60%ターゲットの層2は48〜72%の範囲)。
- バリア条件:相場が落ちているときは「売らない」。現金(層1)を使って買い増す。
- 年2回点検(1月・7月など)+大幅乖離時のみ臨時で実施。
- 積立で微修正:毎月の新規積立を「不足している層」に自動で振り向け、売却を最小化。
ボラティリティ・ターゲティング(希望者向け)
値動きの大きさ(年率ボラティリティ)が上がったら株式比率を下げ、落ち着いたら戻す方法です。
例:20営業日リターンの標準偏差を年率換算。
・年率ボラが25%を超えたら層2(株式)を10%ポイント引き下げ。
・15%を下回ったら元の配分へ段階的に戻す。
※運用負荷が上がるため、慣れてから。
具体例:1000万円から始める設計
初期資産1000万円、毎月積立5万円、ターゲット配分30/60/10(Bプラン)とします。
- 層1:300万円 … 国内短期国債・MMF。暴落時の買付原資。
- 層2:600万円 … 全世界株70%(420万円)+米国株30%(180万円)。
- 層3:100万円 … 金60万円+ヘッジ付き米国長期債40万円。
点検時に層2が相場下落で48%(480万円)まで低下し、層1が42%(420万円)まで増えたと仮定。バンド下限に触れたため、層1から120万円を層2へ振替。以降の毎月積立は不足している層2へ自動配分。売却を伴わないため税務が単純です。
商品選定の考え方(汎用)
- 層1:国内短期国債・個人向け国債(変動10年)・国内MMF等。信託報酬や手数料が低く、価格変動が小さいもの。
- 層2:全世界株 or 米国株の低コストインデックス投信/ETF。長期で採用者が多く、純資産残高が十分、信託報酬が低い商品を優先。
- 層3:金・長期米国債(特に債券は為替ヘッジの有無を明確に)。株式との相関が異なる資産を選ぶ。
個別銘柄へ無理に広げる必要はありません。最初は「役割が明確で、低コスト、流動性がある」インデックス中心で十分です。
積立の設計:金額と日付を固定
積立は「自分を信じない」仕組みづくりが肝です。
- 毎月の積立額を手取りの10〜20%に固定(家計に無理のない範囲)。
- 引落日を給料日直後に設定し、生活費と分離。
- 積立振り分けは不足している層へ自動で配分(クッションが薄い時は層1を優先)。
よくある失敗と対処
- 暴落時に売る:バリア条件「下落時は売らない」を明文化。現金から買う。
- 商品を増やしすぎ:管理不能になる。各層で1〜2商品に集約。
- ヘッジのつけ過ぎ/外し過ぎ:株は原則ヘッジなし、債券はヘッジありを基本に、ルールで微調整。
- 点検しない:半年に1回の点検日をカレンダーに固定。
チェックリスト(印刷推奨)
- ターゲット配分:層1/層2/層3=□/□/□
- 許容乖離(相対):±20%
- バリア条件:下落局面で売らない/不足層に積立集中
- ヘッジ比率:基準□%、レジーム調整±□%
- 点検日:1月・7月
ケーススタディ:過去の急落局面でどう動くか
急落時に「売らない」ためには、事前の手順化が全てです。
- 価格が大きく下がった指標を確認(全世界株・S&P500等)。
- 配分乖離のチェック:層2が下限バンド(−20%)に触れたか。
- 触れたら、層1→層2へ定めた額を一括移動(売却は行わない)。
- 翌月以降の積立は層2へ集中。
- 回復局面で配分が上限に近づいたら、積立配分を平常へ戻す。
始め方:初月にやること
- 生活防衛資金(最低6か月、理想12か月)を投資資金と分離。
- 証券口座で短期債・インデックス・金の代替商品を1〜2個ずつ選定(信託報酬・純資産・流動性を確認)。
- ターゲット配分と許容乖離・点検日・ヘッジ比率を紙に書いて固定。
- 自動積立を設定し、初期配分に合わせて購入。
まとめ
暴落耐性は「当てる」ことではなく「折れない」仕組みで作れます。クッション資産で売らない体勢を整え、ルール化したリバランスで淡々と配分を戻し、為替は基準とレジームでヘッジ比率を決める。これだけで、大半の初心者がつまずく心理的な落とし穴を回避できます。あとは時間を味方にして、機械的に続けるだけです。


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