オンチェーンの「ガス代」は、多くの投資家が軽視しがちなコストですが、積み重なると年率で数%のパフォーマンス差を生みます。とくに少額・高頻度取引、NFTミント、ブリッジ、ステーキングやレンディングの複利運用では、ガス代を最適化できるかどうかがそのまま「勝てるかどうか」に直結します。本ガイドでは、ガス代のメカニズムから実践的な削減テクニック、意思決定フレームまでを、初心者でも実行できる具体性で網羅します。
- 1. ガス代の正体:各チェーンで何に払っているのか
- 2. よくあるガス使用量の目安
- 3. タイミング戦略:混雑を避けるだけで勝てる
- 4. EIP-1559の実務:設定の考え方
- 5. L2活用:総コストで考える
- 6. 承認(approve)地獄からの脱出
- 7. バッチ化・マルチコール:1回でまとめる
- 8. アカウントアブストラクション(AA)とPaymaster
- 9. MEVとプライベート送信:サンドイッチを避ける
- 10. スリッページとガスのトレードオフ
- 11. CEX vs DEX:総費用の比較フレーム
- 12. チェーン選択:EVM互換と非EVMの視点
- 13. セキュリティ最優先:安さのために踏んではいけない地雷
- 14. 取引前チェックリスト(毎回)
- 15. ケーススタディ:月1回1 ETHを買い増す場合
- 16. 実務テク集(すぐ効く小ワザ)
- 17. ミニ用語辞典
- 18. よくある誤解と回答
- 19. まとめ:コスト管理=再現性
1. ガス代の正体:各チェーンで何に払っているのか
ビットコイン(BTC)では、手数料はトランザクションのサイズ(vByte)に比例します。送金の入力数が多いほどサイズが大きくなり、手数料は上昇します。
イーサリアム(ETH)では、手数料はガス使用量 ×(ベースフィー + 優先料金)で決まります。EIP-1559により、ベースフィーはネットワーク混雑に応じて自動調整され、バーンされます。ユーザーはマイナー/バリデータに対するチップ(優先料金:maxPriorityFeePerGas)を上乗せし、トランザクションをより早く取り込んでもらいます。
ロールアップ(L2)は、実行手数料(L2内でのガス)に加え、L1データ掲載コスト(ロールアップごとに設計差)が乗ります。したがって、L2間で「安い/高い」の差が生じます。
式と単位(ETH系)
手数料(ETH)= GasUsed × (BaseFee + PriorityFee) [gwei] × 10-9
例えば、ガス12万、BaseFee15 gwei、Priority1 gweiなら、手数料=120,000 × 16 × 10-9=0.00192 ETH。ETH価格をP(JPY)とすると、円換算=0.00192 × P です。
2. よくあるガス使用量の目安
値は状況やコントラクト実装で大きく変動しますが、感覚値として次を押さえます。
- ETH送金:21,000 gas
- ERC-20送金:50,000〜70,000 gas
- DEXスワップ(単純なペア):100,000〜180,000 gas
- NFTミント:100,000〜300,000+ gas
- マルチコール/バッチ:内容によって大
同じ処理でも、ルーターの実装差・プールの種類・トークンの実装(permit対応の有無)でガスはブレます。
3. タイミング戦略:混雑を避けるだけで勝てる
混雑時はBaseFeeが跳ね上がります。新規人気ミント、話題のエアドロップ、ボラ急上昇時(CPI/FOMC、突発ニュース)などは極端に高騰しがちです。待てる取引は混雑イベントを避け、閑散時間帯に実行するだけで大きく節約できます。定期積立やブリッジなど時間許容度の高い処理は、「ピークを避ける」を徹底しましょう。
4. EIP-1559の実務:設定の考え方
maxPriorityFee(チップ)は、通常は1〜2 gwei程度で十分なことが多いです(緊急時を除く)。
maxFee(上限)は、BaseFee + α(安全マージン)で設定します。たとえばBaseFeeが15 gweiなら、maxFeeを25〜30 gweiにしておくと、急なスパイクでも取り込み失敗を避けやすくなります。
Replace/Cancel:誤設定や待ちすぎを避けるには、nonceを理解し、より高いmaxFeeで再送(replacement)する手順を押さえましょう。
5. L2活用:総コストで考える
L2は一般に安いですが、ブリッジ往復やファイナライズのL1コストが乗ります。運用フロー全体で、入金→運用→出金の合計コストを計算しましょう。短期で往復するならCEX現物の方が安いケースもあります。逆に、高頻度でスワップ/レンディングを回すなら、L2常駐が圧倒的に有利です。
チェックポイント
- L2内実行手数料(ガス)+ L1データ掲載・ファイナライズ費用
- ブリッジの固定費(片道で数百円相当になり得る)
- 撤退時に再度L1に戻す必要性の有無
6. 承認(approve)地獄からの脱出
DEXで初めてトークンを扱う際は、approveが必要です。これはしばしば5〜7万gas規模の固定費で、少額トレードでは重くのしかかります。対策は次の通り。
- permit(EIP-2612)対応トークンなら、署名で許可でき、オンチェーン承認が不要または最小化できます。
- 同じルーター/プロトコルを継続利用して承認の再利用を図る。
- 無制限承認(infinite approve)は便利だがセキュリティリスク。spender単位で範囲を絞る。
7. バッチ化・マルチコール:1回でまとめる
「スワップ → 供給(supply) → ステーク」のような連鎖操作は、ルーターのマルチコールでまとめられる場合があります。個別実行より総ガスが下がることが多く、また失敗時の巻き戻し(アトミック性)も利点です。
8. アカウントアブストラクション(AA)とPaymaster
ERC-4337系のAAウォレットを使うと、ガスのトークン払い(例:USDCで手数料)や、バッチ実行、ソーシャルリカバリが可能になります。Paymasterがスポンサーするキャンペーンでは、特定操作のガスが実質ゼロになることもあります。ただしAAは実装差が大きく、失敗時の挙動や費用体系を事前に確認しましょう。
9. MEVとプライベート送信:サンドイッチを避ける
DEXスワップはスリッページ+ガスの二重コストになりがちです。MEV保護RPCや、取引所提供のプライベートエンドポイントを利用すると、メインメンプールに晒されず、サンドイッチ攻撃のリスク低減と実効スリッページの改善が見込めます。結果として、必要ガス(優先料金)の抑制にも寄与します。
10. スリッページとガスのトレードオフ
スリッページ許容を広げると約定は早いが価格不利に、絞るとリトライ回数が増えてガスがかさむことがあります。価格インパクトが小さい時間帯に絞った上で、スリッページは適度に設定。期限(deadline)を短くし過ぎると取り込み失敗→再送でコスト増になるため、数分〜十数分の現実的な設定を。
11. CEX vs DEX:総費用の比較フレーム
「スワップは常にDEXが高い/安い」は誤りです。次の式で比較すると、状況判断が一気にクリアになります。
総コスト=(入金/出金手数料+スプレッド+取引手数料) + (ブリッジ費用) + (オンチェーン操作のガス)
少額・単発ならCEX現物が有利なことが多い一方、高頻度で再配分・複利を回すなら、L2常駐DEXの方が合計費用は下がる傾向です。
12. チェーン選択:EVM互換と非EVMの視点
EVM互換L1/L2はツール資産(ウォレット、ルーター、アグリゲータ)が豊富で、学習コストが低いのが利点。非EVM(例:高速チェーン)は単価が極小でも、ブリッジ/学習コストや、エコシステムの厚みを考慮して総合判断しましょう。
13. セキュリティ最優先:安さのために踏んではいけない地雷
- 偽RPC/怪しいプライベートRPC:トランザクション改ざんやフロントランの温床になり得ます。
- 無制限承認の放置:承認取り消し(revoke)を定期実施。
- 未知のブリッジ:最安に釣られず、実績・監査・TVLを確認。
- 手数料ゼロ風キャンペーン:隠れコスト(スプレッド/価格不利)に注意。
14. 取引前チェックリスト(毎回)
- 混雑イベント(経済指標・人気ミント)を回避できる時間帯か。
- 必要ならL2常駐に切替える価値があるか(往復費まで含めて計算)。
- 承認は再利用できるか、permitで代替できるか。
- マルチコール/バッチでまとめられないか。
- スリッページ・期限・優先料金は現実的か。
- 可能ならMEV保護を使っているか。
- ブリッジ先/ルーターは実績十分か。
15. ケーススタディ:月1回1 ETHを買い増す場合
シナリオA(CEX現物):入金/出金コストと売買手数料、スプレッドのみ。オンチェーン移動が少ないなら低コスト。
シナリオB(L2 DEX利用):初回ブリッジ費、毎月のスワップガス、定期的な再配分コスト。ただし許可の再利用やマルチコールで圧縮可能。高頻度の再配分・レンディング複利を組み合わせると、総合ではBが優位になりやすい。
16. 実務テク集(すぐ効く小ワザ)
- 同一プロトコルに寄せる:approveの再利用で固定費を削減。
- トークンルートを賢く選ぶ:アグリゲータでガス+スリッページの合計が最小の経路を選定。
- 不要な残高掃除:少額トークンの移動はコスト割れしやすい。まとめて処理。
- ウォレットのバックアップ:手数料の安さより資産保全。シードフレーズ管理と2FAは妥協しない。
17. ミニ用語辞典
- BaseFee:混雑に応じて自動調整される最低料金。バーンされる。
- PriorityFee:バリデータへのチップ。早く取り込んでほしいときに上乗せ。
- GasUsed:実際に消費した計算資源量。
- AA(アカウントアブストラクション):スマートアカウント。バッチやトークン払いが可能。
- MEV:バリデータ/サーチャーが得る付加価値。サンドイッチ等の要因。
18. よくある誤解と回答
Q:「maxFeeを高くすると必ず高く払うことになる?」
A:実際に支払うのはBaseFee + Priorityまで。maxFeeは上限保険に過ぎません。
Q:「L2ならいつでも最安?」
A:ブリッジ往復やL1データ費を含めた総コストで比較を。運用フロー次第です。
19. まとめ:コスト管理=再現性
ガス代は制御できるコストです。混雑を避け、設定を理解し、L2やマルチコール、permit、MEV保護、AAを使い分けるだけで、年率で数%の超過リターンが見込めます。取引前チェックリストを習慣化し、手数料の「見える化」を続けましょう。


コメント