ステーブルコインの供給とフローは、暗号資産市場の「弾薬庫」を映す鏡です。USDTなどの発行残高が増え、取引所にステーブルが流入すると、
リスク資産に変換される準備弾が積み上がります。逆に、供給減少や取引所からの流出は、買付余力の減退や換金志向の強まりを示唆します。
本稿は、この単純だが強力な需給ロジックを、初学者でも実装できるように最後まで落とし込みます。
この戦略のコアとなる直観
株式で言えば「現金比率」、FXで言えば「追加証拠金余力」に相当するのが、暗号資産ではステーブルコインの供給と配置です。
供給が増え、しかも取引所のステーブル残高が増えると、短期的なドル買い圧(=仮想通貨買い圧)の燃料が増えます。
反対に、供給が横ばい〜減少し、取引所からステーブルが引き出されると、買いの燃料が枯れます。これを定量化して売買に使います。
使う指標の定義
1) ステーブル供給の7日変化率 SupplyΔ7
対象はUSDT(必要ならUSDC等も加重)。7日間の発行残高の変化率(%)。直近7日で+1%超なら「弾薬補充」と見做します。
2) 取引所ステーブル残高の7日純流入 CEX InflowΔ7
取引所に滞留するステーブルの残高推移。現金が待機しているほど、上げ局面の「点火材」になりやすい。
3) BTCの短期モメンタム BTC-Mom
5日/20日移動平均の乖離、もしくはRSI(14)の中立上抜け(50→55など)。需給シグナルと価格面のタイミングを一致させる「点火確認」に使います。
4) ボラティリティ・フィルター Vol-Filt
ATR(14)や過去20日の実現ボラ。過度にボラが上昇しているときはシグナル強度を弱め、レンジ拡大型のフェイクを減らします。
売買ルール(ベーシック版)
ここではBTCの現物または先物を前提に、管理が簡単で再現性の高いルールを提示します。
- 買いエントリー条件:SupplyΔ7 ≥ +1% かつ CEX InflowΔ7 ≥ +0.8% かつ BTC-Momが陽転(5EMA>20EMA あるいはRSI>52)。
- 利確(パーシャル):エントリー価格から+3%で半分利確、残りはトレーリングストップ(ATR×2.5)。
- 損切り:直近スイング安値-ATR×1.5、または-1.8%の早期ストップのうち広い方。
- 撤退条件:SupplyΔ7が0%未満に反転、またはCEX InflowΔ7がマイナス転。需給が枯れる兆候。
ルール設計の根拠
供給の増加(発行)だけでは不十分で、それが取引所に留まっていることが重要です。OTC等の裏での決済や、チェーン上で遊離しているドルは、
短期の板厚化に直結しないため、CEX残高のフィルターを併用します。さらに、モメンタムの陽転を重ねることで、フローが実際に価格に反映され始めた合図を待ちます。
実装の流れ(ステップ・バイ・ステップ)
- データ取得:USDT発行残高、取引所のステーブル合計残高、BTCのOHLCV。
- 整形:7日移動の変化率と純流入を計算。乖離やRSI、ATRも算出。
- シグナル生成:条件を満たした日に翌日寄りでエントリーと仮定(保守的)。
- ポジション管理:パーシャル利確+トレーリング。撤退条件に合致したらドテンせず一旦現金。
- 検証:年別の勝率/損益、ドローダウン、ボラ相場 vs 低ボラ相場の分解。
バックテストの設計ポイント
過剰最適化を避けます。閾値(+1%、+0.8%、RSI>52など)は±0.2〜0.5%の範囲で鈍感にして、性能が大きく変わらないことを確認。
また、手数料・スリッページを現実的に控えめ〜やや厳しめの2条件で評価し、感度分析をとります。
ポジションサイジングとリスク管理
1トレードの期待値は「ヒット率×平均利益 − (1−ヒット率)×平均損失」。本戦略は小さく負けて中くらいに勝つ設計です。
推奨はATR連動のポジションサイズ(ボラが高い時はサイズを落とす)。最大ドローダウンは資産の10〜15%を上限目安に、
シグナルが連続した時も玉を重ね過ぎない(最大3段まで)。
無効化・注意シナリオ
- ステーブルの一時的なデペグ/償還混乱:供給増減がノイズ化。直ちにサイズ縮小。
- 取引所間の残高偏在:特定CEXへの流入が先導し全体指標が追随。複数ソースでクロスチェック。
- 規制・ニュースショック:フロー優位が一時無効化。イベント前後はTP/SLをタイトに。
アルトコインへの展開
BTCで当日シグナルが点灯し、翌日アグリゲートの取引所ステーブル残高がさらに増加した場合、時価総額上位アルト(ETH、SOL等)に
等金額で分散エントリーする拡張が有効です。アルトはボラが高いので、利確幅は+4〜6%、ストップは-2〜3%に広げ、総リスクはBTCと同等に収めます。
ETH/BTCスプレッドの応用
供給増の局面では「相対強弱」が顕在化しやすい。ETH/BTC比が200日平均上方にあり、かつSupplyΔ7がプラス継続なら、
ETHロング/BTCショートのマーケットニュートラル寄り戦略も検討できます(証拠金効率とベータ中立の両立)。
チェックリスト(毎朝5分)
- SupplyΔ7:+1%を超えているか?
- CEX InflowΔ7:+0.8%以上か?
- BTC-Mom:短期乖離が陽転、またはRSI>52か?
- Vol-Filt:ATR急騰時のサイズ調整は適切か?
- イベント:主要マクロ/規制ニュース予定は?
よくある質問
Q. USDT以外は使わないの?
USDTが主導する局面が多いですが、USDCや他のステーブルも加重合算にすると頑健性が上がります。
ただし重み付けは時価総額や実際の取引所シェアに応じて保守的に。
Q. どのタイムフレームが良い?
日足ベースでの判定が基本。時間足に落とすとノイズが急増し、過剰最適化に陥りやすい。
Q. レバレッジは?
最大でも2–3xまで。ドローダウン許容とストップ幅を先に決め、許容損失から逆算してください。
まとめ
ステーブルフローは、価格そのものではなく弾薬を測る指標です。弾薬が補充され、かつ価格モメンタムが陽転するときにだけ火蓋を切る——
このシンプルな原則が「待てるトレード」を可能にします。データ、ルール、サイズ管理を標準化し、余計な裁量を排した運用に落とし込んでください。


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