この記事では、暗号資産の永続先物(Perpetual Futures/パーペチュアル)をテーマに、構造・仕組み・収益源・主要リスク・実装手順を、手を動かせるレベルまで徹底的に解説します。対象は株・FX・暗号資産の初心者を想定しつつ、実戦的な数式・チェックリスト・日次の運用フローまで網羅します。読み終わる頃には、価格が上がっても下がっても比較的安定したリターンを狙う現物×先物ショートのデルタ中立という基本形が理解でき、資金調達率(Funding)を用いた収益化の勘所が掴めます。
永続先物とは何か:満期のない先物
通常の先物は満期日に清算されスポット(現物)価格に収れんします。これに対し永続先物は満期がありません。理論的には現物価格(インデックス価格)に連動させたいのですが、裁定メカニズムだけでは乖離が残るため、取引所は一定間隔(例:8時間ごと)で資金調達率(Funding Rate)を用い、ロングとショートの間で金利を授受させて価格を引き戻します。
代表的な構成要素は次のとおりです。
- インデックス価格:複数現物市場の加重平均。理論上の参照値。
- マーク価格:清算判定に使う保守的価格。インデックス+乖離調整で算出。
- 資金調達率:ロング⇄ショート間の支払い。プラスならロングがショートへ支払い、マイナスなら逆。
- 保険基金・ADL:清算損失の穴埋めと自動デレバレッジの仕組み。
資金調達率の仕組み:乖離を埋めるバネ
永続先物の理想は先物価格 ≒ インデックス価格です。先物が高すぎる(コンタンゴ)ときはロングがショートへ資金調達を支払い、ロングの保有コストが増えるため買い持ちの誘因が弱まり、価格が下押しされます。逆に先物が安すぎる(バックワーデーション)とショートがロングへ支払い、ショートの保有コストが増えるため売り持ちの誘因が弱まり、価格が上押しされます。これにより乖離がバネのように戻る圧力が働きます。
概念式:
先物乖離 ≒ (先物価格 − インデックス価格) / インデックス価格 資金調達率 ≒ 基準金利 + 乖離項 + ±上限・下限
実務で重要なのは「支払う側になると保有コストが増える」点です。デルタ中立で資金調達を受け取る側に回るのが基本戦略になります。
収益の源泉:価格変動ではなくキャリー
永続先物で狙える代表的な収益は次の二つです。
- 資金調達受取:ロング←ショート、あるいはショート←ロングからの受取。
- ベーシス収益:先物価格と現物価格の差(ベーシス)が解消される過程で得られる収益。
これらは方向当てではなく、キャリー(保有に伴う受け取り)の発想です。価格が上がるか下がるかを当てにいくのではなく、現物を買い、同数量の先物を売る(あるいはその逆)ことで、価格変動リスク(デルタ)をおおむね相殺し、ネットで流れてくるキャッシュフローを刈り取ります。
デルタ中立の基本設計:現物ロング×先物ショート
最もシンプルな設計は、対象コインの現物を+1単位買い、同じ名目額の永続先物を−1単位売る組み合わせです(ロットは取引所の仕様に合わせます)。これで価格変動の一次感応度(デルタ)がほぼ相殺されます。
このときの損益の直感はこうです。
日次損益 ≒ 現物の価格変化(+) + 先物ショートの価格変化(−) + 資金調達受取(+)
≒ 価格変化は相殺されやすいので、残るのは「資金調達受取」と各種コスト
重要なのは、完全にリスクがゼロになるわけではないこと。後述の「残存リスク」を必ず管理します。
数値で掴む:ミニケーススタディ
具体例で感覚を掴みます。あくまで仮の数値です。
- インデックス価格:BTC 8,000,000円
- 先物価格:8,010,000円(わずかに高い=コンタンゴ)
- 資金調達率:+0.01%(8時間ごと)=1日3回で合計+0.03%/日
- ポジション:現物 +0.1 BTC、先物 −0.1 BTC
- 概算メイカー手数料:0.02%、テイカー手数料:0.05%
1日の資金調達受取の目安:
名目額 ≒ 8,000,000円 × 0.1 = 800,000円 日次Funding ≒ 800,000円 × 0.03% = 240円/日
これに対して建玉時とリバランス時の手数料・スリッページがコストになります。ポジションの取り方・板の厚さ次第でキャリーは簡単に相殺され得るため、約定コストの最小化は絶対条件です。
実装の手順:チェックリスト
① 取引所・口座・通貨の選定
板厚・清算システムの透明性・資金調達算定ロジック・APIの安定性を比較し、現物と先物の両方で十分な流動性がある組み合わせを選びます。ステーブルコイン建てか法定通貨建てかも確認します。
② ポジションサイズの整合
現物の数量と先物の名目額を可能な限り一致させます。端数が出る場合は、マーク価格の変化に対するデルタ残が小さくなる側に合わせるのが基本です。
③ 約定コストの最小化
発注は原則メイカー(指値)で組む、約定しない場合でも板気配の変化を見て分割約定する、スプレッドが広がる時間帯は避けるなどの基本を徹底します。
④ 資金調達スケジュールの管理
8時間ごと等の資金調達タイミングをカレンダー化し、直前の乖離と推定Fundingを監視。イベント前後(半減期、アップグレード、指標発表など)は振れやすいため注意します。
⑤ マージン・リスクの制御
クロスマージンか分離マージンかを決め、清算価格までの余裕(バッファ)を十分に確保します。過度なレバレッジは厳禁です。
⑥ 日次の点検項目
- デルタ残(名目不整合)
- Funding実績と見込み
- 手数料合計・スリッページ実績
- 借入金利・レンディング利率(使う場合)
- 先物価格の乖離(ベーシス)と変化
- 取引所・ネットワークの障害情報
損益分解:なぜ「気づくと減っている」のか
デルタ中立でも、コスト項目が利益を侵食します。主な要因は次のとおりです。
- 取引手数料:建玉、ロール、調整のたびに発生。メイカー優遇を最大活用。
- スリッページ:板が薄いと指値でもすべりやすい。数量分割・時間分散。
- Fundingの反転:プラス→マイナスに転じると支払側になり収益が逆回転。
- 借入コスト:現物を借りたり資金を借りる場合の金利。
- 為替換算:JPY評価の場合、USD建て損益を為替でトリミング。
日次損益の計算メモ:
日次PnL ≒ Funding受取 − 手数料 − スリッページ − 借入コスト ± ベーシス変化
残存リスクの全体像:ゼロにはならない
「方向に賭けない=ノーリスク」ではありません。代表的な残存リスクを列挙します。
- 清算・ADLリスク:急変動でマーク価格が飛び、想定以上の清算。
- 乖離急拡大:ベーシスが広がり、Fundingでは追いつかない期間が発生。
- Funding反転:イベント後に符号が逆転、支払側へ。
- 取引所リスク:保険基金枯渇、障害、出金停止、ルール変更。
- ステーブルコイン・カウンターパーティ:デペグ、償還停止、トークン仕様変更。
- 税務・会計:評価通貨や計上タイミングにより実効税率・キャッシュフローが変化。
これらを前提に、ポジションサイズは生活資金と切り離し、分散と即時撤退の経路を常に持ちます。
操作のミスを減らす「標準オペ」の設計
ヒューマンエラーは収益を直撃します。そこで標準オペレーション(SOP)を予め文章化しておきます。
- 発注前:板厚、乖離、想定スリッページ、Funding見込みをシートに記録。
- 建玉:現物→先物の順でメイカー、片方が約定後にもう片方を追随。
- 調整:名目不整合が1%を超えたら再調整。乖離が閾値を超えたら解消も検討。
- イベント:Funding反転が想定されるイベント前は残を圧縮、バッファ増強。
- 障害時:API不調時の手動代替手順、出金優先順序のプリセット。
簡易リスクリミット:数字で決めて守る
「まず生き残る」が最優先です。次のような定量ルールを紙に書いて机の前に貼ってください。
- 最大レバレッジ:名目額/証拠金 ≤ 3倍
- 清算価格バッファ:現在価格から±10%以上(銘柄・ボラに応じ調整)
- 単一取引所エクスポージャ:純資産の30%以下
- Funding反転時の撤退ライン:3期間連続で支払側になったら残高50%縮小
- 想定外損失閾値:日次−X%で全ポジションをフラット化
ベーシスの読み方:インとアウトの判断軸
資金調達率だけでなく、先物−現物の差(ベーシス)も常に観察します。ベーシスが十分に広がっているときに仕掛け、縮小してきたら利益確定、というキャリー+ベーシスの二刀流が有効です。
実務メモ:
- ベーシスは出来高が増えるイベント時に拡大しやすい。
- 縮小過程では逆回転のFundingが増えやすいので、受取と支払のバランスを見る。
- 銘柄ごとにベーシスの平常レンジをノート化し、外れ値だけ参戦する。
よくある失敗と回避策
- サイズ過大:小さく始めて手数料・すべりの実測を取る。
- Funding目当ての長期放置:反転やイベントで一気に逆回転。日次で監視。
- 名目ズレ放置:価格が動くほどデルタ残が拡大。閾値で機械的に調整。
- 指標前の新規建て:短期のボラ急拡大で清算バッファが吹き飛ぶ。
- 単一銘柄・単一取引所集中:障害時の逃げ道なし。分散と事前の出金動線を。
実務テンプレ:日次ルーティン(例)
- 朝:Funding予測、ベーシス、板厚、指数のイベントカレンダーを確認。
- 昼:名目不整合の再調整、必要なら一部クローズ。
- 夜:資金調達直前の乖離を再チェック。支払側ならサイズ縮小を検討。
- 終業:日次PnLを記録、手数料とスリッページを分解、翌日の仮説をメモ。
このルーティンを回すだけで、「なんとなく保有している」状態から脱し、手順で勝つ運用に近づきます。
計算シートの雛形(テキスト)
【入力】 ・名目額(円) ・資金調達率(%/回) ・資金調達回数(回/日) ・建玉手数料率(往復、%) ・推定スリッページ(往復、%) ・借入金利(%/年)※使う場合 【出力】 ・日次Funding受取(円)= 名目額 × 資金調達率 × 回数 ・日次コスト(円)= 名目額 ×(建玉手数料率+推定スリッページ) ・年率換算(単利/複利)= 日次純益 × 365 / 初期証拠金
まずは小さな金額で、このシートの「実測値」を埋めていきましょう。理屈ではなく、自分の手で取った板・約定の数字が最も信頼できます。
まとめ:価格当てから、キャリーの職人へ
永続先物は、価格を当てるゲームから一歩離れて、キャリーを積み上げる職人的な運用を学ぶのに最適なプロダクトです。資金調達率とベーシスを理解し、名目の整合・コスト最小化・残存リスク管理を地道に実践すれば、過度なボラに振り回されない収益の柱を築けます。まずは最小サイズで、標準オペを固め、日次で記録しながら精度を上げていきましょう。


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