本稿では、暗号資産の永続先物(Perpetual Futures)を、仕組みから実装手順、具体的な数字例、そして落とし穴まで体系的に解説します。難しい数式は最小限にしつつ、実戦投入できる水準まで落とし込みます。対象読者は、これからデリバティブを触る個人投資家です。
永続先物とは何か
永続先物は満期がない先物契約です。価格を現物に近づけるために、買い手と売り手の間で資金調達率(Funding Rate)が一定間隔で授受されます。価格乖離が続けば資金調達率が調整役として働き、理論上は現物価格に収れんします。
主要な価格は3つあります。マーク価格(清算判定に用いる)、インデックス価格(参照現物の合成)、最後の約定価格(取引板の成行結果)です。清算はマーク価格基準で行われるため、板のヒゲよりもマーク価格の動きが重要です。
価格決定と資金調達率のメカニズム
資金調達率の役割
資金調達率は、契約価格 − インデックス価格の乖離や、金利・プレミアムを反映して決まります。ロングが優勢で価格が上振れすると、ロングがショートへ支払う(正の資金調達率)傾向になり、逆もまた然りです。
年率換算は簡単です。例えば8時間ごとに0.01%の支払いが発生する場合、単純年率は 0.0001 × 3 × 365 ≈ 10.95% です。取引所は複利ではなく各インターバル単純合算が一般的なので、見かけの年率と実際の受払は完全一致しません。
マーク価格と清算
清算判定は多くの取引所でマーク価格を基準に行われます。よって、板の一時的な薄さや成行のスパイクよりも、マーク価格の構成(インデックス・基準レート・フェア価格)が鍵です。強制ロスカットを避けるためには、維持証拠金率だけでなくマーク価格の更新ルールを理解しておく必要があります。
実装:資金調達率裁定(現物+ショート)の基本
目的:現物を保有しながら同数量の永続先物をショートし、価格変動を相殺しつつ、正の資金調達率(ロング→ショート支払い)を受け取る設計です。
手順の全体像
- 取引所の資金調達スケジュールと直近の予想資金調達率を確認。
- 現物の購入コスト(手数料・スプレッド)と先物の建玉コスト(手数料・資金調達支払い可能性)を試算。
- 同数量で現物ロング+先物ショートを建て、デルタをほぼ中立に。
- 受け取り実績とコストを記録し、実効年率(受取−コスト)を算出。
- 資金調達率がマイナスに反転した場合の撤退条件を事前に明文化。
実効年率の概算式
実効年率 ≒ 受取資金調達率年換算 −(現物売買コスト+先物手数料+スリッページ)− 借入/機会コスト
借入が伴う場合、金利で簡易調整します。自己資金のみなら、代替投資機会(例:USD MMF)との比較で判断します。
実装:キャッシュ・アンド・キャリー(先物ベーシス裁定)
満期のない永続先物でも、資金調達率の期待値や短期先物との関係でベーシスが発生します。上振れ時は現物ロング+先物ショート、下振れ時は現物ショート(または借り)+先物ロングで逆転を取りに行きます。現物の貸借可否や手数料体系によって実現性が変わる点に注意します。
リスク管理:清算・ADL・流動性
- 清算(強制ロスカット):証拠金余力に対して過大なレバレッジを避け、マーク価格に余裕を持った水準で維持。
- ADL:急変時に破綻ポジション清算で自動デレバレッジ(ADL)が発動し、利益側に不利な強制クローズが発生する可能性があります。流動性の深いペアと建玉サイズの分散で低減します。
- カウンターパーティ・オペレーショナル:出金停止・先物仕様変更・インデックス構成の変更。複数所の冗長化で軽減。
- 資金調達率の反転:極端なリスクオフでロング側の支払いが減少・反転することがあります。撤退ラインを資金調達率の移動平均や乖離で機械的に設定します。
手数料・スリッページ・ガス代の織り込み
メイカー/テイカー手数料・資金調達授受・両替スプレッド・チェーンのガス代(オンチェーン移動時)をすべて金額換算して日次収支に落とし込みます。テイカー比率を下げ、指値の約定管理を自動化できると効率が上がります。
チェックリスト(実運用前)
- 証拠金種別(USDT/コインマージン)とリスク分離設定の確認
- マーク価格・インデックスの構成と更新頻度の把握
- 資金調達インターバルと直近推定値、上限・下限の仕様
- 手数料ランクと建玉規模の最適化(VIP階層等)
- 清算しきい値・ADL順位の定期チェック
- 異常時のクローズ手順(成行/指値・クロス/分離)を事前に文書化
ケーススタディ:数値で検証
前提:BTC 1枚、インデックス価格=10,000、資金調達率=0.01%/8h(ロング支払い)。
- 現物1枚を10,000で買い、永続先物を1枚ショート。
- 8時間後、ショート側に
10,000 × 0.0001 = 1の受取。 - 1日3回で日次3、年間 ≒ 3 × 365 = 1,095。
- 往復手数料・スリッページ合計を例として60と置くと、単純年額は 1,095 − 60 = 1,035。
- 自己資金100,000の場合、概算年率は 1,035 / 100,000 = 1.035%(単純)。
資金調達率や価格が変動すれば結果は大きく変わります。期待値は常に更新し、撤退条件を閾値で管理します。
ヘッジの微調整:デルタ・ガンマの考え方
現物と先物の数量差でデルタをゼロに近づけます。ボラティリティが高い局面では、建玉を段階的に分割し、ステップ約定でスリッページを抑えます。先物のみでヘッジする場合、資金調達率の反転に備えて部分クローズのルールを持っておくとドローダウンを軽減できます。
取引所仕様差と運用設計
同じパーペチュアルでも、資金調達の上限/下限、計算式、ADL順位の算出、マーク価格の更新頻度、証拠金の通貨、板の深さが異なります。単一環境に依存せず、二拠点以上に資金と建玉を分散させると、障害や清算リスクに対する耐性が高まります。
運用フロー(雛形)
- 朝:資金調達率の予想とインデックスの乖離を確認。
- 建玉調整:デルタが±1%を超えたら同方向に1/3ずつ調整。
- 費用計上:手数料・ガス・両替コストを日次で記録。
- リスク点検:ADL順位と清算価格の余裕を監視。
- 撤退判定:資金調達の3日移動平均がマイナスなら全クローズ。
よくある失敗と回避策
- 過剰レバレッジ:清算価格が近づきやすく、ADLの影響も受けやすい。建玉を分離し証拠金を厚めに。
- 手数料失念:メイカー優遇を活用し、テイカー比率を下げる。VIP条件を計画的に達成。
- 片側停止リスク:出金・取引停止時に反対ポジションが閉じられない。他所に鏡映ポジションを持つ。
- 資金調達反転:アラートと撤退ルールを事前に用意。
ミニFAQ
Q1:資金調達率は高いほど良い?
A:一時的に高くても維持される保証はありません。コストと反転時の撤退条件を含めた総合判断が必要です。
Q2:現物を貸し出して金利も取りたい。
A:二重取りは理論上可能ですが、引き出し・担保制約やカウンターパーティリスクが増します。資金繰りを優先してください。
Q3:自動化は必要?
A:建玉調整や記帳の自動化は有効です。まずは手動で小規模に検証し、勝ち筋が見えたら自動化に移行します。
まとめ
永続先物の肝は、資金調達率・清算メカニズム・コストの三点です。勝てる局面を定義し、撤退条件を数値で明文化し、分散と余力で生存確率を上げましょう。小さく試し、記録を残し、期待値が安定したらスケールする。シンプルですが最も効果的な手順です。
付録:用語ミニ辞典
- マーク価格:清算判定に使われる理論価格。急変時のヒゲで清算されにくくするための仕組み。
- インデックス価格:複数現物市場の加重平均。異常値を除外するフィルターが入る場合がある。
- ADL:自動デレバレッジ。清算処理で損失が救済できないときに、反対側ポジションを強制的に縮小する。
- クロス証拠金:口座全体の残高を証拠金として共有する方式。分離より清算価格が遠くなる一方、損失が波及しやすい。
- 分離証拠金:ポジションごとに証拠金を分ける方式。破綻を局所化できる。
- 資金調達インターバル:多くは8時間に1回だが、取引所ごとに差異がある。


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