価格は意見、出来高は行動です。暗号資産市場では、小さな資金で価格を動かす「薄い板」と、
巨大な成行で一気に掃除される「流動性の穴」が共存します。値幅だけを追うとフェイクブレイクに巻き込まれますが、出来高を重ねると「どの動きに本物の参加者が付いてきているか」が見えます。本稿は、出来高を基軸にエントリーと手仕舞いを定量化するための実務フレームを提示します。
- 出来高とは何か――「どれだけ取引されたか」の質を見る
- なぜ出来高が効くのか――マイクロストラクチャの視点
- 3つの基軸指標:RVOL・VWAP・OBV
- 実践1:時間帯×RVOLで「本物の動き」を抽出する
- 実践2:VWAPと「押し目三段」で均値回帰を取る
- 実践3:出来高スパイク検出でフェイクブレイクを避ける
- 実践4:OBVダイバージェンスで「静かな集め」を拾う
- 銘柄別の出来高特性:BTC・ETH・アルト
- 取引所と板厚:手数料・スプレッド・約定品質
- リスク管理:ポジションサイズと撤退動線
- バックテスト雛形:最小限の検証で武器にする
- よくある失敗と対策
- チェックリスト――エントリー前の5項目
- ミニ戦略サマリー(雛形)
- まとめ――「平常比」を武器にする
- FAQ:実務での細かな疑問
出来高とは何か――「どれだけ取引されたか」の質を見る
出来高(ボリューム)は、一定期間に成立した取引量です。ローソク足1本あたりの出来高、
取引所全体の出来高、先物と現物の出来高差など、切り口は複数あります。注意すべきは、
「ただ多い/少ない」ではなく、平時と比べてどれだけ異常か(相対性)と、どちらの方向に優位が出たか(インパクト)です。
出来高は価格の遅行指標と言われがちですが、薄い板ではむしろ先行の性質を持ちます。
止まるはずの価格帯で止まらないとき、背後では出来高の偏りが必ず起きています。
なぜ出来高が効くのか――マイクロストラクチャの視点
大口の参加者は目立たずに約定させるため、板の流動性のポケットを探します。
アルゴはVWAP/TWAPで分割し、流動性の湧く時間帯(ロンドン入り/NYオープン)に寄せます。
このとき、相対出来高(平常比で何倍か)が跳ね、かつ押し戻されにくい推進が発生します。
出来高の「質」を読むとは、いつ・どの価格帯で・どの程度の相対量が流れたかを観察することです。
3つの基軸指標:RVOL・VWAP・OBV
相対出来高(RVOL)
定義:RVOL = 当日の各バー出来高 / 過去N日同時刻の平均出来高。
Nは20〜30が実務的。1.5倍以上で「注目」、2.0倍以上で「イベント級」。
RVOLは時間帯バイアスを消し、平常時との異常度を測るのに最適です。
VWAP(出来高加重平均価格)
定義:VWAP = Σ(価格×出来高) / Σ出来高。機関は執行品質をVWAP乖離で評価します。
価格がVWAPを上抜け、RVOL>1.5で定着するなら、受給が強く買いが主体となっている可能性が高い。
逆にVWAPを下抜けたまま戻せないときは売り圧の持続を示唆します。
OBV(On-Balance Volume)
定義:終値が上昇のバーで出来高を加算、下落で減算、変化なしで据え置き。
価格がレンジでもOBVが上向けば、静かな集めが進むサイン。ダイバージェンスの検出に有効です。
実践1:時間帯×RVOLで「本物の動き」を抽出する
暗号資産は24時間市場ですが、出来高は均一ではありません。概ね、東京(08:00–12:00 JST)、
ロンドン(16:00–20:00 JST)、NY(22:30–02:00 JST)に山ができます。
同一銘柄でも時間帯で平常比が大きく異なるため、絶対出来高ではなくRVOLを使います。
手順:
1) 5分または15分足でRVOLを計算。2) RVOL>=1.5のバーだけを抽出。
3) 直近高安のブレイクと組み合わせ、ブレイクの直後2〜4本が連続してRVOL>=1.2なら継続性あり。
4) 連続性が途切れた時点で半分利確、VWAP割れで残りを手仕舞い。
狙い所:ロンドン入り直後とNY現物株オープン前後は、アルゴの執行が重なりやすい。
逆に東京午前の薄い時間はフェイクが多いので、RVOLフィルターで選別します。
実践2:VWAPと「押し目三段」で均値回帰を取る
トレンド相場でも価格はVWAPへ回帰します。VWAPからの乖離率を見て、
RVOLが落ちるタイミングで押し目や戻り目を狙います。
設計:
(1) 上昇局面での押し目:価格がVWAPから-0.5%〜-1.2%の範囲に落ち、RVOLが1.0付近まで低下。
足の安値を割らない小さな陽線が出たら成り買い/逆指値買い。
損切りは押し目起点の下1ATR。利確は直近高値手前とVWAP+0.5%の二段。
(2) 下降局面の戻り目:価格がVWAPから+0.5%〜+1.0%へ乖離、RVOLが低下。
小陰線で戻り止まりを確認し、逆指値売り。VWAP再タッチまたは乖離縮小で決済。
実践3:出来高スパイク検出でフェイクブレイクを避ける
フェイクの多くは「最初の太い棒」で終わります。本物はその後も中程度の棒が連続します。
統計的には、直近50本の出来高の95パーセンタイルを超える「スパイク1本」の後、
次の3本の合計出来高が直近10本平均の3倍未満なら「フェイク疑い」。この条件では、
ブレイクに追随しない、あるいは即時の微益撤退に切り替えます。
実装のヒント:移動平均ではなくパーセンタイルを使うと、歪みの大きい分布に頑健です。
5分足/15分足の両方でスパイク判定が一致したときだけエントリーするマルチタイムフレーム一致で精度を上げます。
実践4:OBVダイバージェンスで「静かな集め」を拾う
価格は水平、OBVだけ上向き――この乖離は静かな集めの典型です。
レンジ上限を1回で抜けないときでも、OBVが高値を更新し続けるなら、2回目のトライで抜けやすい。
このときRVOLが1.2以上へ上がるのを待ってブレイクに同乗し、失敗時はレンジ内復帰で撤退。
銘柄別の出来高特性:BTC・ETH・アルト
BTCは板が厚いぶん、RVOLの閾値をやや高く(1.7)設定しないとノイズを拾います。
ETHはイベント(メジャーアップグレード、先物SQ)で出来高の偏りが顕著。
主要アルトは出来高の「息切れ」が早いので、継続判定の窓を短く(2本連続で十分)します。
時価総額が低い銘柄はスリッページのコストが成果を食うため、最初はBTC/ETHで型を身につけるのが得策です。
取引所と板厚:手数料・スプレッド・約定品質
出来高戦略は細かい出入りが多く、総コストの最小化が勝ち負けを分けます。
手数料(メイカー/テイカー)、実効スプレッド、約定遅延、注文のすべり(スリッページ)を合算して
1トレードの損益期待値に反映させます。出来高が薄い時間帯に成行を多用すると、
統計上のエッジが手数料で消えます。RVOLフィルターは、コスト対効果の取れる時間帯だけ動くための「門」です。
リスク管理:ポジションサイズと撤退動線
出来高が高いからといってフルレバは禁物です。ポジションサイズは、
(損切り幅×想定スリッページ×為替影響)で許容損失におさめます。
実務では、半分利確→VWAP割れ(または直近小安値割れ)で残り決済の二段撤退が効きます。
出来高が急減したら、たとえ未達の利確目標があっても時間損切りを入れるべきです。
バックテスト雛形:最小限の検証で武器にする
最低限チェックすべきは、(1) エントリー条件の再現性(RVOL閾値、VWAP乖離、スパイク判定)
(2) 平均RR(リワード/リスク比)と勝率 (3) コスト込みの損益曲線の一貫性 (4) 相場局面別(トレンド/レンジ)の分布。
TradingViewならPine Scriptのta.vwapと過去バーの出来高平均で簡易に再現できます。
表計算でも、時刻別の出来高平均を作り、当日のバー出来高で割ればRVOLは求まります。
よくある失敗と対策
① 絶対出来高だけを見る:時間帯の影響を無視し誤判定。→必ずRVOL化する。
② スパイク1本で飛び乗る:継続性のチェックなし。→次の3本合計の閾値でフィルター。
③ VWAPを無視:執行の重心を見落とし逆張りが刺さる。→乖離率とRVOLを同時監視。
④ 薄い銘柄で過剰執行:スリッページ負担でエッジ蒸発。→BTC/ETH中心、または板厚の時間帯に限定。
⑤ 損切りの遅延:出来高減少=支援者不在。→時間損切りのルール化。
チェックリスト――エントリー前の5項目
1) 今日の時間帯別RVOLマップは? 2) ブレイク直後の連続RVOL>1.2は出ているか?
3) 価格はVWAPのどちら側で、乖離率は? 4) スパイク後の3本合計出来高は閾値を超えているか?
5) 手数料・スプレッド込みで期待値がプラスか?
ミニ戦略サマリー(雛形)
RVOL継続ブレイク:RVOL>=1.5のブレイク、2〜4本連続でRVOL>=1.2。押し目はVWAP-0.5%。
半分利確→VWAP割れ撤退。
VWAP均値回帰:乖離±0.5%〜1.2%で逆張り、RVOL低下でエントリー、RVOL再上昇で伸ばす。
スパイク否定の即時撤退:スパイク後3本合計が直近10本平均×3未満なら微益/微損で撤退。
まとめ――「平常比」を武器にする
出来高は単体で魔法の指標ではありません。しかしRVOLで平常比を捉え、VWAPで執行の重心を測り、
スパイクの継続性でフェイクを除外すれば、薄い板のノイズは大きく減ります。
まずはBTC/ETHで型を作り、時間帯と銘柄特性に合わせて閾値を微調整してください。
指標はシンプルに、執行は機械的に――それが出来高戦略の勝ち筋です。
FAQ:実務での細かな疑問
RVOLのNは20と30のどちらが良い?
短期なら20で機動力、ブレが気になるなら30で安定を取りましょう。検証では銘柄別に最適値が異なりますが、
±5の範囲で感度は大きく変わりません。まずは20で開始し、過剰なシグナルが出るなら30に引き上げるのが妥当です。
出来高データの信頼性は?
取引所間で出来高の定義や集計タイミングが異なります。ひとつの取引所(例:メインで執行する所)に固定して観測し、
総合指標はあくまで補助に。先物主導の動きが強い時間帯は、現物だけでなく無期限先物の出来高も併読します。
どの足が最適?
ブレイクの継続判定は5分足、ノイズ除去は15分足。両方一致を要求することでダマシを削れます。
1分足はスリッページの影響が相対的に大きく、初心者は非推奨です。
イベント日はどうする?
マクロ指標やFOMCなどのイベントで出来高は極端化します。RVOL閾値を0.3〜0.5引き上げ、初動は見送る。
二波目のRVOL再上昇とVWAP再獲得を待つのが安全です。


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