相場で長く生き残るための中核は「どれだけ当てるか」ではなく「いくら賭けるか」です。本稿では、暗号資産の大きな値動きを前提に、ボラティリティ・ターゲティングとATR(Average True Range)を用いたポジションサイズ設計とリスク配分を、初学者でも運用できるレベルまで分解して解説します。余計な小手先を排し、ルール化して継続運用できる形に落とし込みます。
ボラティリティとは何か:価格の「振れ幅」を数値化する
ボラティリティ(Volatility)は価格の振れ幅の大きさです。一般に標準偏差や平均真の変動幅(ATR)などで測ります。暗号資産は株や為替よりも日次のボラティリティが大きく、同じ金額を賭けると損益の振れも拡大します。従って「銘柄ごとに同じ金額」を張るのではなく、「銘柄ごとのリスク(振れ幅)」に揃えるのが合理的です。
代表的な測定法
- 日次リターンの標準偏差(Historical Volatility):一定期間(例:20日)の日次リターンの標準偏差。年率化は日次なら√365倍。
- ATR(Average True Range):高値・安値・終値のギャップを含めた「実際の値動き幅」の移動平均。スリッページや窓開きを一定程度織り込めます。
ATRの計算と解釈:価格に対する%ATRで比較可能にする
ATRは「真のレンジ TR」を用います:TR = max(当日高値−当日安値, |当日高値−前日終値|, |当日安値−前日終値|)。これをn日(例:14日)で平均したものがATRです。銘柄間で比較するには価格で割って%ATR = ATR / 終値にします。%ATRが大きいほど、その銘柄は「荒い」=小さな枚数で十分な損益振れが出ると解釈できます。
ボラティリティ・ターゲティング:目標リスクに対して張りを調整する
目標とする1日あたりのリスク量(口座資産に対する%)を決め、現状のボラティリティに応じてポジションを自動的に増減させます。荒いときは小さく、静かなときは大きく。これにより「過度なドローダウンを避けつつ、静かな局面では取りに行く」設計が可能になります。
基本式(現物・先物を問わず)
ポジションサイズ(名目) = 口座資産 × 目標日次リスク% ÷ %ATR
例:口座資産100万円、目標日次リスク0.5%、BTCの%ATR=3%なら、名目サイズ=100万円×0.5%÷3% ≒ 1.67万円分のリスク単位。レバレッジ口座では名目と証拠金が違う点に留意。
単一銘柄の実行プロセス:チェックリストで機械化する
- 対象銘柄の終値・高値・安値から14日ATRと%ATRを算出。
- 口座資産と目標日次リスク(例:0.3%〜0.7%)を決める。
- 上の基本式で枚数(または名目)を計算。
- ストップはk×ATR(例:k=2〜3)に設定し、想定損失が目標日次リスク内に収まるよう再調整。
- 利確はリスクリワード1:1.5〜2.0、またはトレーリング(ATR×k)で追随。
- 日次または週次で%ATRを更新し、サイズをリバランス。
複数銘柄の配分:簡易リスクパリティ(RP)で並べる
BTC・ETH・主要アルトの%ATRを横並びにし、リスクの逆数でウェイトを割り当てると、自然に荒い銘柄の比率が下がります。
各ウェイト ∝ 1 / %ATR(合計1に正規化)
必要なら相関係数(過去90日など)を取り込み、相関の高い銘柄群に偏らないよう上限(例:資産クラス上限50%)を設置します。
数値例(イメージ)
%ATR:BTC=3.0%、ETH=4.5%、アルトA=6.0%。逆数で重みを取ると、BTC: 33.3、ETH: 22.2、A: 16.7(合計72.2)→ 正規化後、BTC≈46%、ETH≈31%、A≈23%。
ストップと利確:ATRを軸にルール化
- 初期ストップ:エントリーから下(ロングなら)にATR×2〜3。
- トレーリング:含み益が出たら終値ベースでATR×2を追随。
- 分割利確:RR=1:1到達で半分利確、残りはトレーリング。
この一連のルールで「損小利大」を機械的に再現できます。
ボラティリティ・ブレイクアウト:入る位置もボラで決める
入る・出るもATRに基づけます。例えば、ケルチャンネル(高値/安値のn日レンジ±ATR×m)やボリンジャーバンドと組み合わせ、終値が上バンドをブレイクしたらエントリー、下バンドで撤退、といったメカニズムが有効です。閾値にATRを使うことで「相場の荒さ」に自動適応します。
レバレッジ口座での注意とサイズの二重管理
レバレッジは「名目を増やす装置」です。ボラ・ターゲティングで決めた名目サイズを、証拠金・維持率・清算価格に照らして安全域を確保します。目安として、清算までの幅が初期ストップ(ATR×k)の1.5〜2倍以上あること。強制ロスカットが先に来る設計は論外です。
具体的な運用ルーティン(テンプレート)
- (毎朝)各銘柄の%ATR、相関、トレンド判定(MAクロスやRSI)を更新。
- 目標日次リスク%を一定に保ち、各銘柄の名目サイズを再計算。
- 新規・追加の発注は成行/指値を使い分け、スリッページ耐性を確保。
- ストップ・利確・トレーリングをセット。OCOで実装できる取引所ならOCOを利用。
- 週次でパフォーマンスとドローダウン、勝率・RR・平均損益比をレビュー。
よくある落とし穴と対策
- サイズを頻繁にいじりすぎる:日次で十分。過剰最適化はスリッページと手数料負けを招く。
- 1銘柄に集中:相関を確認し、上限ガード(例:1銘柄最大35%)。
- ストップを動かす:不利方向に広げない。ルール破りは損失の母。
- 低ボラ期に退屈でレバレッジを積む:設計通りのサイズに忠実に。
簡易バックテスト指針(スプレッドシートでOK)
- 終値・高値・安値の履歴から%ATRとトレンド判定(例:20MA>50MA)を算出。
- 日次で名目サイズ=資産×目標リスク%÷%ATRを更新。
- 日次リターン×名目サイズで損益を累積。手数料・スリッページは控えめに控除(例:往復0.1%)。
- 最大DD、シャープ、勝率、平均損益比を計測。
チェックリスト(印刷推奨)
- 目標日次リスク%:0.3〜0.7%の範囲で一定か?
- %ATR更新:日次でアップデートしたか?欠損は前日値を使用。
- ストップ:ATR×2〜3を初期設定、OCOで実装したか?
- 配分:1/%ATRで重み付け、相関上限を守ったか?
- レビュー:週次でDD・RR・手数料の影響を検証したか?
まとめ:ボラを敵ではなく設計変数にする
「当てる」より「賭け方」。荒い市場こそ、サイズと撤退を数式で固定するだけで生存率が上がります。ボラティリティ・ターゲティングとATRは、上級者の専売特許ではありません。今日からテンプレ通りに運用を始め、毎週のレビューで淡々と改善していきましょう。


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