同じ戦略でも「どこで・どうやって」約定させるかで損益は大きく変わります。とりわけスプレッド(Bid/Ask差)は、見落とされがちな恒常コストです。本稿では、株・FX・暗号資産に共通するマイクロストラクチャの基礎から、スプレッドを最小化する実務(指値の置き方、時間帯の選択、成行の賢い使い方、DEXの価格影響まで)を、初回の設定テンプレート付きで体系化します。
スプレッドは「手数料の2倍」より重い隠れコスト
スプレッドは売買のたびに必ず払う往復コストです。片側で1回払う手数料よりも、実務ではスプレッドが累積的に効いてきます。特に短期売買で利幅が小さい戦略ほど、スプレッド縮小=即ち勝率や期待値の改善に直結します。
表示スプレッド・実効スプレッド・約定スプレッドの違い
- 表示スプレッド:板の最良売(Ask)−最良買(Bid)。
- 実効スプレッド:約定価格 − 約定直前の中立価格(Mid) の2倍。執行のうまさを反映。
- 約定スプレッド:成行で複数階層を食うときの合成差。スリッページを内包。
例えば BTC/USDT の最良が Bid=99,998, Ask=100,002 なら表示スプレッドは4。Mid=100,000です。ここで成行買い(Taker手数料0.08%)を行うと、約定価格はおおむね100,002で、実効半スプレッドは(100,002−100,000)=2。手数料を含む実効購入単価は 100,002×(1+0.0008)=100,010.0016 で、Mid比+10.0016(0.010%)上振れとなります。少額でも反復すると無視できません。
なぜスプレッドは広がるのか:板とボラの因果
スプレッドは流動性供給者の在庫リスクと情報優位リスクに対する補償です。以下の要因で広がります。
- 板の厚み:出来高・板枚数が薄いと広がる。ティックサイズが大きい市場も不利。
- ボラティリティ:値動きが荒い時間帯は在庫リスクが増え、見積り幅が拡大。
- 手数料体系:メーカー(指値提供)優遇が強い市場は自然とスプレッドが締まる傾向。
- イベント:経済指標やハードフォーク等の直前直後はスプレッドが瞬間的に拡大。
取引所・銘柄の選定:コストの8割はここで決まる
次の4条件を満たす組み合わせを優先します。
- 深い板(Top of Book だけでなく10〜20階層までの厚み)。
- 安定した狭スプレッド(通常時と荒い時の差が小さい)。
- 手数料の透明性(Maker/Taker差、VIP段階)。
- 約定品質のログが取れる(注文IDと板スナップショットを紐づけ可能)。
銘柄選定では、同じテーマでも基軸通貨が深い市場(例:BTC/USDT, ETH/USDT)を選び、マイナー通貨の直対より一度USDTに替えてから目標銘柄に乗り換える方がトータルで安くなることが多いです。
約定品質の測り方:Arrival Price と実効スプレッド
執行の良し悪しは「発注直前のMid」に対してどれだけ不利だったかで評価します。最低限、以下のログをExcel/Sheetsで残しましょう。
- 発注タイムスタンプ、約定タイムスタンプ
- 発注種別(成行/指値)、数量
- 約定加重平均価格(WAP)
- 発注直前の Bid/Ask/Mid
- 手数料(率と合計)
指標化は簡単です。実効半スプレッド = sign(買い:+1/売り:-1) × (WAP − 直前Mid)。これを金額・bpsの両方で集計すれば、どの市場・時間帯・手法が効率的かが見えます。
戦術1:指値で「待って勝つ」(Passive Execution)
成行で跨ぐとスプレッドを丸呑みします。基本は指値をスプレッド内に差し込むこと。ティックサイズが1なら、買いは Bid+1、売りは Ask−1 を基本形にして「時間優先」を確保。板のキューが長いときは、半ティック改善が効かない市場もあるため、一段深い指値を置いて先に約定させるのが有効です。
見え方対策として、アイスバーグ注文(表示数量を小さく分割)を使うと、板の存在感を抑えつつ先頭ポジションを維持しやすくなります。
戦術2:成行でも安く買う(Smart Aggression)
成行が悪いわけではありません。要は食い方です。
- 発注前に10〜20階層をチェックし、合計流動性で「見込みスリッページ」を計算。
- 一括よりスライス(小口分割)。板が回復する呼吸を与える。
- 連打する代わりにTWAPで時間分散。イベント直前直後を避ける。
アルゴを使えない環境でも、「板の2〜3階層までで完結する数量」に抑えるだけで、実効コストは明確に改善します。
戦術3:時間帯を選ぶ
FX/暗号資産は24時間ですが、流動性の山谷は明確です。一般に、ロンドン〜NYの重複時間帯は板が厚くスプレッドが締まりやすい一方、指標発表直後は一時的に広がります。「荒くて厚い」時間に小刻み執行が基本です。
デリバティブ(永続先物)特有のスプレッド
先物にはさらにベーシス(現物との価格差)と資金調達料が絡みます。短期の建玉回転では、表示スプレッド+約定スプレッド+手数料+資金調達を合算した実質コスト/日で評価してください。メーカー手数料が優遇される市場では、パッシブ約定で資金調達を相殺できるケースもあります。
DEX(AMM)の「スプレッド」と価格影響
Uniswapのような定数積AMMでは、x×y=kが保たれるため、約定そのものが価格を動かします。例えば、プールが BTC 20、USDC 1,000,000(価格50,000)で、0.2BTCを買うと、約定後は BTC=19.8、USDCは約1,010,101となり、支払いは約10,101 USDCです。平均購入単価は約50,505と、約+1.01%の価格影響が発生します。ここにプール手数料(例0.30%)が加わるため、プール規模と手数料クラスの選択が極めて重要です。
最小取引単位とティックサイズの罠
最小ロットが大きい、またはティックサイズが粗い市場では、「中に差し込む」余地が小さく、結果的に成行を強いられます。可能ならより細かいティックの銘柄・板が深い市場・ペア(例:USDT建て)を選びましょう。
コスト最小化の実践チェックリスト
- 市場と時間帯ごとの実効スプレッド(bps)をログ化し、週次で更新。
- 買いは Bid+1、売りは Ask−1 を基本。先頭が長いときは一段深く。
- 成行は板2〜3階層以内に収まる数量へスライス。TWAPで時間分散。
- 荒いのに薄い時間は休む。厚くて荒い時間に執行。
- DEXはプール規模と手数料クラスを見て、見込み価格影響+手数料で判断。
具体トレード例:0.5 BTCを3分で買う
ケースA:成行一括。最良 Ask=100,002、上2階層までで合計0.6BTC。0.5BTCの一括成行は、平均約定100,003.5、手数料0.08%で実効コストは Mid比約+13.5(+0.0135%)+手数料分。
ケースB:指値→部分成行。まず Bid+1=99,999で0.2BTC待機、2分で約定。残り0.3BTCは板2階層で収まる数量に分割して小口成行。合成の実効コストは Mid比+6〜8程度に低下しやすい。
この差は1回あたり僅かでも、月間100回の売買で確実に効いてきます。
検証テンプレート(最小構成)
スプレッドは「計測すれば必ず縮む」指標です。以下の列を持つシートを用意し、週1で見直してください。
- 市場/銘柄、発注時刻、数量、発注種別、WAP、直前Bid/Ask/Mid、手数料、実効半スプレッド(bps)
- 時間帯別・市場別の平均/分散、成行と指値の比較
- DEXはプールTVLと手数料クラス、見込み価格影響
よくある失敗と回避
- 勝率だけを追う:利幅の小さい勝ちが増え、コストを食い潰す。まず実効コストを下げる。
- イベント直後の追いかけ:スプレッド拡大+悪い約定。落ち着くまで待つ。
- 薄い銘柄の直対:USDT等の深い基軸を経由する。
まとめ
スプレッドは避けられないが、設計でほぼ制御できます。指値で中に差し込み、成行は賢くスライス。市場と時間帯を選び、実効スプレッドを計測して継続的に改善する——これだけで同じ戦略の成績がひとつ上の段階に上がります。


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