この記事の狙い
- 板とテープを同時に読む「二面作戦」で、だましのブレイクと本物のブレイクを見分けられるようにします。
- 流動性の薄い時間帯に発生する価格飛び(ギャップ)やスリッページを実行面で最小化します。
- 初心者でも明日から使えるように、手順・数値・条件を具体化します。
マーケット・マイクロストラクチャの基礎
板の読み方は、最終的に約定の優先順位と手数料構造を理解することに帰結します。
- 価格・時間優先の原則:より良い価格が先、同価格なら先に置いた注文が先。キュー(待ち行列)を意識します。
- ティックサイズ・ロットサイズ:最小刻みと最小数量。刻みが粗いほど板は層状になりやすく、見せ玉の影響が出やすくなります。
- メイカー/テイカー手数料:指値提供(メイカー)優遇、成行(テイカー)は不利。手数料差が行動を歪めることを忘れないでください。
- スプレッド:最良売り(アスク)と最良買い(ビッド)の差。ボラと流動性で伸縮します。
板情報(オーダーブック)とテープ(T&S)の見方
板は「待機する意志」、テープは「実際にぶつかった事実」です。板が厚くても、テープで成行が吸収され続ければ上昇/下落は持続します。
- Depth/DOM:複数価格帯の数量分布。Liquidity Cliff(大きな数量断崖)を探します。
- アイスバーグ注文:表示数量が小さいのに、ぶつけても減らない吸収。価格が動かないのにテープだけ走るときは要注目です。
- キャンセル/差し替え:厚い板が直前で消えるのはスプーフィングの典型挙動。反応は短命で終わりやすいです。
- CVD(Cumulative Volume Delta):買い成行−売り成行の累積。価格と逆行するダイバージェンスは反転の予兆になり得ます。
即戦力の定量指標
Order Book Imbalance(OBI)
最良~n段の買い数量合計をB、売り数量合計をAとすると、OBI = (B - A) / (B + A)。+1に近いほど買い厚、-1に近いほど売り厚です。
経験則では、暗号資産の短期なら|OBI| ≥ 0.2でバイアス有意、ただしキャンセル率が高い銘柄はしきい値を厳しくします。
吸収(Absorption)
特定価格で成行が連続ヒットしても価格が滑らない状態。板は減るが即時に補充されるのがサイン。吸収後の一段反転は狙い目です。
Footprint/Delta
各価格帯での買い/売り成行の比率を可視化。スタックド・インバランス(偏りが連続)が現れた後のプルバックは高確度の継続ポイントです。
Cancel-to-Trade Ratio(CTR)
キャンセル枚数 / 約定枚数。CTRが急騰すると「見せ板」によるフェイクの可能性が高まります。
実践セットアップ(暗号資産)
セットアップA:流動性スイープ→吸収→反転
- 直近レンジの端(例:上端)に厚い売り板と直上に薄い空間(流動性の空白)が存在。
- テープが厚い売り板に連打でぶつかるが、価格が上抜けしない(吸収)。
- 数本の足で高値更新に失敗、かつCVDが天井打ち→ショート。損切りは「吸収が起きた価格+α」。
- 利確は空白区間の中間と、レンジ中央(POC)に分割。残りはトレーリングで引っ張ります。
数値例(BTCUSDT):$98,400〜$98,600に売り板累計1,200BTC、$98,600〜$98,800は薄い。$98,550で5,000BTCの成行が連続約定も価格は$98,560を超えず。5分足の高値失敗で$98,510ショート、損切り$98,620、一次利確$98,200、二次$97,950、残りをトレール。
セットアップB:スタックド・インバランスへのプルバック買い
連続する買い優勢のフットプリント(例:3~5段の価格で買いDeltaが優勢)が出現。直近の薄い買い板までの押しを指値で拾い、PO(Post-Only)でメイカー手数料を取りに行きます。
セットアップC:Funding直前の「釣り出し」を逆手に取る
資金調達料(Funding)直前に一方向へ板が薄くなる「釣り出し」挙動。テープは走るがCVDダイバージェンスで反転狙い。イベントリスクが高いので、サイズは通常の1/2以下に抑えます。
実践セットアップ(FX・日本株)
FX:東京9:55仲値の板
USDJPYは9:55に向けて実需の成行フローが出やすいです。直前5分のOBIとテープ速度を監視し、吸収×加速のコンフルエンスがあれば順張り、吸収主導で止まれば逆張り。指標発表時は回避が原則です。
日本株:寄り付きの板とギャップ埋め
寄り直後は板が薄く、見せ板も多い時間。直近上場来高値/安値のクラスター厚とテープの初速で方向を判定。初動の陰線/陽線の高安をリスク基準にし、 VWAP/出来高ピークで分割利確します。
執行(Execution)戦術
- PO(Post-Only):必ずメイカーで入る。キューの後ろに並ぶ意識が必要。
- IOC/FOK:約定優先でスリッページを限定。突発イベントの逃げに使います。
- TWAP/VWAP:数量が大きいときの分割執行。板の厚みの谷間を避けて配分。
- 期待スリッページ:板の厚みと自分の発注量から「平均価格の悪化幅」を前もって見積もり、入れる指値を1~2ティック有利側に調整します。
具体的な数値例
BTCUSDT(パーペチュアル)
価格$46,800、最良スプレッド$1。買い板$46,790~$46,800に合計380BTC、売り板$46,801~$46,810に合計520BTC。
OBI = (380−520)/(380+520)= −0.155。テープは1秒あたり約15BTCで売り成行が優勢。下方向バイアス。$46,785にPOで差し、$46,778で追撃。損切り$46,818(スプレッド+上2ティック)。一次利確$46,720、二次$46,660、残りトレール。
USDJPY(FX)
150.25で最良。買い板のクラスターが150.10~150.00に厚く、売り板は150.30以降に断崖。9:53~9:55のテープ加速で150.30の厚い売り板を吸収。150.31成行ブレイクで小さく順張り、150.28割れで撤退。151.00手前は利確分割を徹底。
日本株(流動性中位銘柄)
寄り付きで+2.5%ギャップアップ、出来高は平常の1.8倍。初動の高値更新にテープが付かず、OBIが−0.25へ悪化。高値掴みの成行が吸収されないため、短期逆張りで5分足の安値割れに合わせてショート。VWAP到達で半分利確。
検証とログの取り方
- 必須ログ:時刻、価格、スプレッド、成行方向、OBI、CVD、キャンセル枚数、約定速度、板の厚い価格帯。
- セットアップ別に結果を分類(A/B/Cなど)。期待値(平均R)と勝率、PF、最大ドローダウンを計測します。
- 再現性:同条件で20サンプル以上を目標。片寄りを避けるため曜日/時間帯も記録。
リスク管理の実務
- 1トレードあたりの損失上限を口座残高の0.5~1.0%に固定。
- イベント避難:経済指標・四半期決算・メンテ時間帯は原則ノートレード。
- 相関管理:暗号資産同士、為替クロス、同業種株でのポジション過多に注意。
- エラー時の復旧:約定遅延・回線断は即時クローズを優先。再ログイン後に再開可否を判断。
よくある落とし穴と対策
- 見せ板に反応して飛びつく:CTR急騰や直前キャンセル増加は要注意。テープに裏付けがあるかで判別。
- 板薄時間帯の過剰レバレッジ:想定外のスリッページで即死しがち。サイズを1/3に落とすルールを事前に決めます。
- 逆指値の流動性ホール置き:目立つ谷に逆指値を置くと、狩られてから戻る典型。厚みの手前に置きます。
- 出来高ゼロのブレイク信仰:テープが伴わないブレイクは短命。加速×吸収×薄い空白の3点セットを待ちます。
1日の運用テンプレート
- 開場・重要時間の洗い出し(CryptoのFunding、FXの仲値、株の寄り/引け)。
- 監視銘柄の板厚マップ作成(上5段/下5段の累計、断崖の位置)。
- テープ速度の基準値を更新(直近20分の平均と標準偏差)。
- セットアップA/B/Cの発生率と勝率をダッシュボードで確認。
- 執行はPOを基本、逃げはIOC/FOK。サイズは最大でも通常の1倍、イベント前は0.5倍。
- トレード後はログを更新し、期待値の劣化がないかをチェック。
まとめとアクションリスト
- 板=意志、テープ=事実。事実が意志を打ち負かす瞬間(吸収/加速)に注目します。
- OBI・CVD・CTRの3点で偏りとフェイクを判定。
- 暗号資産はFundingやメンテ時間、FXは仲値・指標、株は寄り付きの癖を攻める。
- サイズは常に抑え、スリッページをコストとして事前に見積もる。
- ログを習慣化し、勝てるパターンだけを残します。


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