株式と債券の間に位置づけられる「ハイイールド債(高利回り社債)」は、株ほどボラタイルではない一方、投資適格債よりも高い利回りを提供します。その代償はクレジットリスクです。本稿では、ハイイールド債のリターン源泉を因数分解し、クレジット・サイクルを軸に「いつ・どう入るか、どう抜けるか」を設計図として提示します。個別銘柄の審査に依存せず、ETF・投信を使った現実的な実装に落とし込みます。
ハイイールド債が高利回りになる理由
ハイイールド債の超過利回りは、主に以下の補償(リスクプレミアム)で成り立ちます。
- デフォルトリスク補償:倒産確率と回収率(LGD)の不確実性。
- 流動性プレミアム:相場急変時の売却難・スプレッド拡大。
- 景気感応度:景気後退で収益・金利負担が悪化しやすい。
- 情報リスク:情報の非対称性・開示品質のばらつき。
一方でデュレーションが投資適格債より短いことが多く、金利上昇局面では相対的なクッションになりやすいという性質もあります。
トータルリターンの因数分解
ハイイールド債のトータルリターンは、概ね次の式で直観できます。
トータルリターン ≒ クーポン(キャリー)+ ロールダウン + スプレッド変動(タイト化/ワイド化)+ 国債利回り変動の影響 − 既実現/予想デフォルト損失
- キャリー:保有しているだけで得られる利息収入。
- ロールダウン:満期が近づくにつれ、同一クレジットの利回り曲線上を価格が滑り落ちていく効果。
- スプレッド変動:景気やリスク選好の変化でタイト化(価格上昇)/ワイド化(価格下落)。
- 金利要因:ベースの国債利回り(無リスク金利)の変動影響。
- デフォルト・回収:倒産・再編時の回収率次第で損失幅が決まる。
クレジット・サイクルの4局面
投資判断は、景気・資本市場の循環と強く結びつきます。典型的には以下の4局面を想定します。
- 回復初期:政策支援・在庫循環の立ち上がり。スプレッドは高水準からタイト化へ。
- 拡張期:与信環境が良好、格上げ優勢。新発債も旺盛でスプレッドは低位安定。
- 後期:レバレッジ上昇・カバナンス緩み。金利負担増でカバレッジ低下。選別の妙が必要。
- 下押し局面:業績悪化・金利高止まりでデフォルト率上昇。スプレッドは急拡大。
局面識別の実務指標例:製造業PMI・与信姿勢調査・企業の利払い負担(利払い/EBITDA)・格付会社の格上げ/格下げ比・ハイイールドスプレッドのヒストリカル分位点・ディストレス比率(例:スプレッド1000bp超の銘柄比率)。
実践① エントリー/エグジットの規律化(スプレッド分位点)
感覚で買わず、ヒストリカル分位点で機械的に意思決定するのが有効です(過去3〜5年の分位点を推奨)。
- 購入強化:ハイイールドスプレッドが上位80%タイル超(危機時)→定期積立額を2〜3倍に。
- 通常購入:50〜80%タイル → 通常の積立を継続。
- 縮小/利益確定:下位30%タイル未満(過熱)→保有比率を逓減。
「高スプレッド時に買い、低スプレッド時に減らす」という逆張りの規律を数量化するだけで、価格変動の逆風を味方にできます。
実践② 金利ヘッジの使い分け
ハイイールド債はデュレーションが相対的に短いとはいえ、金利上昇ショックでは下落します。次の選択肢でヘッジ度合いを調整します。
- 短期ハイイールドの選好:0–5年満期中心のファンドをコアに。
- デュレーションの分散:短期HYと総合HYを組み合わせ、金利局面に応じて配分調整。
- 金利先物での簡易ヘッジ:金利上昇が濃厚なイベント前後(例:CPI、金融政策)に限って軽く当てる。
実践③ 為替ヘッジの考え方(円投資家向け)
米ドル建てHYは為替の影響が大きく、円安トレンドでは為替がリターンを押し上げ、円高では逆風になります。
- 部分ヘッジ:為替ヘッジコストが利回りを大きく侵食する場合、50%前後のヘッジでバランス。
- 規律化:ドル円の年率ボラとヘッジコストを比較し、コスト優位なときだけヘッジ比率を引き上げる。
実践④ ETF/投信での現実的な実装
個別銘柄の与信分析は難易度が高いため、分散の効いたETF/投信の利用が現実的です。運用会社、信託報酬、デュレーション、クレジット格付の構成、通貨・ヘッジの有無を確認しましょう。短期HY(0–5年)と総合HYを使い分け、相場局面に応じて配分を切り替えます。
実践⑤ 積立+危機時のアクセル
ベースは毎月定額の積立(DCA)。ただし危機時(スプレッド上位80%タイル超)は積立額を一時的に増額。過熱時(下位30%タイル)は積立を縮小または停止して、再び拡大局面で再開します。
実践⑥ デフォルトサイクルの点検表
- トレンド指標:格下げ/格上げ比>1、ディストレス比率上昇、金利高止まり。
- 企業財務:利払い/EBITDAの悪化、純負債/EBITDAの上昇、流動性バッファの枯渇。
- 市場技術:新発債の低調、低格付(CCC)のスプレッド急拡大。
ケーススタディ:スプレッド正常化とキャリー
想定:平均利回り8%、デュレーション4年、スプレッド600bp→400bpにタイト化、1年保有。
- キャリー(単純化):約8%(税・費用除く)。
- スプレッド要因:タイト化で価格は概算でデュレーション×スプレッド変化≒4年×2%=+8%程度。
- 合計概算:+16%前後(ベース金利変動・デフォルト影響は別途)。
危機後の正常化過程では、キャリーとスプレッドのダブル寄与が期待できます。
リスク管理と落とし穴
- 低格付の比率管理:CCC中心のファンドは下押しが大きい。AA/BBBとのミックスや短期HYの併用で下振れを抑制。
- セクター偏重:エネルギー・通信など特定セクターへの集中を避ける。
- 流動性とスプレッド:相場急変時は売買コストが拡大。長期資金で臨む。
- トラッキング誤差:ETFのプレミアム/ディスカウント、投信の信託報酬。
- 再投資規律:利息の自動再投資設定で複利を効かせる。
ポートフォリオでの位置づけ
ハイイールド債は、株式に近いリスクを持つ債券です。株式のボラを和らげつつ、投資適格債より収益性を狙う「ミドルリスク」枠として、国内外債券・株式との相関・為替も踏まえ、全体のリスクバジェット内に収めます。
チェックリスト(運用時に毎回確認)
- 現在のHYスプレッド分位点(3〜5年履歴)を確認。
- ディストレス比率、格下げ/格上げ比、PMI、利払い負担を点検。
- 短期HYと総合HYの配分を更新。危機時は積立増額。
- 為替ヘッジ比率を、ヘッジコストとボラで見直し。
- 利息の自動再投資設定を維持。
用語集(簡易)
- スプレッド:国債利回りに対する上乗せ利回り。信用リスクの尺度。
- ロールダウン:満期短縮で利回り曲線上を価格が移動する効果。
- ディストレス比率:極端にスプレッドが広がった銘柄の比率。
まとめ:行動プラン3つ
- 規律化:スプレッド分位点で積立額と縮小ルールを事前設定。
- 分散:短期HY/総合HY、通貨ヘッジ有無を組み合わせる。
- 点検表運用:月次でクレジット指標を確認し、配分を微調整。
「危機で買い、過熱で減らす」を仕組みに落とし込めば、感情に左右されない再現性の高い運用が可能になります。


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