本稿では、ハイイールド債(以下HY)を「なぜ儲かるのか」「どこで危ないのか」を数式とプロセスで分解し、個人投資家でも実装できる売買設計に落とし込みます。単なる商品紹介ではなく、景気サイクル・スプレッド・デフォルト率の相互作用を軸に、入るべき局面/避けるべき局面を明確化します。
ハイイールド債とは何か:リターンの源泉を分解する
HYの表面利回りは①無リスク金利+②期待デフォルト損失の補填+③リスク・流動性プレミアムで説明できます。②は「年間デフォルト率 × (1 − 回収率)」の期待値、③は投資家が不確実性・流動性希薄に対して要求する上乗せです。実際の超過リターン(クレジット・エクセスリターン)は主に③の縮小(スプレッド縮小)局面で生まれます。
デフォルトと回収率の直感
HYは格付けBB以下中心で、景気悪化時にデフォルト率が上がり、回収率が下がる傾向があります。従って、利回りの高さは「危険の高さ」の裏返しであり、単純な高利回り狙いは危険です。鍵は「いつスプレッドが縮む局面に入るか」を読むことです。
スプレッドを見る:OAS・信用サイクルの読み方
HYは国債に対するオプション調整スプレッド(OAS)で評価します。ざっくりルールとして、①スプレッドが急拡大→リスクの価格付けが進行、②拡大が止まり横ばい→底打ち前後の初動、③縮小が続く→キャリー+価格上昇の二重取りです。OASのトレンド転換は、ISM製造業、新規失業保険申請、金融コンディション等のマクロ指標と連動しやすいです。
監視すべき実務KPI
- HY OAS(拡大/縮小のトレンド)
- デフォルト率(12ヵ月移動平均)と回収率
- 格付け遷移(フォールンエンジェル/ライジングスターのネットフロー)
- 企業財務(利払い負担/EBITDA、インタレストカバレッジ、レバレッジ比率)
- 市場流動性(ETFプレミアム/ディスカウント、クローズドエンド型のディスカウント)
景気サイクル別プレイブック
1) 拡大終盤〜過熱局面
利上げが後ろから迫ると、HYはクレジットイベントに脆弱になります。新規投資は縮小、BB/BBB境界に寄せ、CCC比率を抑えます。デュレーションは短め、為替ヘッジを平常運転に戻します。
2) 減速〜悪化初期
スプレッドの初期拡大では「まだ割安ではない」ことが多いです。ETFや広範インデックスは軽量、CDX HYの保険(買い)や国債ロングのヘッジで守りを固めます。個別ボンドならキャッシュリッチ、セクター・リーダーに限定します。
3) ストレス極大〜政策転換前夜
最良のエントリー候補。ボラテリティが高いので一括より段階的購入(5回に分ける等)を徹底します。「スプレッドの拡大速度が鈍化→横ばい」を確認してから入るとドローダウン耐性が上がります。
4) 回復初期〜中盤
キャリーと価格上昇が同時に取れる最も“気持ち良い”ゾーンです。ETF中心で手堅く取りに行くか、フォールンエンジェル再格上げ期待の個別をブーケ化して攻めます。利下げ局面では金利低下も味方します。
商品選定:現物・ETF・インデックス・デリバティブ
現物社債
額面1,000〜200,000USDなどロットが大きく、気配も薄くなりがちです。約定コストと情報格差があるため、個別集中は避け、最低でも10〜20銘柄の分散が望ましいです。
ETF/投信
分散・手軽さ・流動性が強みです。総経費率・ベンチマーク・平均デュレーション・格付け分布(BB/ B /CCC)・セクター集中度を確認します。ETFのプレミアム/ディスカウントは短期的な需給の歪みなので、極端なディスカウント時は現金化圧力のサインになりえます。
インデックス/デリバティブ
クレジット全体のヘッジにはCDX HYの買い(保険)や、国債先物ロングで金利要因を切り分ける手段があります。裁定では「ETF−現物」「CDX−キャッシュ」のベーシスの張り替えがテーマになりますが、個人はスプレッドの方向性に素直に乗る方が効率的です。
金利とクレジット:デュレーション/コンベクシティの基礎
HYは金利感応度(デュレーション)がIGより短い傾向ですが、スプレッド要因の方が価格に効きます。利下げ局面では金利低下とスプレッド縮小が二重追い風となりやすく、逆に利上げ・景気悪化では逆風が重なります。ポートフォリオのDV01(1bp当たりの価格変動)をざっくりでも把握しておくと、国債でのヘッジ設計が容易になります。
通貨(JPY)投資家のヘッジ設計
円建てHY市場は薄く、USD建てETFや投信を使う場面が多いです。為替ヘッジの有無で結果が大きく変わるため、①クレジット見通しと②円相場見通しを分離して考えます。クレジットは強気だが円高リスクも見るなら、「為替はヘッジ、クレジットのみ取りに行く」が合理的です。ヘッジコストは金利差とベーシスに左右されるため、実効コストを定期的に見直します。
セクター別の癖:エネルギー・テック・不動産
HYのセクターウェイトは景気循環と密接です。エネルギーはコモディティ価格連動でダウンサイドが大きい一方、底打ち後の復元力が魅力です。テックや通信はレバレッジ水準と成長投資のバランス、不動産は金利・空室率・コベナンツが鍵です。
具体的トレード設計(3本柱)
柱1:フォールンエンジェルの再格上げ期待
投機的格下げ直後は投げ売りでスプレッドが過大化しやすく、財務が踏ん張れる企業は時間の経過と共に正常化しやすいです。条件:流動比率とカバレッジが保てる、満期プロファイルが分散、コベナンツに余裕。分散バスケットで実装し、ニュースでの跳ねに振り回されないロット設計にします。
柱2:回復初期のETFコア+国債ヘッジ
スプレッド縮小初動〜中盤は、ETFで広く取りに行く方が期待値が高いです。金利リスクは国債ロングで一部打ち消し、純粋にクレジット縮小を抽出します。目標は「クレジット・ベータの獲得」で、個別当てはサテライトに留めます。
柱3:ストレス極大期の段階買いと利回り目標
拡大が鈍化し横ばい化したら、5分割などで機械的に買い下がります。購入時に「目標利回り」と「スプレッドがどこまで縮めば利確か」を数値で決め、達成で機械的に部分利確します。
ポジションサイズとリスク管理
- 最大許容ドローダウン(例:−8%)を先に決め、想定ボラから逆算して初期サイズを決定
- CCC比率の上限(例:全体の15%)をルール化
- イベント・リスク管理(決算、訴訟、リファイナンス期限)
- ストップ条件:スプレッド再拡大・財務KPI悪化・ヘッジ乖離拡大
コストと税の基礎
総経費率、売買コスト、スプレッドのビッド/アスク、信託報酬、為替ヘッジコストを合算して「実効利回り」を管理します。配当・分配の課税タイミングや外貨建ての為替評価も確認します。
ケーススタディ:仮想シナリオでの実装
シナリオA:景気が減速→政策転換が示唆
OASが急拡大し、翌月以降の拡大速度が鈍化。ここでETFを20%枠、CDX HYの小口保険を添え、国債ロングでデュレーションを調整。3ヵ月後にOASが明確に縮小へ転じたら個別のフォールンエンジェルを5銘柄追加。
シナリオB:回復初期に金利も低下
国債利回り低下とスプレッド縮小が重なり、価格とキャリーが二重で寄与。ETFコアを維持し、ライジングスター候補をサテライトで積み増し。目標スプレッド到達で半分利確し、残りはトレーリング利確に切り替えます。
よくある失敗と対策
- 高利回りに釣られる:利回りの源泉を分解し、スプレッド局面を最優先で判断します。
- 一括投下:ストレス極大期ほど段階的に入ることで生存率が上がります。
- ヘッジ軽視:HYは「金利×クレジット」。国債ヘッジや為替ヘッジで要因を分離します。
- CCC偏重:復元力は魅力ですが、サイズ上限を厳格化します。
実装チェックリスト
- 投下前:OASの拡大鈍化/転換を確認
- サイズ:最大DD逆算、段階購入設計
- 構成:ETFコア+(フォールンエンジェル/ライジングスター)サテライト
- ヘッジ:国債・為替の実効コストを毎月更新
- 利確/撤退:スプレッド目標・KPI劣化で機械的に
用語ミニ解説
- OAS:オプション調整スプレッド。国債に対する信用上乗せ。
- フォールンエンジェル:投資適格から投機的へ格下げされた銘柄。
- ライジングスター:投機的から投資適格へ格上げが見込まれる銘柄。
- DV01:金利1bp変化時の価格影響。
まとめ
HYは「スプレッドのトレンドに乗る」資産です。利回りの高さに目を奪われず、OAS・デフォルト・回収・マクロの相互作用を監視し、回復初期にETFコア、ストレス極大期に段階買い、個別はフォールンエンジェルを厳選する──この骨格を守ることで、勝率と生存率を両立させやすくなります。


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