「利回りが高いから買う」は短絡的です。ハイイールド債(以下HY)は、景気・資金調達環境・デフォルト率の循環=クレジットサイクルで収益と損失が振れます。本稿は、収益源を数式で分解し、サイクル判定→シグナル→執行→ヘッジ→撤退の順に実装するための手順をまとめました。ETF(HYG/JNK等)から個別債まで対応し、日本の個人投資家の視点(為替・税・コスト)も織り込みます。
ハイイールド債とは何か:IGとの境界と利回りの構成
HYは格付けBB+以下の企業債。投資適格(IG)より信用リスクが高いぶん、クレジットスプレッド(国債等の無リスク金利に上乗せされる補償)が厚くなります。HYの総リターンは概ね次で表せます:
総リターン ≒ クーポン利回り − 価格下落(デフォルト・格下げ・スプレッド拡大)+ 価格上昇(スプレッド縮小・ロールダウン) ± 金利要因(デュレーション) − コスト
ここでロールダウンとは、同じ信用力でも満期が近づくほどスプレッドが薄くなる(信用曲線が右下がり)ために価格がじわりと上がる現象です。
収益源の分解:キャリー・ロール・スプレッドの三本柱
キャリー(Carry)
保有しているだけで受け取るクーポンと、信用曲線の形状に起因する価格の自然上昇(ロール)を合算したもの。目安として、HY市場平均で年率5〜8%のキャリーが観測される局面が多い一方、サイクル悪化時はスプレッド拡大がキャリーを一撃で吹き飛ばします。
スプレッド変化(Spread P&L)
OAS(Option-Adjusted Spread)の変動に債券のスプレッド・デュレーションを掛けた価格変化。例えばOASが+100bp拡大、スプレッド・デュレーションが4なら理論上-4%の価格影響。
金利要因
HYはデュレーションがIGより短めとはいえ、金利上昇で価格が下がることがあります。金利先物(米10年国債先物等)でヘッジし、信用ベータだけを取りにいくのが上級者の定石です。
クレジットサイクルの見取り図:5つの変数
- 資金調達環境:新規起債の活況/低迷、貸出態度。供給過多は将来のデフォルト予備軍を増やしやすい。
- 企業収益:金利負担とマージンの関係。金利上昇×売上鈍化で利払い能力が圧迫。
- デフォルト率・ディストレス比率:市場の痛点。上向き加速は要警戒。
- 回収率(Recovery):担保の質と優先順位で決まる床。LBO期は回収率が低下しがち。
- 政策・流動性:中銀の流動性供給や買入れはスプレッド縮小の援軍。
実務ではOASのパーセンタイル・ディストレス比率(YTM>10%等の比率)・デフォルト率のトレンドの3点セットで「どの局面か」を判定します。
入る/出るの定量基準:しきい値とアラート
- 強気エントリー:OASが過去5年の上位20%に達し、ディストレス比率がピークアウト(直近3ヶ月で低下)、新規起債再開の兆し。分割で買い。
- 縮小・利確:OASが過去5年の中央値を明確に下回り、B/CCCのスプレッド差が急速に圧縮。ロールダウンの残存価値が薄い。
- 撤退:ディストレス比率が再加速、回収率の低下サイン(担保劣化、繰延利息増)。
ETFを使う場合は出来高・スプレッド(板の厚み)も同時監視。個別債ならコベナンツ(制限条項)劣化を赤信号扱いにします。
リスク管理:数字で縛る
- 最大ドローダウン想定:過去ショック局面のOAS拡大×スプレッド・デュレーションで-15〜-25%の想定を置く。
- グレード配分:B級:CCC級を最低でも2:1以上。CCCの上限をポート全体の10〜15%に。
- セクター分散:エネルギー・通信・小売等の景気感応度を分散。イベント集中(例:M&A、リファイ期限集中)を避ける。
- デュレーション管理:3〜5年ゾーン中心でロールダウンを取りにいく。金利リスクは先物で相殺。
- 流動性:日中のスプレッドが広い銘柄は指値のみ。ETFは出来高上位で執行。
- 為替:USD建てHYを円で保有する場合、為替ヘッジコストを年率で明示。ヘッジの有無でリスク/リターンを分岐評価。
実践手順:最初の30日でやること
- 市場ダッシュボード整備:OAS(総合/B/CCC)、ディストレス比率、HY/IGスプレッド差、ETF出来高、先物価格を一画面に。
- ルール化:OASパーセンタイル>80%で1/3買い、>90%で追加、中央値割れで半分利確—など定量化。
- 執行口座:ETF(HYG/JNK)+金利先物口座(または国債先物)を用意。指値・逆指値のテンプレを作成。
- 為替方針:ヘッジ比率(0/50/100%)を事前決定。年率コストをスプレッドに上乗せして見積。
- レビュー頻度:週次でサイクル指標を更新。閾値越えでポジション調整。
戦略①:スプレッド・ロールダウン回収(中核)
対象:3〜5年ゾーンの分散ETFまたはIG寄りの個別HY。
ロジック:OAS上位域で買い→中央値付近で縮小。金利先物でデュレーションほぼ0へ。
期待:キャリー5〜7%+ロール1〜2%=年6〜9%目安(サイクル平常時)。
注意:スプレッド拡大が続くと逆風。段階的に買う。ETFは作成/償還(AP)のフローでNAVとの乖離が縮小するため、乖離拡大を慌てて成行解消しない。
戦略②:ディストレスト・イベントドリブン(周辺)
対象:YTM>15%、価格60〜80の劣後順位が低く担保が厚い案件。
ロジック:回収率×確率で期待値を算出し、価格が期待値の大きく下にある時だけ参入。
例:回収率60%(=60価格)確度70%ならEV=42。市場価格が35なら+7の期待差益、残存期間2年→年率+10%超の見立て。
注意:少額・分散・情報開示の遅れに備える。弁済順位・コベナンツは条文で確認。
戦略③:金利ヘッジ付きHYロング(Barbell)
対象:HY ETFロング + 米10年国債先物ショート。
ロジック:ETFの金利デュレーション(例:3)に合わせて先物枚数を調整。信用スプレッドにだけベット。
メリット:インフレ再加速など金利上振れ局面でも、金利要因は中立化され、スプレッド縮小の恩恵を抽出。
具体例:数字で見るP&Lの感度
HY ETF(デュレーション3.5、スプレッド・デュレーション4.0、クーポン6%)を想定。
ケースA:OAS -100bp、金利±0 → 価格+4%+クーポン=+10%。
ケースB:OAS +200bp、金利+50bp → 価格-8% − 金利で-1.75%+クーポン= -3.75%程度。ヘッジがあれば金利部分は中立。
執行とコスト:細部で勝つ
- 指値徹底:HYは板が薄く、成行は不利約定の温床。
- 時間帯:米市場の板が厚くなるコアタイムに執行。
- 経費率/NAV乖離:ETFは経費率を利回りから差し引いて考える。乖離はAPの裁定で収斂するが短期はブレる。
落とし穴10選(やったら負け)
- 利回りだけでCCC集中。
- 為替ヘッジコストを無視。
- OASの水準を見ずに買い増し。
- ロールダウンを過大評価(曲線がフラット化すると消える)。
- 金利ヘッジ無しで金利上振れに巻き込まれる。
- コベナンツ無視の個別債集中。
- セクター片寄り(エネルギー・通信等)。
- リファイ期限の集中年を見逃す。
- ETFの出来高が薄い時間帯で成行。
- ドローダウン前提の資金配分をしない。
ポートフォリオ組み込み:株と債の間を埋める
HYは株式よりボラティリティが低い一方、景気ショック時に下落の方向が揃います。株70/IG20/HY10のような配分で、株の下振れに対しHYのキャリーとロールを取りに行く設計が現実的。金利ヘッジを入れるなら、IGと役割が被らないように注意。
チェックリスト:売買前/保有中/売却前
売買前
- OASパーセンタイル、ディストレス比率、デフォルト率トレンドは?
- 為替ヘッジ比率、年率コストの明示。
- ETFか個別か。個別なら担保と優先順位。
保有中
- スプレッド・デュレーション、金利デュレーションの見直し。
- B/CCC比率、セクター偏りの監視。
- リファイ動向(高コスト換金/借換えの成否)。
売却前
- OASが中央値を明確に下抜けたか。
- ロール残存価値が薄いか。
- 為替が想定以上に追い風/向かい風になっていないか。
FAQ:よくある疑問
Q. HYGとJNKはどちらが良い?
A. いずれも分散バスケット。銘柄入替頻度、平均デュレーション、セクター配分を比較し、自分のヘッジ方針に合う方を選ぶ。出来高が多い方で執行有利。
Q. 個別債の選び方は?
A. 価格80以下で担保・優先順位が強い、リファイ見込みがある案件を少額分散。ディストレスは専門情報が生命線。
Q. 円建てでできる?
A. 円建てHYの選択肢は多くないため、実務上はUSD建てを円で持ち、ヘッジ比率を可変する運用が中心。
まとめ:ルールで動き、サイクルに賭ける
HYで勝つ鍵は、入口のサイクル判定と出口の規律に尽きます。OAS・ディストレス・デフォルト率の3点で局面を捉え、ロールダウンとキャリーを取りに行きつつ、拡大局面では分割・ヘッジで受け流す。数字で縛ったルールを実行できるかどうかが、最終的な超過リターンを決めます。


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