社債投資の実践ガイド:クレジットスプレッドから銘柄選定・発注・リスク管理まで

債券

本稿は「社債(Corporate Bonds)」への投資を、ゼロから実践につなげるための完全ガイドです。債券価格の動き方、利回りとスプレッドの基礎、銘柄の見つけ方と比較の仕方、実際の発注・保有・売却の注意点、そして失敗を避けるための点検項目まで、順を追って解説します。専門用語は必要最小限にしつつ、投資判断に直結する具体例と計算手順を丁寧に示します。

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社債とは何か:収益源は3つだけ

社債は企業が資金調達のために発行する債券で、投資家の収益源は大きく3つに分かれます:(1)受取クーポン、(2)価格変動によるキャピタル損益、(3)「ロールダウン」と呼ばれる満期短縮による利回り低下(=価格上昇)の効果です。社債特有の要素として、国債に対する上乗せ利回りである「クレジットスプレッド」があります。これが企業の信用力・流動性・条項(コベナンツ)などを織り込みます。

利回りとスプレッドの基礎:YTM・ASW・OAS

最終利回り(YTM)は保有を満期まで続けた場合の内部収益率です。変動金利やコール条項付きでは、金利パスやコール確率で結果が変わるため、金利オプションを取り除いたOAS(Option-Adjusted Spread)が比較に有効です。ディーラー見積りでよく使うASW(Asset Swap Spread)はスワップ曲線に対する上乗せで、同一通貨内での相対比較に便利です。

要点は「比較軸を統一する」ことです。同じデュレーション帯・同じ劣後順位・似た条項の債券同士で、OASやASWの相対値を並べて初めて“割安/割高”が見えてきます。

金利リスクと信用リスクを分けて考える

社債価格の変動は、(A)金利要因(国債利回りやスワップレートの変化)と、(B)信用要因(スプレッドの拡大/縮小)に分解できます。前者は金利デュレーション、後者はスプレッドデュレーションで感応度を測れます。例えば金利デュレーション5年、スプレッドデュレーション4年の債券は、10bpの金利上昇でおよそ-0.5%(= -0.10% × 5)、10bpのスプレッド拡大で約-0.4%程度の価格影響が見込まれます(凸性は別途)。

ポートフォリオ単位では、金利方向は先物(国債先物など)やIRSでヘッジしつつ、クレジットの相対価値に賭ける、といった切り分けも可能です。

日本の社債市場の特徴:流動性と新発/既発

国内の個人投資家にとって社債の主な獲得経路は「新発社債(ブックビルディングによる公募)」と「店頭の既発社債(二次流通)」です。新発は最低申込金額が低い一方で、人気銘柄は配分が限られます。既発は価格(クリーン/ダーティ)と表面利率の組み合わせで利回りが決まり、出来高は薄く、ビッド/オファーのスプレッドが広がりがちです。電話や店頭注文が中心で、オンラインの板が薄いケースも多い点を理解しておきます。

発行体を見る:5つの実践指標

  1. ネット有利子負債/EBITDA:同業と比べ2.5倍以内なら保守的、4倍超は注意。
  2. 利払い負担のカバー:EBIT/利払い費用が3倍以上だと安心感が増します。
  3. フリーCFマージン:設備投資負担を差し引いた持続的なキャッシュ創出力。
  4. 資本政策と株主還元:自社株買いの積極化はレバレッジ上昇のシグナルになり得ます。
  5. セクター構造:規制産業/インフラは安定、裁量消費や不動産は景気循環に敏感です。

条項(コベナンツ)と劣後性:利回りの“裏側”

同じ発行体でも、劣後債や永久債、コーラブル債は通常のシニア無担保債より高いスプレッドを要求します。表面的なYTMだけでなく、どの程度の権利順位・条項リスクを負っているかを読み解きます。コールの「メイクホール条項」や「ステップアップ条項」の有無は、早期償還時の価格保護や保有コストに直結します。

割安/割高の見つけ方:実践フロー

1. 絞り込み

格付(例:A-以上)、残存(3〜7年)、劣後性(シニア無担保のみ)、クーポンタイプ(固定)などの基準で候補を狭めます。

2. スプレッド比較

同業セクター・同格付・同デュレーション帯でOAS/ASWを横並び比較します。流動性の低い銘柄は見た目のスプレッドが高くても、実際に売買できる水準(実効コスト)を勘案して評価します。

3. イベント確認

決算予定、M&A、資本政策の変更、規制変更、格付見通しなど、スプレッドを大きく動かすイベントを洗い出します。

4. フェアバリュー推定

同業カーブやスワップカーブに対する相対位置から、妥当スプレッド帯を算出し、取引コスト込みで期待超過リターン(キャリー+ロール+ミーンリバージョン余地)を見積もります。

価格の読み方:クリーン/ダーティと経過利子

社債は通常、クリーン価格(利息抜き)で見積もられ、受渡し時にはダーティ価格(クリーン+経過利子)を支払います。約定前には「次回クーポン日までの日数」と受渡日基準の経過利子を確認し、実効利回りが目線通りかをチェックします。

ロールダウンの取り方:カーブを味方にする

利回り曲線が右上がりのとき、残存が1年短くなるごとに利回りが自然に下がる(=価格が上がる)効果が期待できます。これがロールダウンです。同じキャリーでも、ロールの厚い年限帯を選ぶことで1年後のトータルリターンを底上げできます。逆にカーブがフラット/逆イールドではロール効果は乏しくなります。

注文と約定:個人投資家の実際のフロー

証券会社の店頭ページや担当者経由で「銘柄・数量・希望利回り(または価格)」を提示し、ディーラーの気配を取りに行きます。二次流通はロットが大きく、提示から約定まで時間がかかることも珍しくありません。スプレッドが広い場合は指値の「候補レンジ」を伝えると通りやすくなります。約定後は約定明細で価格種別(クリーン/ダーティ)経過利子受渡金額手数料を確認します。

代表的な戦略:ラダー/バーベル/クレジット・ミーンリバージョン

  • ラダー:3〜7年など複数の残存に分散し、再投資リスクを平準化します。
  • バーベル:短期(流動性・再投資余地)と長期(キャリー・ロール)を組み合わせます。
  • ミーンリバージョン:同業・同格付のスプレッド乖離を観測し、統計的に戻りを狙います(売買コストと流動性を厳密に考慮)。

想定ケースで学ぶ:価格とリターンの分解

架空の例で確認します。額面100、表面1.0%、残存5.2年、価格95.20、OAS 120bp、金利デュレーション4.7、スプレッドデュレーション4.1とします。1年保有でクーポン1.0、ロール効果+0.6、スプレッド縮小20bpで+0.82(=0.20%×4.1)、金利上昇10bpで-0.47(=0.10%×4.7)、手数料・スリッページ-0.20とすると、概算の総合リターンは+1.75%程度になります。

リスク管理:数値と行動のルールを事前に決める

  • ダウングレード・ウォッチ:格付けの見通しがNegativeへ変化した時点で再評価します。
  • 集中リスク:発行体・セクター・残存の上限を決めます(例:単一発行体20%まで)。
  • 流動性ストレス:出来高が薄い銘柄は「売れないリスク」を前提に、投下額を抑制します。
  • コール/繰上償還:早期償還時の再投資計画をセットで準備します。

早期警戒サイン:決算から拾うポイント

  • 売上は伸びているが運転資本の膨張で営業CFが弱い。
  • 株主還元(配当/自社株買い)の過度な拡大でレバレッジが上昇。
  • 買収での無形資産増加に伴う減損リスクの顕在化。
  • 短期借入への依存増、コミットメントラインの利用率上昇。

ポートフォリオ設計:目標利回りから逆算する

想定する金利シナリオと許容ドローダウンから、金利デュレーションとスプレッドデュレーションの上限を決めます。例えば「年率2.0%のキャリーを狙いつつ、-3%の下振れまで許容」という制約なら、ロール厚めの年限に配分しつつ、スプレッドが厚いが流動性の薄い銘柄への投下比率を上限化します。

税務と費用の把握

受取利息と譲渡損益では課税の扱いが異なります。受渡金額には経過利子も含まれ、売買損益はクリーン価格の差で算出する点に注意します。費用は手数料・スプレッド・保管料などの実効コストを合算して管理しましょう。

よくある失敗と回避策

  • 見た目利回りだけで選ぶ:条項・劣後性・流動性を反映したOASで比較します。
  • 発行体ニュースを追わない:決算・格付動向・規制ニュースの定点観測をルーチン化します。
  • 売りたい時に売れない:最初から「出口コスト」を前提にポジションサイズを決めます。

チェックリスト:発注前後に確認する12項目

  1. 条項(コール・メイクホール・劣後性・担保)
  2. 残存・金利デュレーション・スプレッドデュレーション
  3. OAS/ASWの同業比較
  4. イベントカレンダー(決算・社債発行計画・株主総会)
  5. 格付と見通し
  6. 出来高と実効コスト(ビッド/オファー)
  7. クリーン/ダーティ、経過利子、受渡金額
  8. 想定ロールと1年保有リターン試算
  9. 集中リスク(発行体/セクター/残存)
  10. ダウンサイドシナリオ(スプレッド+100bp/金利+50bp等)
  11. 再投資計画(コール/償還時)
  12. 売却基準(利回り閾値・格付イベント・ニュース)

ミニ用語集

デュレーション:金利(またはスプレッド)変動に対する価格感応度の目安です。
OAS:オプション影響を除いたスプレッド。比較の共通単位。
ラダー:複数の満期に分散する保有手法。
ロールダウン:時間経過による利回り低下(価格上昇)の効果。

まとめ:小さく始め、仕組みで守る

社債投資は、仕組みを理解して守りを固めるほど、キャリーとロールを安定的に収穫できます。まずは基準を定めたスクリーニングと、OASによる相対比較、そして事前に決めた行動ルール。この3点を徹底しながら、小さく始めて運用設計を磨き上げていきましょう。

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