スタグフレーションとは何か――個人投資家がまず理解すべき前提
「スタグフレーション」は、景気が停滞しているのに物価だけが上がり続ける、投資家にとって最悪に近い環境です。通常の景気後退なら物価は落ち着き、インフレ局面なら賃金や企業利益もある程度は伸びます。しかしスタグフレーションでは、「景気悪化」「物価上昇」「失業増加」が同時に進み、家計にも企業にも資産運用にも強烈な逆風になります。
経済学的には、成長率の低下(あるいはマイナス成長)と、高いインフレ率が重なった状態を指します。株式も債券も同時に売られやすく、従来の「株がダメなら債券で守る」という分散投資のセオリーが効きにくくなることが、個人投資家にとって最大の問題点です。
なぜスタグフレーションは資産運用にとって厄介なのか
スタグフレーションが厄介な理由は、「名目リターン」と「実質リターン」のギャップが極端に広がるからです。たとえば、あなたのポートフォリオが年率3%で増えていたとしても、インフレ率が5%なら、実質的には2%目減りしているのと同じです。
景気後退局面では企業利益が伸びず、株価は圧力を受けます。一方で、インフレに対処するために中央銀行が金利を引き上げれば、債券価格は下落します。つまり、株式も債券も同時に苦しくなり、「株と債券のバランスを取っておけば大丈夫」という従来の感覚が通用しなくなります。
さらに、実質金利(名目金利-インフレ率)がマイナスになると、安全資産とされる預金の実質価値も削られます。スタグフレーションは、「株も債券も現金も守りになりにくい」という、個人投資家には非常にやりづらい局面なのです。
スタグフレーション局面で起こりやすい資産クラスごとの動き
株式:セクター間の二極化が進む
スタグフレーションでは、株式全体のバリュエーション(PERなど)が圧縮されやすくなります。金利上昇で将来利益の割引率が上がるため、特に成長株や長期の成長ストーリーに依存する銘柄は弱くなりがちです。一方で、価格支配力を持つ企業や、コモディティ関連・生活必需品セクターは、相対的に強さを見せることが多くなります。
たとえば、エネルギー価格や原材料価格が上昇すると、資源関連企業やエネルギー企業の売上・利益は直接的な追い風を受けることがあります。一方、コストを売価に転嫁しにくい製造業や小売業は、利益率が圧迫されやすくなります。スタグフレーション局面では、「マーケット全体」よりも「セクターとビジネスモデル」を重視した銘柄選別が重要になります。
債券:長期債は逆風、短期・インフレ連動に活路
インフレが高止まりし、金利が引き上げられる局面では、長期債の価格は大きな下落に直面します。クーポンが固定されているため、インフレが上がるほど実質利回りは低下し、「こんな利回りでは割に合わない」と判断する投資家が増えるからです。
このため、スタグフレーションが意識される局面では、ポートフォリオのデュレーション(平均残存期間)を短くし、金利上昇への感応度を下げることが基本戦略になります。また、インフレ指標に連動する債券(インフレ連動国債など)や、短期金融商品を組み合わせることで、名目値だけでなく実質リターンを意識した債券運用が必要になります。
現金・預金:名目は安全だが、実質では目減りする
現金は価格変動がなく、一見すると最も安全に見えます。しかし、高インフレ環境下では、現金の購買力は毎年確実に削られていきます。年5%のインフレが続けば、10年後には現在の購買力の約6割程度に目減りするイメージです。
したがって、スタグフレーションを意識するなら、「緊急資金」としての生活防衛資金は確保しつつも、それ以上の過剰な現金ホールドは慎重に考える必要があります。現金の比率をやみくもに増やすのではなく、「どのリスクを現金でヘッジし、どのリスクを実物資産でヘッジするか」を設計することが重要です。
不動産・REIT:賃料と金利、キャップレートのバランスを見る
不動産は、インフレ環境下で賃料や物件価格が上昇しやすく、スタグフレーション対策として注目されます。ただし、金利も同時に上昇するため、借入コストや投資妙味を示すキャップレート(利回り)とのバランスが重要になります。
家賃の値上げが比較的容易なエリアや物件タイプ(立地のよい住宅、物流施設、生活必需サービスに紐づく商業施設など)は、インフレ局面でもキャッシュフローを守りやすいと考えられます。一方で、テナントの入れ替えが激しいオフィスビルや、景気敏感なテナントに依存する物件は、景気悪化の影響を強く受ける可能性があります。
コモディティ・金:インフレヘッジの王道だが、ボラティリティに注意
エネルギー、金属、農産物などのコモディティは、インフレに直接連動しやすい資産クラスです。特に金は、通貨価値の不安や実質金利低下局面で買われやすく、スタグフレーション対策として個人投資家にもよく知られています。
ただし、コモディティや金は価格変動が激しく、短期的に大きく振れることも珍しくありません。レバレッジ商品や先物を多用してしまうと、インフレヘッジのつもりが、むしろボラティリティリスクを過剰に抱え込む結果になりかねません。「ポートフォリオの一部」にとどめ、全資産の数%〜1〜2割程度の範囲で役割を持たせるイメージが現実的です。
スタグフレーションを意識したポートフォリオ設計の基本原則
原則1:実物資産と金融資産のバランスを見直す
インフレと景気停滞が同時に進む環境では、「実物資産(不動産・コモディティ・インフレ連動債など)」の比率を一定程度確保することが重要になります。ただし、不動産は流動性が低く、コモディティはボラティリティが高いという欠点もあります。
現実的なアプローチとしては、株式インデックスなどの金融資産をコアに据えながら、その一部にインフレ耐性のあるセクター(エネルギー・生活必需品・インフラ関連など)や、物価に連動しやすい資産クラス(REIT、コモディティETFなど)を組み合わせる「コア+サテライト」戦略が考えられます。
原則2:デュレーションを短くし、金利ショックへの感応度を抑える
長期の固定金利債券は、金利上昇局面に弱い資産です。スタグフレーションが疑われる局面では、長期債への偏りを減らし、短期債・変動金利商品・インフレ連動債などを活用することで、ポートフォリオ全体の金利リスクを抑えることができます。
具体的には、「10年以上の長期債に集中していないか」「平均残存期間が過度に長くなっていないか」を点検し、必要に応じて残存期間の短いファンドや個別債券に構成をシフトすることが検討できます。
原則3:価格転嫁力のある企業に注目する
スタグフレーション下でも、すべての企業が等しく苦しいわけではありません。原材料価格や人件費が上昇しても、それを販売価格に転嫁できるビジネスモデルを持つ企業は、利益率を維持しやすくなります。
たとえば、生活必需品やニッチなブランド力を持つ企業、規模の経済を活かしてコスト優位性を持つ企業などは、価格転嫁力が高い傾向があります。決算資料やIR情報で「粗利率の推移」「値上げと売上数量の関係」などを確認し、インフレ環境下で利益がどう変化しているかを見ると、スタグフレーション耐性をある程度見極めることができます。
具体的なポートフォリオ例のイメージ
ここでは、あくまで考え方の一例として、スタグフレーションを意識したシンプルなポートフォリオ構成イメージを示します(特定商品の推奨ではありません)。
例1:長期積立を前提とした分散構成
たとえば、以下のようなイメージです。
- 世界株インデックスファンド:50〜60%(うち、インフレ耐性セクターの比率を意識)
- 短期国債・短期債券ファンド:15〜25%(デュレーションを短くして金利リスクを抑制)
- 不動産・インフラ関連(REIT・インフラ株など):10〜20%(賃料・インフラ料金の物価連動性を活用)
- コモディティ・金関連:5〜15%(インフレヘッジとしての役割)
ここで重要なのは、比率の数字そのものではなく、「どの資産がどのリスクに強いか」を意識して役割分担をさせることです。スタグフレーション局面でも、すべての資産が同時にマイナスになるわけではなく、相対的に強い資産と弱い資産が現れます。その「相対的な動きの違い」を組み合わせて、ポートフォリオ全体のダメージを抑えにいく発想が大切です。
例2:キャッシュフロー重視の構成
将来の生活費を意識する場合、スタグフレーション下での「名目キャッシュフロー」と「実質キャッシュフロー」の両方を意識する必要があります。たとえば、以下のような構成イメージがあります。
- 配当株・高配当ETF:30〜40%(ただし配当利回りだけでなく、配当の持続可能性を重視)
- インフレ耐性のあるREIT・インフラ関連:20〜30%
- 短期債・現金:20〜30%(相場急変時のリバランス資金として確保)
- コモディティ・金:5〜10%
スタグフレーション下では、名目の配当や賃料が増えても、インフレ率がそれ以上に高ければ実質購買力は減ります。そのため、「利回り○%だから安心」と短絡的に考えず、「インフレを差し引いた実質ベースでどの程度のキャッシュフローなのか」を意識して設計することが重要です。
スタグフレーション局面で避けたい典型的な失敗パターン
失敗1:現金比率を極端に高めてしまう
相場が下落すると、恐怖から現金に逃避したくなります。ある程度の現金確保は合理的ですが、インフレ率が高い環境で現金比率を極端に高めると、実質的な資産価値はじわじわと削られていきます。「短期の値動きが怖い」からといって、長期の購買力というもっと大きなリスクを無視してしまうことは避けたいポイントです。
失敗2:長期債に集中したまま放置する
金利が低い時期に長期債を大量に購入し、そのまま放置していると、スタグフレーション局面で大きな含み損を抱えるリスクがあります。保有中の債券や債券ファンドの平均残存期間を把握し、状況によってはデュレーションを短くする方向へのリバランスを検討することが重要です。
失敗3:高配当だからといってビジネスモデルを無視する
インフレ局面では、「高配当」をうたう銘柄に注目が集まりがちです。しかし、配当利回りが高いからといって、それが持続可能だとは限りません。コスト上昇を価格に転嫁できないビジネスモデルや、過大な負債を抱えた企業は、スタグフレーション下で配当を減配・無配にせざるを得ないリスクがあります。
配当利回りだけを見るのではなく、「キャッシュフローの安定性」「財務体質」「価格転嫁力」などを総合的にチェックすることが、スタグフレーション環境では特に重要になります。
失敗4:レバレッジ商品で一発逆転を狙う
スタグフレーション局面では、マーケット全体のボラティリティが上がり、短期的な値動きも激しくなりがちです。このような環境でレバレッジ型商品や信用取引を過度に利用すると、インフレヘッジをするどころか、逆方向に動いたときに短期間で大きな損失を被るリスクが高まります。
特に、日次でリバランスされるレバレッジETFや、ロールコストの大きい先物型商品は、長期保有には向きません。スタグフレーション対策としては、「安定した実物キャッシュフロー」と「インフレに連動しやすい資産クラス」を重視し、レバレッジ依存度を抑えることが無難です。
シナリオ別に考えるスタグフレーション対策フレームワーク
シナリオ1:インフレ懸念が高まり始めた段階
まだスタグフレーションとまでは言えないが、インフレ率がじわじわ上昇し、中央銀行も利上げを議論し始めているような局面では、以下のようなチェックが有効です。
- ポートフォリオのデュレーションは長すぎないか
- 現金比率が過度に低くなっていないか(リバランス余力はあるか)
- インフレ耐性のあるセクターや資産クラスを全く持っていない状態になっていないか
この段階で少しずつ構成を見直しておくことで、後の急な金利上昇やインフレ進行に備えることができます。
シナリオ2:景気指標が悪化しつつインフレが高止まりしている段階
景気指標(成長率・雇用など)が悪化する一方で、インフレ率がなかなか下がらない状況では、スタグフレーションの色合いが濃くなってきます。この局面では、以下のような対応が考えられます。
- 個別株では、価格転嫁力の乏しい銘柄や負債過多の企業を減らす
- 配当や賃料など、インフレにある程度連動しやすいキャッシュフローの比率を高める
- 生活防衛資金は確保しつつ、それ以上の過剰な現金シフトは避ける
また、自分の生活コスト構造も見直し、「生活インフレ」を抑える努力(固定費削減・電気代や通信費の最適化など)と、資産運用を組み合わせてトータルでインフレに対処する視点が重要になります。
シナリオ3:インフレ鎮静化の兆しが見え、政策金利も転換点に近づいた段階
やがて、景気悪化が深刻化し、インフレ率も徐々に落ち着いてくると、金融政策のスタンスにも転換点が訪れます。この段階では、再び「成長期待」「金融緩和期待」がマーケットを動かし始めるため、スタグフレーション対策として高めていたインフレ耐性資産の比率を、段階的に通常モードへ戻すことも検討の対象となります。
重要なのは、「スタグフレーション対策ポートフォリオが半永久的に最適」ということはなく、マクロ環境の変化に合わせて構成を調整していく必要がある、という点です。
スタグフレーション時代を生き抜くためのチェックリスト
最後に、スタグフレーションを意識したときに個人投資家が確認しておきたいポイントをチェックリストとして整理します。
- 自分のポートフォリオの「実質リターン」を意識しているか(名目リターンだけを見ていないか)
- 長期固定金利債券に偏り過ぎていないか(デュレーションは適切か)
- インフレに連動しやすい資産クラス(不動産・コモディティ・インフレ耐性セクター株など)を一定割合持っているか
- レバレッジ商品や短期売買に頼り過ぎていないか
- 生活コストや家計の構造そのものを見直し、固定費や無駄な支出を削減する努力をしているか
- 投資方針が、一時的なニュースや相場の雰囲気ではなく、自分の時間軸・リスク許容度・キャッシュフロー計画に基づいているか
スタグフレーションは、短期的な一発勝負で乗り切れるテーマではありません。むしろ、「資産構成」「キャッシュフロー」「生活コスト」という3つのレイヤーを地道に整え、時間をかけてインフレと向き合う長期戦です。
まとめ:スタグフレーションは「怖いテーマ」だが、準備次第でダメージを抑えられる
スタグフレーションは、株式・債券・現金のどれもが完璧な逃げ場になりにくい、投資家にとって厳しい環境です。しかし、あらかじめインフレ耐性のある資産クラスやセクターを組み込み、デュレーションやキャッシュフロー構造を見直しておくことで、ダメージを大きく抑えることは十分に可能です。
また、インフレへの備えは、金融資産だけで完結するものではありません。生活コストの最適化や、将来の収入源の多様化(副業・スキルアップなど)も含めた「総合的なインフレ対策」として考えることで、スタグフレーションという難しい局面にも、より戦略的に備えることができます。
相場のニュースに振り回されるのではなく、自分のポートフォリオと家計の両方を冷静に分析し、「どのようなインフレシナリオでも極端に困らない構造」を目指して設計していくことが、スタグフレーション時代を生き抜くための鍵になります。
本記事の内容は、特定の銘柄や金融商品の取得・売却を推奨するものではなく、一般的な情報提供を目的としたものです。実際の投資判断にあたっては、ご自身の資金状況やリスク許容度を踏まえ、必要に応じて専門家への相談も検討してください。


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