インフレが意識される局面では、「金利が上がるか下がるか」だけに注目しがちですが、本当に資産価格を動かすのは名目金利ではなく「実質金利」です。実質金利の低下は、株式や不動産、債券、金、暗号資産などあらゆる資産クラスに影響を与えます。この記事では、実質金利の仕組みと、その低下局面で個人投資家がどのようにポートフォリオを組み立てればよいかを、具体例を交えて詳しく解説します。
実質金利とは何か:シンプルな数式で理解する
実質金利は、ざっくり言うと「お金の増え方から物価上昇分を差し引いたもの」です。数式にすると次のようになります。
実質金利 = 名目金利 − インフレ率(物価上昇率)
例えば、定期預金の金利が年2%で、物価が毎年3%上がっているとします。このとき、名目金利は2%ですが、実質金利は「2% − 3% = −1%」です。数字では増えているように見えても、生活に必要なモノやサービスの値段はそれ以上のペースで上がっているので、実質的な購買力は毎年1%ずつ目減りしていることになります。
逆に、名目金利1%でも物価が毎年0%なら、実質金利は1%です。この場合は、お金の増え方のほうが物価の上昇よりも大きいので、預金の購買力は少しずつ増えていきます。
実質金利の低下が起こる3つのパターン
実質金利が低下するパターンは大きく3つに整理できます。それぞれのケースで、投資家が受ける影響も変わってきます。
パターン1:インフレ率が上昇し、名目金利はあまり上がらない
もっとも典型的なのがこのパターンです。物価はじわじわ、もしくは急激に上がるのに、預金金利や国債利回りはほとんど上がらない、という状態です。
例えば、名目金利1%、インフレ率1%だったところから、名目金利1.2%、インフレ率3%になったとします。名目金利だけを見ると「少し上がった」と感じますが、実質金利は「1% − 1% = 0%」から「1.2% − 3% = −1.8%」へと大きく低下しています。この場合、現金や普通預金に資産を置きっぱなしにしていると、購買力が急速に失われていきます。
パターン2:名目金利が下がり、インフレ率はあまり変わらない
景気が悪化した局面などで政策金利が下がり、国債利回りも低下していく一方、物価はあまり下がらない、あるいは横ばい程度というケースです。この場合も実質金利は低下します。名目金利の低下局面は、一般的に債券価格の上昇要因となりますが、インフレ率がそこまで下がらないと、預金の実質的な価値はそれほど守られません。
パターン3:名目金利が低下し、インフレ率が上昇する
もっとも実質金利が下がりやすいのがこのパターンです。景気対策や金融緩和で金利が抑え込まれている一方、資源価格や賃金などの要因で物価が上がっていくと、実質金利は急速にマイナス方向へ傾きます。このような局面では、現金や低金利の預金はインフレに非常に弱くなります。
実質金利と各資産クラスの関係を整理する
実質金利の低下は、資産クラスごとに異なる形で影響します。ここでは代表的な資産クラスごとに、実質金利との関係を整理しておきます。
国債・社債:割引率と期間の長さがカギ
債券価格は、将来の利払いと元本返済を「割引率」で現在価値に引き直して決まります。この割引率に強く影響するのが名目金利です。ただし、投資家が最終的に気にしているのは実質的なリターンなので、インフレ率との組み合わせで評価が変わります。
実質金利が低下する局面では、既に発行されている固定金利の長期国債や社債の価格が上がりやすくなります。ただし、インフレ率が高くなりすぎると、たとえ名目利回りがそこそこあっても「インフレ負け」する可能性があります。特に、長期で低クーポンの債券は、インフレ局面では実質価値が削られやすい点に注意が必要です。
株式:将来キャッシュフローと割引率のバランス
株式は、企業が将来生み出す利益やキャッシュフローの現在価値として評価されます。ここでも割引率として、長期金利やリスクプレミアムが使われます。実質金利が低下すると、理論上は将来キャッシュフローの現在価値は高くなり、株価にはプラス要因になります。
特に、遠い将来の成長が期待されるグロース株は、割引率低下の恩恵を受けやすいとされます。一方、配当利回りや現在の利益水準が重視されるバリュー株は、インフレの影響をどこまで価格転嫁できるかが重要です。実質金利が低下していても、企業がコスト上昇を価格に乗せられない場合、利益は圧迫され、株価は伸び悩む可能性があります。
不動産・REIT:賃料と資本コストの差がポイント
不動産やREITは、賃料収入から経費や金利負担を差し引いたキャッシュフローを、一定の利回りで割り引いて評価します。実質金利が低下し、借入コストが相対的に低下する局面では、不動産投資の収益性が高まりやすくなります。
ただし、インフレで固定資産税や維持コストが上昇し、賃料に十分転嫁できなければ、手残りのキャッシュフローは増えません。また、実質金利の低下を理由に過度なレバレッジをかけると、金利上昇局面や景気悪化のタイミングで一気に逆風を受けるリスクもあります。
金・コモディティ:実質金利マイナス局面で再評価されやすい
金は利息や配当を生まない資産ですが、実質金利がマイナスになると「利息がつかないことの不利さ」が相対的に小さくなります。その結果、価値保存の手段としての需要が高まりやすいとされています。原油や資源関連コモディティも、インフレや通貨価値の低下と結びついて評価されることが多い資産です。
ただし、コモディティは価格変動が大きく、短期的な需給や投機的な動きに左右されやすいという特徴があります。実質金利の低下局面でも、必ずしも一本調子で価格が上がるわけではないことは押さえておくべきです。
外貨・FX:実質金利差と通貨の魅力
為替市場では、名目金利差だけでなく、インフレ率を加味した実質金利差も重要な要因になります。実質金利の高い通貨は、長期的には購買力を維持しやすく、投資マネーを引きつけやすいと考えられます。
一方で、短期のFXトレードでは、実質金利よりも政策金利の変化や市場の期待が強く効く場面も多くあります。長期で通貨分散を考える場合には、実質金利やインフレ率の違いを冷静に比較し、あくまで資産分散の一部として活用するのが現実的です。
暗号資産:実質金利低下時の「オルタナティブ資産」としての位置づけ
暗号資産は、まだ歴史の浅い資産クラスですが、実質金利がマイナスの局面で注目されやすい傾向があります。法定通貨の購買力低下に対するヘッジ手段として期待される一方で、値動きが極めて大きく、規制や技術リスクも存在します。
実質金利低下局面で暗号資産への関心が高まることはあっても、家計の中での位置づけは慎重に考える必要があります。長期資産全体から見た割合を決めたうえで、分散投資の一部として扱う発想が重要です。
実質金利を自分でざっくりチェックする方法
実質金利というと難しく聞こえますが、個人でも簡易的に把握することができます。代表的なのは、長期国債利回りとインフレ率(消費者物価指数の前年比など)を使ったシンプルな計算です。
例えば、ある国の10年国債利回りが1.0%で、最新のインフレ率が3.0%なら、ざっくりとした実質長期金利は「1.0% − 3.0% = −2.0%」と考えられます。この数字が大きくマイナスであるほど、その通貨建ての安全資産を保有しているだけでは購買力を守りにくい状況だと解釈できます。
もちろん、実際には将来のインフレ率は変動しますし、市場参加者の期待インフレ率も重要です。それでも、こうした簡易的な計算を月に1回程度チェックするだけでも、マクロ環境を意識した投資判断につながります。
家計のバランスシートから考える実質金利低下対策
実質金利の低下に対処する際は、「金融資産」だけでなく「負債」も含めた家計全体のバランスシートで考えることが重要です。ここでは、シンプルなステップで整理してみます。
ステップ1:資産と負債を一覧化する
まず、預金、投資信託、株式、債券、iDeCoや企業型DC、新NISA口座、不動産などの資産と、住宅ローンやカードローンなどの負債を一覧にします。それぞれの金利、残高、満期や返済期間をざっくりメモしておくと、実質金利低下の影響をイメージしやすくなります。
ステップ2:負債サイドの金利条件を見直す
実質金利が低下しているということは、多くの場合、名目金利も歴史的に見ると低い水準にあることが多くなります。特に、変動金利の住宅ローンを利用している場合、金利が上がる前に固定金利への借り換えや返済計画の見直しを検討する価値があります。
同時に、インフレで実質的な返済負担が軽くなるという側面もあります。年々の給与や売上がインフレとともに増えていけば、同じ元利返済額でも「体感の重さ」は軽くなるからです。ただし、収入がインフレに追いつくとは限らないため、過度なレバレッジを前提にした借入は避けるべきです。
ステップ3:現金・流動性の持ち方を決める
実質金利がマイナスだからといって、現金や預金をゼロにしてしまうのは現実的ではありません。生活費の数か月分、急な出費に備えたクッション資金など、流動性は必ず必要です。
現実的には、「生活費○か月分は普通預金、それ以上の余力資金はインフレ耐性のある資産へ」というように、役割ごとに資産を分けて考えるのが有効です。流動性の高い短期債や、すぐに換金しやすいインデックスファンドなどを組み合わせることで、現金比率を必要以上に高めずにすみます。
実質金利低下を前提にしたポートフォリオ構築の考え方
ここからは、実質金利の低下局面を前提に、具体的にどのようなポートフォリオを検討できるかの考え方を整理します。あくまで一例ですが、以下のような視点を押さえておくと、インフレと金利環境を意識した運用方針を立てやすくなります。
ポイント1:キャッシュフローを生む資産の比率を高める
実質金利がマイナスのときは、現金で保有しているだけで購買力が減っていきます。そのため、配当や分配金、賃料収入など、キャッシュフローを生み出す資産を一定割合持つことが重要です。
具体的には、配当成長が期待できる株式、インフラ関連のファンド、REITなどが候補になります。重要なのは、「現在の利回り」だけでなく、「中長期で配当や賃料がどの程度成長しうるか」という点です。物価上昇をある程度価格に転嫁できるビジネスモデルかどうかを見極める視点が求められます。
ポイント2:インフレ率に近い、もしくはそれ以上の期待リターンを目指す
実質的に資産を増やすには、「期待リターン > インフレ率」であることが前提になります。例えば、長期的なインフレ率が2〜3%程度と想定されるなら、ポートフォリオ全体で年率3〜5%以上の期待リターンを目指したいところです。
そのためには、現金や低利回りの安全資産に偏りすぎないようにしつつ、自分が許容できるボラティリティの範囲で株式やリスク資産の比率を調整する必要があります。リスクを取りたくないからといって、すべて預金に置いておくと、高インフレ局面では実質的な目減りが避けられません。
ポイント3:通貨分散で一国の実質金利低下リスクを和らげる
特定の国で実質金利が大きくマイナスになっている場合、その国の通貨建て資産だけに集中していると、インフレと通貨安の両方でダメージを受ける可能性があります。こうしたリスクを和らげる一つの方法が通貨分散です。
海外株式や海外債券に投資するインデックスファンドを活用すれば、結果として通貨ベースも分散されます。為替ヘッジの有無やコストも含めて、どの程度通貨リスクを取りにいくかを事前に決めておくと、相場変動に振り回されにくくなります。
シナリオ別に考える実質金利と資産配分
実質金利は、インフレ率と名目金利の組み合わせで変化します。ここではシンプルな3つのシナリオを想定し、それぞれで意識したいポイントを整理します。
シナリオ1:緩やかなインフレ+低金利が続く場合
物価は毎年1〜2%程度で穏やかに上がり、政策金利も低水準に据え置かれているような局面です。この場合、実質金利は小さなマイナス〜ゼロ近辺にとどまりやすくなります。
こうした環境では、現金だけに偏らず、インデックスファンドや積立投資を通じて株式やREITへのエクスポージャーを確保しておくことで、実質的な資産成長を狙いやすくなります。一方で、極端な高リスク資産に偏る必要はなく、時間を味方につけた分散投資が有効に機能しやすい局面と言えます。
シナリオ2:高インフレ+政策金利の急上昇
物価上昇が加速し、それに対応して政策金利や長期金利も急上昇するケースです。この局面では、名目金利もインフレ率も高い水準にありますが、実質金利がプラスになるかマイナスのままかで環境が大きく変わります。
実質金利がプラス方向に戻ると、債券や預金の魅力は相対的に高まりますが、その途中の金利急上昇局面では既発債券の価格が大きく下落するリスクがあります。また、株式やREITも、金利上昇による割引率の上昇と、インフレによる売上・利益の押し上げのどちらが勝つかで値動きが変わります。
シナリオ3:インフレ鈍化+低金利が長期化する場合
インフレが落ち着きつつも、人口動態や経済構造の変化などにより、金利が長期にわたって低位にとどまるシナリオです。この場合、実質金利は小幅なプラス〜ゼロ近辺にとどまり、現金や国債だけでは大きな資産形成は期待しにくくなります。
このような環境では、時間分散と資産分散を徹底した長期積立投資が有効です。新NISAやiDeCoなどの税制優遇制度を活用しながら、株式やバランス型ファンドを中心に、長期でコツコツ積み上げる戦略が現実的な選択肢になります。
実質金利低下局面で陥りがちな失敗パターン
実質金利の低下局面では、感覚的な「安全」と、実際の購買力の動きがズレやすくなります。ここでは、よくある失敗パターンをいくつか挙げます。
失敗パターン1:現金を「安全資産」として持ちすぎる
預金残高が増えていると安心感がありますが、実質金利がマイナスのときは、目に見えない形で購買力が削られ続けています。生活防衛資金を超える部分まで現金で持ち続けると、インフレが長引くほどダメージが大きくなります。
失敗パターン2:定期預金などで長期に固定してしまう
金利が低い局面で、わずかな上乗せ利率につられて長期の定期預金に資金を固定してしまうと、後からインフレが加速したときに身動きが取りづらくなります。インフレ率が金利を上回ると、実質金利はマイナスのまま固定されてしまうからです。
失敗パターン3:インフレを理由に過度なレバレッジをかける
「インフレが続けば借金の実質負担は軽くなる」という発想から、住宅ローンや投資ローンで過大なレバレッジをかけるケースもあります。しかし、金利が急上昇したり、収入が伸び悩んだりすると、返済負担が一気に重くなるリスクがあります。実質金利が低いからといって、無制限にレバレッジを取ってよいわけではありません。
失敗パターン4:短期の値動きだけを追いかける
実質金利の低下局面では、株式やコモディティ、暗号資産などのボラティリティが高まりやすくなります。このとき、ニュースやSNSで話題の銘柄を短期で追いかけ続けると、結果的に「高値掴みと安値売り」を繰り返してしまうことになりかねません。実質金利というマクロの軸を持ちつつ、自分の投資ルールを事前に決めておくことが大切です。
実践に使える実質金利チェックリスト
最後に、実質金利を意識した運用のために、月1回程度見直したいポイントをチェックリストとしてまとめます。
- 自分が投資している国や通貨の長期金利(10年国債利回りなど)を確認する
- 最新のインフレ率(消費者物価指数の前年比など)を確認する
- 「長期金利 − インフレ率」でざっくりとした実質長期金利を計算する
- 実質長期金利が明確にマイナスなら、現金や低利回り資産の比率が高すぎないか点検する
- 家計全体で見た借入金の金利条件(固定か変動か、残高はいくらか)を確認する
- 配当や分配金、賃料などのキャッシュフローを生む資産が、資産全体のどれくらいを占めているか把握する
- 通貨分散の状況を確認し、特定通貨への集中度が高すぎないかをチェックする
- 新NISAやiDeCoなど、長期積立に向いた制度をどの程度活用できているかを点検する
こうしたチェックを定期的に行うことで、実質金利の低下局面でも、感情に振り回されずにポートフォリオを調整しやすくなります。
まとめ:実質金利を軸に「購買力」を守る投資判断を
実質金利の低下は、表面的な金利の数字以上に、家計や資産運用に大きな影響を与えます。名目金利だけを見て「金利は低いから投資は難しい」とあきらめるのではなく、「インフレ率を差し引いた実質金利」で環境を捉え直すことが重要です。
現金や預金は、生活防衛資金という役割に限定し、それ以外の資金については、キャッシュフローを生む資産やインフレ耐性のある資産に一定割合を振り向けることで、中長期的な購買力の維持を目指せます。また、借入条件の見直しや通貨分散など、家計全体のバランスシートを意識した視点も欠かせません。
実質金利を定期的にチェックしつつ、自分なりのルールに基づいてポートフォリオを調整していくことが、インフレ環境下で資産を守り、増やしていくための着実なアプローチになります。


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