チャートには、トレンドと同時に大量のノイズが含まれています。値動きに振り回されず、本当に意味のある方向性だけを取り出したい――そのニーズに応える手法の一つが「カルマンフィルター」です。
カルマンフィルターは本来、ロケットや航空機の軌道推定など工学分野で使われてきた数学的なフィルターですが、価格時系列のノイズを抑え、なめらかな「推定トレンド」を描くことにも応用できます。本記事では、投資初心者でもイメージしやすい形にかみ砕いて、カルマンフィルターをチャート分析に使う考え方と、具体的な売買アイデアを解説します。
カルマンフィルターとは何かを直感的に理解する
カルマンフィルターは、一言でいえば「真の値」を推定するための計算手法です。チャートに表示されている終値は、市場のノイズが乗った値にすぎません。本当に知りたいのは、ノイズを取り除いた基調トレンドです。
イメージしやすいように、以下のように考えてください。
・チャートに表示される「観測価格」は、真のトレンド+ノイズの合成
・カルマンフィルターは、「前のトレンド推定」と「今観測した価格」の両方を重み付けしながら、次の推定値を計算する
・ノイズが大きいと判断すれば、観測価格をあまり信用せず、過去の推定を重視する
・ノイズが小さいと判断すれば、新しい価格情報をより強く反映させる
この「どのくらい新しい情報を信じるか」を数式で自動調整してくれるのがカルマンフィルターです。単純移動平均(SMA)や指数平滑移動平均(EMA)が固定の期間・固定の重みで平滑化するのに対し、カルマンフィルターは状況に応じて重み付けを変える「賢い移動平均」のようなイメージを持つと理解しやすくなります。
SMAやEMAとカルマンフィルターの違い
投資初心者にとって、まずはSMAやEMAとの違いを押さえておくと、カルマンフィルターの特徴がはっきりします。
・SMA:一定期間の終値を単純平均するだけ。急激な変化に追随しにくいが、計算がシンプルで分かりやすい。
・EMA:直近の価格により大きな重みを与える移動平均。SMAより価格に敏感だが、それでも重みはあらかじめ固定。
・カルマンフィルター:価格変動の「ブレ具合(ノイズの大きさ)」に応じて、その都度重みを調整する。
例えば、相場が急にボラティリティを増した局面では、カルマンフィルターは「今の観測値にはノイズが多いかもしれない」と判断し、急激にラインが振られないように調整します。逆に、落ち着いたトレンド局面では、新しい観測値を素直に反映し、トレンドに沿ったなめらかなラインを描きます。
チャートにカルマンフィルターを重ねるメリット
カルマンフィルターをチャートに適用すると、次のようなメリットが期待できます。
・ヒゲや一時的なスパイクに振り回されにくい
・トレンドの転換点を、SMAよりも滑らかに捉えやすい
・ボラティリティの変化に応じて自動調整されるため、「期間設定の微調整地獄」からある程度解放される
特に、FXや暗号資産のようにノイズが多く、ヒゲも長いマーケットでは、単純な移動平均よりもカルマンフィルターのほうが、見た目にも「納得感のあるトレンドライン」になりやすい傾向があります。
具体的なイメージ:1本のカルマンラインを使う
ここでは、FXの1時間足チャートを例にします。テクニカル指標としてのカルマンフィルターは、環境によって実装が異なりますが、多くの場合は「価格に合わせて、なめらかに追従する1本のライン」として表示できます。
イメージとしては、20期間EMAに似た位置にいることが多いものの、ノイズの激しいバーではラインがあまり引きずられず、落ち着いているバーでは素直に追随する、という動きを見せます。
トレンドフォロー派であれば、次のような使い方が考えられます。
・ローソク足がカルマンラインの上に位置している間は「上昇優勢」とみなす
・ローソク足がカルマンラインの下に位置している間は「下落優勢」とみなす
・価格がカルマンラインを明確に抜けたところを、トレンド転換のサイン候補として監視する
売買ルール例1:カルマンラインと価格のクロス
まずはシンプルなトレンドフォロー戦略の例です。FXの主要通貨ペア(例:ドル円)1時間足を前提にした売買ルールをイメージしてみましょう。
【買いエントリーの条件】
・直近まで価格がカルマンラインの下にあった
・強い上昇足でカルマンラインを上抜けし、その足の終値がカルマンラインの上で確定
・直近数本の安値が徐々に切り上がっている(安値のトレンドも確認)
【手仕舞い・ドローダウン管理】
・価格が再びカルマンラインを明確に下抜けして終値が下で確定したら決済
・カルマンラインを少し下回る位置に、トレーリングストップを置く
この戦略の狙いは、ノイズだらけの小さなブレイクには反応せず、カルマンラインが示す「なめらかなトレンド反転」を捉えることにあります。SMAやEMAを使ったクロス戦略と比べて、だましを完全に消すことはできませんが、ヒゲだけで反応してしまう回数を減らせる可能性があります。
売買ルール例2:カルマンフィルター×ボリンジャーバンド
次に、ボリンジャーバンドと組み合わせた応用例です。同じく1時間足を想定します。
【買いのシナリオ】
・ボリンジャーバンドの-2σライン近辺で価格が推移し、一時的な売られすぎの可能性がある
・同時に、カルマンラインが横ばいから上向きに傾き始めている(トレンド転換の兆し)
・直近の安値を切り下げていない(ダブルボトム気味の形)
このようなとき、単にボリンジャーバンドだけを見ると「逆張りの買い局面かもしれない」と考えますが、実際にはトレンドがまだ下向きで、逆張りが裏目に出るケースも多くあります。そこでカルマンラインの傾きも併せて確認することで、「売られすぎ+基調トレンドの転換兆し」という局面に絞り込むイメージです。
【売りのシナリオ】も同様で、+2σ付近でカルマンラインの傾きがフラットから下向きになり始めたときに、利食い・ドテン売りの候補として監視できます。
パラメータ調整の考え方:難しい数式を気にしすぎない
カルマンフィルターの本来の数式は難しく見えますが、多くのチャートツールやインジケーターでは、ユーザーが調整するパラメータは数個に簡略化されています。代表的なのは次のような考え方です。
・「プロセスノイズ(Q)」:トレンド自体がどれくらい変化しやすいかの想定
・「観測ノイズ(R)」:価格データにどれくらいノイズが乗っていると考えるか
直感的には、Qを大きくするほどラインは価格に敏感になり、Rを大きくするほどラインはなめらかになります。最初は、EMAの期間設定と同じ感覚で「少し敏感」「少し鈍感」といったレベル感だけを意識し、細かい値にこだわりすぎないほうが、実際のトレードでは扱いやすいです。
バックテストで確認しておきたいポイント
カルマンフィルターを使った戦略を検証する際に、最低限チェックしておきたいポイントを整理します。
・トレンド相場とレンジ相場で、損益曲線の形がどう変わるか
・パラメータを多少変えても結果が大きく崩れないか(ロバスト性)
・スプレッドや手数料を十分に加味しても優位性が残るか
・連敗時の最大ドローダウンが、資金量と心理的許容度の範囲に収まるか
特に、カルマンフィルターは「値をなめらかにする」ことに強みがありますが、それだけでは優位性は生まれません。トレンドフォローなのか、押し目買い・戻り売りなのか、ブレイクアウト狙いなのか、戦略の軸を明確にしたうえで、カルマンラインをどう組み込むかを検討することが重要です。
よくある失敗パターンと注意点
カルマンフィルターを使う際によくある失敗パターンも押さえておきましょう。
・数式や理論にこだわりすぎて、実際のチャート検証がおろそかになる
・パラメータを最適化しすぎて、過去データにだけ強い「カーブフィッティング状態」になる
・他のインジケーターと併用しすぎて、シグナルが複雑になり、リアルタイムでは判断できなくなる
大切なのは、「カルマンフィルターを使うこと自体」が目的化しないようにすることです。あくまで、ノイズに振り回されず、トレンドの骨格を分かりやすく可視化するための一つのツールとして位置付け、そのうえで自分のトレードスタイルに合うかどうかを冷静に見極める必要があります。
デイトレード/スイングでの使い分け
取引スタイルによって、カルマンフィルターの活用イメージも変わります。
・デイトレード:5分足や15分足に適用し、急なノイズを抑えながら、短期トレンドの方向を判断する補助として利用。エントリーの方向確認や、利食い・損切りの目安ラインとして使う。
・スイングトレード:1時間足や4時間足、日足に適用し、中期トレンドの流れをつかむ。レンジとトレンドの切り替わりを見つける目的で併用する。
どの時間軸でも共通するのは、「カルマンラインの傾き」と「価格がラインのどちら側にいるか」をセットで見ることです。ラインの傾きが上向きで、価格がラインの上にあれば上昇優勢、下向きでラインの下にあれば下落優勢というシンプルな判断軸を、一貫して使うと迷いが減ります。
まとめ:カルマンフィルターを「賢い移動平均」として試してみる
カルマンフィルターは、名前からして難しそうに感じますが、チャート上では「ノイズに振られにくい、賢い移動平均」として扱うことができます。数式を完全に理解する必要はなく、次のポイントを押さえておけば、実践に活かしやすくなります。
・価格データからノイズを減らし、トレンドの骨格を見やすくする
・SMAやEMAよりも、ボラティリティ変化に応じて柔軟に反応する
・価格とのクロス、ラインの傾き、他の指標との組み合わせで売買アイデアを組み立てられる
まずは、普段使っている通貨ペアや銘柄のチャートにカルマンフィルターを1本重ね、「トレンドの見え方がどう変わるか」を観察してみるところから始めてください。トレードに直接使うかどうかは、その後の検証結果を見て判断して構いません。重要なのは、新しいツールを試し、自分の目で優位性を確かめていく姿勢です。


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