チャート分析というと、多くの投資家は個別銘柄や指数のローソク足や移動平均線ばかりに目が行きがちです。しかし、株式市場全体の「健康状態」を把握しないまま売買判断をすると、思わぬ逆風に巻き込まれることがあります。そこで役に立つのが、市場全体の強さ・弱さを数量的に測る「市場幅インディケーター(マーケット・ブレッドス指標)」です。
市場幅インディケーターは、個別銘柄のテクニカル指標とは違い、「何銘柄が上昇しているか」「どの程度の銘柄が新高値をつけているか」といった、市場全体の内部構造(インターナル)を可視化します。この記事では、代表的な市場幅インディケーターとその読み方、実際の売買への活かし方を、投資初心者でも理解できるよう丁寧に解説します。
市場幅インディケーターとは何か
市場幅インディケーターとは、株式市場全体の広がり(Breadth)を測る指標の総称です。例えば、日経平均株価が上昇していても、その上昇が「一部の大型株だけ」によるものなのか、「多くの銘柄が幅広く買われている結果」なのかで、今後のトレンドの信頼度は大きく変わります。
具体的には、次のようなデータを用いて算出されます。
- 上昇銘柄数と下落銘柄数
- 新高値銘柄数と新安値銘柄数
- 出来高の増減(上昇銘柄の出来高と下落銘柄の出来高)
- 各銘柄の騰落率の分布
これらを組み合わせることで、「指数は上がっているが中身はスカスカ」といった警戒すべき局面や、「指数は横ばいだが足元では多くの銘柄がじわじわと買われ始めている」といった先行シグナルを捉えることができます。
代表的な市場幅インディケーターの種類
市場幅インディケーターには多数のバリエーションがありますが、ここでは個人投資家でも比較的扱いやすく、国内外のマーケットで広く利用されている代表的な指標を紹介します。
- アドバンス・デクライン(AD)ライン
- アドバンス・デクライン・レシオ(ADR)
- 新高値・新安値インデックス(52週高値・安値)
- マクレラン・オシレーター/マクレラン・サマーレーション
- 市場幅ベースの騰落レシオ
これらは名称こそ難しそうですが、考え方は「上昇している銘柄のほうが多いのか」「市場の勢いが広がっているのか」を見るだけです。以下で順に、初心者にも分かりやすい形で解説します。
ADライン:市場の内部トレンドを映す基本指標
最も基礎的な市場幅インディケーターが「ADライン(Advance-Decline Line)」です。これは、毎日の上昇銘柄数から下落銘柄数を引き、その差を累積したものです。
計算イメージは次の通りです。
- 当日上昇銘柄数:1,200銘柄
- 当日下落銘柄数:800銘柄
- 上昇銘柄数 − 下落銘柄数 = +400
この「+400」を前日までの累積値に足し合わせていくことで、ADラインが形成されます。指数(例えばTOPIXやNYSE総合指数)とADラインを同じチャート上に表示し、その乖離やトレンドを比較することで、市場全体の内部状態を読み取ります。
ADラインの典型的な読み方と実践的なポイント
ADラインの使い方で最も重要なのは、「指数とのダイバージェンス(乖離)」です。
典型的なシグナルは以下の通りです。
- 指数が高値更新を続けているのに、ADラインが高値更新できない → 上昇トレンドの内側が細ってきている可能性(警戒シグナル)
- 指数が安値更新をしているのに、ADラインが安値割れをしない → 売り圧力が広がっておらず、底打ちの兆候になることがある
例えば、米国株でよく見られるパターンとして、「S&P500は史上最高値を更新しているが、ADラインは数か月前の高値を超えられていない」という局面があります。この場合、上昇を牽引しているのはごく一部の巨大ハイテク株だけで、その他の銘柄は頭打ちになっている可能性があります。その後、全体の指数も反落に転じるケースが多く報告されています。
個人投資家にとっての実践的ポイントは、「指数の高値更新を鵜呑みにせず、ADラインが追随しているかを確認する」ことです。ADラインが明確に右肩上がりを続けている局面での押し目買いは、トレンドフォロー戦略との相性が良くなります。
ADR(アドバンス・デクライン・レシオ)で短期の過熱感を見る
ADラインが「累積型」の指標であるのに対し、ADR(Advance-Decline Ratio)は、その日の上昇銘柄数と下落銘柄数の比率を見る「日次の温度計」のような存在です。
計算方法はシンプルです。
- ADR = 上昇銘柄数 ÷ 下落銘柄数
例えば、上昇銘柄数が1,800、下落銘柄数が300であれば、ADRは6.0となり、「かなり上昇に片寄った一日」であることが分かります。
ADRの典型的な見方としては、一定期間の平均値からどれだけ乖離しているかを確認し、「短期的な買われ過ぎ・売られ過ぎ」を判断する使い方が挙げられます。
- ADRが極端に高い(水準は市場によるが、3〜4倍以上など) → 短期的な買われ過ぎの可能性
- ADRが極端に低い(0.3倍未満など) → 短期的な売られ過ぎの可能性
実践的には、ADRが極端な水準に達した日に「すぐ逆張りする」のではなく、ローソク足やボラティリティ(ATRなど)と組み合わせて、「一時的なショートカバーか、トレンド転換の兆しなのか」を慎重に見極めることが重要です。
新高値・新安値インデックスでトレンドの質を見る
市場全体のトレンドの質を測るうえで有効なのが、「新高値・新安値インデックス」です。これは、52週(1年)高値を更新している銘柄数と、52週安値を更新している銘柄数の推移を追う指標です。
例えば、日経平均がじわじわと上昇している局面で、新高値更新銘柄数が明確に増えている場合、上昇トレンドの質は良好と判断できます。一方、指数は高値圏で横ばいにもかかわらず、新高値銘柄数が減少し、新安値銘柄数がじわじわ増え始めた場合、足元では「見えないところで崩れが進んでいる」可能性があります。
実践的な活用例としては、次のようなものがあります。
- 中長期の上昇相場では、「新高値銘柄数のピークアウト」に注目する
- 大きな下落相場では、「新安値銘柄数のピークアウト」を底打ちの目安にする
特に、暴落局面では新安値銘柄数が急増しますが、その後、指数がまだ不安定な値動きをしている中で、新安値銘柄数だけが急速に減少に転じた場合、「売りが出尽くしつつある」と解釈できることがあります。個人投資家にとっては、底値圏でのナンピンリスクを抑えながら、徐々に買いポジションを検討するタイミングを探るヒントになります。
マクレラン・オシレーター:市場幅のモメンタムを見る
マクレラン・オシレーターは、上昇銘柄数と下落銘柄数の差を元に、そのモメンタム(勢い)を測るオシレーター系の市場幅指標です。ADラインが「累積値」であるのに対し、マクレラン・オシレーターは「変化の勢い」を見ることができるため、短中期の反転シグナルを捉えるのに適しています。
計算はやや複雑ですが、概念的には「AD差の短期EMAと長期EMAの差」と考えることができます。これはMACDと同じ発想で、市場幅データに対してMACDを計算しているイメージです。
読み方としては、次のようなポイントがよく使われます。
- オシレーターがゼロラインを上抜け → 売り優勢から買い優勢への転換
- オシレーターが極端なプラス圏 → 一時的な買われ過ぎ、調整入りの警戒
- オシレーターが極端なマイナス圏 → 一時的な売られ過ぎ、反発の警戒
実践的には、指数が重要なサポートラインに接近している場面で、マクレラン・オシレーターが極端なマイナスから反転し始めているかどうかを確認する、といった使い方がよく行われます。これは、「売り圧力のピークアウト」を測るための補助指標として有効です。
市場幅ベースの騰落レシオで「広がり」を定量化する
一般的な騰落レシオは、「一定期間の上昇銘柄数の合計 ÷ 同期間の下落銘柄数の合計」で算出され、市場全体の過熱感を測る指標として知られています。これも、市場幅インディケーターの一種です。
例えば、25日騰落レシオを例にすると、次のようなイメージになります。
- 過去25営業日分の、毎日の上昇銘柄数を合計する
- 同じく、過去25営業日分の下落銘柄数を合計する
- その比率を「騰落レシオ」として算出する
一般に、騰落レシオが一定の範囲(例えば70〜130前後)におさまっていれば、過熱感はさほど強くないとされ、これを大きく上回ると「短期的な買われ過ぎ」、大きく下回ると「短期的な売られ過ぎ」と解釈されることが多いです。
個人投資家にとって重要なポイントは、「騰落レシオだけで売買判断を完結させない」ということです。騰落レシオが低水準だからと言って、必ずしもすぐに反発が起こるとは限りません。トレンドフォロー系の指標(移動平均線やADXなど)と組み合わせて、「トレンドの方向と市場幅の過熱度合い」をセットで見ることで、精度の高いエントリー/エグジット判断につなげやすくなります。
市場幅インディケーターの実践的な使い方:3つのケーススタディ
ここからは、実際の相場局面をイメージしながら、市場幅インディケーターをどう活用するかを具体的に見ていきます。ここでは分かりやすくするために、架空の数値を用いて解説します。
ケース1:指数は高値更新だがADラインがついてこない
ある期間、株価指数Aは過去最高値を更新し続けているとします。しかし、ADラインを確認すると、数か月前の高値を超えられず、むしろなだらかに下向きに転じています。
この場合、指数の上昇は「ごく一部の大型株・人気株」に偏っており、多くの銘柄はすでに上昇の息切れを起こしている可能性があります。個人投資家がこの局面でブレイクアウトに飛び乗ると、全体相場の調整に巻き込まれるリスクが高まります。
実践的な対応としては、
- 新規の大きな買い増しは控える
- 保有ポジションの一部利益確定、トレーリングストップの引き上げで守りを固める
- 逆に、ADラインの回復が見られるまで、大きなリスクを取らない
といった「攻めより守りを重視するスタンス」が有効になりやすい局面です。
ケース2:指数は安値圏でも、ADラインが底打ちしている
別の局面では、株価指数Bが長期にわたり下落し、ニュースでも悲観的な見出しが並んでいるとします。しかし、ADラインのチャートを見ると、指数の安値更新に対して、ADラインの安値はすでに切り上がり始めている状況が確認できます。
これは、「指数はまだ弱そうに見えるが、実際には下げ止まりつつある銘柄が増えている」ことを示唆します。投資家心理が極端に悲観に傾いている一方で、実際の需給は徐々に改善に向かっている可能性があります。
実践的な対応としては、
- すぐに全力で買いに行くのではなく、狙っている銘柄の監視を強化する
- ファンダメンタルズが比較的しっかりした銘柄から、少しずつ打診買いを検討する
- 市場幅の改善が継続するかどうかを数週間単位で確認する
といった「段階的なリスクオン」が現実的です。市場幅インディケーターは、こうした「悲観の中の改善」をいち早く教えてくれることがあります。
ケース3:騰落レシオと新高値銘柄数の組み合わせで短期の転換を探る
短期トレードを行う投資家にとっては、騰落レシオや新高値・新安値インデックスを組み合わせて、「行き過ぎた局面」を逆張りの候補としてチェックする手法も有効です。
例えば、
- 25日騰落レシオが140以上に達し、過去1年でも上位の水準になっている
- 同時に新高値銘柄数が急増し、ニュースでも「全面高」「バブル的な上昇」といった言葉が並び始めている
といった局面では、「短期的な過熱」の可能性が高まります。この場合、トレンドフォローで買い増しをするよりも、むしろ保有ポジションの一部を利益確定したり、逆指値の水準を切り上げて下落リスクに備えたりする判断が選択肢になります。
逆に、
- 25日騰落レシオが60を割り込み、過去1年でも低水準にある
- 新安値銘柄数がピークを打った後、徐々に減少に転じている
といった局面では、「悲観のピークアウト」が起きている可能性があります。ここでは、すでに大きく下落している銘柄に無理に飛びつくのではなく、チャートが落ち着き始め、下げ止まりのサイン(安値の切り上がりや出来高減少など)が見え始めた銘柄を丁寧に選別することが重要です。
市場幅インディケーターを使う際の注意点
市場幅インディケーターは非常に有用なツールですが、「これだけで相場のすべてが分かる万能ツール」ではありません。実際の売買に活用する際には、いくつかの注意点を押さえておく必要があります。
- 指標の算出対象となる「市場」がどこかを確認する(東証プライムなのか、全市場なのか、米国市場なのか)
- 銘柄数の多寡や構成比率によって、同じ指標でも感度が変わることを理解する
- 短期のノイズに振り回されないよう、期間設定や平滑化の方法を一定に保つ
- 個別銘柄のチャートやファンダメンタルズと併せて総合的に判断する
特に、海外の市場幅インディケーターをそのまま真似して国内市場に適用する場合、銘柄構成や市場制度の違いが影響することがあります。指標の「絶対値」だけに頼るのではなく、過去の推移と比較しながら、その市場特有のクセをつかんでいく姿勢が重要です。
個人投資家が今日からできる市場幅インディケーター活用ステップ
最後に、これまでの内容を踏まえて、個人投資家が「今日から実践できる」市場幅インディケーター活用のステップを整理しておきます。
- まずは、自分が主に取引する市場(日本株、米国株など)の「上昇銘柄数・下落銘柄数」「新高値・新安値銘柄数」が確認できる情報源を一つ決める
- ADラインと株価指数を同じチャート上に表示し、トレンドの方向が揃っているか、乖離していないかを毎日ざっくり確認する
- 騰落レシオやADRを用いて、短期的な過熱感・冷え込みをチェックし、極端な水準ではポジションサイズを調整する
- 大きな上昇・下落局面では、新高値・新安値銘柄数のピークアウトが起きていないかを確認し、トレンド転換の兆しを探る
- これらの市場幅インディケーターと、移動平均線やRSI、ボリンジャーバンドなどの個別銘柄向けテクニカル指標を組み合わせ、「市場全体」と「個別銘柄」の両方の視点から売買判断を行う
市場幅インディケーターは、一度使い方に慣れてしまえば、日々の相場環境の把握を格段に効率化してくれる強力なツールです。指数やニュースの見出しだけに惑わされず、「どれだけ多くの銘柄が本当に買われているのか」「売りがどこまで広がっているのか」という本質的な問いを、数字で捉える習慣を身につけることで、中長期的なパフォーマンスの安定化につながる可能性があります。
まずは、ADラインと騰落レシオ、新高値・新安値銘柄数の3つからで構いません。毎日のマーケットチェックにこれらを加えることから、あなたの「相場の見え方」は大きく変わっていくはずです。


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