移動平均線やMACD、RSIなど、代表的なテクニカル指標はすでに多くの投資家に知られていますが、「TRIX(トリックス)」というオシレーターは、まだそれほどメジャーではないかもしれません。それでも、うまく使いこなすと「ダマシの少ないトレンドフォロー指標」として、株・FX・暗号資産のどれにも応用できる非常に実践的なツールになります。
本記事では、TRIXの仕組みから具体的な売買シグナルの読み方、他の指標との組み合わせによる戦略構築まで、投資初心者の方にもわかりやすいように丁寧に解説します。チャートを眺めるだけでなく、実際に「どうエントリーし、どこで手仕舞うのか」までイメージできるレベルを目指します。
TRIXとは何か ― 3重指数移動平均の変化率
TRIXは一言でいえば「トレンドの勢い(モメンタム)を、ノイズをできるだけ排除して滑らかに捉えるためのオシレーター」です。一般的には以下のようなステップで計算されます。
- 終値に対して一定期間の指数平滑移動平均(EMA)を計算する
- そのEMAに対してもう一度EMAをかける(2重EMA)
- さらにもう一度EMAをかける(3重EMA)
- 3重EMAの前日(前バー)との差分、または変化率をオシレーターとして表示する
つまり、終値に対して3回連続でEMAをかけることで、短期的なノイズを徹底的に削り落とし、「本質的なトレンドの傾き」と「その傾きの変化」を取り出そうとする指標です。MACDが「2つのEMAの差」を見るのに対して、TRIXは「3重EMAの変化率」を見る、と理解するとイメージしやすいです。
TRIXの値の意味
チャート上では、TRIXはゼロライン(0の水平線)を中心に上に行ったり下に行ったりするオシレーターとして表示されます。
- TRIXが0より上:3重EMAが上昇傾向、つまり上昇トレンド優位
- TRIXが0より下:3重EMAが下降傾向、つまり下降トレンド優位
- TRIXが上昇中:トレンドの上向き圧力が強まっている
- TRIXが下降中:トレンドの下向き圧力が強まっている
MACDと同じように、「値そのもの」だけでなく「ゼロラインを上抜け・下抜けするタイミング」や「シグナルラインとの交差」「価格とのダイバージェンス」などが売買判断のポイントになります。
TRIXのパラメータ設定と時間軸選び
TRIXの代表的な設定は、以下のような形です。
- TRIX期間:9、12、15など
- シグナルライン期間:TRIXに対する9期間のEMAなど
チャートソフトによっては「TRIX(15,9)」のように表示されます。この場合、15期間の3重EMAの変化率を算出し、それに対して9期間のEMAをかけた線をシグナルとして用いる設定です。
短期TRIXと中期TRIXの違い
期間設定を短くすると、TRIXは価格の変化に敏感になり、シグナル回数は増えますがダマシも増えます。逆に期間を長くすると、シグナルは減りますがトレンドの「本命」だけに絞りやすくなります。
- 短期TRIX(例:TRIX(9,4)):デイトレ・短期スイングでのエントリータイミング把握向き
- 中期TRIX(例:TRIX(15,9)):数日〜数週間のスイング、株・暗号資産のポジション調整向き
初心者の方は、最初は中庸的な設定(例:TRIX(15,9))でチャートを眺め、「どのような場面で効きやすいのか」を体感するところから始めるとよいです。
TRIXの代表的な売買シグナル
TRIXは応用範囲が広い指標ですが、まずは以下の3つに絞って使い方を身につけると実戦投入しやすくなります。
1. ゼロライン・クロスでトレンド方向を判定
もっとも基本的な使い方は、「TRIXがゼロラインを上抜けしたら上昇トレンド優位」「下抜けしたら下降トレンド優位」とみなす方法です。
たとえばFXの4時間足チャートでドル円を見ていて、長らくTRIXがゼロより下で推移していたところから、ゆっくりと上昇してゼロラインを明確に上抜けたとします。この場合、「これまでの下降基調から、徐々に上昇トレンドへとバランスが傾きつつある」と判断できます。
注意点としては、レンジ相場ではゼロラインを行ったり来たりしてダマシが増えることです。そのため、ゼロライン・クロスだけで即エントリーするのではなく、後述の移動平均線やサポート・レジスタンスと併用して「総合判断」に使うのが現実的です。
2. TRIXとシグナルラインのクロス
MACDと同様に、TRIXにもシグナルラインを追加して「TRIXがシグナルを上抜けたら買い優勢」「下抜けたら売り優勢」と解釈する方法があります。
- 買いシグナル:TRIXがシグナルを下から上へクロス
- 売りシグナル:TRIXがシグナルを上から下へクロス
特に、TRIXがゼロラインの上側にある状態でシグナルを上抜けた場合は「上昇トレンドの中の押し目からの再加速」と解釈しやすく、トレンドフォロー型の押し目買い戦略に適しています。
3. 価格とのダイバージェンスを狙う
TRIXはダイバージェンス(価格とオシレーターの動きの不一致)を見つけるのにも適しています。
- 強気ダイバージェンス:価格は安値更新しているのに、TRIXは安値を切り上げている
- 弱気ダイバージェンス:価格は高値更新しているのに、TRIXは高値を切り下げている
たとえば暗号資産のチャートで、連日安値更新が続いているにもかかわらず、TRIXだけは底を固めるように切り上がってきたとします。この場合、「売りの勢いは見た目ほど強くなく、そろそろ下落トレンドが終盤に近づきつつある」と読むことができます。実際のエントリーは、後述するようにサポートラインのブレイクやローソク足パターンと組み合わせると精度が上がります。
株・FX・暗号資産での具体的な活用イメージ
ここからは、3つの代表的な市場ごとに、TRIXをどう活用できるかをイメージしやすい具体例で説明します。
例1:日本株スイングトレードでの押し目買い
日経平均関連の大型株が、日足でしっかりと上昇トレンドを描いているとします。200日単純移動平均線(SMA)の上に価格が乗り、20日SMAも右肩上がりという、教科書的な上昇トレンドです。
このような局面では、TRIXを「押し目の見極め」に使うことができます。価格が一時的に20日SMAを下抜けたとしても、TRIXがゼロラインの上側を維持し、軽く下がってから再び上向きに反転する動きが見られたら、「上昇トレンドの中の健康的な押し目」と判断できます。
具体的には、以下のような流れです。
- 200日SMAの上で推移している銘柄だけを監視対象にする
- TRIXがゼロより上にある銘柄を絞り込む
- 短期的な調整で株価が20日SMA付近まで下げたタイミングで、TRIXがシグナルラインを再度上抜けたらエントリー候補とする
この組み合わせにより、「上昇トレンド × 押し目 × 勢いの回復」という3つの条件が重なった局面だけを狙うことになり、闇雲な順張りよりもリスクを抑えやすくなります。
例2:FX4時間足でトレンドフォロー
FXでは、4時間足チャートでTRIXを用いたトレンドフォロー戦略がよく機能することがあります。たとえば、次のようなルールを考えることができます。
- 4時間足の75EMAより価格が上にあるときだけ買いを検討
- TRIXがゼロラインの上側を推移していることを確認
- 短期的な押し目でTRIXが一度シグナルを下抜け、再度上抜けしたタイミングでエントリー
- 損切りは直近スイング安値の少し下、利確はリスクリワード2:1以上を基本
このように、トレンド方向は移動平均線でシンプルに把握し、押し目の勢い回復をTRIXに任せると、「流れに逆らわないエントリー」を自然と徹底できます。
例3:暗号資産のボラティリティ局面でダイバージェンスを狙う
暗号資産は乱高下が激しく、トレンドの終盤で「オーバーシュート」が起こりやすい市場です。そこで、TRIXのダイバージェンスを使って「終盤のトレンド転換候補」を探すのは有効なアイデアの一つです。
例えば、ビットコインの日足チャートで連日の高値更新が続いているものの、TRIXだけは徐々に高値を切り下げているとします。この場合、短期的な天井圏の可能性を疑い、「直近のサポート割れ」「上昇チャネル下限割れ」などと組み合わせて売りやポジション縮小の判断材料とすることができます。
TRIXと他のテクニカル指標の組み合わせ方
TRIX単体でも一定のシグナルは得られますが、より精度の高い戦略を組むには、他の指標との組み合わせが重要です。
移動平均線との併用 ― トレンドの方向と押し目の深さ
もっともシンプルで実用的なのは、移動平均線との併用です。
- 長期SMA(例:200SMA)で大きなトレンド方向を確認
- 中期EMA(例:50EMA、75EMA)でトレンドの傾きを確認
- TRIXで「トレンドに沿った押し目・戻り」の勢い回復を確認
このように役割分担を明確にすると、チャートに指標を表示しすぎてわけがわからなくなることを防げます。「トレンド方向は移動平均」「エントリータイミングはTRIX」と決めてしまうのがシンプルでおすすめです。
ATRによるボラティリティ管理
TRIXはエントリーのタイミングを決めるのに向いていますが、「どこに損切りを置くか」「どれだけ値幅を狙うか」といったリスク管理部分は別の指標で補う必要があります。その代表がATR(Average True Range)です。
たとえば、TRIXシグナルでエントリーしたあと、ATRの1.5〜2倍を損切り幅として設定し、同じく2〜3倍程度を初期の利確目標にする、といったやり方があります。これにより、「毎回なんとなく損切り・利確を決めてしまう」状態から一歩抜け出し、戦略の一貫性を高めることができます。
出来高・OBVとの組み合わせ
特に株と暗号資産では、TRIXと出来高指標(OBVなど)を組み合わせることで、「勢いの裏付け」を確認できます。
- TRIXがゼロラインの上で上向き、かつOBVも高値を更新している → 上昇トレンドの信頼性が高い
- TRIXは上向きだが、OBVが頭打ち → 上昇についていくボリュームが不足気味で注意
トレンドフォロー戦略では、「指標のシグナル × 出来高の裏付け」が揃った場面を優先することで、勝率と期待値のバランスが取りやすくなります。
よくある失敗パターンと注意点
TRIXは優れた指標ですが、万能ではありません。ありがちな失敗パターンを事前に押さえておくことで、無駄な損失を減らすことができます。
レンジ相場での過剰な売買
TRIXは本質的に「トレンド系」の指標です。したがって、相場が明らかにレンジ(横ばい)になっている場面では、ゼロライン付近をうろうろし、シグナルの信頼性が低下します。
このような局面でTRIXのクロスだけに従って売買を繰り返すと、スプレッドや手数料ばかりが積み上がり、資産曲線は右肩下がりになりがちです。移動平均線の傾きやADX、ボリンジャーバンドの収縮・拡大などを参考に、「そもそもここはトレンド局面なのか」を見極めるフィルターを入れましょう。
上位足トレンドを無視した逆張り
TRIXのダイバージェンスは非常に魅力的なシグナルですが、上位足のトレンド方向に逆らった逆張りを行うと、強いトレンドに押しつぶされる形で損切りが続くことがあります。
たとえば、日足レベルで強烈な上昇トレンドが続いている銘柄で、4時間足TRIXに弱気ダイバージェンスが出た場面だけを狙ってショートを繰り返すと、理屈上はきれいなシグナルに見えても、現実には踏み上げられやすくなります。
ダイバージェンスを使う場合は、上位足ではトレンドの終盤にあること、あるいは長期レジスタンスライン付近に位置していることなど、「トレンド転換が起こってもおかしくない環境条件」が整っているかどうかを確認することが重要です。
シンプルなTRIX戦略の例
最後に、投資初心者でも検証しやすいシンプルなTRIX戦略の一例をご紹介します。あくまで学習用のアイデアですが、自分なりにパラメータを調整して検証するきっかけになります。
ルール案:日足TRIX押し目買い戦略
- 銘柄:流動性の高い日本株または主要暗号資産
- 時間軸:日足
- 指標:200SMA、20SMA、TRIX(15,9)
エントリールール:
- 価格が200SMAの上にある(長期上昇トレンド)
- 価格が一時的に20SMAを下回る、または20SMA付近まで調整する
- そのタイミングでTRIXがゼロラインの上側を維持したまま、シグナルラインを再度上抜ける
エントリー後の管理:
- 損切り:直近スイング安値の少し下に設定
- 利確目安:リスクリワード2:1以上、または直近高値付近
- TRIXが再びシグナルを下抜け、かつ価格が20SMAを明確に割り込んだら、部分利確や全決済を検討
このルールは、「トレンドフォロー × 押し目 × 勢い回復」というTRIXの強みをシンプルに活かした構成です。実際にチャートを遡って、過去の局面でこの条件がどの程度うまく機能したかを目で確認し、可能であればバックテストツールなどで定量的にも検証してみると、戦略に対する信頼感が増していきます。
まとめ ― TRIXは「ノイズを取り除いたトレンドの鼓動」を見る指標
TRIXオシレーターは、3重の指数移動平均を用いることで短期ノイズを大きく取り除き、「トレンドがどの方向に、どの程度の勢いで動いているのか」を滑らかに捉えることを目指した指標です。
- ゼロライン・クロスでトレンドの方向性を把握
- シグナルラインとのクロスで押し目・戻りのエントリータイミングを探る
- ダイバージェンスでトレンド終盤の兆しを探る
これらを、移動平均線・ATR・出来高指標などと組み合わせることで、感覚に頼らない一貫したトレードルールを構築する土台ができます。まずは自分がよく取引する銘柄や通貨ペア、時間軸にTRIXを表示させ、「どのような場面で効きやすいのか」「どこでダマシが出やすいのか」を観察することから始めてみてください。
指標の理解が深まるほど、「なんとなくのエントリー」から距離を置き、再現性のあるトレードスタイルに近づいていくはずです。


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