- はじめに:なぜATRが「値動きの荒さ」を測るうえで便利なのか
- ATRの基本構造:True Range(真の値幅)とは何か
- ATRの計算イメージ:チャートを見ながら感覚をつかむ
- パラメータ設定:何期間のATRを使うべきか
- ATRの典型的な使い方1:損切り幅の設計
- ATRの典型的な使い方2:ポジションサイズの調整
- ATRの典型的な使い方3:ATRトレーリングストップ
- ATRの典型的な使い方4:ボラティリティ・フィルターとしての活用
- 株・FX・暗号資産での具体的な活用イメージ
- ATRと他の指標を組み合わせたシンプル戦略アイデア
- ATRを使う際の注意点とよくある誤解
- まとめ:ATRでトレードの「土台となるリスク管理」を固める
はじめに:なぜATRが「値動きの荒さ」を測るうえで便利なのか
ATR(Average True Range:アベレージ・トゥルー・レンジ)は、価格の「方向」ではなく「どれだけ動いたか」という値動きの大きさ(ボラティリティ)にフォーカスしたテクニカル指標です。
トレンド系指標(移動平均線やMACDなど)は上昇トレンドか下降トレンドかといった「向き」を教えてくれますが、実際にポジションを取るときに重要になるのは「どのくらい逆行したら損切りするか」「どのくらい伸びそうか」といった値幅のイメージです。ATRはこの値幅感覚を客観的な数値として示してくれるため、損切り幅やロット調整、ブレイクアウトの見極めなどに非常に役立ちます。
この記事では、ATRの基本的な仕組みから、株・FX・暗号資産での具体的な活用方法まで、初心者でもそのまま真似しやすい形で丁寧に解説していきます。
ATRの基本構造:True Range(真の値幅)とは何か
ATRを理解するためには、まず「True Range(トゥルー・レンジ)」という概念を押さえる必要があります。通常の値幅は「当日高値 − 当日安値」で計算できますが、市場はギャップアップ・ギャップダウンを起こします。前日の終値から大きく乖離して寄り付いた場合、「当日高値 − 当日安値」だけでは実際の値動きの大きさを捉えきれません。
そこで、True Rangeは次の3つの値のうち、もっとも大きいものを採用します。
- 当日高値 − 当日安値
- |当日高値 − 前日終値|(高値側のギャップを考慮)
- |当日安値 − 前日終値|(安値側のギャップを考慮)
この「True Range」を一定期間(一般的には14期間)分平均したものが、ATRです。つまり、過去N本分の「実質的な値幅」の平均がATRということになります。
ATRの計算イメージ:チャートを見ながら感覚をつかむ
計算式そのものを暗記する必要はありませんが、イメージを持っておくとチャートの読み方が変わります。たとえば、日足チャートでATR(14)が「2.5」と表示されている場合、これは「直近14日間の平均的な一日の実質値幅が2.5(円/ドル/ポイントなど)」という意味になります。
株なら株価が2,000円前後でATRが50円なら、「平均して一日に50円くらいは上下に動いている銘柄」。FXならドル円でATRが0.8なら、「平均して一日に80pips弱は動いている通貨ペア」という感覚です。この感覚があるだけで、損切り幅を10円にするのは狭すぎるか、100円は広すぎるかといった判断がかなり現実的になります。
パラメータ設定:何期間のATRを使うべきか
ATRの期間設定としてもっともよく使われるのは14期間です。これはチャートソフトの初期設定になっていることが多く、多くのトレーダーが参照している標準的な値です。
しかし、トレードスタイルによって調整する余地があります。
- 短期トレード(デイトレ・スキャルピング)では、ATR(5)やATR(7)など短めの期間で直近の値動きを敏感に捉える
- スイングトレードでは、ATR(14)〜ATR(20)で落ち着いた平均値幅を使う
- 長期トレードでは、週足ベースのATRを使い「一週間あたりどのくらい動きやすいか」を確認する
最初はデフォルトのATR(14)で十分です。そのうえで、ご自身のトレード時間軸に合わせて調整していくイメージで考えるとよいです。
ATRの典型的な使い方1:損切り幅の設計
ATRのもっとも実務的な使い方が、損切り幅の設定です。多くの初心者は、エントリー価格からの「金額ベース」で損切り幅を決めがちです(例:いつも−10,000円で損切りする)。しかし、銘柄や通貨ペアによってボラティリティは大きく異なるため、固定金額だけで決めると「ほとんど動かない銘柄では損切りが遠すぎる」「激しく動く銘柄では損切りが近すぎる」といったアンバランスが生じます。
そこで、ATRを基準に「ATRの何倍動いたら損切りするか」という決め方に変えます。例えば、以下のようなイメージです。
- 損切り幅 = ATR × 1.0 倍(かなりタイトな損切り)
- 損切り幅 = ATR × 1.5 倍(標準的な設定)
- 損切り幅 = ATR × 2.0 倍(ボラティリティをしっかり許容する設定)
たとえば、あるFX通貨ペアの1時間足でATR(14)が「0.20」(20pips)だったとします。ATR×1.5なら損切り幅は30pipsです。「平均的なノイズの1.5倍動いたら、自分の想定が外れたと認めて撤退する」という明確な基準になります。
ATRの典型的な使い方2:ポジションサイズの調整
ATRは損切り幅だけでなく、ロット数(ポジションサイズ)の調整にも使えます。ボラティリティが高い相場ほど、少ないロットで臨むべきですし、ボラティリティが低い相場では、相対的にロットを増やしてもリスクが一定になるように管理できます。
シンプルな考え方として、次のようなステップが有効です。
- 口座残高から「1回のトレードで許容できる損失額」を決める(例:口座の1%)
- ATRから損切り幅(価格差)を決める(例:ATR × 1.5)
- 許容損失額 ÷ 損切り幅 = 最大ロット数(株数・通貨量など)を計算する
株の例で考えてみます。口座残高100万円、1回のトレードでの許容損失を1%=1万円とします。ある銘柄の日足ATR(14)が「50円」で、損切り幅をATR×1.5=75円に設定したとします。このとき、最大購入株数は「10,000円 ÷ 75円 ≒ 133株」となり、100株〜130株程度に抑えるのが妥当という判断ができます。
ATRの典型的な使い方3:ATRトレーリングストップ
利益が乗ってきたポジションをどう守るかは、初心者が悩みやすいポイントです。ATRを使うと、価格の変動に応じて自動的に追随するトレーリングストップのような考え方を取り入れることができます。
考え方はシンプルです。たとえば上昇トレンドで買いポジションを持っている場合、
- 「直近高値 − ATR × 2」を逆指値の位置に置く
- 価格が新高値を更新したら、その都度「直近高値」と「ATR」をアップデートしてストップ位置を切り上げる
これにより、相場のボラティリティに応じて損切りラインが上下に追随し、「利を伸ばしつつ、相場の急変から資金を守る」というバランスを取りやすくなります。
ATRの典型的な使い方4:ボラティリティ・フィルターとしての活用
ブレイクアウト系の戦略では、「値動きが静かなときはエントリーを控え、ボラティリティが高まったときだけ仕掛ける」といったフィルタリングが有効です。ここでもATRが役立ちます。
具体的なアイデアとしては、
- ATRが一定値以下のときは「レンジ相場が続いている」とみなし、新規エントリーを避ける
- ATRが過去一定期間の平均より明らかに高くなったら、「市場が目覚めた」と判断してブレイクアウト戦略を優先する
たとえば、過去20日間のATRの平均値を計算し、現在のATRがその1.5倍以上になっているなら「相場が本格的に動き出しているサイン」とみなす、といったルールが考えられます。
株・FX・暗号資産での具体的な活用イメージ
次に、実際の市場ごとにATRの使い方をイメージしてみます。
株式市場の場合
株式は銘柄ごとにボラティリティが大きく異なります。同じ1,000円の株でも、毎日10円しか動かない銘柄と、毎日100円動く銘柄ではリスクがまったく違います。ATRを使うことで、
- ボラティリティの高い「動く銘柄」かどうかを事前に把握できる
- 銘柄ごとに適切な損切り幅と株数を計算できる
- 決算発表前後など、一時的にATRが急上昇している局面を避ける判断材料になる
たとえばスイングトレードでは、「ATRが一定以上の銘柄だけスクリーニングして、短期で大きな値幅が狙える銘柄に絞る」といった活用も可能です。
FX市場の場合
FXでは、通貨ペアごとに特有のボラティリティがあります。たとえば、ドル円は比較的落ち着いた動きをしやすい一方、ポンド系やクロス円はATRが大きくなりがちです。ATRを見れば、
- ポンド円やトルコリラ円など「値動きの激しい通貨ペア」ではロットを抑える
- ドル円など比較的穏やかなペアでは、同じリスク許容度でややロットを増やす
といったロジックでリスクを一定に保ちやすくなります。また、短期トレードでは5分足や15分足にATRを表示し、「直近のATRが極端に低い時間帯(アジア時間の早朝など)は仕掛けを控える」といった時間帯フィルターにも応用できます。
暗号資産(仮想通貨)の場合
暗号資産は、株やFX以上にボラティリティが高い市場です。同じ時間足でもATRが桁違いに大きくなることが珍しくありません。そのため、ATRを見ずに感覚だけでロットを決めると、想定以上の損失を抱えてしまうリスクが高まります。
暗号資産での基本的な考え方は、
- ATRをベースに損切り幅を必ず数値化する
- 許容損失額から逆算してロットを決める
- 価格が急騰してATRが跳ね上がった局面では、新規エントリーを控えるか、ロットを大幅に落とす
といったものです。特にレバレッジ取引では、ATRを見ながら慎重にポジションサイズを調整することが、長く生き残るためのカギになります。
ATRと他の指標を組み合わせたシンプル戦略アイデア
ATR単体でも十分に役立ちますが、他の指標と組み合わせることで、より精度の高い売買判断ができます。ここでは初心者でも取り入れやすいシンプルなアイデアをいくつか紹介します。
移動平均線+ATRによるトレンドフォロー
まずは、移動平均線とATRを組み合わせた王道のトレンドフォロー戦略です。
- 20期間移動平均線を価格に表示する
- ATR(14)をサブウィンドウに表示する
- 価格が20MAより上にあり、かつATRが一定水準以上にあるときだけ買いエントリーを検討する
これにより、「トレンドが出ていて、なおかつ十分な値幅が期待できる局面」を狙い撃ちしやすくなります。損切りはATR×1.5〜2.0を基準に価格の下側に置き、トレーリングストップで追随させると、ルールが一貫しやすくなります。
ボリンジャーバンド+ATRによるブレイクアウト監視
ボリンジャーバンドで価格のバンドブレイクを監視しつつ、ATRで「本当に相場が動き始めたか」を確認する組み合わせも有効です。
- ボリンジャーバンド(期間20、±2σ)を表示
- 価格がバンドを明確にブレイクしたタイミングで、ATRが直近平均よりも高くなっているか確認する
単にバンドを抜けただけではダマシも多いですが、ATRも同時に上昇していれば「トレンドが本格化しつつある可能性」が高まります。このときも、エントリー後の損切り幅やロットはATRベースで計算することで、一貫したリスク管理ができます。
ATRを使う際の注意点とよくある誤解
最後に、ATRを使ううえで注意しておきたいポイントを整理します。
- ATRは方向を教えてくれない:ATRが上昇していても、それは「大きく動いている」ことを示すだけで、「上がる/下がる」は別の指標や価格の流れから判断する必要があります。
- 極端なニュースで一時的に急上昇する:決算や重大ニュースの直後など、短期的にATRが跳ね上がることがあります。このときはロットを抑えるか、いったん様子見に回る判断も選択肢になります。
- 時間軸ごとにATRの意味が変わる:日足のATRと5分足のATRでは、捉えている世界がまったく違います。ご自身が取引する時間軸に合わせてATRを設定し、その時間軸内で一貫して使うことが大切です。
ATRは派手さこそありませんが、「どこで損切りするか」「どれだけのロットを持つか」という資金管理の根幹を支えてくれる非常に実務的な指標です。まずはご自身のよく使う銘柄や通貨ペアにATRを表示し、「この銘柄は普段どのくらい動くのか」を体感するところから始めてみてください。
まとめ:ATRでトレードの「土台となるリスク管理」を固める
本記事では、ATR(アベレージ・トゥルー・レンジ)の基本概念から、損切り幅の設定、ポジションサイズ調整、トレーリングストップ、ボラティリティフィルター、他指標との組み合わせまで、幅広く解説しました。
ポイントを整理すると、
- ATRは「値動きの大きさ」を数値化するボラティリティ指標
- True Rangeをベースに一定期間の平均値幅を計算している
- 損切り幅やロット数をATRベースで決めると、銘柄ごとのボラティリティの違いを吸収しやすい
- トレーリングストップやブレイクアウト戦略のフィルターとしても活用できる
- 方向性は別の指標や価格の流れと組み合わせて判断する必要がある
派手な「必勝パターン」ではなく、トレードの土台となるリスク管理を支える指標としてATRを活用することで、長期的に安定したトレードスタイルに近づくことができます。まずは小さなロットで、ATRベースの損切りとポジションサイズ調整を試してみて、ご自身の感覚と照らし合わせてみてください。


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