この記事では、ボラティリティ指標のひとつであるATR(Average True Range:平均真の値幅)について、投資初心者の方にも分かりやすいように丁寧に解説します。株、FX、暗号資産といった異なる市場でも共通して使える指標であり、「どれくらい動く銘柄なのか」「今は荒れている相場なのか」を数値で把握するための基本ツールです。
チャート上にATRを一つ追加するだけで、損切り幅の設定、ロット(取引数量)の調整、無理のないレバレッジ判断などが体系的に行いやすくなります。ここでは仕組みの説明だけで終わらせず、具体的な数値例や、株・FX・暗号資産それぞれでの使い方まで踏み込んで解説します。
ATRとは何か?他のボラティリティ指標との違い
ATRは、一言でいうと「一定期間にどれくらい値動きがあったか」を平均した指標です。価格そのものではなく、値幅(レンジ)の大きさに注目している点が特徴です。
ボラティリティ指標には、他にも標準偏差やボリンジャーバンドの幅、ヒストリカル・ボラティリティ(HV)などがあります。これらは価格の統計的な散らばり具合をベースにしていますが、ATRはよりシンプルに「高値と安値の差+ギャップ」を使って計算されます。
特に次のような点が、ATRの実務上の強みです。
- 単純で計算が分かりやすい
- ギャップ(窓開け)の影響も織り込める
- 価格水準に依存しない(値幅として見る)
- そのまま損切り幅・利確幅などに転用しやすい
「難しい統計は苦手だが、値動きの荒さはきちんと数字で管理したい」という投資家にとって、ATRは最初に覚えるボラティリティ指標として非常に扱いやすい存在です。
ATRの計算方法をイメージでつかむ
ATRの元になるのは「True Range(真の値幅)」です。ある日のTrue Range(以下TR)は、次の3つの候補のうち、最も大きいものとして定義されます。
- 当日の高値 − 当日の安値
- 当日の高値 − 前日の終値の絶対値
- 当日の安値 − 前日の終値の絶対値
なぜこんな定義になっているかというと、「寄り付きで大きくギャップアップ(窓開け上昇)した」「寄り付きで窓開け下落をした」といった、日中の高値安値だけでは表現しきれない値動きも、きちんと値幅として捉えるためです。
具体例で見てみます。
- 前日の終値:1,000円
- 当日の高値:1,050円
- 当日の安値:980円
このとき、3つの候補は次のようになります。
- 高値 − 安値 = 1,050 − 980 = 70円
- 高値 − 前日終値 = 1,050 − 1,000 = 50円
- 前日終値 − 安値 = 1,000 − 980 = 20円
もっとも大きいのは70円なので、この日のTRは70円です。こうして毎日のTRを計算し、一定期間(例:14日)のTRの平均を取ったものがATRになります。
一般的には、「14期間ATR」がデフォルト設定として使われることが多く、日足であれば14日、1時間足なら14時間分のTrue Rangeの平均というイメージです。
ATRで何が分かるのか:「トレンドの熱さ」を測る
ATRが高いときは、「値幅が大きく、荒れた相場」であることを意味します。逆にATRが低いときは、「値幅が小さく、おとなしい相場」です。
ポイントは、ATRが「トレンドの方向」ではなく「動きの激しさ」を表すという点です。上昇トレンドでも下降トレンドでも、値幅が広がっていればATRは上昇します。つまり、ATRはトレンドの有無ではなく、そのトレンドがどれくらいエネルギーを持っているかを示す「熱さのメーター」として使えます。
具体的には次のような判断に役立ちます。
- ATRが急上昇している:ブレイクアウト発生、ニュースやイベントにより相場が「熱く」なっている
- ATRが低下し続けている:レンジ相場が続き、市場参加者が様子見している
- 過去のATRと比較して異常に高い:普段よりリスクが高い状態なので、ロットを落とす、取引自体を控える判断材料になる
株式投資でのATR活用例:損切り幅とポジションサイズの設計
ATRは、株式投資において「損切り幅」と「ポジションサイズ(株数)」を決める際のベースとして使えます。ここではシンプルな例を用いて、ATRの実践的な使い方を説明します。
例えば、ある銘柄の日足14期間ATRが「30円」だとします。この銘柄は、平均すると1日あたり30円程度は普通に揺れるということです。
このとき、次のような発想ができます。
- ごく短期の値動きによる「ノイズ」で損切りされたくない → 損切り幅はATRの2〜3倍程度にする
- 逆に、思った方向に動かなければ早めに撤退したい → ATRの1倍〜1.5倍程度にする
具体的な数値例を見てみましょう。
- 口座残高:100万円
- 1トレードあたりの許容損失:口座の1%(=1万円)
- エントリー価格:1,000円
- 14期間ATR:30円
- 損切り幅:ATRの2倍=60円(1,000円から940円まで許容)
このとき、1株あたりのリスクは60円です。1トレードで許容できる損失は1万円なので、理論上取れる株数は次のようになります。
株数 = 許容損失額 ÷ 1株あたりのリスク = 10,000 ÷ 60 ≒ 166株
端数を切り下げて160株とすれば、損切りにかかったとしても損失は約9,600円前後に収まり、口座全体の1%以内に抑えられます。
このように、ATRを使うと「勘」ではなく「口座全体のリスク」と「銘柄のボラティリティ」に基づいてポジションサイズを決められるようになります。これは、長期的に生き残るための資金管理の土台になります。
FXでのATR活用例:時間帯と通貨ペアの癖を数字で把握する
FXでは、通貨ペアごとにボラティリティの特徴が大きく異なります。例えば、ドル円は比較的落ち着いている一方で、ポンド系やクロス円は動きが激しい傾向があります。また、東京時間よりロンドン時間、ニューヨーク時間の方が動意づきやすいといった時間帯のクセもあります。
ATRを使えば、こうした「なんとなくの印象」を、具体的な数値として比較できます。
例えば、1時間足の14期間ATRが次のようになっているとします。
- ドル円:0.20円(20pips)
- ユーロドル:0.30円相当(30pips)
- ポンド円:0.60円(60pips)
この場合、ポンド円はドル円の約3倍の値幅で動いていることになり、同じロットで取引すれば、損益の振れ幅も約3倍になり得ます。
この情報を元に、次のような調整が可能です。
- ポンド円はロットをドル円の3分の1程度に抑える
- ロンドン時間でATRが急上昇しているときは、さらにロットを落とす、もしくは様子を見る
- ストップロスや利確幅も、ATRを基準に「何pipsが妥当か」を決める
例えば、1時間足ATRが20pipsのとき、「損切りはATRの1.5倍=30pips、利確はATRの3倍=60pips」といった形で、相場のボラティリティに応じた設計ができます。無理に固定幅で10pipsだけを狙う、あるいは100pipsを毎回狙う、といった極端な設定に比べて、相場の現状にフィットした現実的なプランニングがしやすくなります。
暗号資産でのATR活用例:24時間市場の荒さを把握する
暗号資産(仮想通貨)は、株やFXに比べてボラティリティが高く、24時間365日取引されていることから、値動きの感覚を掴むのが難しい市場です。ここでもATRが役に立ちます。
例えば、ビットコインの日足ATRが「2,000ドル」、あるアルトコインの日足ATRが「0.15ドル」だとします。このとき、単純な価格だけを見るのではなく、「1日あたりどれくらい動くのが普通か」という基準をATRで把握できれば、次のような判断が可能です。
- ATRに対して異常に小さな値幅しか出ていない → 相場が静かで、ブレイク前夜の可能性を意識する
- ATRが急上昇している → 短期間で大きく動いており、ロットを抑える、レバレッジを落とす判断材料になる
- ボラの高いアルトコインほど、ATRを基準にポジションサイズを小さく調整する
特にレバレッジ取引を行う場合、暗号資産のATRを軽視すると、あっという間に想定以上の含み損を抱えるリスクがあります。ATRをチェックする習慣をつけることで、自分がどれくらいのボラティリティの銘柄に、どれくらいのサイズで入っているのかを客観的に把握しやすくなります。
ATRトレーリングストップ戦略の基本設計
ATRの代表的な使い方のひとつが、トレーリングストップ(追随型の損切りライン)です。トレーリングストップとは、相場が自分の思惑通りに動いたときに、徐々にストップ位置を有利な方向に移動させ、利益を確保しながらトレンドに乗り続ける手法です。
基本的な考え方はシンプルです。
- 上昇トレンドでロングの場合:安値 − ATR×係数 にストップを置く
- 下降トレンドでショートの場合:高値 + ATR×係数 にストップを置く
例えば、上昇トレンドの株を1,000円で買い、14日ATRが30円、係数を3倍とすると、最初のストップは「1,000 − 30×3 = 910円」といったイメージになります。その後、株価が順調に上昇し、直近の安値が切り上がっていけば、その安値を基準にATR×3だけ下にストップを引き上げていきます。
こうすることで、短期的なノイズで簡単にストップにかからない一方で、大きくトレンドが崩れたときには自動的に撤退し、利益を守ることができます。
ATRを使った「無理のないレバレッジ」の考え方
レバレッジをかけるときに重要なのは、「レバレッジ倍率」そのものよりも、「ボラティリティとポジションサイズを踏まえた実質的なリスク」です。ATRを使えば、この実質リスクを定量的に把握しやすくなります。
例えば、次のような2つの銘柄を比較してみます。
- A銘柄:価格1,000円、日足ATR 20円
- B銘柄:価格1,000円、日足ATR 80円
どちらも同じ1,000円ですが、B銘柄はA銘柄の4倍の値幅で動く可能性があります。ここで両方に同じレバレッジ倍率、同じ株数で入ってしまうと、B銘柄の方が圧倒的にリスクが大きくなります。
ATRを見ながら「ATRが大きい銘柄ほどロットを落とす」「レバレッジを抑える」といった運用を行うことで、表面的な倍率だけに惑わされず、実質的なリスクをコントロールしやすくなります。
ATRと他のテクニカル指標を組み合わせるアイデア
ATR単体は「熱さのメーター」なので、売買サインそのものというより、リスク管理・フィルターとして使うのが基本です。他のテクニカル指標と組み合わせることで、より実践的な戦略に落とし込めます。
- 移動平均線+ATR:移動平均線でトレンド方向を判定し、ATRで損切り幅とロットを決める
- RSI+ATR:RSIで「買われ過ぎ・売られ過ぎ」をチェックしつつ、ATRでボラティリティが異常に高い局面を避ける
- ボリンジャーバンド+ATR:ボリンジャーバンドのエクスパンション(バンド拡大)時にATRも急上昇していれば、トレンド発生の可能性をより強く意識する
例えば、移動平均線でゴールデンクロス(短期線が長期線を上抜け)を確認しつつ、「ATRが一定以上に高いときは新規エントリーを控える」「ATRが過去平均レベルに収まっているときだけ仕掛ける」といったルールを設ければ、極端に荒い相場で飛び込んでしまうリスクを減らすことができます。
よくある勘違いと失敗例
ATRはシンプルな指標ですが、使い方を誤ると期待していた効果が得られません。よくある勘違いをいくつか挙げます。
- ATRそのものを「買いサイン」「売りサイン」と捉えてしまう
- 期間を極端に短くして、ATRがノイズに反応し過ぎてしまう
- ATRを表示するだけで、損切りやロット設計に反映していない
ATRはあくまで「値動きの大きさ」を示す指標であり、「上がる・下がる」を直接教えてくれるものではありません。また、5期間や7期間といった極端に短い設定にすると、短期の値動きに過剰反応してしまい、ストップが近くなり過ぎることがあります。
大切なのは、「口座全体のリスク管理」とセットで使うことです。1トレードの許容損失を決め、その枠内でATRを使って損切り幅・ロットを逆算するという流れを徹底することで、指標を単なる飾りではなく、実際の運用に直結させられます。
ATRをチャートツールに設定する際のポイント
多くのチャートツールや取引プラットフォーム(証券会社のチャート、FX会社のツール、TradingViewやMT4など)には、ATRが標準搭載されています。設定項目としては、主に「期間」と「表示する足種(日足、4時間足など)」を選ぶだけです。
一般的な初期設定は14期間で、まずはこのまま使ってみるのがおすすめです。その上で、短期トレードが中心であれば、5〜10期間など短めに、スイング〜ポジショントレードが中心であれば、20〜21期間など少し長めにすると、自分のスタイルにフィットしたATRが得られます。
また、同じ銘柄でも「日足ATR」「4時間足ATR」「1時間足ATR」を並べて見ることで、「中長期のボラ」と「短期のボラ」の両方を把握できます。上位足のATRが高く、かつ下位足のATRも急上昇している場合は、全体として相場が荒れているサインとして警戒しやすくなります。
まとめ:ATRを「習慣」として使う
ATRは、値動きの方向を当てるための指標というより、「どれだけ動きうるのか」「今はいつもより荒れているのか」を把握するためのリスク管理ツールです。株、FX、暗号資産など、どの市場でも共通して使える汎用性の高さが魅力です。
毎回のトレードで次のようなチェックを習慣化すると、ATRの価値が最大限に生きてきます。
- エントリー前に、その銘柄・通貨ペアのATRを確認する
- 1トレードあたりの許容損失を決め、ATRを使って損切り幅とロットを逆算する
- レバレッジをかけるときほど、ATRの大きな銘柄にはロットを抑える
- トレーリングストップにATRを組み込み、トレンドが続く限りはポジションを伸ばす
ATRを一度きちんと理解してしまえば、以降のあらゆる戦略設計の「土台」として使い回すことができます。チャートにATRを1本足し、「今どれくらい動きやすい相場なのか」を常に意識しながらポジションを取ることで、感覚だけに頼らない、再現性の高いトレード判断に近づくことができます。


コメント