「どの銘柄を買うか」よりも、「どのくらいリスクを取るか」を起点にポートフォリオを組む――これがリスクパリティという考え方です。専門家や機関投資家が使う高度な手法というイメージがありますが、考え方そのものはシンプルで、個人投資家でも十分応用できる考え方です。
本記事では、リスクパリティの基本的な仕組みから、個人投資家が株・債券・コモディティ・現金などを組み合わせて安定したリスクバランスを目指す方法まで、できるだけわかりやすく整理して解説します。
リスクパリティとは何か
リスクパリティ(Risk Parity)は、資産クラスごとの「金額」ではなく「リスクの大きさ」が均等になるようにポートフォリオを設計する考え方です。一般的な60%株・40%債券のようなポートフォリオは、金額だけ見れば株が6割・債券が4割ですが、実際のリスク(価格変動)への寄与度はほとんど株が占めてしまうことが多いです。
リスクパリティでは、株・債券・コモディティなど、それぞれのボラティリティ(価格変動の大きさ)を考慮し、「ポートフォリオ全体のリスクのうち何割をどの資産に負わせるか」を設計します。結果として、「株が好きだから株を多めに」ではなく、「ポートフォリオの安定性を高めるために、リスクを均等に配分する」という発想になります。
なぜリスクパリティが注目されるのか
リスクパリティが注目される理由は、大きく3つあります。
1. 特定の資産に依存しすぎない
株式だけに偏ったポートフォリオは、株式市場が好調なときは大きく利益を生みますが、不況や急落局面では同じくらい大きな損失を被る可能性があります。リスクパリティは、株だけでなく債券やコモディティなどにもリスクを配分することで、特定の資産クラスへの依存度を減らします。
2. 景気局面ごとの分散効果
景気拡大局面では株式が強く、景気後退局面では国債が強く、インフレ局面ではコモディティやインフレ連動債が強くなる傾向があります。リスクパリティは、こうした異なる景気局面に強い資産をあらかじめ組み合わせておくことで、「どの局面でも極端に弱くなりにくい」構造を目指します。
3. ボラティリティ(変動)の安定化
ポートフォリオ全体のリスク水準をコントロールできるため、長期で見たときの評価額のブレをある程度抑えやすくなります。日々の値動きが激しすぎると心理的ストレスが大きくなり、途中で投資方針を変えてしまったり、底値で売ってしまう行動につながりがちです。リスクパリティは、こうした行動リスクの軽減にもつながる考え方です。
リスクパリティの基本的な考え方
リスクパリティを理解する上で重要なポイントは、「リスク寄与度」という考え方です。リスク寄与度とは、その資産クラスがポートフォリオ全体のリスクにどれだけ貢献しているかを示す指標です。
例えば、以下のようなシンプルなポートフォリオを考えます。
- 株式インデックス(年率ボラティリティ 20%)
- 国債インデックス(年率ボラティリティ 5%)
金額ベースで株50%・国債50%だとしても、ボラティリティが4倍違うため、リスクへの寄与は株の方がはるかに大きくなります。実質的には「株中心のポートフォリオ」と変わらない状態になりがちです。
リスクパリティでは、たとえば「株と債券でリスク寄与度を1:1にする」といった目標を設定します。そのためには、ボラティリティの低い債券の比率を金額ベースでは多めに持つ必要があります。
個人投資家が使えるシンプルなリスクパリティ例
厳密な計算には共分散行列や最適化などの数学が出てきますが、個人投資家がざっくりとリスクパリティの考え方を取り入れるだけなら、そこまで難しい計算は不要です。ここでは、シンプルな例を用いてイメージを掴んでいきます。
ステップ1:代表的な資産クラスを選ぶ
まずは、以下のような資産クラスを候補にします。
- 国内外の株式インデックス(例:日本株・米国株)
- 国内外の国債インデックス
- インフレや景気変動に強いコモディティ・金(ゴールド)
- 現金・短期国債(リスクの非常に小さい資産)
ここから、自分が投資可能な商品(投資信託・ETF・債券など)を選び、実際のポートフォリオ候補を決めていきます。
ステップ2:ざっくりとしたボラティリティ感覚を持つ
厳密なボラティリティは統計的に計算する必要がありますが、感覚としては以下のようなイメージを持つと考えやすくなります。
- 株式インデックス:ボラティリティ大きめ
- 長期国債:ボラティリティ中程度
- 短期国債・現金:ボラティリティ小さい
- コモディティ・金:時期によって大きく変動
個人レベルでは、厳密な値にこだわるよりも、「どの資産の値動きが大きいか」「どれが比較的安定しているか」といった相対的な感覚を掴むことが重要です。
ステップ3:リスク寄与度を意識した配分例
例えば、以下のような4資産ポートフォリオを考えてみます。
- 日本株インデックス
- 米国株インデックス
- 先進国国債インデックス
- 短期国債・現金
株式はボラティリティが高く、短期国債や現金はボラティリティが低いと仮定すると、「金額ベースで株ばかりを持つ」とリスク寄与度が株に偏ります。そこで、あえて金額ベースでは債券・現金の比率を高めることで、リスク寄与度をバランスさせていくことができます。
たとえばイメージとして、
- 株式合計:30%
- 長期国債:40%
- 短期国債・現金:30%
のような構成にすると、金額ベースでは債券・現金が多くなりますが、リスク寄与度で見ると株式のインパクトが依然として大きいため、「数字以上に株式の比重が高いポートフォリオ」という見方になります。ここから、もう少し債券比率を上げる、あるいは株式を下げるなど、好みのリスク水準に合わせて調整していきます。
レバレッジを使うリスクパリティとの違い
本来のリスクパリティ戦略では、ボラティリティの低い債券にレバレッジをかけることで、株式と同程度のリスク水準まで引き上げ、そのうえでリスク寄与度を調整するアプローチがよく使われます。しかし、レバレッジは証拠金維持やロスカットなどの管理が難しく、初心者には負担が大きくなりがちです。
個人投資家がリスクパリティの発想を取り入れる際は、無理にレバレッジを使わず、「株の比率を抑え、債券・現金・安定資産を多めにする」「ポートフォリオ全体の値動きの大きさを意識して配分を決める」といったシンプルな形から始める方が現実的です。
実例:リスクパリティ発想のシンプルポートフォリオ
ここでは、あくまで考え方を示すための一例として、シンプルな構成例を示します(特定の商品を推奨するものではありません)。
例1:株式のリスクを抑えたバランス型
- 日本株インデックス:15%
- 米国株インデックス:15%
- 先進国国債インデックス:40%
- 短期国債・現金:30%
このように、株式の比率を意識的に30%程度に抑え、残りを債券や現金に配分することで、ポートフォリオ全体の値動きを穏やかにしやすくなります。株価急落局面でも、債券や現金部分がクッションとして働く可能性があります。
例2:インフレ・景気変動も意識した構成
- 世界株インデックス:25%
- 世界国債インデックス:40%
- 金(ゴールド)関連商品:15%
- 短期国債・現金:20%
ここでは、インフレ・通貨価値の変動に備えるために金を加えています。景気後退局面では国債が、インフレ局面では金が、景気拡大局面では株式がそれぞれ機能することを期待し、リスク源泉を分散させるイメージです。
リスクパリティを実践する際の注意点
1. 過去のボラティリティは未来の保証ではない
リスクパリティは、過去のボラティリティや相関を前提に設計されることが多いですが、将来も同じように推移するとは限りません。特に、株と債券の相関が変化したり、インフレ局面で債券価格が大きく下落するような局面では、想定通りに機能しない可能性があります。
2. リバランスの手間とコスト
リスクパリティの考え方を維持するには、定期的なリバランスが必要です。相場変動によって株式や債券の比率が変わっていくため、一定期間ごとに元の配分に戻す作業が発生します。売買手数料や税金の影響もあるため、頻繁にリバランスしすぎないようバランスを取ることが大切です。
3. すべてのリスクを消せるわけではない
リスクパリティは「リスク源泉を分散する」考え方であって、「リスクをゼロにする」手法ではありません。想定外の市場ショックや流動性の低下など、モデルでは捉えきれないリスクは常に存在します。リスクパリティを採用する場合でも、自分のリスク許容度や投資目的に合っているかどうかを冷静に考える必要があります。
個人投資家が取り入れやすいリスクパリティのエッセンス
厳密なリスクパリティ戦略をそのまま再現するのは難しくても、そのエッセンスだけを取り入れることは十分可能です。例えば、次のようなポイントを意識するだけでもポートフォリオの安定性は変わってきます。
- 株式だけに偏らず、債券・現金・コモディティなど複数の資産に分散する
- 「金額比率」ではなく「どの資産の値動きがどれくらいポートフォリオを揺らしているか」を意識する
- 自分が許容できる評価額のブレを考え、その範囲に収まるように株式比率などを調整する
- 相場環境の変化に応じて、一定のルールでリバランスする習慣を持つ
このような視点を持つことで、「なんとなく株を買い足す」から「ポートフォリオ全体のバランスを見ながら配分を調整する」へと投資行動を変えていくことができます。
まとめ:リスクを揃えて、長く市場に居続けるための考え方
リスクパリティは、「どの銘柄が当たるか」ではなく、「どのくらいのリスクを、どの資産にどれだけ負わせるか」という視点でポートフォリオを組むアプローチです。個人投資家がすべてを厳密に再現する必要はありませんが、
- 株式に偏りすぎない
- 債券や現金、金などリスク特性の異なる資産を組み合わせる
- ポートフォリオ全体の値動きの大きさを意識する
といったエッセンスを取り入れるだけでも、長期投資における安定性は高まりやすくなります。
大きく儲けることだけを狙うのではなく、「市場に長く居続けること」「自分が安心して持ち続けられるポートフォリオを作ること」に重心を置く――その一つの手段として、リスクパリティの考え方を自分なりに取り入れてみる価値は十分にあります。


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