トレードでいちばん悔しい場面は、「せっかく含み益が出ていたのに、気づいたら建値どころかマイナスで終わっていた」というケースではないでしょうか。トレーリングストップは、この悔しさを減らしつつ、利益をできるだけ伸ばすための注文手法です。
トレーリングストップとは何か
トレーリングストップ(Trailing Stop)は、価格の有利な方向への動きに合わせて、自動的に損切りラインを追随させていく注文方法です。
通常のストップロス注文は「エントリーから◯円下」「現在値から◯pips下」など、固定位置に置いたままですが、トレーリングストップは相場が自分の思惑方向に進むたびに、ストップ位置を少しずつ切り上げて(売りポジションなら切り下げて)いく仕組みです。
イメージとしては、「利益側は開放しておきつつ、損失側だけじわじわと締めていくロープ」のようなものです。これにより、以下のようなメリットがあります。
- 一度決めたルールに沿って、自動的に利を伸ばしつつ損失を限定できる
- 画面をずっと監視していなくても、利確・損切りがある程度自動化される
- 感情的な「まだいけるはず」「もうダメだ」の判断を減らせる
なぜ固定ストップではなくトレーリングなのか
固定ストップロスはシンプルですが、エントリー後に含み益が大きく乗ったのに、最初の損切り位置のまま放置してしまうという問題があります。その結果、せっかくの利益が相場の反転で消えてしまうことがよくあります。
トレーリングストップを使うと、例えば以下のような動きになります。
- 株を1,000円で買い、最初のストップを950円に置く(リスク50円)
- 株価が1,050円、1,080円、1,120円と上昇するたびに、ストップを少しずつ切り上げる
- 最終的にストップが1,050円まで上がっていれば、「最低でも+50円」の利益が確定した状態で相場を見守れる
このように、リスクは限定しつつ、上方向の余地はなるべく残すというのがトレーリングストップの発想です。
トレーリングストップの基本的な3つの決め方
トレーリングストップの肝は、「どれくらいの距離をあけて追随させるか」です。代表的な決め方は次の3つです。
1. 固定幅ベース(◯円・◯pips)
もっともシンプルなのが、価格から一定幅をあけて追随させる方法です。
- 株:現在値から50円下にトレーリングストップ
- FX:現在値から30pips下にトレーリングストップ
- 暗号資産:現在値から5%下にトレーリングストップ
たとえばFXでUSD/JPYを150.00円で買い、トレーリング幅を30pipsと決めるとします。レートが150.50円に上がると、ストップは149.70円→150.20円と切り上がります。レートが150.20円から下落した場合、150.20円で自動的に決済されます。
2. パーセンテージベース(%)
銘柄ごとの価格帯が大きく違う株式や暗号資産では、価格の何%離すかで決める方法も実践的です。
- 成長株:ボラティリティが高いため、10〜15%程度に広めにとる
- 安定株:5〜8%程度に抑える
- 暗号資産:20%以上離すこともあり得る(ボラティリティ次第)
パーセンテージで設定すると、株価1,000円でも1万円でも、「相対的な揺れ幅」に応じたストップ位置を取りやすくなります。
3. ボラティリティベース(ATRなど)
もう少し一歩進んだ方法として、ATR(Average True Range:平均値幅)などのボラティリティ指標に応じてトレーリング幅を決める方法があります。
- ATR1倍:かなりタイト。細かく決済されやすい
- ATR1.5〜2倍:トレンドをある程度引っ張りたいときに使いやすい
- ATR3倍以上:中長期の大きなトレンド狙い
例えば、日足ATRが20円の株であれば、「ATR2倍=40円」をトレーリング幅とし、現在値から40円下にストップを置き、株価の上昇に応じてその40円差を維持しながら切り上げていく、といった使い方です。
株・FX・暗号資産それぞれの具体例
株式トレードの例:順張りトレンドフォロー
例として、ある成長株を1,500円で購入したとします。日足チャートでは移動平均線が右肩上がりで、出来高も増えている状況です。
- エントリー:1,500円で100株買い
- 初期ストップ:1,430円(リスク70円)
- トレーリング幅:80円に設定(固定幅ベース)
株価の動きとストップの遷移は次のようになります。
- 株価1,580円:ストップは1,500円へ切り上がり(最低でも±0近辺で終われる状態)
- 株価1,650円:ストップは1,570円へ切り上がる
- 株価1,720円:ストップは1,640円へ切り上がる
- その後、株価が1,640円を割り込んで約定 → 1株あたり140円の利益
この間、もし途中で「もう十分だ」と感じて早めに利確してしまえば利益はもっと小さかったかもしれません。トレーリングストップを使うことで、「どこまで伸びるかは相場に任せる」というスタンスを維持しやすくなります。
FXデイトレードの例:USD/JPYの短期トレンド
FXでは、トレーリングストップ機能が標準で備わっていることが多く、pips単位で設定できるのが一般的です。
例えば、USD/JPYが重要なレジスタンスをブレイクし、上方向に勢いが出たとします。
- エントリー:150.20円でロング(買い)
- 初期ストップ:149.80円(40pipsのリスク)
- トレーリング幅:30pips
その後の動きが次のようになったとします。
- レート150.80円:ストップは150.50円へ
- レート151.10円:ストップは150.80円へ
- レート151.05円から急反落し、150.80円で決済
この場合、トレーリングストップがなければ、利確のタイミングを逃して含み益が大きく削られた可能性があります。自動的にストップが追随していたことで、画面を完全に見ていなくても利益を確保できました。
暗号資産(ビットコイン)のスイングトレード例
暗号資産は値動きが激しいため、トレーリングストップとの相性が良い市場です。ただしボラティリティが高すぎるため、幅を狭くしすぎるとすぐに刈られてしまう点には注意が必要です。
- ビットコインを1BTC=500万円で購入
- トレーリング幅:10%(50万円)に設定
その後、価格が600万円まで上昇した場合、ストップは550万円付近に切り上がっています。仮に600万円から反落し、550万円で約定した場合でも、最低でも+50万円の利益を確保できます。
暗号資産の場合、24時間市場が動き続けるため、常に画面を見続けるのは非現実的です。トレーリングストップは、そうした市場でポジションを管理するための現実的な選択肢になります。
トレーリングストップの設定方法と注意点
実際にトレーリングストップを使う際には、次のポイントを意識します。
注文形態:逆指値と成行の違い
多くの取引ツールでは、トレーリングストップは逆指値注文として登録され、発動すると成行注文として市場に出されます。そのため、急激な値動きの中では、指定したストップ価格よりも不利な価格で約定する「スリッページ」が発生することがあります。
これ自体はトレーリングストップ特有の問題ではなく、逆指値による損切り全般に共通する注意点です。重要なのは、
- どれくらいのスリッページが起こり得る市場なのかを、過去の値動きから把握すること
- あまりに流動性が薄い銘柄で、タイトなトレーリングを多用しすぎないこと
トレーリング幅が「近すぎる」とどうなるか
トレーリング幅をタイトにしすぎると、ちょっとした押し目やノイズで簡単に決済されてしまい、その後に本格的なトレンドが発生する、ということがよく起こります。
特に、日中のノイズが大きいFXや暗号資産では、「5pips」「1%」のような極端に狭いトレーリングは、短期スキャルピング以外の戦略では扱いづらいことが多いです。
トレーリング幅が「広すぎる」とどうなるか
一方で、トレーリング幅を広くとりすぎると、ほとんど固定ストップと変わらない状態になってしまいます。含み益が大きく出ているにもかかわらず、ストップ位置がほとんど動かないため、反転時の利益返還が大きくなります。
大まかな目安としては、
- 株の日足トレンドフォロー:日足ATRの1.5〜2倍前後
- FXの1時間足トレンドフォロー:直近高値・安値から30〜50pips程度
- 暗号資産のスイング:直近安値から10〜20%程度
といった設定を起点に、実際のバックテストや検証を通じて、自分のスタイルに合う幅を調整していくのがおすすめです。
テクニカル指標と組み合わせたトレーリングストップ
トレーリングストップは、単に「価格から◯円離して追随させる」だけでなく、テクニカル指標と組み合わせてルール化することで、より戦略的に使えます。
移動平均線ベースのトレーリング
トレンドフォローでは、移動平均線を「動く損切りライン」とみなす使い方がよくあります。
- 株の中期トレンド:20日移動平均線を割り込んだらストップ
- FXの短期トレンド:1時間足のEMA20を終値ベースで割り込んだらストップ
この場合、「終値で移動平均線を明確に割り込むまでは、多少のノイズでいちいち決済しない」というルールになり、トレンドを引っ張りやすくなります。
直近安値・高値ベースのトレーリング
多くのトレーダーが意識するのが、直近の押し安値・戻り高値です。
- 上昇トレンド:直近の押し安値を割ったらストップ
- 下降トレンド:直近の戻り高値を超えたらストップ
トレーリングストップとしては、新しい高値(または安値)が更新されるたびに、ストップを直近の押し安値(戻り高値)まで切り上げ(切り下げ)ていくイメージです。これにより、トレンドの構造(高値・安値の切り上がり/切り下がり)が崩れた時点で、機械的に手仕舞いできます。
トレーリングストップでよくある失敗パターン
トレーリングストップは便利な一方で、使い方を誤ると「かえって成績を悪化させる」こともあります。よくある失敗パターンを整理します。
1. エントリーの段階から近すぎる幅で設定してしまう
エントリー直後は、まだトレンドが本物かどうか分からないタイミングです。このときに極端にタイトなトレーリング幅を設定すると、一時的な揺り戻しで簡単に刈られてしまい、その後に大きなトレンドが発生する、ということがよく起こります。
対応策としては、
- エントリー直後は「固定ストップ」で十分な幅を持たせる
- 含み益がある程度乗ってからトレーリングを開始する
といった二段階の運用にする方法があります。
2. 含み益が出てから、トレーリングを「感覚」でいじってしまう
含み益が大きくなってくると、「もっと利益を残したい」「もう少しだけ伸ばしたい」という感情が出てきます。その結果、
- 相場が少し反転しただけで、ストップを感覚的に近づけすぎてしまう
- 逆に「まだ伸びるはずだ」と考えて、ストップを遠ざけてしまう
といった行動に陥りがちです。こうなると、せっかくの機械的ルールが崩れ、感情トレードに逆戻りしてしまいます。
これを避けるには、「トレーリング幅を決める指標(pips、%、ATR、移動平均線など)」を事前に明文化し、エントリー前に決めたルールから原則として動かさないことが重要です。
3. 戦略全体のリスク管理と切り離して考えてしまう
トレーリングストップはあくまで「出口のルール」であり、
- 1回のトレードでどれだけの損失を許容するか(例:資金の1〜2%)
- 同時にどれだけのポジションを持つか
といった、ポートフォリオ全体のリスク管理とセットで考える必要があります。トレーリングストップだけを工夫しても、ポジションサイズが大きすぎれば、資金曲線は簡単に大きく凹みます。
初心者向け:シンプルなトレーリングストップのマイルール例
最後に、これからトレーリングストップを試してみたい初心者に向けて、シンプルなマイルール例を3つ紹介します。実際の取引では、小さなロットでテストしてみるところから始めるとよいでしょう。
ルール例1:株の中期トレンドフォロー
- 日足チャートで、20日移動平均線が右肩上がりの銘柄を選ぶ
- エントリー時のストップは「直近の押し安値」より少し下に置く
- 株価が新高値をつけるごとに、ストップをひとつ前の押し安値に切り上げる
- 終値ベースでストップを割り込んだら、次の寄り付きで手仕舞い
ルール例2:FXの1時間足トレンドフォロー
- 1時間足で移動平均線(EMA20)が右肩上がり
- 押し目買いでエントリーし、初期ストップは直近安値の少し下
- レートが直近高値を更新するたびに、ストップをひとつ前の安値の少し下へ移動
- EMA20を終値で明確に割り込んだらポジションを閉じる
ルール例3:暗号資産のスイングトレード
- 日足で強い上昇トレンドが出ている銘柄に限定する
- エントリー後、価格が10%上昇したら、損切りラインを「建値+数%」に切り上げる
- その後は、価格の20%下にトレーリングストップを置き続ける
- トレーリングストップにかかったら、自動的に利益確定
これらはあくまで一例ですが、「どの時間軸で」「どの指標を基準に」「どれくらいの幅で」ストップを追随させるか、という視点で自分なりにアレンジしていくと、トレーリングストップが自分の戦略の一部として機能し始めます。
まとめ:トレーリングストップは「感情から距離を取る」ための道具
トレーリングストップは、利益を最大化する魔法の道具ではありません。うまく機能しない局面もありますし、設定幅によっては成績を悪化させることもあります。
しかし、事前に決めたルールに沿って機械的に出口を管理できるという意味で、トレーリングストップは「感情から距離を取るための道具」として非常に有効です。
まずは少額のポジションで、
- 固定幅ベース
- %ベース
- ATRや移動平均線ベース
といったいくつかのパターンを試し、自分の性格やトレードスタイルに合うものを見つけていくとよいでしょう。時間をかけてルールを磨き上げていくことで、トレーリングストップは、あなたのトレードに一貫性と再現性をもたらしてくれます。


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