株式投資の本やSNSでは「ROEが高い銘柄は良い会社」とよく言われます。しかし、なぜ良いのか、どこまで信用してよい指標なのかを丁寧に説明している解説は意外と多くありません。
この記事では、ROE(自己資本利益率)を軸にして個別株を選ぶときの考え方と具体的なチェック手順を、投資初心者の方にも分かるように順を追って解説します。同時に、ROEだけを見ていると痛い目を見る典型的なパターンも紹介し、「ただの指標の暗記」で終わらない実践的な使い方を目指します。
ROEとは何かを一度きちんと整理する
ROEは「その会社が、株主から預かっている自己資本をどれだけ効率よく利益に変えているか」を示す指標です。式で書くと以下の通りです。
ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本(自己資本=純資産)
たとえば自己資本が100億円の会社が、1年間で10億円の利益を出したとします。この場合、ROEは10%です。100億円という株主のお金を使って、1年で10億円の利益を稼いだ、というイメージです。
同じ業種・同じ規模の会社を比べたとき、一般的にはROEが高い会社ほど「株主のお金を効率よく使っている=経営が上手い」と評価されやすくなります。長期的に高いROEを維持できている会社は、ビジネスモデルが強く、価格決定力やコスト管理能力に優れているケースが多いと言えます。
ROEが高い会社が市場で評価されやすい理由
ROEが高い会社は、理論的には「同じ自己資本からより多くの利益を生み出せる」ため、将来の配当や自社株買いの余地が大きくなります。これが株主にとって魅力であり、株価の上昇余地にもつながります。
たとえば、同じ自己資本100億円のA社とB社があるとします。A社のROEは5%、B社のROEは15%だとすると、B社の方が同じ自己資本から3倍の利益を生み出していることになります。もし両社の株価が同じ水準のPERで評価されているなら、将来B社の方により高い成長期待が集まりやすくなります。
また、ROEが高い会社は、内部留保を再投資しても高い利回りで回せる可能性が高く、「利益 → 再投資 → さらに利益」という好循環を作りやすい特徴があります。長期で株価が右肩上がりになりやすいのは、このような高ROEかつ再投資能力の高い会社です。
シンプルなROEスクリーニング手順:まずは基本フィルターから
ここからは、個人投資家が実際にROEを使って銘柄を絞り込む手順を、具体的にイメージできるように説明します。実在の銘柄名は出しませんが、イメージしやすい数字でシミュレーションします。
ステップ1:業種ごとの「普通のROE」を把握する
ROEは業種によって水準が大きく異なります。資本集約的な業種(電力、鉄鋼、銀行など)は自己資本が重くなりやすく、どうしてもROEは低めになります。一方、ソフトウェアやコンサルティングなど、固定資産が軽いビジネスは比較的高いROEになりがちです。
そのため、「ROE○%以上なら優良」といった一律の基準で判断するのは危険です。同じ業種の中で相対的にどうかを見ることが重要です。たとえば、ある業種の平均ROEが8%前後なら、「10〜15%を安定的に出している会社は優秀」といったイメージで考えるとよいでしょう。
ステップ2:過去5年程度の平均ROEを見る
単年度のROEだけを見ると、一時的な利益のブレに大きく影響されます。設備売却益や特別利益でその年だけROEが急上昇しているケースもあるため、最低でも3〜5年分のROE推移を確認することをおすすめします。
理想的なのは「5年間の平均ROEが業界平均を明確に上回っていて、かつ大きくブレていない会社」です。ある年だけ30%、他の年は2〜3%というバラバラなパターンよりも、毎年10〜15%で安定している会社の方が、ビジネスモデルの再現性が高いと考えられます。
ステップ3:ROEが高く、自己資本比率が極端に低くないか確認する
ROEは「利益 ÷ 自己資本」なので、自己資本を意図的に薄くすれば数値を高く見せることもできます。借入金を増やしてレバレッジをかけると、同じ利益でも自己資本が小さい分、ROEは高くなります。
そのため、ROEが高い銘柄を見つけたら、同時に自己資本比率や有利子負債の水準も確認することが大切です。自己資本比率が極端に低い(たとえば10%台)にもかかわらずROEだけが30%などと非常に高い場合、「借金で無理やりROEを押し上げている」状態かもしれません。
具体例:2社のROEと財務の違いを比べる
ここでは、仮想の2社を例に「ROEが高い会社」と「財務が健全な会社」の違いをイメージしてみます。
【A社】
・自己資本:100億円
・当期純利益:10億円
・自己資本比率:25%
・有利子負債:300億円
→ ROE=10%
【B社】
・自己資本:80億円
・当期純利益:12億円
・自己資本比率:60%
・有利子負債:50億円
→ ROE=15%
数字だけ見ると、B社の方がROEは高く見えますが、自己資本比率も高く、有利子負債も抑えられています。このような会社は、仮に景気が悪化して利益が一時的に落ち込んでも、財務的な耐久力が比較的高いと考えられます。
一方、もしROEが20%以上あるのに自己資本比率が10%台、有利子負債が自己資本の数倍に達しているような会社があれば、ROEだけで「優秀」と判断するのは危険です。景気後退局面や金利上昇局面では、借入金の負担が一気に重くなり、株主にとってのリスクも高まります。
ROEだけを信じてはいけない典型的な罠
ROEは便利な指標ですが、「これさえ高ければ安心」という万能なものではありません。ここでは、初心者がはまりがちなROEの罠をいくつか挙げます。
罠1:一時的な利益でROEが跳ねているケース
固定資産の売却益や株式の売却益など、通常の本業とは関係ない要因で利益が大きく出ると、その年だけROEが異常に高くなることがあります。このような一時的要因は来期以降は続かないため、その数字を前提に企業力を評価すると、実力を見誤ることになります。
決算短信や有価証券報告書の「特別利益」「その他の収益」などを確認し、ROEの急上昇が本業の改善なのか、一時的な売却益なのかを見分けることが重要です。
罠2:自社株買いで自己資本を減らしてROEを上げているケース
自社株買いを実施すると、会計上は自己資本が減るため、利益が同じでもROEは機械的に上がります。自社株買い自体は株主還元として有効な手段ですが、「本業は成長していないのに、自社株買いだけでROEを高く見せている」ケースもゼロではありません。
この場合、ROEの推移だけでなく、売上高や営業利益の推移も合わせて確認し、「会社全体の稼ぐ力が伸びているか」を見ることがポイントです。ROEだけが右肩上がりでも、売上や営業利益が横ばいなら注意が必要です。
罠3:借入金に過度に依存してROEを上げているケース
すでに触れた通り、レバレッジをかけて自己資本を薄くすると、ROEは簡単に高くなります。しかし、それは同時に財務リスクを高めることでもあります。金利上昇や景気悪化の局面では、利払い負担や借換えリスクが表面化し、株価の下落要因になります。
ROEが高い会社を見つけたら、必ず自己資本比率、有利子負債の水準、営業キャッシュフローとのバランスも確認する習慣をつけるとよいでしょう。
ROEと組み合わせて見るべき他の指標
ROEを実務的に使ううえでは、「他の指標との組み合わせ」が欠かせません。ここでは、特に相性の良い指標をいくつか紹介します。
PBR(株価純資産倍率)との組み合わせ
PBRは「株価 ÷ 1株あたり純資産」で、株価が簿価純資産の何倍で取引されているかを示す指標です。一般的には、ROEが高い会社ほどPBRも高くなる傾向があります。投資家は「高い収益性には高い評価を与える」からです。
そのため、「ROEが高いのにPBRが業界平均と同程度かやや低め」の銘柄は、割安株候補としてチェックする価値があります。ただし、ビジネスモデルに構造的な問題がある場合、ROEの高さが一時的である可能性もあるため、事業内容や競争環境も併せて確認する必要があります。
EPS成長率との組み合わせ
ROEが高いだけでなく、1株あたり利益(EPS)が継続的に伸びているかどうかも重要です。EPS が右肩上がりで成長している会社は、内部留保を有効に活用し、事業規模を拡大している可能性が高いと言えます。
たとえば、「過去5年間の平均ROEが10%以上、EPSも5〜10%程度で着実に成長」という会社は、長期保有の候補になりやすいパターンです。反対に、ROEが高く見えてもEPSがほとんど伸びていない場合、事業の成長性には疑問符がつきます。
自己資本比率とのバランス
ROEと自己資本比率はトレードオフの関係になることがあります。借入を増やして自己資本比率を下げれば、ROEは高くなりますが財務リスクは上がります。逆に、自己資本比率を高く維持するとROEはやや低めに出ることもありますが、財務の安定性は高まります。
初心者のうちは、「ROEがそこそこ高く(たとえば8〜15%)、自己資本比率も40〜60%程度と健全な水準」の会社を中心に検討すると、大きな失敗を避けやすくなります。極端な高ROEよりも、バランスの良い会社を選ぶイメージです。
実践ステップ:ROEを使った銘柄選びのフロー
ここまでの内容を踏まえて、実際にネット証券や情報サイトを使ってROEをチェックするときの、大まかなフローを整理します。
ステップ1:興味のある業種を決める
まずは、自分がニュースを追いやすい業種、生活に身近な業種から絞り込むとよいでしょう。たとえば「通信」「小売」「ITサービス」「食品」など、自分の感覚と結びつけやすい分野を選ぶと、決算内容やニュースも理解しやすくなります。
ステップ2:その業種のROE上位銘柄リストを作る
証券会社のスクリーニング機能や、金融情報サイトのランキング機能を使って、選んだ業種の中でROEが上位の銘柄を抽出します。このとき、単年度だけでなく「3〜5年平均ROE」を表示できるサービスがあれば、それを優先的に使うと精度が上がります。
ステップ3:自己資本比率・有利子負債も合わせてチェックする
ROE上位リストができたら、次に自己資本比率と有利子負債の水準を確認します。極端にレバレッジが高い銘柄は一旦候補から外し、「ROEも高く、財務も健全そうな会社」を残していきます。
ステップ4:売上・営業利益・EPSの推移を確認する
候補をさらに絞るために、売上高、営業利益、EPSが過去数年間どう推移しているかをグラフで確認します。本業の売上と利益が伸びているか、あるいは少なくとも安定しているかを見極めます。
ROEが高くても、売上が減少傾向にある場合や、営業利益率が低下している場合は、ビジネスモデルや競争環境に課題がある可能性があります。
ステップ5:最後に株価水準(PER・PBR)を確認する
ここまでで「ビジネスとして優れていそうな会社」が絞り込めたら、最後に株価水準を確認します。PERやPBRを業界平均と比較し、期待がすでに織り込まれすぎていないかを検討します。
ROEが高く、成長性もあり、財務も健全な会社は、どうしても株価指標が高めになりがちです。初心者のうちは、「業界平均と比べて極端に割高ではない範囲」で少しずつ分散して買う、というスタンスを取ると、短期的な株価変動に振り回されにくくなります。
短期売買ではなく、中長期でROEを活かす
ROEは、基本的に中長期の投資判断に向いている指標です。決算発表ごとに徐々に変化していくものなので、デイトレードや数日の値幅取りよりも、「数年単位で企業の価値がどう積み上がっていくか」を考える場面で力を発揮します。
中長期でROEを活用するイメージは、次のようなものです。
・ROEと他の指標を組み合わせて「良い会社候補」をリストアップする
・四半期ごと、決算ごとにROEや利益の推移をフォローし、ビジネスの勢いが続いているかを見る
・ビジネスが順調なら長期保有を続け、勢いが明らかに鈍化してきたらポジションを縮小する
このように、「数字の変化を追いかけながら、会社のストーリーが崩れていないかを確認する」ためのナビゲーションとしてROEを使うと、短期の値動きに翻弄されにくい落ち着いた投資スタイルを構築しやすくなります。
よくある疑問と考え方
最後に、ROEを使い始めた初心者が抱きがちな疑問をいくつか取り上げ、考え方のヒントを整理します。
Q1:ROEが低い会社は全部ダメなのか?
必ずしもそうとは限りません。資本集約的な業種では、業界全体のROE水準が低くなりがちです。また、大規模な設備投資や研究開発投資の最中で、一時的にROEが低下しているケースもあります。
重要なのは、「なぜROEが低いのか」「将来的に改善する可能性があるのか」を考えることです。たとえば、大型投資の後に収益が立ち上がり、数年後にROEが改善していくシナリオが見えるなら、今の低ROEは将来の成長のための仕込み期間かもしれません。
Q2:ROEが高くても配当が少ない会社はどう考える?
ROEが高いのに配当が少ない会社は、「内部留保を再投資して事業拡大に回している」可能性があります。この場合、再投資によって企業価値が増し、長期的には株価の上昇で株主に報いる戦略を取っているとも解釈できます。
ただし、再投資の成果が出ているかどうかは、売上・利益・EPSの成長で判断する必要があります。高ROEで配当が少ない会社を選ぶときは、「その会社が再投資をうまく活かせているか」を重点的にチェックするとよいでしょう。
Q3:ROEとROAはどちらを重視すべき?
ROEは株主資本に対する利益、ROAは総資産に対する利益の割合を示す指標です。レバレッジの影響を強く受けるのがROEであり、資産全体の効率性を見るのがROAです。
初心者にとっては、まずROEをメイン指標として使い、違和感があるときにROAを併せて確認する、という使い方がおすすめです。たとえばROEだけが異常に高く、ROAがそれほどでもない場合、「借入でROEを押し上げているのでは?」と疑ってみるきっかけになります。
まとめ:ROEは「スタート地点」であり「最終判断」ではない
ROEは非常に便利な指標ですが、それだけで投資判断を完結させるのではなく、「良い会社候補を見つけるためのスタート地点」と考えるのが健全です。
ポイントを整理すると、次のようになります。
・ROEは「株主のお金をどれだけ効率よく利益に変えているか」を表す指標
・業種ごとの平均水準を把握し、3〜5年の平均ROEと安定性を見る
・自己資本比率や有利子負債、EPS成長と組み合わせて「質の高い高ROE」を見極める
・一時的な利益、自社株買い、過度なレバレッジによる見かけ上の高ROEには注意する
・中長期の投資判断の中で、定点観測の軸としてROEを活用する
数字そのものを覚えることよりも、「その数字の裏側で何が起きているのか」を考える習慣をつけることが、最終的には投資成績の差につながっていきます。ROEをきっかけに、企業のビジネスモデルや財務体質に興味を持ち、自分なりの判断軸を磨いていくことが、株式投資を長く続けるうえでの大きな武器になるはずです。
最後に、実際の運用イメージをもう少し具体的に描いてみます。たとえば、あなたが毎月一定額を日本株に投資していくとします。このとき、「なんとなく有名だから」「株価が最近上がっているから」といった理由だけで銘柄を選ぶのではなく、次のようなシンプルな基準を決めておきます。
・過去5年平均ROEが8〜15%程度で安定していること
・自己資本比率が40%以上あり、過度なレバレッジに依存していないこと
・売上高と営業利益が、少なくとも横ばい〜やや右肩上がりで推移していること
・PERやPBRが、同業他社と比べて極端な割高ではないこと
このような基準を満たす銘柄リストを作り、その中から複数銘柄に分散して少しずつ買い増していく。それだけでも、感覚的な売買よりははるかに再現性の高い投資プロセスになります。
もちろん、どの指標にも例外はありますし、未来を完全に予測することはできません。しかし、「一貫した基準で銘柄を選び続ける」という行動自体が、長期的には大きな差となって現れます。ROEは、その基準作りにとって扱いやすく、理解しやすい出発点です。
最初は完璧を目指さなくてかまいません。まずは、気になる銘柄のROEと自己資本比率を調べてみることから始めてみてください。数字を追いかけていくうちに、「この会社はなぜこんなにROEが高いのか」「この業種は全体的にROEが低いのはなぜか」といった疑問が自然と湧いてくるはずです。その疑問を一つひとつ調べていくプロセスが、投資家としての知識と経験を着実に積み上げていきます。


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