リスクパリティとは何か
リスクパリティとは、「どの資産にいくら投資するか」を金額ではなく「ポートフォリオ全体のリスクへの貢献度」で決める考え方です。ふつうの投資では「株60%・債券40%」のように金額比率で配分を決めますが、リスクパリティでは「株が全体のリスクの何%を占めているか」「債券がどれだけ値動きに効いているか」を見ながら配分を調整します。
たとえば株は大きく動き、国債は値動きが小さいのが一般的です。同じ金額を投資しても、株の方がポートフォリオ全体の変動をほとんど支配してしまいます。リスクパリティはこの「リスクの偏り」を是正し、「株・債券・コモディティなどが、なるべく均等にリスクを分担する」ように設計する手法です。
なぜ「金額」ではなく「リスク」を均等にするのか
投資家が本当にコントロールしたいのは金額ではなくリスクです。極端な例として、株式に90%、現金に10%というポートフォリオを考えてみます。金額だけ見れば分散しているように見えますが、現実にはほぼ株式100%と同じような値動きになります。現金部分はほとんど値動きに寄与しないからです。
リスクパリティでは、「各資産クラスがポートフォリオのリスクにどれだけ貢献しているか(リスク寄与度)」をそろえることを目標にします。例えば、株・債券・コモディティの3つに投資する場合、それぞれが全体のリスクの1/3程度を負担するように比率を調整します。こうすることで、特定の資産だけに依存した偏ったポートフォリオを避けることができます。
具体例:株と債券のシンプルな比較
仮に、ある株式インデックスETFの年率ボラティリティ(値動きの大きさ)が20%、国債ETFのボラティリティが5%だとします。ここで、金額ベースで「株50%・債券50%」のポートフォリオを組んだ場合、見た目は半々ですが、リスクの観点ではどうなるでしょうか。
ざっくりとしたイメージとして、リスク寄与度は「比率 × ボラティリティ」で近似できます。この場合、株のリスク寄与は 0.5 × 20 = 10、債券は 0.5 × 5 = 2.5 です。つまり、ポートフォリオのリスクの約80%以上を株が担っている計算になります。数字上は50:50でも、実態は「ほぼ株ポートフォリオ」です。
リスクパリティの考え方では、株と債券が同じくらいリスクを負担するように比率を変えます。上記の単純な近似であれば、株25%・債券75%程度にすると、株側 0.25 × 20 = 5、債券側 0.75 × 5 = 3.75 と、リスク寄与がかなり近づきます。このように、金額ではなくリスクベースで配分を考えると、見えてくるバランスがまったく変わってくるのです。
リスクパリティ・ポートフォリオの基本的な構成
本格的なリスクパリティ戦略では、以下のような複数の資産クラスを組み合わせます。
- 株式(先進国株、新興国株、世界株インデックスなど)
- 債券(先進国国債、インフレ連動債など)
- コモディティ(商品全般指数、エネルギー、農産物など)
- 金やその他の「安全資産」的な資産
それぞれの資産について、過去の値動きからボラティリティと相関を推計し、「全体のリスクを一定に保ちつつ、各資産が貢献するリスクを均等に近づける」ようにウエイトを決めます。理論的には、株だけでなく「景気後退時に強い資産」「インフレ局面で強い資産」などを組み合わせることで、どの局面でもある程度安定したリターンを目指します。
レバレッジをどう使うか:リスクパリティのキモ
リスクパリティ戦略の特徴の一つは、「低リスク資産にレバレッジをかける」という発想です。株と比べて債券のボラティリティは小さいため、債券をたくさん組み入れてリスク寄与を合わせると、ポートフォリオ全体のボラティリティはかなり低くなります。このままではリターンも低くなりがちです。
そこで、リスクパリティでは「ポートフォリオ全体として望ましいリスク水準まで、レバレッジを利用して引き上げる」という考え方をとります。具体的には、先物や信用取引、レバレッジ型ETFなどを用いて、債券やコモディティのエクスポージャーを増やしつつ、株だけに頼らない形で全体のリスクを調整します。
個人投資家にとってレバレッジは両刃の剣です。リスクパリティの理論自体はレバレッジを前提にすることが多いものの、実際の運用では「無理にレバレッジを使わず、まずは現物ETFのみでリスクバランスを意識するところから始める」のが安全です。
個人投資家向けのシンプル版リスクパリティ
個人投資家がいきなり本格的なリスクパリティを実践しようとすると、レバレッジや先物、相関行列の推計など、ハードルが高い要素が多くなります。そこで、ここでは「現物ETFだけでできる、シンプルなリスクパリティ的ポートフォリオ」を考えてみます。
例として、次の3つのETFを使うイメージです。
- 世界株インデックスETF
- 先進国国債ETF(ヘッジあり・なしは自分の方針に合わせる)
- 金の価格に連動するETF
一般的に、株はボラティリティが高く、債券と金は相対的に低いことが多いです。そこで、株の比率を抑え、債券と金の比率を高めることで、「金額ベースでは債券・金が多いが、リスク寄与は株・債券・金がそこそこ均等」という状態を目指します。
例えば、株30%・国債50%・金20%といった配分にすると、金額だけ見ると「守りが強いポートフォリオ」に見えますが、リスクの観点では株の寄与が依然として大きく、金や債券がクッションとして機能します。ここから、過去の値動きを参考にしながら、株の比率をやや上下させたり、金の比率を増減させたりして、自分のリスク許容度に合うバランスを探っていきます。
リスク計測の基本:ボラティリティと相関をざっくりと理解する
リスクパリティの本質を理解するためには、「ボラティリティ」と「相関」の2つが重要です。難しい数式を使う必要はありませんが、イメージだけは押さえておくと、ポートフォリオ設計の質が一段上がります。
ボラティリティとは、資産価格の上下の揺れの大きさを表す指標です。過去の値動きのばらつきから計算され、「年率○%」という形で示されることが多いです。数値が大きいほど、価格が大きく動く可能性が高いと解釈できます。
相関とは、「2つの資産がどの程度同じ方向に動くか」を表します。相関が高い資産同士をいくら組み合わせても、ポートフォリオ全体のリスクはあまり下がりません。一方、相関の低い資産や、場合によっては逆に動きやすい資産を組み合わせることで、全体のリスクを抑えつつリターンを狙うことができます。
リスクパリティでは、本来はこれらを数値として計算し、各資産クラスのリスク寄与度を求めていきます。ただ、個人投資家が最初から厳密な計算を行う必要はありません。「株は債券より動きが激しい」「金は株と異なる動きをしやすい」といった直感的な理解だけでも、リスクパリティ的な発想をポートフォリオに取り入れることは十分に可能です。
リスクパリティのメリット
リスクパリティのメリットは、大きく分けて次の3点です。
- 特定の資産クラスに依存しにくい
- 経済環境の変化に対してポートフォリオが比較的強くなる
- リターンのブレが小さくなりやすい
株式だけに偏ったポートフォリオでは、株式市場が大きく下落すると資産全体が強く振られます。リスクパリティでは、債券やコモディティなど、別の経済シナリオで強みを持つ資産を厚めに組み入れることで、ショック時のダメージを軽減しようとします。
もちろん、リスクパリティだから絶対に損をしないということはありませんが、「どの局面でもある程度戦えるように、リスクの偏りを事前に調整しておく」という考え方は、長期投資において非常に有効です。
リスクパリティの弱点・注意点
一方で、リスクパリティにも弱点があります。主なポイントは以下の通りです。
- 債券に大きく依存する構造になりやすい
- レバレッジを使う場合、急激な金利変動や流動性ショックに弱くなる
- 低金利環境・インフレ局面では期待リターンが低くなりやすい
長期にわたって金利が低下していた局面では、債券価格の上昇がリスクパリティ戦略を後押ししました。しかし、金利が上昇する局面では、債券部分が価格下落の影響を受けやすくなります。また、レバレッジを前提とした戦略は、運用コストやロスカットリスクも無視できません。
個人投資家がリスクパリティ的な発想を取り入れる際は、「レバレッジをかけすぎない」「債券の比率が高くなることのデメリットも理解する」「インフレ局面に備えて実物資産(コモディティや金など)も一定比率組み込む」といった点を意識することが重要です。
実践ステップ:シンプルなリスクパリティ風ポートフォリオの作り方
ここからは、投資初心者でも取り組みやすい「リスクパリティ風」のポートフォリオを作るステップを、具体例とともに説明します。
ステップ1:使う資産クラスを決める
まずは、扱う資産クラスを絞ります。初めての方であれば、以下の3つから始めるのが現実的です。
- 世界株インデックスETF
- 先進国国債ETF
- 金連動ETF
この3つだけでも、「景気拡大に強い株」「景気後退やリスクオフに強い債券」「インフレや通貨不安に強い金」という役割分担を期待できます。
ステップ2:ざっくりとボラティリティをイメージする
正確なボラティリティ計算をしなくても構いません。過去のチャートを見て、「株はかなり上下が激しい」「債券は比較的なだらか」「金は中くらいで時々大きく動く」といった感覚をつかみます。この感覚があれば、「リスクを均等にしたいなら、株の比率を低めに、債券と金を高めにする必要がある」とイメージできます。
ステップ3:試しに比率を決めてみる
例として、次のような配分を考えます。
- 世界株インデックスETF:30%
- 先進国国債ETF:50%
- 金連動ETF:20%
この配分は、金額ベースでは守り寄りですが、リスク寄与という観点では株の影響が依然として大きく、債券と金がリスクを緩和する役割を果たす形になります。ここから、実際の値動きを1年ほど追いながら、「値動きがきついと感じるなら株比率をさらに下げる」「物足りないなら株比率を少し上げる」といった調整を行います。
ステップ4:定期的にリバランスする
時間が経つと、値動きによって比率が崩れてきます。例えば、株が大きく上昇すると、株の比率が50%や60%まで膨らむことがあります。この状態を放置すると、ポートフォリオは次第に「株に偏った状態」に戻ってしまいます。
そこで、半年〜1年に一度程度、当初決めた比率に戻すように売買します。株が増えすぎていれば一部売却し、その資金で国債や金を買い増します。これにより、「リスクが株に偏りすぎない状態」を維持しやすくなります。
ケーススタディ:株100% vs リスクパリティ風ポートフォリオ
最後に、イメージをつかみやすくするためのケーススタディを考えてみます。
Aさんは、世界株インデックスETFに100%投資しています。上昇相場ではリターンが大きく、短期間で資産が増えることもありますが、急落局面ではポートフォリオ全体がそのまま大きく減少します。年間で30%近いマイナスになる年もあり、そのたびに精神的な負担が大きくなります。
Bさんは、先ほどの例のように、世界株30%・国債50%・金20%というリスクパリティ風ポートフォリオを採用しています。強気相場ではAさんほどの爆発的なリターンは期待できないものの、下落局面では債券や金がクッションとなり、ドローダウン(ピークからの最大下落)が抑えられやすくなります。
長期で見たときに、Aさんは大きな上昇と大きな下落を繰り返し、「高いリターンだが途中の苦痛も大きい」道を歩むことになります。一方、Bさんは「リターンはやや控えめだが、値動きが比較的なめらか」な道を選んでいると言えます。どちらが良いかは投資家の性格と目的次第ですが、「途中で投資をやめてしまうリスク」を考えると、Bさんのようなポートフォリオの方が続けやすい人も多いはずです。
リスクパリティ的な発想を日々の投資判断に活かす
リスクパリティは、専門的なファンドや機関投資家が運用で活用しているイメージが強いかもしれません。しかし、その根本にあるのは「金額ベースではなく、リスクベースでポートフォリオを考える」というシンプルな発想です。
個人投資家がこの発想を取り入れるだけでも、投資判断は変わってきます。「株を増やす前に、今のポートフォリオで株のリスクがどれくらい支配しているか」「債券や金を足すことで、どれだけリスクが分散されるか」といった視点を持つことで、感情に流されにくい冷静な意思決定につながります。
まずは、現在の自分のポートフォリオを眺めて、「どの資産がどれくらいのリスクを担っているのか」をイメージしてみてください。そのうえで、株に偏りすぎていると感じるなら、債券や金といった別タイプの資産を増やし、リスクのバランスを整えていく。この小さな一歩が、リスクパリティという考え方を実践に落とし込む第一歩になります。


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